3.7.1 海・陸機動観測による地球内部構造とダイナミクスの解明

(1) ふつうの海洋マントル計画

(1-1) 経緯と計画の概要

海半球センターでは,センターの立ち上げ当初から固体地球科学分野の基礎的な重要課題を解明することを目的にした,大型科研費によるプロジェクトを実施するとともに,並行して常に一段質の高い観測データを得るための技術開発を行なってきた.海半球計画(1996–2001 年)においては,西太平洋域に総合的地球物理観測ネットワークを構築して地球内部をグローバルな視点で見る基盤を整えた.また,地震と電磁気の海底長期機動観測装置を開発して,グローバルな観測網よりも高い解像度を獲得した.2004-2009年度の特定領域研究「スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開」( スタグナントスラブ計画)では,太平洋プレートの沈み込みに焦点をあて,観測網と機動観測からアプローチする我々のグループに国内の高温高圧実験グループと計算機シミュレーショングループを統合して,スラブの滞留と崩落のメカニズムおよびそのマントルダイナミクスおよびその地球史上の意義を明らかにした.一方で,海底機動観測データの質を陸上観測所のレベルにまで向上させることを目標に,自己浮上方式に頼らずに深海無人探査機(ROV)を利用して設置回収するタイプの海底機動観測装置(BBOBS-NXとEFOS)を開発してきた((2-1)「次世代の観測システムの開発」参照).

次に我々は,以上の成果を背景に,科研費特別推進研究「海半球計画の新展開:最先端の海底地球物理観測による海洋マントルの描像」( ふつうの海洋マントル計画)を,2010年度から5カ年計画で実施した.この計画は,自ら開発した世界最先端の海底観測装置と観測技術を駆使して,海底拡大軸・ホットスポット・プレート収束帯などの影響を受けずにほぼ水平なマントル流があると期待される,「ふつう」の海洋マントルにおいて,(a) リソスフェアーアセノスフェア境界(LAB)の原因および (b) マントル遷移層の水分布という,2つの固体地球科学分野の根本的課題の解明を目指した.なお本計画には,海半球センターのメンバーだけでなく,室内実験や計算機シミュレーションなどの手法で研究課題に取り組む所内の他の部門・センターの教員や,JAMSTECの研究者も参加した.

 具体的な観測実施海域は,北西太平洋のシャツキーライズの北西側(海域A)および南東側(海域B)の2海域である(図3.7.1).2010年6月には,海域Aに5観測点からなるパイロット観測を開始し,本格的な大規模長期観測は,2011年11月と2012 年8月の2回の研究船「かいれい」航海で開始した.2013年8月に,民間の作業船「かいゆう」によって自己浮上型装置を回収するとともに,新たな設置を行なった.2014年度には,5月29日〜6月14日に実施した民間作業船「かいゆう」による航海(火薬による制御震源探査と海域Aの自己浮上型機器の回収)と,9月9日〜10月2日に研究船「かいれい」と無人探査機「かいこう7000-II」による航海(残りの観測機器の回収)を実施し,ふつうの海洋マントルの謎(上記(a)(b))を解明する目的での海底観測が完了した.その後,データ解析を進めて,以降の3節に述べるような科学的成果がこれまでに得られた.

 本研究のテーマは,内外の第一線研究者も取り組んでいる所で,同様の観測研究プロジェクトが欧米の研究グループによって実施されている. 2015年3月4-6日には宮城県松島において国際シンポジウムを主催して,内外の主要な研究者の参加の元に「ふつうの海洋マントル」に関する科学的成果を発表・議論した。また、今後の研究の方向性についての議論も行い、各国が協力して海底観測によるマントルイメージングを太平洋全域に展開するという合意がなされた.この「太平洋アレイ計画」(4-4参照)を実現すべく,本センターとソウル大学との日韓共同研究計画を立案して科研費申請を行う一方,米国のグループもNSFの申請を行って,国際連携による研究の推進が徐々に具体化しつつある.

