3.7.2 固体・流体複合系としての地球惑星物理学の展開

(1) 青い地球の地震学

太平洋を横断するような遠地津波では,従来の予測と比べると伝播時間の遅延と津波初動が反転することが明らかとなった.その原因は津波伝播に伴う荷重による重力場変動・圧縮性海水・固体地球の弾性変形であった.これらの効果を取り入れた簡便・高精度な革新的遠地津波波形計算法を開発し,2010年チリ地震(Mw8.8)津波に適応すると,断層滑り分布は,深海域の遠地のみ・近地のみの津波波形どちらからでも安定して求められることが判明した.その滑り分布は地震波・測地データ等から求めた滑り分布と特徴が似ている.また,深海域の近地津波波形のみを使って求めた断層滑り分布は遠地津波波形を精度よく予測するなど,著しい津波予測技術の向上が達成された.津波波形を使うと,地震波とは異なり,仮定する断層破壊伝播速度によらず安定した滑り空間分布が求まることが判明した.津波波形を使った遠地津波波源の研究は,遠地地震波形を使うグローバル地震学に比肩または補完する強力な地震解析手法として確立された.一方,従来の遠地津波波形を使って推定されていた2006年・2007年クリル地震と2010年チリ地震では,伝播速度の誤差により,断層滑り域が系統的にずれていたことも判明した.

(2) 活火山における固体・流体複合過程の観測的研究

火山を固液複合現象の実験場としてとらえ,観測研究をおこなっている.今までのわれわれの研究から火口直下の構造および固液複合系振動システムが解明されつつある阿蘇火山で,将来の噴火に伴う火山性流体の移動をとらえるべく京大・九大・東北大と共同で以下の観測研究を継続的に行っている:(a)広帯域地震ネットワークによる火山性微動のリアルタイム・モニターシステムを整備・維持し,基本周期15秒の長周期微動源(火口直下の火道系内での熱水活動による)のモニタリングを行う.(b)長周期微動の周期・振幅変化から火山浅部流体系時間変化を探る.

 阿蘇山は2014年以降,火山活動活発化が見られたが,継続的広帯域地震観測により長周期微動の卓越周期が,地表活動の活発化に伴って明瞭に変化することを明らかにした.このような時間変化は,2014年11月および2015年9月の噴火に数ヶ月先行してあらわれ,1994年の広帯域地震計による観測開始以来では,最大規模の変化であった.これは火山浅部流体系の状態変化により,火道壁における固液境界波の伝播特性が変化したためと解釈出来,水蒸気噴火・マグマ水蒸気噴火を引き起こす浅部流体のモニタリングを地震学的手法により連続的に行うことが出来る可能性を示唆する.今後は,1990年代の噴火活動後の長周期微動活動・特性の時間推移との比較や,短周期地震計アレイ観測データの解析を通じて噴火活動の詳細を明らかにするとともに,今後の活動推移の検討を進める.

(3) 海溝周辺における間隙流体流動と熱輸送過程の観測的研究

海洋プレートが沈み込む場である海溝の周辺地域において,地下からの熱放出量(熱流量)を測定することにより,間隙流体や堆積物の移動による熱輸送,それがプレート境界面の温度構造に与える影響についての研究を行っている.

 日本海溝海域では,これまでの調査により,海溝海側の広い範囲で太平洋プレートの年齢に比べて高い熱流量が観測されている.この広域的な高熱流量は,海溝近くでのプレート変形により海洋地殻が破砕されて透水率が増加し,間隙流体循環が発達して深部から熱を汲み上げる,というモデルで説明できる.このモデルを検証し,沈み込むプレート上層部の温度構造と流体分布を明らかにするため,海溝海側斜面〜アウターライズにおける,高密度の熱流量測定と人工電流源を用いた電磁気探査を2014年から開始した.

 このうち熱流量測定は,正断層構造が発達し始める地域で,主に北緯39度付近の東西方向測線に沿って実施した.その結果,約20 kmにわたり詳細な分布が得られ,熱流量が東西(海溝に直交)方向に数km のスケールで増減を繰り返すことが判明した.さらに,これに交わっての南北方向の測定でも,東西方向に匹敵する大きな変化が得られた.このような短波長の熱流量変動は,海底下浅部に起因し,海洋地殻の不均質性と関係すると考えられる.例えば,地殻が破砕される時期が場所によって異なるとして,流体と熱の流れの数値計算を行うと,観測値と同様な数kmスケールの熱流量異常が生じることが示される.これらの結果は,熱流量の変動が海洋地殻の破砕状況を反映している可能性を示すものである.

 上記の例を含め,海溝海側における沈み込むプレートの変化を明らかにすることは,沈み込み帯に対する境界条件を知るために重要である.この観点に立って,共同利用研究集会「海溝の海側で生じる過程を探る:沈み込み帯へのインプット」を開催し,沈み込む前に海洋プレートに生じる変化,その変化が沈み込み帯全体に及ぼす影響について,さまざまな分野の研究者による発表と議論を行った.