広帯域地震計の冒険ー有珠編

有珠山の噴火の可能性が報道される中,3月29日(水)昼過ぎ,北大理学部の蓬田さん,小山さんから電話がはいる.「今,有珠にいるのだけど,川勝さん,広帯域地震計持ってこない?」

普段は境界積分法を使って地震波の散乱の研究をしている理論家の蓬田さん,色々なことをおやりになるがやはり理論家肌で少なくとも火山の観測をするとは聞いていない小山さん,お二人からの思いがけないお誘いに驚き戸惑う.今回は火山噴火予知関係の人たちの出番で,自分が出ていく状況はないと思っていた.が,二人の話を聞くと,大学関係者による観測態勢が整う様子のないことに危機感を抱いての要請のようである.「どうして僕なんかがこんなことをしてるか考えてみてよ!」と小山さんの叫びであった.大学の火山噴火予知に属さず行動する私に,どうも声がかけやすかったようだ.

さっそく海半球観測センターの広帯域地震計5セットを借りる手はずを整え,学生の山本希君(D1),火山センターの大湊さんに手伝ってもらって夕刻に器材を北大理学部宛てに発送する.翌日夕方に届く手はず.

情報がない!

翌30日(木)昼過ぎに,器材の到着にあうように,山本君と二人で北大理学部に赴く.到着してみて,これからどういう観測をすることになるかを話しあってわかったことは,状況判断に必要な基本的な情報が全く得られていないということ.地震の震源位置などの基本情報がない.「だって,誰も決めていないんだもん!」とのこと.有珠の観測所につめている地震研の渡辺さんに電話をしても,詳しい情報は伊達市役所に気象庁が詰めているから,そこで聞いてくれという.仕方がないので地震研究所に電話して,そこから現状を教えてもらう.その情報も結局TV経由のもので,どうも基本的な情報がそもそも存在しないらしいことが分かってくる.地震研の火山センターも,この段階でも観測に動き出す決断をしていない.今にも噴火しそうというなか,噴火にいたる物理過程を明らかにすべく動き出すべき大学の観測態勢は全くできていないのである.それどころか,もっとprimitiveなれレベルでの情報が存在しないのである.小山・蓬田さんらの危機感が,この時点でこちらにも理解でき,それとともにこのような状況のなかで明日から規制区域で作業をしなければならないことに強い不安を覚えた.

広帯域地震計の冒険

翌日3月31日車2台に別れ有珠へ.たまたま別の用で来ていた地震研の古谷さんと小山さんが重力測定.川勝・蓬田・森谷(北大理)・山本が広帯域地震観測.重力組みは伊達の警察で規制区域への立ち入り許可書をもらいにいくとともに,基準点の測定.地震組みは伊達市(上図の遥か右下外)の市役所(TVで有名?)の気象庁の詰め所に学生の山本君を残し(最新の情報を流してもらうため),検問所で重力組と落ち合う(12時頃か)

12:10 昭和深山の麓ふもと(図の1)の観測点に到着.ここは北大理学部の森谷さんが地震観測に使っているガレージで,森谷さんの地震計のとなりに広帯域地震計CMG3Tを設置.

真ん中:広帯域地震計CMG3T

上: 森谷さん

左: 蓬田さん

広帯域地震計設置終了.収録開始12時57分.

有感地震で地震計が倒れないとよいのだが...

観測点: 昭和新山のふもとのガラージ.黄色いシャベルカーの奥に地震計は置かれている.

観測点から有珠山頂を眺めた図.この段階では,山は不気味に静か


噴火のその時は

昭和新山の観測点設置の後,重力測定を先で進めている小山さん達と合流すべく有珠観測所方面へ向かう.その前に森谷さんの観測点をチェックすべく図の2の地点に向かう.目的地に着くと白い噴煙が少しあがっている(写真の中央,木の向こう側).土地観のある森谷さんは「小有珠かな?」という.「少し硫黄が匂うね」と言っているところに,伊達市役所の山本君から電話.「噴火しました!」とのこと.慌てて逃げ出す.この時,時刻13:15.地震計の設置がギリギリで噴火に間に合った! 噴火地点(図の0地点)から3.5kmほど離れている.ちょっと遠いが仕方がない(幸か不幸かは不明).


逃走

この後おお慌てで図の2→3→4→伊達市と逃げる.以下はその途中で撮影した写真集である.逃走・迷走の全様子は古谷さんがビデオに貴重な映像を記録した.


地点2からちょっとくだったところで,体勢を立て直して撮った写真.まだ噴煙は高く上がっていない.


洞爺湖畔の3地点での撮影.


地点4での撮影.風下であり,噴煙はこちらに向かっている.


伊達市に戻っての撮影.


この後体勢を立て直して有珠山の南西の有珠町の地点5に2番目の観測点を作る(15:36収録開始).

伊達市役所前にて.左から古谷さん,山本君,蓬田さん,森谷さん,小山さん.


本当に今回の爆発が水蒸気爆発であるならば,阿蘇山での我々の経験から,爆発の準備過程からすべてが広帯域地震計で取れている可能性がかる.観測地点に入れないため,どのようなデータがとれているか今のところ確認はできていない.うまく貴重なデータが取れていることを祈るのみである.


その後の報告では, 北大理学部のグループ はさらに3点の観測点を設置したとのことである.規制区域内では停電が広がっており,我々の観測点も生きているか定かでないとのことである.