3.5.10 スロー地震学プロジェクト:スロー地震発生領域周辺の地震学的・電磁気学的構造の解明

 近年明らかとなった断層すべりの多様性は,プレート境界面摩擦特性の不均質性に起因し,境界面の形状,そこに存在する物質の物理的性質や水の分布などの構造・環境的要因を反映していると考えられる.本研究では,多様な断層すべりが連動して発生する豊後水道周辺域を主な対象領域として,地震学的・電磁気学的な手法を総動員し,プレート境界周辺構造の包括的な理解,さらには断層すべりの発生に伴う構造内の変化を捉えることに挑戦する.本プロジェクト内で実施される観測によって求められた詳細なスロー地震発生領域と,本研究課題で得られた構造およびその変化との対比,さらにはプレート境界物質の物性に関する地質学的情報とあわせ,スロー地震の発生環境の把握を目指している.また,ニュージーランド・ヒクランギ沈み込み帯をはじめとする他の沈み込み帯との比較による共通点・相違点の構造的要因を解明し,断層すべりの統一的理解に基づく物理モデル構築を目指すための研究を行っている.

 既存の地震観測網の記録から,南海トラフに沿う領域における地震波不均質構造の空間変化を明らかにした.その結果,深部低周波地震が発生している領域ではプレート境界の上部の岩石が平均的な地震波速度を示す一方で,深部低周波地震が発生していない場所ではプレート境界の上部の岩石の地震波速度が平均よりも遅いことが明らかとなった.

 豊後水道周辺域におけるスロー地震の発生に伴う電磁気的シグナルの有無の検証,および比抵抗構造から多種多様な断層すべりと地下流体の分布との相関を明らかにすることを目的として,陸域における長基線地電位差観測からなるネットワークMT法観測網を整備し,観測を継続した.また,2017年3月から海域での海底電磁場計による海底MT観測を開始した.このうち,陸域のデータの解析をすすめ,20秒程度から数万秒にわたる長周期で良好な応答関数が推定できることを確かめた上で,2016年4-5月に決定した応答関数を用いた3次元比抵抗構造解析を実施した.沈み込むプレートの上盤側中部地殻に顕著な低比抵抗域が認められ,微小地震活動がその低比抵抗域を避けるように分布していることが確認できた.沈み込むプレートの上部領域において,長期的スロースリップが繰り返していた領域とその外側の領域の比抵抗を比較したところ,スロースリップが繰り返し発生していない領域のほうが相対的に低い比抵抗を示すという結果が得られた.その傾向は,同領域が相対的に高P波減衰であるするKita and Matsubara, 2016の結果と調和的である.しかし,さらにその下部のプレート境界面領域では,顕著な低比抵抗異常域は検知されなかった.一般的に,上部に低比抵抗域が存在するとその下部領域の構造決定精度は落ちる.このため,中部地殻の低比抵抗領域が存在する条件下で,プレート境界面領域に対する解像度の検証を行っているところである.

 2019年11月には四国西部の陸域で,火薬発破を人工震源とする大規模構造調査を実施した.探査測線は愛媛県西予市から久万高原町に至る地域(測線長:約80km)と愛媛県大洲市から高知県四万十町に至る地域(測線長:約50km)に設定し,測線上の6か所で発破を行った.薬量は,すべての点で200kgである.これら発破による信号を観測するために,探査測線上に地震観測装置を200m~250m間隔で600か所に設置した.得られた発破記録は良好で,初動到達後に,深部地殻内や沈み込むフィリピン海プレートからの反射波と考えられる明瞭な後続波が確認できる.今後,反射法解析を実施し,深部低周波微動発生域の構造を明らかにする予定である.

 2020年度には豊後水道沖で人工震源を用いた地震波速度構造調査を実施する予定である.微動活動からスロースリップまで,多様な地震活動が見られる豊後水道周辺域の構造について,その発生環境を明らかにすることを目的として,最善となる測線の策定を進めているところである.