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2月2日の浅間山噴火に関するミュオン解析結果について

平成21年2月12日

発表者: 田中宏幸(東京大学地震研究所 火山噴火予知研究推進センター 特任助教)

 

1.概要

地球に絶えまなく降り注ぐ宇宙線ミュオンを用いて、ラジオグラフィ(放射線を用いた非破壊透過測定術)による巨大物体のイメージングが可能である。宇宙線ミュオンを用いた火山体のイメージング技術は高エネルギーミュオンがX線など他の粒子では透過不可能なキロメートルオーダーの岩石などを透過できる性質を利用している。同じ厚さなら密度の高い物質ほどミュオンは吸収されやすく、密度の低い物質ほど透過しやすい。省電力・分割可搬型宇宙線ミュオンテレスコープによる火山体の観測が可能になったことにより、活動中の火山の火道内部の詳細を測定できる新たな機会を得た。宇宙線ミュオンラジオグラフィーでは地震波などを用いた従来の地球物理学的観測に比べて、かつて無い高い空間分解能で山体内部の密度測定が可能である。このミュオンテレスコープを用いて、2009年2月2日に噴火した浅間山の近傍で、宇宙から飛来する素粒子(ミュオン)の観測を行っていたが、噴火直前の1ヶ月間と、噴火直後の1週間のデータを用いて、浅間山内部の密度変化を解析した結果、2日の浅間山の噴火は、熱で膨張した水蒸気が噴出し、火口に堆積していた古い溶岩などを吹き飛ばした現象であると解釈できることがわかった。

2.発表内容

従来、火山体内部の密度構造(密度の空間分布)の視覚化には写真乾板が用いられてきた。写真乾板は観測現場での取り扱いが容易で、電力も必要としないため、対象に近づけることが容易である。しかし、写真乾板を用いた観測では市販のフィルムカメラと同様、設置、回収、現像、解析の一連の作業が必須である。もし何らかの方法でオンライン観測を行うことが出来れば、火山体内部の密度構造の実時間変動を捉えることができ、火山体内部でマグマなどの大きな質量の動きを捉えることが可能になる。

消費電力を極力抑え、機動性を確保したオンライン観測可能なミュオン測定装置を目指して開発されたのが省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムである。検出器をモジュールとして分割可搬型にすることで、観測点へ小型トラックあるいは複数の人力で搬入することが可能となった可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムは48個のミュオンセンサーモジュール、1つの高エネルギー電圧印加装置モジュールそして、後述するミュオンリードアウトモジュールの合計50モジュールから成る。ミュオンセンサーモジュールは長さ1.5m、幅8cm、奥行き8cm、重量3.5kg程度、高エネルギー電圧印加装置モジュールは長さ50cm、幅3cm、奥行き50cm、重量 5kg程度、そしてミュオンリードアウトモジュールは長さ15cm、幅3cm、奥行き15cmで電源部をあわせても重量1kg以下である。これらのモジュールを観測点で組み上げることで有感面積1?の宇宙線ミュオンテレスコープが組みあがる(図1)。

図1.省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムの概念図とミュオン測定の原理

2008年10月、浅間山の噴火過程を可視化する目的で、省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムが山頂からおよそ1.2 km東にはなれた観測点に設置された(図2)。観測点についてはあらかじめ浅間山の幾何学的形状を考慮したモンテカルロシミュレーションを行い、地形による影響ができるだけ少ないところを選択した。更に、見たい部分、すなわち火口底の下に相当する領域におけるミュオン透過経路が出来るだけ短くなるように選んだ。ミュオン透過経路が短くなることは、ミュオンの透過イベント数が増えて統計的に有利になるだけではなく、見たい部分に対する周囲の厚さの比が大きくなり、結果としてS/N比が向上する。モンテカルロシミュレーションは浅間山全体が均一な密度構造を持っていると仮定して行われる。それぞれ異なる均一密度でのシミュレーション結果は宇宙線ミュオンの観測データと比較され、後に山体内部の密度構造の推定に用いられる。

図2.省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムの設置位置(赤丸)(上)、浅間山における観測装置、及び観測点の写真(下)

観測のエラーは個々のミュオンセンサーモジュールの個性からくる系統誤差と、捉えたミュオンイベント数から計算できる統計誤差の2つの組み合わせである。このうち系統誤差に関しては、何も通ってきていない空側から飛来するミュオンを用いて計算する。検出器に入射するミュオンは何も通ってきていないので、水平方向に対して一様分布に成ることが期待される。この処理を行うことで、ミュオンセンサーモジュールの個性の違いや時間依存性もある程度キャンセルされるため、比較的少ない系統誤差でデータを取り扱うことが可能となる。実際、このようにして規格化されたミュオンの水平角分布はほぼ一様となり、十分統計量がある場合で平均からのずれの1σは5%程度以下となる。このシステムの密度決定精度はこの値で決まる。ミュオン吸収量で議論を行うことにより、ミュオンイベント数の絶対値で議論するよりもはるかに精度の高い議論を行うことが可能となる。

