3.9.3 巨大地震関連現象の解明に資するデータ駆動型モデリング技術の研究開発

(1) 構造物の即時被害予測に資する地震動イメージング技術の開発

本センターは,文部科学省研究開発局の科学技術振興費「都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト」に参画し,その中において,観測に基づく都市の地震被害評価技術の開発を実施している.大地震発生直後に,3.9.2で述べたような建物や橋梁等の都市構造物の地震応答をシミュレーション計算することにより,都市部における被害状況を即時に予測し,素早い救助活動や復旧作業につなげることが可能になると考えられるが,このシミュレーションを実施するためには,個々の構造物への入力地震動を与える必要がある.地盤モデルやインバージョンによって求められる震源パラメータに含まれる大きな不確実性の観点から,3.9.1で述べたような地震波伝搬のフォワード計算によって,入力地震動をこの帯域まで計算することは極めて難しく,地震観測データから直接求める以外に方法はない.

 本センターでは,構造物の空間分布よりも圧倒的に疎な地震観測データから,地震動を高空間分解能で推定するイメージング技術を開発した.具体的には,任意の構造物における入力地震動が,近傍の地震観測点における地震動のテイラー展開で記述されるという多変量線形回帰モデルを仮定し,複数の近傍観測点で得られた観測データを用いて,未知変数である偏微分係数群および入力地震動を推定する.回帰モデルの係数推定アルゴリズムとしては,疎性モデリングの一種であるlasso(least absolute shrinkage and selection operator)を発展させたgroup lassoを採用し,恣意的に設定した時間座標および空間座標の依存性を排除した入力地震動解を得る手法を開発した.本手法を,2011年東北地方太平洋沖地震の際に首都圏地震観測網MeSO-netで得られた地震データに適用したところ,少なくとも0.2Hz以下の低周波領域における首都圏地震動イメージングを得ることに成功した.

(2) プレート境界面における摩擦特性の大規模空間構造モデリング技術の開発

日本列島周辺における巨大地震の発生サイクルを解明する上で,プレート境界面における摩擦特性,特にアスペリティの空間分布を把握することは重要である.摩擦特性を求めるための有力な手法の一つとして,大地震発生後の余効すべりに伴う地殻変動を記録したGNSSデータに基づき,準動的運動方程式および速度・状態依存摩擦構成則に含まれる摩擦パラメータ群を, 4次元変分法によって推定するデータ同化法が確立されている.余効すべりの数値シミュレーションを実施するためには,空間に関する計算グリッドを極めて細かく設定する必要があるものの,陸側のみに存在するGNSS受信機の空間密度を考慮すれば,実際に得られる摩擦特性構造の空間分解能は,計算グリッドよりもはるかに粗いため,無駄な計算コストが生じていることになる.

 本センターでは,K平均法によるクラスタリングおよび赤池情報量規準に基づき,摩擦特性の大規模空間構造を抽出するためのモデリング手法を開発した.計算グリッドの粗視化による計算コストの大幅な削減につながり,データ同化による大規模な摩擦特性の解明が可能となることが期待される.本年度は,2003年十勝沖地震に伴う余効すべりを模した擬似観測データに対する双子実験によって本手法の性能検証を実施し,真の摩擦特性の空間構造が再現可能であることを確認した.今後は,本センターが統計数理研究所,京都大学,および海洋研究開発機構等の研究機関と共同で実施している地震研特定共同研究(B)「固体地球科学におけるデータ同化法の創出」とも連携することを計画している.

(3) データ駆動型シミュレーション室の創設

データ駆動型モデリング技術の開発を本格的に実施するため,他の研究部門や研究センターとも連携し,所長裁量経費によるデータ駆動型シミュレーションプロジェクト室を発足させた.地震関連の観測データには,不十分な構造モデルや膨大な計算コスト等に起因する数値シミュレーションでは再現しきれない現象や情報が非常に多く含まれており,これを余すことなくモデリングに活かすための技術開発が長年の課題となっている.本プロジェクト室では,これまでは所与のシミュレーションモデルに大きく依存していた従来のデータ同化の枠組みに,疎性モデリングに代表されるデータ駆動型モデリングの手法をプラグインすることにより,シミュレーション/データ両駆動型のデータ同化法の創出を目指している.