阿蘇火山浅部流体系の地震学的解明

東北大学 山本 希

 

 阿蘇火山において観測される火山性微動の大きな特徴は,幅広い周期帯(周期0.1秒〜15)に渡る多様な微動の存在と,それら微動の同期発生にある.特に,古くはSassa(1933)に示されている長周期微動は,15秒という特異ともいえる基本周期を持つものであり,その発生メカニズムを明らかにすることは阿蘇火山直下で起きているマグマ・熱水活動の理解に大きな意義を持つと考えられる.

 本研究グループでは,これまで広帯域地震計稠密観測などにより長周期微動の発生位置・力源などを明らかにしてきたが(e.g., Kawakatsu et al, 2000),本研究では更にその物理的実体を解明し火山活動における位置付けを明らかにすることを目指し,広帯域地震観測網の展開・維持を行うと同時に,長周期微動を生み出す物理プロセスの数値計算手法の開発を行った.また広帯域地震観測と並行して短周期地震計アレイ観測を行い,長周期微動と同期して発生することが知られている孤立型短周期微動(卓越周波数2Hz)の発生位置の特定・震源メカニズムの推定を行った.この結果,(1)長周期微動は,阿蘇火山火口直下に存在する亀裂状火道において,火山深部から地表へと流動する火山性流体が火道壁と弾性的相互作用を起こすことにより生じ,(2)長周期微動の振動に伴う亀裂状火道内の火山性流体の擾乱が,亀裂状火道上端における増圧を引き起こし,孤立型短周期微動を生じさせる,という火山性流体の運動によって一連の火山性微動を統一的に説明するモデルの構築に至った.また,このような火山性流体と長周期微動との関係を踏まえ,過去の観測記録を再検討した結果,長周期微動の波動特性(周期)と火山活動との間に明瞭な相関があることが明らかとなった.これらの成果の概略を以下に記す.

 

【長周期微動源の物理的描像の構築】

 1994年に始まる本研究グループの阿蘇火山での広帯域地震観測は,長周期微動(周期15)の発見(e.g., Kaneshima et al., 1996)や長周期微動源としての火口直下の亀裂状火道の検出(Yamamoto et al., 1999)といった成果を挙げてきた.この長周期微動は,15秒の基本周期の他に,7秒,5秒とその高調波を含み,Sassa(1935)によって発見された第2種微動(周期3.58)に対応した現象と考えられている.しかしながら,これまでの地震学的観測では,力源モデルとしての長周期微動源の描像は構築できたものの,その物理的実体の理解は十分なものでなかった.そこで本研究では,我々が検出した亀裂状火道のサイズにおいて15秒という周期を実現し得るモデルとして弾性体中にある流体を含む亀裂の振動を取り上げ,その振動特性の詳細な検討を行い,火道内流体の物性に制約を加えより物理的な描像を地震学的に構築することを目指した.

 本研究では,このような流体亀裂振動の数値解法として,これまでの差分法を用いた方法より精度良く効率的な計算を安定に行うことができる境界積分法を用いた流体亀裂の数値解法を開発し (Yamamoto and Kawakatsu, 2008: 報告3),長周期微動源のモデリングへ適用を行った.この結果,火口直下の亀裂状火道はガス成分に富むガスと火山灰の混合物に満たされていることが明らかになり,長周期微動源が火山深部からの高温の火山性流体の流路の一部であることが示めされた.このような高温火山性流体の深部からの流路の存在は,本研究グループの電磁気学的な観測によってもまた示唆されている.Hase et al.(2005)は火口周辺域の自然電位観測から火口直下に強い正の帯電域を検出し,電荷の移動を伴う火山性流体の上昇流の存在を明らかにし,Kanda et al., (2008)は電磁気(AMT)を用いた比抵抗マッピングによって海抜面付近に存在する帯水層が高温火山性流体の上昇により火口直下で途切れていること等を明らかにした (1)

 

 

1: 阿蘇火山直下の比抵抗構造 (Kanda et al., 2008に加筆・修正)

 

 

以上のように本研究では,地震学的手法により阿蘇火山火口直下の長周期微動源の実体を物理モデルに基づいて定量的に解釈し,電磁気学的手法による結果等とあわせ長周期微動源の物理的描像を構築することに成功した.