(1)噴火直前の1ヶ月間とその前の2ヶ月間及び、(2)噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の観測で得られたミュオンデータに対してこのような処理を行い、比較したのが図3、4である。図には浅間山火口部分を含む領域において60 mrad, 120 mrad, 180 mrad, 240 mradの仰角でそれぞれ飛来するミュオンの水平角分布を比較した結果が示されている。 A.仰角240 mradは火口上端〜火口中間に相当する仰角に相当する。したがって、火口部分に相当する位置でミュオン透過強度の増加が見られる。B.仰角180 mradは火口中間〜火口底に相当する仰角である。この仰角は2004年の噴火で固結したマグマが火口底に溜まっていると考えられる領域と一致する。C.仰角120 mradは火口底〜火口底直下に相当する仰角、D.仰角60 mradはその下に相当する仰角である。 噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の観測で得られたミュオンデータに対して、それぞれの仰角で比較してみると、以下の重要な結果にたどり着く。 噴火直前の1ヶ月間とその前の2ヶ月間の比較においてはA〜Dの全ての仰角において、統計的に有意な差が見られなかったのに対して、噴火直前の1ヶ月間と噴火直後の1週間の比較においては、仰角180 mrad、すなわち火口中間〜火口底に相当する仰角でかつ、火口の北側に相当する位置(図2中のB)で水平角方向からのミュオン強度の増加が統計的に有意に見られた。

図3 噴火直前の1ヶ月間とその前の2ヶ月間のミュオンデータの比較

図4 噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の観測で得られたミュオンデータの比較

水平角と垂直角の角度空間で表されたミュオン経路に沿った平均密度を火口位置での位置空間に焼きなおして、それを火山の断面図に重ね合わせ、噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間を比較した図が図5である。2004年9月の噴火前の火口底の地形が点線で、噴火後しばらくしてから(2004年12月)の火口底の地形が実線で示されている。

図5 噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の浅間山内部のミュオン経路に沿った平均密度分布の比較

図5中(Bの下の標高2300から2400mの間の部分)に見られるように火口中間〜火口底でミュオン強度の増加が見られるためには、噴火の前後でその増加量に相当する物質が消えている必要がある。一方で、火口底より下では統計的に有意な明らかなミュオン強度の変化は見られなかったため、ミュオン強度を変化させるような大きな物質量の移動は無かったものと考えられる。したがって、2日の浅間山の噴火は、熱で膨張した水蒸気が噴出し、火口に堆積していた古い溶岩などを吹き飛ばした現象であると解釈できる。図5の密度変化を元に体積欠損量を求めることが可能である。図5の±35mの空間分解能、±2%(密度決定精度)を考慮すると、欠損した体積は幅58±35m、高さ50±35m、奥行き 750m×3±2%=22.5±15.0m(密度変化量及び厚さから推定)のディメンジョンを持つ。したがって、体積欠損量の1σ最小値、中間値、1σ最大値はそれぞれ2588 ?、65250?、302812 ?と求まった。今回の噴火での火山灰の噴出量は2-3万トンであった。その他噴石が周囲に飛散しているのでそれが数万トンと推定されることから、合計約5万トン前後であろうと考えられる。火口に溜まっていた岩塊や土砂(空隙も存在するとして)の重さが1m3当たり2万トン位であるとすれば,吹き飛んだ量は数万m3ということになり、ミュオンで見積もられた量の範囲に収まっているようである。

また、火口近傍での高感度カメラの画像をキャプチャーしたものを比較対象としてみると面白いことが分かった(図6)。画像から判断すると、専ら火口の北西側から火柱が上がっているのがわかる。これはBの下の標高2300から2400mの間の部分で密度減少を確認したミュオン測定の結果と調和的である。

図6 火口近傍での高感度カメラの画像とミュオンラジオグラフィーとの比較

3.謝辞

本研究は高エネルギー加速器研究機構との共同研究によって実施されたものである。

4.用語解説

1 宇宙線ミュオン: 高エネルギー宇宙線は主に超新星の爆発により放出され、星間を伝播する間に磁場による擾乱を受けるため、地球表面から見て垂直方向にも水平方向にも等方的に降り注いでいる。宇宙線は地球の大気に衝突して2次宇宙線を生成する。2次宇宙線にはミュオンと呼ばれる透過力の強い粒子が含まれ、宇宙線ミュオンと呼ばれている。宇宙線ミュオンは地表で最も数の多い荷電粒子でそのほとんどが対流圏高層(大体15km上空)で作られる。ミュオンは電子の207倍の質量を持つため物質中でのエネルギーロスが比較的少なく、電子よりもずっと透過力が強い。これらのミュオンは、地球上のあらゆる物質を絶えず透過しているが、全く無害である。垂直方向から飛来する1GeV以上のミュオン強度はおよそ70 m-2s-1sr-1 1-2)であるが、 この値は1平方センチメートルの領域に1分間に1個のミュオン数として広く知られている。これは一晩寝ている間に100万個の宇宙線ミュオンが人体を通り抜けていることと等しい。

2 ラジオグラフィ: 放射線を目的の物質に照射し、透過した放射線を典型的にはフィルムに焼き付けるなどすることによって可視化し、内部の様子を知ることのできる非破壊画像検査の一種である。ミュオンの強い透過力を利用してこれまでに多くの研究者たちが宇宙線ミュオンを用いた巨大物体のラジオグラフィを試みてきた。一例として、カリフォルニア大学バークレー校のLuis W. Alvarez(ノーベル物理学賞受賞)らのグループによって、60年代後期に遂行された実験が有名である。彼らはエジプトにあるKhafre のピラミッド内部に隠された空き部屋の存在を探るためにミュオンの検出器をセットアップした。