3.9.1 強震動予測の高度化と想定巨大地震による長周期地震動の予測シミュレー ション

(1) 2011年東北地方太平洋沖地震と南海トラフ巨大地震の長周期地震動シミュレーション

2011年東北地方太平洋沖地震(M9.0)では,関東平野,濃尾平野,大阪平野などにおいて周期3〜10秒程度の長周期地震動が強く発生し,超高層ビルが10分間以上にわたって長く揺れたことが社会問題となった.しかし,1944年東南海地震(M7.9)における東京の地震計記録や2004年紀伊半島南東沖の地震(M7.6)における大阪の地震計記録を調べると,東北地方太平洋沖地震の長周期地震動のレベルは必ずしも大きなものではなく,これら過去地震時のレベルと同程度にすぎない比較的小さなものであった.M9.0地震の長周期地震動のレベルが小さかった原因を確認するために,日本列島周辺の3次元地下構造モデルを用いた長周期地震動の波動伝播シミュレーションを実施し,南海トラフの地震ではフィリピン海プレート上面の柔らかい堆積物(付加体)が長周期地震動を強く励起し,かつ付加体に沿って関東平野に誘導する効果を持つことを確認した.いっぽう,太平洋プレートが急角度で沈み込み,付加体が存在しない日本海溝の地震では,震源の深さがやや深く(20〜50km)表面波の励起が小さいことや伝播経路で増幅も起きないことから,長周期地震動の生成レベルは相対的に小さくなることを確認した.したがって,東海・東南海・南海地震の連動のように,M8.6〜8.7クラスの巨大地震による関東平野の長周期地震動は,東北地方太平洋沖地震の時の33倍,また大阪平野では5倍程度大きくなることが考えられる.また,東海・東南海・南海地震の数分の時間差発生により,長周期地震動の継続時間が10〜20分以上に長くなる恐れがあり,被害予測と対策には揺れの強さだけでなく継続時間についても十分な注意が必要になる.

(2) ポスト京コンピュータに向けた大規模地震波伝播シミュレーションコードの開発

強震動予測の高度化に向けて,これまで地球シミュレータを用いて開発した地震波伝播・強震動シミュレーションコード(Seism3D)を,京コンピュータに移植するとともに,京コンピュータのスカラー型CPUに適合するように性能チューニングを行った.また,1Hz以上の高周波数地震動から周期10秒以上長周期(周波数0.1Hz以下の低周波数)地震動を含む広帯域の地震動計算を目的に,広い帯域をカバーする非弾性減衰モデルの導入や,地表,海底面の境界条件の高度化,PML吸収境界条件の採用など,計算コードの高度化も同時に進めた.さらに,多数のCPUを用いた並列計算を考慮して,従来の3次元(x,y,z)領域分割から2次元(x,y)領域分割へとアルゴリズムを変更し,分割領域間での計算負荷バランスを均一化することにより並列化効率を高め,数万個のCPUを用いた超大規模並列計算を可能にした.本計算コードを用いて東北地方太平洋沖地震の地震波伝播シミュレーションを実施し,24,576CPUを用いた並列計算により,641TFLOPSの実効性能(CPU性能比20.4%)を得た.また,ポスト京開発に向け,将来の低メモリバンド幅(低B/F)計算機を想定した地震波伝播シミュレーションコードのコデザインを開始した.計算過程での中間変数の削減によるメモリロード・リストア回数の低減や,メモリ負荷軽減の観点からアルゴリズムを見直すことにより,計算コードの低B/F化(2.6から1.4程度)に成功し,京コンピュータでのSeism3Dの実行効率を30¥%にまで高めることができた.また,ポスト京コンピュータのメニーコアプロセッサを用いた高スレッド並列計算の効率化に向けて,Intel PhiプロセッサやGPGPUプロセッサを用いた性能評価とコードの改修を行った.

(3) 没入型VR装置を用いた南海トラフ地震の地震波伝播・長周期地震動生成過程の可視化

大地震における伝播経路での長周期地震動の成長と平野での強い増幅の物理過程の理解を深めるために,神戸大学の陰山聡教授らのグループと共同で没入型可視化システム(π-CAVE)を用いた地震波伝播・強震動の3次元可視化の研究を進めた.今年度は,京コンピュータを用いて実施した,1995年兵庫県南部地震の強震動シミュレーション結果の可視化を進めた.π-CAVEを用いた地震波動場の3次元ボリューム可視化により,神戸阪神地域の3次元基盤構造における地震波の干渉・増幅による,市街地に局所的に発生した強震域(震災の帯)の成因を再確認した.また,深発地震においてプレート内を高周波数地震動が伝わり,太平洋岸に強い揺れが発生する「異常震域」の生成メカニズムを説明するために,京コンピュータのシミュレーション結果の可視化を行い,プレート内の不均質構造における地震波の強い前方散乱と地震波の閉じ込め・誘導効果を確認した.