3.8.1 素粒子検出デバイスの開発研究

(a)  ミュオグラフィ検出器 - 同期並列化とガス検出器

高い時間分解能でミューオン透視画像を取得できれば,火山噴火に関与するマグマの動きを動画として可視化することができ,火山学的なブレークスルーにつながる.前年度までの研究開発で,口径が1.5 m × 1.5mのミュオグラフィ装置を用いて,直径1~2kmの火山(薩摩硫黄島)を透視する場合,3日程度の分解能を達成することができた.しかし,桜島程度(直径数km)のサイズの火山を,1日より短い時間分解能で,透視画像を得ようとすると,ミューオン装置の受信部面積を現状の数平米から10倍以上に巨大化せざるを得なくなり,現実的ではなくなる.そこで電波干渉計アレイと同様のアイデアが浮上する.すなわち,多数の低雑音ミュオグラフィ装置を並列で稼動させ,それらの時間同期を取りつつ運用して,「実効的に」受信面積を拡大することである.この並列運用技術を実現するため,手始めに,ミュオグラフィ観測装置2台をつなぐ高速同期電子回路システムを開発し,並列運用試験を行っている.このシステムでは,独立したミュオグラフィ観測装置に10nsの時間分解能で時間情報を付加し,世界最高精度の並列ミュオグラフィを実現している.桜島ではこれまでに実績にあるシンチレーターベースのミュオグラフィ観測装置を並列化することで,世界最大の有感面積(4.5平米)によるミュオグラフィ観測が実現された.

さらに並列化は,エアボーン・ミュオグラフィへの展開を可能とした(http://www.nature.com/articles/srep39741).エアボーン・ミュオグラフィとは,航空機に小型のミュオグラフィ観測装置を搭載し,観測現場でホバリングすることで,地形的制約を受けずに自由な場所からミュオグラフィ観測を立案から観測までを短時間で実現する技術である.今回,有感面積0.25㎡の観測装置2台を並列運用することで,雲仙岳平成新山の山頂部中心の高密度領域と周囲の低密度領域の密度差を2時間半程度のホバリング(図3.8.1)で約2σの統計的有意度で分離できることを世界で初めて実証した.

 同技術は長期間のモニタリングには向かないが,装置の設置許可等も不要で,空港から観測現場へと迅速に到着することができることから,将来,ドローンなどの無人航空機技術と組み合わせることで,成長中の溶岩ドーム浅部などの内部状態をいち早くとらえる技術に発展することが期待される.また,地理的制約を受けないので,多方向から火山観測を行うことができ,高精度な3次元トモグラフィの実現にもつながる.

ガス検出器の技術を応用した低価格,軽量,高解像度ミュオグラフィ観測装置の実現を目指して,2016年度,第3世代ミュオグラフィ観測装置mMOS(multi wire proportional chamber muography observation system)の開発を行った.従来のガス検出器はゲインの温度依存性が強く,振動耐性も非常に弱く,野外のミュオグラフィ観測には不向きであったが,ハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターとの国際共同研究によってこれが可能となった.検出器の位置分解能は従来のシンチレーターベースの検出器の10倍の1 cmである.単位有感面積あたりの重量,価格も一桁小さい.9月より実機を用いたラボベースでの実験観測を続け,結果としてすでに実績のあるシンチレーターベースの第2世代ミュオグラフィ観測装置と比べて高い解像度と近い性能を得ることが実証されたため,桜島に同機の設置を行い2017年1月20日よりテスト観測を開始した.

 (b) ボアホール設置型ラジオグラフィー

 宇宙線ミューオンは上空からのみ飛来する.したがって,断層破砕帯や地滑り面等の地下構造を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミューオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.ボアホールのような狭隘な空間では,センサーの有効面積を大きくとることが困難なであり,ミューオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.

 2014年度までに,跡津川断層(岐阜県飛騨市の山中)近傍に掘削された最大深度350mのボアホールを利用して,深度100mまでのミューオン・フラックスデータを取得した.その解析結果では,断層破砕帯の走行方向に有意なフラックス増加を検出し,それが深度50mから95mにかけて存在する破砕帯沿いに期待される空隙率の増加と整合することが見出された.また,断層の傾斜角が従来のモデル(〜90°)とは異なり,約70°であることも判明した.これを受け,昨年度は検出器の高感度化・高分解能化のため,新型の検出器を製作した.新型検出器は,方位角方向8方向に分割された二層のシンチレーターで構成され,方位角方向に分解能を有する.また,検出器内の構成要素の配置を最適化し,シンチレーターの面積を最大化することで幾何学的に計算される検出器のアクセプタンスは約3倍となった.更に,電源供給を除く全ての装置を検出器筐体中に収め,超低消費電力データ収集エレクトロニクスを採用した.これらの改良により,検出器の感度・分解能および観測作業性が大きく向上した.

 今年度は,新型検出器を同ボアホールに設置し,試験的に地下100 mまで観測を実施した.データ解析の結果,前回の観測と矛盾のない方向にフラックス増加を認め,期待通りの方位角方向分解能向上および統計を得た事を確認した.今後は詳細なデータ解析を進め,検出器および周辺地形と断層を含めたシミュレーション結果と比較することで,断層の三次元構造を決定する.また,来年度は今年度の結果を基に検出器・データ収集系の改良および観測計画の調整をした後,地下350 mまで観測を実施し,より深部まで断層の三次元構造探査を進める.

 更にこれらと並行して第三世代検出器の開発に着手し,現行検出器では実現されなかった仰角方向分解能の実現と方位角方向分解能向上のため,シンチレーター構成および光検出器の変更とデータ収集エレクトロニクスの改良を進めている.