NECESSArrayとは?
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NECESSArray計画:中国大陸からみる地球内部ダイナミクス

	田中聡(海洋研究開発機構),川勝均(東京大学地震研究所),大林政行(海洋研究開発機構)
	(「フロンティア地震学の最前線」,月刊地球, vol. 28, 9, 592-596 (2006)より)




図1.観測点配置.黒四角:機動観測点設置予定点(120点). 白三角・白星:既設広帯域定常観測点.白菱形:既設短周期定常観測点. 白抜きの星・白抜き三角:中国が設置予定の広帯域定常点.


1.はじめに

中国東北部は,かつて今西錦司が若き梅棹忠夫たちを率いて 日本における学術探検の歴史を開拓した, いわば,古の強者たちにとっての最前線である[1]. 一方,今日の地球科学的な観点から視れば,ここは中朝クラトン,東北盾状地, 内モンゴル褶曲帯などの特徴的な地質構造から構成され, 38億年前の岩石を産する世界で最も古い大陸地域の一つである[2]. 一般にクラトンや盾状地は長期間にわたって非常に安定した大陸地域であるため, 地殻熱流量が小さく[3],深さ200から300kmに達してもマントルの 地震波速度が地球全体の平均よりも速いという特徴が見られる[4]. しかしながら,グローバルな地震波トモグラフィーによると, この地域ではマントル上部の地震波速度が遅いという他の巨大クラトンにない 際だった特徴が見られる[5].さらに中国・北朝鮮国境に位置する長白山や 中国・ロシア国境付近の五大連池火山に代表されるように火山活動も盛んである[6]. さらには,中朝クラトン東部ではゼノリスの成分が他と異なっており, 太古のリソスフェアが何らかのプロセスで消滅したという示唆もある[7]. また近年のトモグラフィーの研究から,沈み込んだ太平洋プレートが上部・下部マントルの 境界付近に滞留して,中国東北部直下まで伸張していること(スタグナントスラブ)が 示唆されており[8],この地域における火成活動・テクトニクスとの関連が注目されている. 例えば,本多・折橋らは,スラブによって押しのけ上げられた遷移層物質が 410km不連続面で脱水反応を起こし火山のもとになるという"第4の火成活動"の可能性を 提唱している[9].

このように大陸形成や,沈み込むスラブのダイナミクスの観点から見つめると, 中国東北部は,地球科学的に第一級の新たな知見を与える可能性を秘めた地域であり, 地球科学にとっては今なお研究の最前線であることがわかる.

2.NECESSArray計画の概要と意義

NECESSArrayとは,NorthEast China Extended SeiSmic Arrayの頭文字などから 作った中国東北部における大規模機動的地震観測網の略称である. 本観測計画は,日中米の国際共同観測として準備期間を含め2007年夏から 3年間の予定で行われる.構想されているNECESSArray観測網は, 中国地震局が2006年までに建設予定の定常広帯域観測点140点(図1,白印)と 日米チームが2008年夏から2年間展開する120点の機動広帯域観測点(図1,黒印) とからなり,観測点数計260点,観測点間隔100km未満,差渡し1000kmをこえる, 巨大で稠密な広帯域地震計アレイである.

中国東北部という地球科学的に重要かつ未踏の地域に巨大で稠密な観測網を構築し, これまでない分解能で詳細な地震学的マッピングを行うことを謳った本計画は, 極めてチャレンジ精神に富んだ計画であると自覚せざるを得ない. しかしながら,研究対象が国内に向かいがちな日本の地震研究の風潮に風穴を開ける意味でも, 本計画をつつがなく実行することが意義深くかつ必要(necessary)であると我々は信じる. 観測終了後2年間は共同データ解析期間とみなし, その間に公表する全ての成果は国際共同研究のものとして, 計画に参加した日米中の研究者の共著で公表される.

3.NECESSArray計画の科学的目的

このような観測網から得られるデータが地球内部ダイナミクス研究に与える インパクトは計り知れないが, 本計画ではまず,(1)中国大陸の形成・火成活動とダイナミクス, (2)中国大陸下に滞留している沈み込んだ海洋プレート(スタグナントスラブ)の ダイナミクスの解明を目的として掲げる. これらの目的を達成するために,観測網下の地殻・マントルの(深さ約800kmまで) 地震波速度および減衰率の詳細な3次元構造のマッピングを以下の様々な地震学的解析手法を 駆使し集中的におこなう:P 波・S 波走時トモグラフィ,レシーバー関数地殻構造解析, S 波スプリッティング異方性解析,P 波・S 波波形インバージョン解析, (長周期)表面波トモグラフィー,Pn ・Sn (速度・減衰)トモグラフィー, レシーバー関数・アレイ解析によるマントル不連続面マッピング, 脈動を使った表面位相・群速度マッピング. また異なった手法から得られる情報を統合して,中国東北部の地殻・マントルの 構造モデルを提出し,温度・化学組成分布,ダイナミクスにまで制約を与えることを目指す. 例えば,図2には,走時トモグラフィーにおいて,既存のグローバル地震データのみを 用いた場合とNECESSArrayの観測点を加えた場合から期待される上部・下部マントル 境界付近の深さ478km-712kmにおける1度刻みのチェッカーボード・テストの結果を示す. 中国東北部における分解能が格段に向上することが期待される.