(1-2) 海底地震観測

2010年度から開始した特別推進研究「ふつうの海洋マントル」計画では,従来型の広帯域海底地震計(BBOBS)による観測に加えて,陸上観測点並の観測能力がある新型の広帯域海底地震計(BBOBS-NX)の導入が鍵となっている.大洋底下の詳細なマントル構造の解明には,BBOBSでは数年以上の長期間のデータ蓄積を要するが,このBBOBS-NXであれば1–2年程度で高精度な解析結果が得られるデータを取得することが期待できる.パイロット観測では2台を1年間,本観測では6台を2年間設置した.BBOBSもそれぞれの観測で3台,および12台を1年毎の設置回収を3年間実施し,データを蓄積させた.

 観測航海は,JAMSTECの研究船・ROV(かいれい・かいこう7000II)および民間傭船を用いて,2010年以降6回実施し,継続した海底地震観測を行った.潜航作業が必須なBBOBS-NX(図3.7.2)については,2010/2012/2014年に設置(BBOBS-NXの設置・展開)および回収を行った.最終的に,全てのBBOBSとBBOBS-NXを回収している.

 全観測点でのノイズモデルを計算した結果からは,海域A・Bでのノイズレベルは場所により大きく異なっているのが分かった.そのため,BBOBSでのノイズモデルが場所に依っては,周期100秒付近での水平動ノイズレベルがNHNMより15–20 dB高い場合もあった.一方でBBOBS-NXでは,水平動ノイズレベルが高い場合でも周期100秒付近でNHNMより10 dB高い程度で,この方式での優位性は系統的に認められた.また,両方式のBBOBS共に上下動のノイズレベルはNHNMとNLNMの中間程度と静かである.これらから,P波トモグラフィー・表面波解析・レシーバ関数解析といった波形を用いる解析手法が効果的に適用できることが期待される.更に2014年6月に実施した傭船航海では,4地点で大薬量(200/400 kg)の爆破を計11回行い,観測中のBBOBS群でデータを取得した.海域Aで全観測点直下の速度構造が均一として上部マントル内でのP波速度の方位依存性を求めると,P波速度の速い方向はN136度方向となり,過去の研究結果とほぼ一致した.また,観測期間中に海洋研究開発機構が実施していた大容量エアガンによる人工地震探査のシグナルを記録していた.発振点からの距離は300–900 kmであり,予備的な解析の結果,海底面から深さ約60 kmでの反射波と考えられる.

 (1-3) 海底電磁気機動観測

海底電磁気機動観測は,自由落下・自己浮上方式の海底電磁力計(OBEM)とROVを用いて設置・回収する新規開発の展張型電場測定装置(EFOS)を用いて行っている.2010年より合計37台のOBEMを海域Aの17観測点および海域Bの8観測点に設置した.また5台のEFOSを海域Aの4観測点に設置した.2015年度までに海域Aの16点,海域Bの7点からOBEM31台を,海域Aの3点からEFOS5台を回収した.利用可能な全データを利用して,海域Aおよび海域Bの上部マントル1次元電気伝導度構造モデルを推定した.得られたモデルは,0.01 S/mよりも低電気伝導度な層が約80–100 kmの厚さを持ち,その下に約0.03 S/mの高伝導度領域があることを示している.低電気伝導度層の厚さは,海域Bの方が海域Aよりもやや厚い傾向が見える.この低電気伝導度層は,(2)で述べる先行プロジェクト(スタグナントスラブ計画)で得られたフィリピン海下マントルのそれと比べてやや厚いが,小笠原沖太平洋下マントルのそれと比較すると有意に薄い.それぞれの観測海域の平均的な海洋底年代は,海域Aが約130 Ma,海域Bが約140 Ma,フィリピン海が0–60 Ma,小笠原沖太平洋が 140–155 Maであり,年代差から予測される低温なリソスフェアの厚さと得られた電気伝導度構造は整合的でない.このことは,リソスフェアの厚さと年代との関係が単純な年代に伴う冷却モデルには従わないことを示唆する.また,海域A・BのOBEMとEFOSの長周期データから,マントル遷移層の電気伝導度構造を推定した.その結果,両海域下の構造は北太平洋の平均1次元構造(Shimizu et al., 2010, Geophys. J. Int.)で説明できることを明らかにした.さらに,同じ電磁気データと,同海域で取得された海底地震計のデータ,マントル遷移層の含水鉱物の電気伝導度値を総合して,海域A下のマントル遷移層の含水量の最大値を0.4 wt.%と制約した.

