日本海溝海側における太平洋プレートの屈曲変形に伴い，プレート上層部で水や物質・熱が活発に移動することを示す現象が，近年相次いで発見された．プレート内火成活動（プチスポット），広域的な高熱流量異常，地震波速度構造の異常等である．速度構造の異常は，屈曲変形で生じた亀裂に水が取り込まれたことを示唆しており，熱流量異常も，海洋地殻の破砕により流体循環が発達し，熱を運ぶことで生じたと考えられる．このような海溝海側での水と熱の流動は，沈み込むプレートの温度構造と水分布を変化させ，プレート境界の地震発生帯付近の環境条件に影響を及ぼすものである．また，海洋プレートに水が侵入し沈み込み帯に持ち込まれる過程は，物質循環やマグマの成因等，物質科学の観点からも注目されている．
　これらの海溝海側で生じる過程に関して，科学研究費・基盤研究（A）「海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程とその沈み込み帯への影響の解明」（2018～2021年度）を軸とした総合的な研究を進めている．この研究では，海洋プレート上層部における水の動きとそれによる熱輸送に焦点を絞り，複数の研究機関が共同することで，地球物理学的探査，物質科学的分析，室内実験，数値モデリングといった幅広い手法を用いて探求しようとしている．
　2019年には，日本海溝海側のアウターライズ地域において観測調査航海を実施した．プチスポット火山近傍では，高密度の熱流量測定を行い，火山体を通る活発な流体循環が起きていることを明らかにした．この火山の近傍，及び顕著な正断層の近傍では，堆積物の間隙水，底層水の採取も行い，化学分析を進めている．また，海洋地殻～マントル最上部の比抵抗構造を調べるため，海底電位磁力計を設置しての自然電磁場変動の観測も開始した．数値モデリングでは，プレート屈曲に伴う破砕で海洋地殻内の透水率が変化することにより，どのような流体循環と熱輸送が起きるかを調べている．その結果に基づき，日本海溝・千島海溝の海側で得られている広域的・局所的な熱流量分布の特徴から，海洋地殻の破砕過程を推定することを目指している．一方，多様な分野の研究者による議論や情報交換を推進する場として，地震研究所共同利用研究集会「海溝海側で生じる過程とその影響：沈み込み帯へのインプットの実態研究」，及び日本地球惑星科学連合大会で同様な趣旨のセッションを開催した．