3.5.2 海域地震観測および地震波構造調査

沈み込み帯における地震発生は,プレート境界面における摩擦によってひずみが蓄積し,地震時に蓄えられたひずみエネルギーが解放される現象である.地震発生に関するプレート境界の性質は,境界の形状および温度や水の含有量といった物性によって決定されると考えられている.低周波イベントからプレート境界型巨大地震まで,その発生メカニズムを理解する上で,プレート境界の固着程度の把握,およびその周辺の構造や物性を詳細に理解することは必要不可欠である.さらには,プレートの沈み込みに伴う脱水反応によって生成された水の挙動が,上盤プレート内の内陸地震の発生に関与していることもわかって来た.我々は沈み込み帯の全体構造の把握,およびプレートの沈み込みに伴う諸現象の理解を通して地震発生メカニズムの解明をめざし,海域での地震観測や制御震源地震波構造調査などによる研究をすすめている.

 (1) 南海トラフ沿い地震活動不連続周辺域の海陸統合地震観測・人工震源構造調査

西南日本沖合に走る南海トラフ沿いではフィリピン海プレートの沈み込みに伴い,~100年周期でマグニチュード8級の巨大地震が繰り返し発生してきた.紀伊半島沖合の巨大地震震源断層境界域において,地震研究所で開発された長期観測型海底地震計を用いて、5 カ年度にわたる繰り返し地震観測を行った.地震波形相関を用いて走時を正確に求める手法を開発し,震源と3次元地震波速度構造の同時インバージョン解析を適用した.その結果,断層境界より東南海側では地震活動がほとんど見られず,南海側で見られる地震活動も地震発生深度がトラフ軸平行方向にステップ状に変化し,紀伊半島南西側では海洋性マントル内で,それより東では海洋性地殻内で地震が発生するといった震源分布のセグメント化を明らかにした.西側の海洋性マントル内で発生している地震は北北西-南南東に走行を持つ直線上に並び,これらがマントル内の構造に起因するものである可能性を明らかにした.さらに,紀伊半島沖合に沈み込む海洋性地殻内のVp/Vsが低く,低周波地震の活動分布と良い相関があることを明らかにした.また,遠地地震の観測波形を用いたレシーバー関数解析も進めており,構造と断層境界の関係を明らかにするための研究を行っている.海域観測データには,海水面と海底面間の多重反射が含まれているため,これがレシーバー関数中の大きな雑音の要因となることがわかっている.この多重反射が決まった周期を持って繰り返す性質を利用して,これを取り除くフィルターの設計方法を新たに開発し,それを実際のレシーバー関数解析に適用することによって,プレート境界面および海洋性モホ面が明瞭に確認できるようになった.さらに,レシーバー関数波形を直接用いた波形インバージョンによる地震波速度構造解析手法を新たに開発し,紀伊水道沖に設置した海底地震計で得られた実際の観測波形に適用した.その結果,プレート境界面上にP波およびS波の速度が,それぞれ3 km/sおよび2 km/s程度であり, 約1 kmの厚さのごく薄い地震波低速度層があることを明らかにし,さらにその地震波速度分布を求めることに成功した.このように遅い地震波速度の層には水の含有量が高いことが考えられる.さらに,紀伊半島沖の地震活動境界に向けて地震波速度が遅くなっていることを明らかにし,境界の形成要因となっている可能性を示した.

 (2) 房総沖地震・地殻変動観測

房総半島東方沖では,首都圏直下地震発生領域の東縁に接して,6~7年の周期を持ってスロースリップ・イベントが発生している.房総沖での地震活動を把握し,構造との対比から本領域の地震発生メカニズムを解明することを目的として,2009年から2010年にかけて長期観測型海底地震計を用いた海域地震観測を行った.さらに短期観測型海底地震計を加え,海溝軸並行測線で構造調査も行った.ここで得られた観測データを用いて震源と速度構造の同時決定インバージョン解析を進め,フィリピン海プレートの沈み込む形状,本海域に沈み込む太平洋プレートが標準的な海洋地殻に準ずる構造を持つこと,震源が地殻および上部マントルの特定領域に集中的に発生して二重地震面を形成していること,さらに震源メカニズムを明らかにした.また構造調査からは,沈み込むフィリピン海プレートの北限位置に向かって,沈み込む太平洋プレートの深さが3km程度深くなっており,プレート同士が接する領域では複雑な構造となっていることを明らかにした.相模トラフに沿った測線は,房総沖スロースリップ発生域の南限を通っており,この発生域に対応するプレート境界からの反射波振幅強度の増加が見られることを明らかにした.有限差分法による振幅評価を行った結果,スロースリップ発生域周辺のプレート境界では,1 km/s程度の地震波速度低下が必要であり,したがって,水を豊富に含む物質,あるいは粘土鉱物が多く含まれている可能性を示した.スロースリップ発生域周辺からは2012年から海底圧力計による海底上下変動連続観測を開始し,現在も観測を継続中である.本観測中の2014年1月にはスロースリップが発生した.本観測では,このスロースリップに伴う海底での上下変動が観測された.これらの観測研究は,千葉大学,北海道大学,東北大学,九州大学との共同研究である.