(1-4) マントルの高分解能イメージング

「ふつうの海洋マントル計画」で回収した広帯域地震波形記録に地震波干渉法を用いた解析を継続して行い,地震波速度の方位異方性が構造推定に与える影響などを評価した.また,解析手法を改良することで地震波速度の推定精度が向上し,海域A・B間のS波1次元構造の違いがマントルの低速度層において約2%になることを明らかにした.これは古い海洋底下に非常に強い不均質があり,小規模対流が起こっている可能性を示している.

 「ふつうの海洋マントル計画」で回収した広帯域地震波形記録に加え,これまでに行われてきた日本の広帯域海底地震観測で得られたデータ,太平洋に展開している海洋島地震観測網で得られたデータ,アメリカの臨時広帯域海底地震観測網で得られたデータを用いて太平洋全域の上部マントル3次元S波速度構造モデルを求めた.その結果,大規模な速度不均質構造・鉛直異方性構造は既存の全地球モデルと調和的であること,シャツキー海台南東に顕著な高速度異常,ハワイの下に低速度異常,海洋上部マントルでは深さ約80–150kmに鉛直異方性の強い領域が存在すること, S波速度の鉛直方向微分の極小値の深さから推測されるリソスフェア・アセノスフェア境界は典型的な海洋底では変化が小さく,海洋底年代の古い北西太平洋域でも深さ約80kmであることが明らかになった.

 観測期間中に観測網の西方約300–100kmのアウターライズ地域において海洋研究開発機構により,大容量エアガンによる人工地震探査が実施されており,このエアガン信号が広帯域海底地震計に明瞭に記録されていた.記録されていた信号は震央距離約300–900kmという長距離を伝播した地震波であった.この記録を解析した結果,観測されたエアガン信号は深さ約80kmからの反射P波であることが明らかになった.また得られた記録はP波の方位異方性の存在を示しており,モホ直下約20kmに約3%の方位異方性が存在することで説明可能である.

(2) 深海底を含む西太平洋地域への地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開

(2-1) 次世代の観測システムの開発

(2-1-1) 次世代の海底地震・測地観測システムの開発

本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000 mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.

 広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を開発した.試験観測結果から,自由落下方式でセンサー部を海底面に突入させて埋設することにより,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.これは既に(1-2)で触れたように,実用観測に供している.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律動作により実施出来る次世代機(NX-2G)の開発研究を進めている.これを実現させる上での課題である,自由落下後に発生するセンサー部の傾斜の原因調査を2015年9月に下記のBBOBST-NX設置時に実施した.この結果では,海底面に突入する直前の傾斜が保存されている様子である.この結果を念頭に,NX-2G試験機を製作し2016年10月に実海域試験をROV傭船で実施した.その際,センサー部を海底から引き抜くために追加した浮力体をNX-2G本体と接続する方法を考慮することで前述のセンサー部の傾斜発生を防げることも,自律方式で必要な基本的動作に加えて確認された.2017年4月には,BBOBST-NXの新規設置に併せて近傍にNX-2G試験機を設置し,長期試験観測を開始する予定である.

 また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めている.2013年4月には,房総半島東沖の海域での1年間の長期試験観測を実施した.2014年1月に設置地点のほぼ直下でスロースリップイベントが発生しており,それに伴うと考えられる傾斜変動が記録された.2015年には2年間の試験観測を房総沖・宮城沖の2地点で開始し,より長期間での安定性などを検証する.

(2-1-2) 最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発

電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される(表皮効果).OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百kmに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.2004年にプロトタイプ装置を深海曳航体での設置による試験観測を行い,1日以上の長周期のS/Nが向上し,マントル遷移層の深さまでの探査を可能にすることが示された.高性能な新型の装置であるBBOBS-NXとEFOSとが開発されたことから,我々はその組み合わせによって従来は困難とされた地球科学上の問題に取り組む方向を目指した.両者を同一の航海で設置回収するために,EFOSを無人探査機(ROV)で設置するように変更した.ケーブル長が6kmのタイプと2kmのタイプがあり,それぞれEFOS-6およびEFOS-2と呼ぶ.