 

 

【長周期微動・孤立型短周期微動相互作用の解明】

 前述のように,長周期微動の存在とともに阿蘇火山における微動活動の特徴に,異なる種類の微動の同期発生が挙げられる.このような微動の連動は,Sassa(1935)Churei(1985)等これまでにも長年に渡り報告がなされているが,その物理的メカニズムの検討はなされていない.そこで本研究では,長周期微動に同期して発生する孤立型短周期微動(卓越周波数2Hz)の発生様式を特定し,長周期微動との関連性,そして火山活動における位置付けを明らかにすることを目指した.

 本研究では,1999年に本研究グループが行った短周期地震計アレイ観測のデータおよび火山構造探査計画の一環として1998年に行われた人工地震探査のデータを用いて,孤立型短周期微動の発生位置・震源メカニズムの解析を行った.この結果,孤立型短周期微動は,現在活動中の第一火口の南西数百m,深さ約600mで発生しており,その力源はほぼ鉛直の円筒状震源の体積膨張・収縮成分が卓越することが明らかになった(Yamamoto et al., 2008: 報告4).求められた震源位置は長周期微動源である亀裂状火道の上端付近に対応しており,また孤立型短周期微動の震源メカニズムに体積変化成分が卓越することは,長周期微動と孤立型短周期微動が流体の運動を介して力学的に結びついていることを示唆している (2).このような視点から,本研究では更に前項の流体亀裂の数値モデリングを用いて長周期微動に伴う流体の運動を検討し,長周期微動の振動が開始した約2秒後に亀裂状火道上端で圧力増加が起き,その圧力増加量は孤立型短周期微動源を定性的に説明し得ることを明らかにした.

 以上のように,本研究では,長周期微動・孤立型短周期微動の発生位置・メカニズムの詳細な検討を通じ火山深部からの一連の火山性流体流路の存在・繋がりを明らかにし,これまで個別に解析・議論されていた両微動が火山性流体の運動を介し統一的に説明できることを示した.

 

 

 

2: 地震学的に明らかになった阿蘇火山火道システム

 

 

 

 

 

【長周期微動を用いた火山活動モニタリング】

 本研究の目標の一つは,火山構造とその活動機構が火山活動とともにどのような変動を示すかを明らかにすることである.幸か不幸か本研究期間中には阿蘇火山は活動期に入らなかったため,噴火に至る過程を観測することは出来なかったものの,上記のように阿蘇火山直下の火道システム・その内部における火山性流体の運動が解明されつつある現段階で微動活動の時間的変動を物理モデルに基づき定量的に再検討することは大きな意味があろう.例えば,流体亀裂の数値モデリングに基づくと,長周期微動の周期は火山活動の活発化(火山性流体の温度上昇・SO2成分の増加)によって短周期側へシフトすることが予測されるが (3),火山活動の変動が地震学的に捉えられるのであれば,定量的噴火予測に貢献できると考えられる.

 

 

3: 流体亀裂モデルから予測される長周期微動周期と火山活動(温度・化学組成)の関係

 

 

 そのような視点から,本研究グループによる過去10年に渡る広帯域地震記録を再検討した結果,長周期微動の周期は従来考えられていたほど一定ではなく,15秒を中心に時間的に変動していることが明らかとなった(4).この変動は基本周期のみならずその高調波の周期にも同様に見られるものであり,長周期微動源での火山性流体の物性変化を示唆する.池田(2005: 報告5)は,2002年から2004年にかけての長周期微動周期の時間変動が地表におけるSO2噴出量と良い相関があることを明らかにし,長周期微動波動特性を用いた火山活動のモニタリングの可能性を示した.

 本研究では,広帯域地震観測網のオンライン化も進め,長周期微動源位置・震源メカニズム・波動特性(スペクトル)などのリアルタイム処理も実現した.今後は,構築された観測網を維持し,活動期への移行に伴う微動活動の変動を捉え,阿蘇火山の噴火準備過程・噴火過程・収束過程における物質移動の地震学的手法による定量化という当初の目的を継続的に目指す予定である.

 

 

4:微動活動・長周期微動周期の長期的変動