3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a) ミューオンによる火山体内部のイメージング

 我が国は世界に先駆けて素粒子ミューオンによる火山透視(ミュオグラフィ)を成功させ,これまでにない解像度で火山浅部の内部構造を画像化した.例えば,浅間山では固結した溶岩の下にマグマ流路の上端部が可視化された.また,薩摩硫黄島ではマグマ柱上端部に発泡マグマが可視化された.これらはすべて静止画像であるが,2009年の浅間山噴火前後の火口底の一部に固結していた溶岩の一部が吹き飛んだ様子が透視画像の時系列変化として初めて可視化された.さらに,最近では薩摩硫黄島においてマグマの上昇下降を示唆する透視映像が3日間の時間分解能で取得された.

 これらの成果は,ミュオグラフィが火山浅部の動的な構造を把握し,噴火様式の予測や,噴火推移予測に有用な情報を提供できることを示している.その一方で,現状には以下のような改善点も残されていることが痛感されるようになった.

  • ⅰ) ミュオグラフィデータ解析に時間を要し,仮に3日間の観測で十分な統計精度のミュオグラフィデータが得られたとしてもそのデータをすぐに透視画像として提供する事が出来ていない(解析の即時性の課題).
  • ⅱ)全ての火山学者が透視画像にアクセス出来る状況に無いため,火山学的研究とミュオグラフィとの相互インタラクションが乏しいこと(データへのアクセス性の課題).

桜島でのミュオグラフィ観測を例にとると,同点でのデータは,研究者が現地の計算サーバーにアクセスして,一定期間分を随時ダウンロードして解析しているのが現状である.

 これらの課題を克服して,リアルタイムで火山学者が透視画像にアクセス出来るようにするためには,

  • ①ミュオグラフィデータを自動的に処理して,そのまま透視画像として提供できる自動処理ソフトウェアの開発,
  • ②得られた火山体透視画像のオンラインデータベース化の環境整備を始めた.2016年度は,レンタル共用サーバー上に構築したウェブサイトに,観測点から高速かつ安定的にデータを自動転送するシステムの構築

が必要である.

 ①の課題をクリアするためには,観測装置にかかわる煩雑な諸元の補正を簡略に行うことが求められる.まず,ミュオグラフィ観測において,密度長の比とミュオンイベントレートの比が単純な関係式であらわされることを見出した(Tanaka and Ohshiro, 2016).ヘクトメートル水等量オーダーサイズの中規模ボリュームにおいて,この関係式を過去に行われた3つのミュオグラフィ観測の実例に適用して,その有用性を検証した.この論文はEuropean Geoscience Union (EGU)のハイライトジャーナルに選出された(2016年9月26日).また,②の課題をクリアすることを目指して,ミュオグラフィデータを観測点から高速かつ安定的に自動転送するシステムを試作した.

 原子核乾板を用いたミューオン観測は,スペイン・カナリア諸島の一つであるラパルマ島で実施した.同島では,1949年の火山活動により長さ数キロにわたる断層が生じた.地質学的調査及び考察から,この断層は大規模な山体崩壊の予兆であるとされ,崩壊が起きた場合,アメリカ東海岸まで高さ10mもの津波が届くという予測もされている.2016年に有効面積0.75m2の低雑音型乾板が3ヶ月に渡って設置され,現在, 回収・現像処理を経て,乾板中のミュオン飛跡の画像解析が進められている.

(b)  ラドン変換を用いた地球惑星物体の3次元イメージング

 ミュオグラフィを用いた3次元イメージングを試みた例としては,これまでに,2 方向からの観測を用いたTanaka et al.(2010)の研究がある.そこでは透視対象内部の密度値をさまざまに仮定して,観測結果をもっともよく説明する構造を決定するというインバージョン手法が取られている.一方,X 線CT として既に実用化されているラドン変換を用いた方法は,従来のインバージョンよりも再現性の高さや,計算速度において有利である.また,外形に関する先見情報も不要であるため,きわめて応用範囲が広い技術である.ミュオグラフィでは,これまで扱われて来なかったラドン変換の有用性を検証するため,数値シミュレーションを行なった.一辺が100m,密度3.0g/cm3の正四面体を対象物体とした1 年間の観測のシミュレーション結果から,観測点の配置を工夫すれば一定の分解能でイメージングが可能であることがわかった.また,従来のX線CT と異なり,観測の分解能やノイズ分布に非一様性が表れることがわかった.より現実的な物体に対する実証実験の準備として,静岡県伊東市の大室山火山(小型で円錐形状に孤立しているため,山体を囲うようにして検出器を設置しやすい)を選び,ミューオン透視のシミュレーションを行った.ラドン変換による密度再構成の系統誤差は,4点観測では21%に達していたものが,16点観測では9%,64点観測では6%と,観測点が増えれば誤差も小さくなる.観測効率からは少ない観測点のほうが望ましいことから,系統誤差の改善度とのトレードオフで実際の観測計画を立案することに役立つ.