 設置にあたっては,レコーダとケーブルボビンを鉄製のフレームの上に取付け,フレームを係留ブイにつないで投入する.フレームと係留ブイの間には音響切り離し装置を接続し,全体が着底した後ブイを切り離して回収する.さらに「かいこう7000II」により,ケーブルボビンを吊り上げて曳航し,先端の電極が海底に落ちるまでケーブルを展張する.観測終了後は,「かいこう7000II」の潜航作業によりレコーダのみ回収する.

 実際「ふつうの海洋マントル」計画では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2(図3.7.3)とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.

(2-2) 海洋島地震観測網

ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.

(2-3) 海洋島電磁気観測網

ポナペ(ミクロネシア連邦),アテーレ(トンガ王国),モンテンルパ(フィリピン),カンチャナブリ(タイ),ワンカイヨ(ペルー),南鳥島の各観測点における地磁気3成分と全磁力の観測を継続した.マジュロ(マーシャル諸島)観測点については,新観測点での観測再開について,現地協力機関と協議をしている.絶対観測値を用いて2012年以降の地磁気三成分確定値の検討を開始した.また、2014年までの観測値の公開準備を行った.

(2-4) 海底ケーブルネットワークによる電位差観測

フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1),グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北(上海ケーブル)の海底ケーブルについて電位差観測を継続し,これらの電位差に含まれる長期変動成分の解析を継続して行った.特に,電位差成分の永年変動(時間1階微分)に着目し,短期主磁場変動の地磁気ジャークとの関連を調査した.

(3) 海半球観測網を補完する長期アレイ観測

(3-1) 海底地震観測

海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を行った.周期3–30秒においては地震波干渉法を,周期30–100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10–150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.すなわち,1–2年のBBOBS 臨時観測から観測網直下の深部構造が解析可能となり,このような機動的観測を太平洋内に展開する「(4-4) 太平洋アレイ(Pacific Array)」を構想し,推進体制の構築を開始した.

 また,「ふつうの海洋マントル計画」によって,広帯域海底地震計では,エアガンによる人工地震探査の信号を300–900km離れた地点で観測できる性能を有していることが明らかになった.このことは,地殻構造探査を目的としてきたエアガンを用いた海底人工地震探査で,海洋リソスフェアの構造探査が可能であることを示しており,実用化に向けた検討を開始した.

(3-2) 海底電磁気観測

三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めた.またこの海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し,2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録していた.更に2013年4月から8月にかけて,新潟・秋田県沖日本海でも6台のOBEMを用いた観測を行った.同時に周辺の島で観測したデータ,過去に秋田県沖日本海で取得したデータを加えて3次元解析が進行中である.これらの観測データを統合的に解析し,最終的には日本海溝から日本海にかけての島弧断面の電気伝導度構造を明らかにすることを目指している.

(3-3) 陸上地震観測

新学術領域研究「核-マントルの相互作用と共進化~統合的地球深部科学の創成~」の一環として,主としてNECESSArray計画により購入された地震観測システムを活用し,タイ王国に40点の地震観測網を設置した. この観測網は,インド・中国・オーストラリア・オントンジャワの観測網のデータと融合し,最下部マントルに広がる広域S波低速度領域(LLSVP, Large Low Velocity Province)の境界域を詳細に探査する大アレイの中核をなすものである.S波速度構造だけでなく,P波速度,異方性,減衰構造,散乱特性の地域性をマッピングし,LLSVPの成因とダイナミクスの制約を試みる予定である.

(3-4) 陸上電磁気観測

1998年以来,中国地震局地質研究所の協力を得て中国東北部吉林省中部および遼寧省西部・中部においてネットワークMT観測を行ってきた.そのデータの解析から,マントル遷移層の深さで電気伝導度が他地域に比べて有意に高くなる傾向が認められた.2007年より,この異常域の空間的な広がりを調べるために,中国東部を中心とした既存磁場データの解析を始めた.また,その観測点を埋めるように新たに中露,中蒙国境付近の2地点に3成分磁力計を設置し,観測を実施した (地震予知研究センターと協働).

(4) その他の地域での観測的研究

(4-1) 仏領ポリネシアでの海底地震・電磁気観測

JAMSTEC及びフランスと共同で,仏領ポリネシアのソサエティホットスポット周辺で海底広帯域地震・電磁気観測を2009–2010年に実施した.

