境界積分方程式法における効率的な計算法の開発

九州大学大学院理学研究院・助手・亀 伸樹、地震研究所・教授・山下輝夫

地震研究所ニュースレター、6月号、4-5、2005



 破壊シミュレーションの実際は弾性体動力学の初期値・境界値問題を解くことですが、これは「岩石の物理特性(境界条件としての摩擦構成則)とその領域に存在するテクトニックな応力(応力初期条件)」が全て解っている場合に「地震の始まりから終わりまでの全体の破壊現象を予測する(破壊面を含む動弾性方程式の解を計算する)」ことに対応します。破壊現象は強い非線形性を持ち、初期条件のわずかな違いにより破壊過程が大きく変化するので、多くのパラメタの組に対してシミュレーションを行う必用があります。そこで本研究では、非平面断層の破壊シミュレーションにおいて近年広く使用されている「境界積分方程式法」に対して、計算時間が短縮でき、かつ、計算メモリが少なくて済む効率的な計算法の開発を行いました(文献1,2)。

 「境界積分方程式法」では、破壊面を構成する計算要素を空間内に自由に配置することができ、非平面の破壊解析に適しています。各々の要素上に生じる「滑り速度」が作り出す「応力増分(積分核と呼びます)」は解析表現式があり、これを全破壊要素の滑り速度と数値的に畳込んで総応力が計算されます。しかし「より実際的な複雑形状」を伴う破壊解析を行う場合、この畳込みに要する計算時間の長さが問題となって来ました(破壊面の空間分割数L, 時間分割数Mとすると畳込みにはおよそLxM回の計算を要します)。

 我々は積分核の漸近表現k(r,t)~f(r)g(t)+s(r)を用いて高速化を図りました(r:震源・観測点距離、t:時間)。弾性体動力学の特性から、畳込みにおいて図1に示す収束条件から右辺のどちらかの項が0になります。領域(1)では右辺第2項が消え(a)積分核評価に要する計算回数と(b)メモリ量がLxMからL+Mに削減されます。領域(2)では空間項のみとなり(c)畳込みに要する計算回数と(d)メモリ量がLxMからLに削減されます。これにより、従来と同じシミュレーションを計算時間において1/2、必要メモリにおいて1/4で行うことが出来ました。なお、ここでは2次元問題を扱いましたが同様の漸近表現は3次元問題にも導出可能であることがわかりました。
図1:境界積分方程式法における畳込みを実行する領域における漸近表現の収束条件(1)(2)

 本研究は安藤亮輔博士の学位論文の一部となり、破壊面が幾重にも枝分かれして自ら複雑化していくシュミレーションが8CPU並列PCの計算能力で可能となりました。安藤は、微視的な破壊面の複雑化から大きな分岐面が形成されるマルチスケール破壊解析を行いました(図2)。これは実験室で観察された同類の微細破壊痕と、野外の断層帯で観測された巨視的分岐断層を結びつける研究として注目されます(文献2)。また、本研究の副産物として、従来は別々に行われてきた弾性体の動的解析と準静的解析を境界積分方程式法の中で統一的に取り扱い可能になります。これは非平面断層上の応力蓄積過程から不安定破壊へと到る地震サイクルの全過程を単一計算コードで数値実験できることを意味します。本研究の地震破壊シミュレーションへの更なる貢献が期待されます。
図2:微細破壊から巨視的分岐に到るマルチスケール地震破壊モデルの破壊成長スナップショット

参考文献
(1) Ando, Kame and Yamashita, Efficient boundary integral equation method suitable fot dynamic rupture analyses on non-planar faults, preparing for Geophysical Journal International.
(2) 安藤亮輔、高速時空間境界積分方程式法の開発と、断層帯の形成と地震破壊のダイナミクスに関する理論的研究、東京大学学位論文、平成16年12月。

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