図2.チェッカーボード・テスト.上段ISCのみの場合. 下段NECESSArrayで2年間観測したと仮定した場合.数字は,P波速度の標準モデルからのずれ(±1%).

マントル最深部(CMB)の構造解明についても我々は大きな関心を持っている. 中国東北部は,この地域そのものが観測対象として興味深いだけでなく, この地にNECESSArrayを展開することによって地球深部, 特に太平洋下のマントル最下部を覗く巨大望深鏡アレイとして重要な役割を 果たすことが期待されるからである. 地球深部探査のために有益な情報をもたらす深発地震の多発帯である南太平洋に 照準を合わせることにより,太平洋プルームの発生源の構造空間変化が明らかになると予想される. 例えば,図3に示すように深発地震の多数発生する トンガ・フィージー・バヌアツ・ソロモン・フィリピンなどの沈み込み帯で発生する 地震によるコア反射波の走時や波形を解析することで, 太平洋下のCMBの低速度領域(マントルプルーム発生領域)の3次元的構造を明らかにし, 太平洋プルーム源の実体を解明することを目指す. 研究が比較的進んでいるアフリカンスーパープルームに関しては, 発生源とその周囲に急激な構造変化が見られ,スーパープルームの源が, 物質的に周囲のマントルと異なることが明らかになっている. 太平洋プルームにも同様のことがいえるのか否か, 地球上に二つしかないスーパープルームの全貌がこれで明らかになることが期待される.




図3.コア反射波(PcP,ScS波)とコア変換波(ScP波)の波線と反射点 (灰色の丸印)・変換点(白丸印)分布.コンターはS16U6L8[10]による深さ 2800kmにおけるS波速度不均質(細実線が負,太実線が0,破線が正の速度異常, コンター間隔は0.5%)グレースケールは深さ100km以上の地震の発生頻度. 仮定した震源が白星印,黒三角がNECESSAaary観測点.

4.おわりに

本稿で紹介したNECESSArray計画は,観測点配置や解析計画については日中米の 研究者の間で議論はされているが,日本が担当する機動観測点については未だ 現地の調査も始まっていない構想段階である. この観測計画に全く不安がないと言えば嘘になるが, 本文でも述べたように挑戦する価値は非常に高い. 本計画に興味を持っていただき,参加者として手を挙げていただければ,これに優る喜びはない.

参考文献
[1] 今西錦司編,大興安嶺探検,朝日文庫,朝日新聞社,東京,1991.
[2] Liu, D.-Y. et al., Remnants of > 3800 Ma crust in the Chinese part of the Sino-Korean craton, Geology, 20, 339-342, 1992.
[3] Nyblade, A.A. and H.N. Pollack, A global analysis of heat flow from Precambrian terrains: implications for the thermal structure of Archean and Proterozoic lithosphere, J. Geophys. Res., 98, 12207-12218, 1993.
[4] Jordan, T.H., Structure and formation of the continental lithosphere, in Oceanic and Continental lithospere; Similarities and Differences, ed., Menzies, M.A. and K. Cox, J. Petrol., Special Lithosphere Issue, 11-37, 1998.
[5] Zhao, D.P., Global tomographic images of mantle plumes and subducting slabs: Insight into deep earth dynamics, Phys. Earth Planet. Inter., 146, 3-34, 2004.
[6] Wei, H. et al., Three active volcanoes in China and their hazards, J. Asian Earth Sci., 21, 515-526, 2003.
[7] Griffin, W.L. et al., Phanerozoic evolution of the lithosphere beneath the Sino-Korean craton, In Mantle Dynamics and Plate Interactions in East Asia, eds. Fowler et al., AGU Geodynamic Series, 27, 107-126, 1998.
[8] Fukao, Y., et al., Stagnant slabs in the upper and lower mantle transition region, Rev. Geophys., 39, 291-323.
[9] Honda et al.,
[10] Liu, X.F. and A. M. Dziewonski, Global analysis of shear wave velocity anomalies in the lower-most mantle, in The Core-Mantle Boundary Region, eds. M. Gurnis, M.E. Wesession, E. Knittle, B.A. Buffett, AGU, Washington, D.C., 21-36, 1998.