 これまで,遠地地震のアレイ解析(周期30–50秒)および地震波干渉法(周期14–37秒)を用いた表面波アレイ解析,表面波トモグラフィー解析手法を用いたフレンチポリネシア地域の上部マントル3次元S波速度構造を求めてきたが,新たにP波走時トモグラフィーによる全マントル3次元構造モデルを求めた.その結果,ソサエティ,アラゴ,マクドナルド,ピトケアン・ホットスポットでは深さ400km以浅では直径200-300kmの低速度異常がホットスポットの下に存在し,深さ500-1000kmではこれらの低速度異常をつなぐリング状の低速度異常となり,深さ1000km以深の大規模低速度異常とつながっていること,ラロトンガ・ホットスポットでは浅部の低速度異常が直接深さ約1000km以深の大規模低速度異常に直接つながっていること,マルケサス・ホットスポットでは低速度異常が見られないことが明らかになった.

 電磁気観測では最長22ヶ月間の電磁場変動記録を取得することができた.マントル電気伝導度構造解析については,本観測で取得したデータに加え,ブレスト大(フランス)による2観測点のデータ,および公開済みの9観測点のデータを再解析し,電磁気応答関数を推定した.現在3次元電気伝導度構造解析を進めているところであるが,解析の結果,ソサエティホットスポットの下にマントル遷移層から立ち上がる高電気伝導度がイメージングされた.温度とマントル中の揮発性成分(水・二酸化炭素),部分溶融量を推定した結果,高電気伝導度領域では2.2%の溶融体が存在することが示された.

(4-2) 大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポット

2011年度より,科学研究費補助金を得て,大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポットの電気伝導度構造研究を開始した.これは,ドイツ(GEOMAR)との共同研究である.本研究の目的は,ドイツ側と併せて26台のOBEMをホットスポット周辺海域に展開して,マントルの電気伝導度構造を解明し,ホットスポットの起源がマントル深部にあるか否か,またアフリカ・南米大陸の分裂にどのように寄与したかを議論することである.OBEMの設置は2012年1月~2月に,回収は2012年12月~2013年1月に実施した.本センターからは,8台のOBEMを持出した.ナイチンゲール島にも電磁場観測点を1点展開し,データを取得した.2015年7月〜2016年1月に当センターの担当研究者がGEOMARに滞在し,現地研究者と共に集中的にデータ解析を進めて,マントルの3次元電気伝導度構造を推定した.得られた構造モデルでは,マントル深部からの上昇流を示唆するような高電気伝導度異常が認められない.このことは上昇流がデータからは分解できないほど小規模で,活動が終焉に近づいていることを示しているかもしれない.一方で,深さ約120kmの高電気伝導度層は観測アレイ内の海洋底年代に依存せずほぼ平ら分布するが,トリスタン・ダ・クーニャ島の南を東西に走る断裂帯より北側で盛り上がっている.断裂帯の北側セグメントは,海洋底年代は古くが,水深はプレート冷却モデルによる予測よりも深い.これらの一見矛盾した特徴は,中央海嶺下のマントルが北側セグメントの方がより低温で,部分溶融による脱水作用がより浅部から働いたと解釈することで説明できる.

(4-3) 太平洋オントンジャワ海台

オントンジャワ海台においてJAMSTEC等との共同観測を2014年から科研費(基盤B)の採択を受け開始した.このプロジェクトは,これまで充分な海底観測がなされていなかったこの巨大海台下の深部構造とその成り立ちを明らかにすることを目的としている.通常の海底広帯域地震・電磁気観測に加え,周辺島嶼での陸上臨時広帯域地震観測・反射法地震探査・船上磁力調査・精密海底地形調査・ドレッジによる岩石採取を実施する.2014年11月から2015年1月にかけての航海でBBOBS23台・OBEM20台を設置した.回収航海は2017年1–2月に予定されている.陸上臨時地震観測は一部が国際共同観測研究として実施され,観測完了後にデータ共有される予定である.

