1923年関東地震(M7.9)は、相模トラフから南関東下に沈み込んでいるフィリピン海プレート上面で起きたプレート境界型の地震である。この地震では直後に大規模な火災が起きたこともあり、死者・行方不明者が6万人を超える甚大な被害となった。
関東平野の堆積層の厚さは、東京湾の真下で3,000m以上にもなり、この直下で大地震が起きた場合には甚大な被害が起きることは想像に難くない。そこで関東平野の地下構造と1923年関東地震の地震動の伝播特性との対応を調査するために、数値シミュレーションを行った。
関東平野の3次元基盤構造
関東平野は、人工地震屈折法探査やバイブロサイス反射法探査などの各種の物理探査、そして最大で深さ3,000mを超える深層ボーリングなどの地質調査が詳しく行われており、地下構造が比較的よく知られている数少ない地域の一つである。
図7は山中・山田(2002)により求められた関東平野の3次元基盤構造を模式的に表したものである。この研究では、前述の各種地下構造探査のデータの集約に加えて、東京工業大学の研究グループにより独自に行なわれた微動アレー探査の結果(S波速度構造)を加えることにより、関東平野の堆積層の構造が詳細に調査されている。なお、このモデルでは、波動伝播シミュレーションに最適化したモデルとして、先新第三系基盤岩(Vs=3km/s)の上に堆積する3層(下総層:Vs=0.5km/s;
上総層:Vs=1.0km/s; 三浦層:1.7=km/s)の深度分布が示されている。堆積層の厚さは東京湾から房総半島にかけて最大3,000m以上に達しており、また、相模湾では8,000m以上の深さにまで基盤が窪んでいる(図7)。
1923年関東地震の数値シミュレーション
関東平野の地下構造モデルを用いて1923年関東地震の波動伝播シミュレーションを実施した。深部には、モホ面とフィリピン海プレート(Ishida,
1989)の3次元形状を組み込み、深さ100 kmまでをモデル化した(図7左下)。プレートの厚さは20kmとし、上面には厚さ5kmの海洋性地殻を置いた。関東平野の堆積層は山中・山田(2002)のモデルを用いて組み込んだ。
関東地震の断層震源モデルは、遠地で記録された地震波形と地殻変動データを統合的に用いたインバージョンから推定されたWald
and Somerville(1995)のものを用いた。
再現された1923年関東地震の揺れ
計算から求められた波動伝播のスナップショットを図8(地震発生から12,
35秒後)に示す。小田原付近の地下15kmにある一つ目のアスペリティからS波が放射され、次に三浦半島下の二つ目のアスペリティから第2波が放射される様子が確認できる。この二つの大振幅パルス波が南東方向に伝わっていく様子が確認できる。
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地表ではS波が丹沢から秩父の山地に沿って早い速度で北側に伝播していく様子が見られる。断層破壊の進む東側に向かってやや周期の長い(数秒〜10秒)大震幅の地震動が形成され、これが相模湾と関東盆地の厚い堆積層で強く増幅される様子も確認できる。大振幅のS波は2波からなり、これが関東平野を1〜1.7km/s程度のゆっくりとした速度で房総半島沖に向かって伝わっていく。また、堆積層の厚い相模湾では地震動がトラップされるため、数十秒にわたって振動が継続している様子も確認できる(35s)。
計算から求められた関東周辺の震度分布を図5に示す。2つのアスペリティを中心に震度6〜7の強震域が現れており、また震度5以上の領域が南関東全域にわたって広がっている。これは諸井・武村(2002)が木造住家全壊率から推定した1923年関東地震の震度分布と良く対応している。ただし、埼玉県東部から東京湾にかけての旧利根川の流路に沿って延びる震度6〜7の強震被害域はシミュレーションでは再現できておらず、逆に震度が小さくなっている。これは、本計算で用いた格子サイズ(Dz=0.1km)と最小S波速度(Vs=0.5km/s)では、ごく表層( < 30m)の低速度(Vs=0.1km/s以下)地盤を組み込むことができないため、地震動増幅効果が十分に反映されていないためである。
震度に大きく関与する、周波数0.5Hz以上の高周波地震動は、地下数十メートル以浅の表層地盤により大きく影響を受けていることはよく知られている。このような表層地盤の増幅効果は、たとえば地形分類図による表層地盤特性(たとえば、久保・他,
2003)を利用した補正により評価する必要があろう。
関東シナリオ地震の強震動シミュレーション
ところで1703年元禄の関東地震(M7.9〜8.2)では、震源域が南東側に数十km以上広がり房総半島沖にまで達していることが地殻変動の解析から明らかにされている。
この広い震源域に対応して、関東南部の広い範囲では震度6以上の揺れが観測され、また相模湾沿岸地域や房総半島南部では震度7相当の強震動の記録がある(宇佐美、1996)。同時に房総半島や相模湾の沿岸部では最大10mを超える大津波が発生したことも報告されている(村上・都司、2002)。
GPSを用いた日本列島の地殻変動の解析から、1923年関東地震や1703年元禄地震の震源域の滑り欠損(固着)が詳しくわかってきた(鷺谷、2003)。図10はプレート固着域に1923年関東地震の2つのアスペリティと、1703年元禄地震で破壊したと考えられるもう1つのアスペリティを重ねて描いたものである。関東地震の2つのアスペリティと元禄地震の津波の波源域がGPSから推定されるプレート固着域にちょうど対応することがわかる。
ここでもし、房総沖のアスペリティにおいて固着が1703年元禄地震以降ずっと続いていると考えると、現在までの300年間に約9mの滑り欠損が起きていることになる。南関東下の2つのアスペリティは関東地震で歪みが解放されたと考えると、房総沖のアスペリティでは、近い将来に単独で地震が起きる可能性も否定できない。
そこで、想定される関東地震のシナリオとして、1)房総沖のアスペリティで単独に地震が発生した場合(房総沖の地震)と、2)1703年元禄関東地震のように、3つのアスペリティの破壊が連動して起きた場合(元禄タイプの地震)の2つを想定した強震動シミュレーションをなった。なお、房総沖の震源については、滑り量が最大で4.5m、平均がその半分(2.2m)になるような震源モデルを作成した。また、断層破壊開始点(震源)は1703年元禄地震で考え られている、房総半島の南端(2つ目と3つ目のアスペリティの中間から南に20kmの位置)に置いた。
関東シナリオ地震の揺れと震度分布
計算から求められた、房総沖の地震と1703年元禄タイプの地震の2つの地震の震度分布を図11に示す。房総沖の地震では、震源から北東方向に進行する断層破壊に沿って強く地震波が放射され、房総半島の東側の海岸線に沿って震度6の強震動が生まれることがわかる(図11a)。このとき、地震波エネルギーの大部分は房総半島を北上するため、神奈川県南部と千葉県で震度5の揺れが現れるほかは関東平野北部での地動は小さいと考えられる。
これに対して、3つのアスペリティが破壊する元禄タイプの地震では、1923年関東地震の揺れと房総沖の地震の揺れがちょうど重なり合う、千葉県から東京都にかけての広い範囲で震度5以上の揺れが生じることがわかる(図11b)。房総半島の南東側の海岸沿いに見られる震度7の揺れは、1703年元禄関東地震の記録(宇佐美、1996)とよく対応する。