(c) 大気ニュートリノおよび太陽ニュートリノを用いた,地球深部の化学組成・密度構造推定

低エネルギーのニュートリノは,断面積が極めて小さく,地球を容易に貫通するため,質量密度の測定には適さない.しかし,大気中で生成されたニュートリノの観測などにより,ニュートリノは質量を持ち,その結果,ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動).なお,この現象はスーパーカミオカンデによって発見され,その功績によって本学宇宙線研究所の梶田教授は2015年にノーベル賞を受賞したことで広く知られるようになった.

ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,媒質中の電子数密度で決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成を測定することが可能となる.この手法を,既知の地球の物質密度分布と組み合わせることで,原子番号(Z)と原子量(A)との比(A/Z比)をイメージングすることも可能である.

これまでは大気中で生成されるニュートリノに限定して,感度見積もりを行ってきた.今年度は太陽内部で生成されるニュートリノが,下部マントルの電子数密度測定に有用であることを見出した(図3.8.2).その過程において,現在用いられている太陽ニュートリノの断面積の計算式は,次世代のニュートリノ観測に求められる精度を持たないことが判明したため,新たに断面積計算を行った.また,PINGU計画の検出器構成の変更によって,地球外核の化学組成の測定感度が向上することを明らかにした.

2017年度以降は,以下の項目について研究を行う.

  • 太陽ニュートリノと大気ニュートリノを組み合わせて,下部マントルの化学組成や電子密度分布の測定を行った場合の,測定感度の見積もりを行う.下部マントル中に含まれる水の量は,これまで考えられていたよりも多い可能性があることが近年報告された.ハイパーカミオカンデ検出器やその他の実験結果を組み合わせて,下部マントルの水分含有量が測定可能かどうか,検証する.
  • ハイパーカミオカンデ計画や南極に建設が計画されているPINGU計画,ロシア国内に建設が計画されているBAIKAL-NERPA計画に積極的に参加し,ニュートリノ振動を用いた地球深部の化学組成の測定感度の向上に貢献していく.
  • 既存の観測データ(Super-KamiokandeやDeepCore)を複数組み合わせて,地球中心核の電子数密度ないし平均化学組成に制限を加える.この制限は地球科学的には有用ではないと予想されるが,ニュートリノ振動を用いた化学組成測定のデモンストレーションという観点で重要である.

(d) 地球ニュートリノグラフィの開発

 東京大学地震研究所と東北大学ニュートリノ科学研究センターは,KamLANDで得られる世界最高精度の地球ニュートリノデータを用いて,核-マントル中に含まれる放射性元素の量を世界最高精度で決定することを目標として,地震波速度構造を用いた島弧地殻の岩相モデリングに着手した.数か月に一回のペースで研究集会を開催し,より現実性の高い岩相モデリングを目指した議論を行ってきた.

 2016年度は地震波速度構造から得られた岩相分布の結果を用いて,日本島弧地殻のウラン・トリウム濃度を推定するために,一万点以上のデータ数,約100の論文や報告書のデータからなる,日本列島を構成する岩石の化学組成データベースを構築した.データベースを用いてモデル化された,日本列島を構成する各種の岩石のウラン・トリウム濃度を用いることで,日本島弧地殻ウラン・トリウム濃度の推定,ひいては地殻由来のニュートリノフラックスのより現実的な推定が可能となる.また,メルトの効果を加味した島弧地殻の岩相モデリングを行うために, メルト量や化学組成と,地震波速度の関係性の定量的なモデル化を行った.

 主に岩石の同位体比を用いた地球化学的研究によって,マントルの化学組成に全地球スケールでの不均質性が存在していることが指摘されている.全地球の火山岩組成の空間分布の解析を行い,ウラン・トリウムの濃度分布にも大規模構造が存在する可能性があることを示した.