(4-4) 太平洋アレイ(Pacific Array

「広帯域海底地震探査」の確立(Takeo et al., 2013,1016, JGR)により,十数点のBBOBS/OBEMを1–2年展開することで,観測網直下の海洋リソスフェア−アセノスフェアシステムの地震波速度(方位異方性を含む)および電気伝導度の1次元構造が,海洋底からアセノスフェアの深さ(100–150 km)まで計測できることとなった.このような機動観測・解析を国際協力のもと太平洋内の十数カ所に展開するという「太平洋アレイ(Pacific Array)」の構想を提唱し,推進体制の構築を目指している.2014年のIRIS workshop(5月),IRIS Amphibious Array Facility Workshop(10月),AGU(12月)での講演に続き,2015年は,NOMan symposium(3月),JpGU(5月),IUGG(6月),IPGP-ERI workshop(9月),ソウル大学(11月),International OBS Special Interest Group meeting(12月@AGU)で関係の講演を行い国際的な協力を模索した.AGU(12月)に於けるION(International Ocean Network;IUGG下の組織) のbusiness meetingにおいてPacific Array initiativeを紹介し,IONによる支持(support)が得られることとなった.
 2016年は,EGU(4月),SEISMIX2016(5月),AGU(12月)で関連の講演を行った.科研費(挑戦的萌芽的研究)の支援を受け継続的に上記の国際研究協力体制作りを進めると共に,2016年4月から地震研究所共同利用特定研究B「太平洋アレイ(Pacific Array)」が採択され国内の研究協力体制作りが始まった.国際協力としては,韓国ソウル大学との韓国の観測船を使った共同研究の検討および科研費申請,アメリカグループの研究申請への支援(申請書へのサポートレター送付)等を行うと共に,関連英文Webページ(太平洋アレイ計画)を立ち上げた.国内協力としては,共同利用の支援のもと9月に研究集会を開催し様々な検討を開始した(3年間継続予定).

 (5) 海半球ネットワークデータの編集・公開

Boulder Real Time Technologies社のAntelopeというソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及びIRISとリアルタイムデータ交換を継続した. インドネシアの国内観測点, ADPCの観測点のデータの取得を継続した.

 超伝導重力計データの公開を継続した. 海洋研究開発機構と共同で,広帯域地震データ,GPSデータ,電磁気データの公開を継続した.

(6) データ解析に基づく地球の内部構造と内部過程の解明

散乱地震波を用いて内部減衰・散乱減衰を独立に推定する手法を確立するため,正確なシミュレーション方法を開発した.モンテカルロ法に基づき,境界面での透過や反射や変換,多重散乱,不均質の振幅の地域性,S波の偏光方向の影響を取りいれ,現実的なグローバル地球モデルに対するシミュレーションに成功した.またこのシミュレーションを応用し,地震波エンベロープから内部減衰・散乱減衰分布をインバージョンする手法を開発し,海洋リソスフェア・アセノスフェアの構造推定に活用できることを示唆した.

 アレイ地震波形データを適切にスタッキングすることにより,直接的に震源におけるエネルギー放射の時空間分布を推定する手法(back projection法)を改良し,解像度を改善した. アレイや表面反射のフェーズの影響を適切に補正することにより,震源のイメージがシャープになることを数値実験により示した.また本手法を2001年のクンルン地震に適用し,S波速度を超える破壊伝播が存在したことを明確に示した.

 地震波異方性を記述する新しいパラメータを導入した.具体的には鉛直異方性(Radial Anisotropy, Transverse Isotropy)を記述する新たな第5のパラメータ(P波,S波それぞれの異方性の強さに加えて)を導入した.このパラメータは,入射角に依存する実体波の位相速度を,楕円条件(elliptic condition)からのずれとして適切に評価するだけでなく,表面波の位相速度や地球の固有周期の偏微分係数の評価からも,長周期の波動場も適切に記述することがわかる.今後の鉛直異方性の研究において使われるべきものであり,PREMなどの標準地球構造モデルを改訂・構築する際にも有用となる.これまで鉛直異方性は,「Love波とRayleigh波の矛盾」として理解されてきたが,「表面波と実体波の矛盾」としても定義しうることが明らかになり,リソスフェア−アセノスフェア−・システム(LAS)を特徴付ける新たなパラメターとして今後の研究の展開が期待される.