 (3) 茨城沖の海山の沈み込みとM7 地震アスペリティの関係

茨城県の沖合~100 kmでは,太平洋プレートの沈み込みに伴って,~20年周期でマグニチュード7 級の地震が繰り返し発生してきた.2004年の海域構造調査,および2005年海域地震観測から,深さ10 kmに海山が沈み込んでおり,繰り返し地震の断層がその沈み込み前縁部に位置すること,また海山上のプレート境界では地震活動が見られないことを明らかにした.2010年10月から,この海山前縁部周辺に長期観測型海底地震計を用いて,観測点間隔6 kmという高密度なアレイを構築し,およそ1 年間の地震観測を行った.またこの観測網を通る南北150 kmの測線で,エアガンを人工震源とした構造調査を行った.本観測期間中に,東北地方太平洋沖地震が発生し,さらに本震震源域南限に位置した本観測アレイの近傍で最大余震が発生した.本震発生前後での地震活動を比較すると,本震発生後は震源域南限全域で地震活動が活発化しているが,特に沈み込む海山の前縁部周辺域で非常に活発化していることがわかった.さらにこの地震活動と本震および最大余震の発生との関連について詳細に調べたところ,本領域の活動が本震よりも最大余震によって活発化したことを明らかにし,本震のプレート境界面すべりが茨城県沖まで達しなかった可能性について議論した.これまでの海山の沈み込み前方で発生したM7以上の地震の発生様式を比較すると,海山の沈み込み前方基底部で地震が発生し,その後にプレート境界面上の沈み込み深部を震源としてM7以上の地震が発生するというパターンが見られる.沈み込んでいる海山と地震活動との関係については,さらに詳細な議論を行うために,東北地方太平洋沖地震の最大余震と,さらにその余震の震源分布について,解析を進めているところである.なお,この観測研究は北海道大学,東北大学,九州大学,千葉大学との共同研究である.

(4)2011年東北地方太平洋沖地震震源北限域における地震波構造調査

三陸沖の北緯39度には,南側の地震活動の活発な領域と北側の非活発な領域の境界が存在することが知られていた.2001年に,我々は海域地震波構造調査を行い,地震活動とプレート境界反射波の振幅の間に,良い反相関の関係があることを明らかにした.この境界領域は,東北地方太平洋沖地震震源域の北限に当たると考えられている.地震発生前後でプレート境界の反射強度に変化が見られるか確認するために,2013年9月に海洋研究開発機構の白鳳丸を利用して行われたKH-13-5次航海において,2001年と同じ測線上に同じ観測点配置で海底地震計を設置し,再度構造調査を行った.また2014年10月には,同じく海洋研究開発機構の白鳳丸によるKH-14-4次航海において,東北地方太平洋沖地震でプレート境界が大きく動いたとされる海溝軸近傍の陸側斜面において,海底地震計およびエアガン人工震源を用いた海域構造調査を行った.2013年構造調査のデータを用いて,人工震源からの初動の走時,およびプレート境界からの反射波の走時を目視検測し,走時インバージョン法によって本調査測線に沿った2次元P波速度構造およびプレート境界面の形状を明らかにした.その結果,地震活動が変化する境界に対応して,プレート境界の深さも,およそ1 km程度変化していることがわかった.プレート境界反射波の強度について,2001年と2013年のデータについて比較したところ,2001年構造調査で確認された反射波強度が強いところで強度が弱くなり,弱いところで強くなる傾向にあることが考えられ,さらに検討を進めているところである.2014年構造調査測線では,東北地方太平洋沖地震で大きな断層すべりがあったとされる場所のプレート境界の深さが浅くなっている領域が認められた.断層すべりとプレート境界面形状との関係について,さらに詳しい調査を進めている.なお,これらの調査研究は,北海道大学,東北大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.

(5)東北地方太平洋沖地震の余震観測

2011年3月の東北地方太平洋沖地震発生時後より,海底地震計を用いて日本海溝沿いで余震観測を続けている.これまでのデータにより,本震時にプレート境界が大きくすべった本震震源付近では余震活動が低調であること,また福島県沖から千葉県房総半島沖の震源域南部では余震が少ないことから,本震時の破壊がこの付近で停止したことが示唆されることを明らかにした.2013年9月に本震震源の北側周辺域に長期観測型海底地震計を設置し,2014年10月に回収した.余震観測期間中では非常に多くの地震が発生しており,そのすべての地震について各観測点における地震波到達時刻を検測し,震源を決定することは非現実的である.これまでは,気象庁一元化震源にリストされている地震に関して,その震源を精度良く決めるための作業を行ってきた.したがって,特に海底地震計のみで観測されるような小さな地震については,震源情報を得ることは難しかった.そこで現在,海底地震計,さらに場合によっては陸上地震観測網を含めた観測波形記録から自動で震源を決定するシステムの開発を行っている.東北地方太平洋沖地震の前後における地震活動について,この手法を適用し,海底地震計のみで観測されるような微小地震も含めて解析を進めている.これまでの結果では,東北地方太平洋沖地震本震の震源よりも浅部では,それよりも深部と比較して小さな地震がより多く発生しているように見られる.このような地震活動の差は,東北地方太平洋沖地震の断層すべりによる地震波の周波数成分との対応が見られる可能性が示された.現在,さらに詳しく解析を進めているところである.本研究は,北海道大学,東北大学,千葉大学,京都大学,鹿児島大学との共同研究である.