2012.10.01(月)

09.29(土)に地域の自治会主催のセミナー「首都圏および東葛地域の地震について」をおこなった(レジュメPDF).約150名が狭い部屋を埋め尽くす盛況で,終わったあと質問も多数出た.

終わった後アンケートが集計されて来て,それを見ると,大体は参考になったとし,地震のメカニズムがわかった,地震の種類(地震三兄弟など)がわかった,住んでいる地域の地震が扱われて身近でよかった,次の関東地震まであと少なくとも130年あること,直下型地震が,次の関東地震が近づいて来て危険期間に入るのにあと60年はあることなどが印象に残ったという感想があった.

一方わずかではあるが,参考にならなかったとし,それはいつ起こるかわからないなら学者の研究で,防災にどう役に立つのか,という感想であった.確かに研究が防災に直接役立つとは言えない.しかしどういう地震が直下で起こり,それらがどんな起こり方するかを知っておくことは,それを知らないで,地震の発生に備えるのとは雲泥の差であると思う.知らない場合,江戸時代なまずが地震を起こすと思って恐れながら暮らしていくのとかわりはない.

最後に絶対に起こらないとは断言出来ないといい,それは経験則だから,とレジュメやスライドで示したのも誤解を生んだ.関東地震の前に地震が起こるのは経験則だが,その根拠は長男が起こる前に上盤側プレートの中の応力が蓄積して高くなることで説明出来る.また関東地震の繰り返し周期が少なくとも220年であることは,1923年関東地震のすべり量6 mをプレート相対運動2.7 cm.yrで割ると220年なので,すべりを蓄積するのにそれだけの期間が必要であることから,理論的に言える.

今回のセミナーは自治会長になったことをきっかけとして,自ら提案したものだ.3.11で地震学が役に立たないとさんざん言われ,また地震学者の側も一般市民や社会ともっとかかわるべきだ,という反省があったことが一つの動機ではある.しかしもっと大きな動機は,首都直下地震に関してさんざん間違ったことが報道され,それに腹を立てていたことがある.これはマスコミの側に責任がある部分もあるが,地震研究者が首都直下地震の実体をよく調べたり研究していないことにかなりの責任がある.

2012.09.02(日)

今朝の毎日の一面に纐纈一起さんの記事が出た.3.11からの心情をつづったかなりリアルな記事だ.

これを読むと,彼はM9を予想することが出来なかったことをに激しく打ちのめされたという(他にもそう言っている学者は多い).私もM9の発生は予想していなかったし,大変ショックを受けたが,纐纈さんとなにか温度差がある.この違いはどこから来るのだろう?

私は宮城沖でM8が起こる可能性があることを30年前博士課程の時に発表し,また論文(PDF)に書いているので,宮城沖とは他の人におとらず因縁があり,関心を持って来た.M8が起こらずM7.5の1978年宮城沖が起こった時,私の予想が当たったようにも見えたので,一部のマスコミ,地震学者が注目した.神戸の地震の後,地震調査研究推進本部が出来、その後海溝系地震の確率予測が出されるようになった.宮城沖の発生は,2002年に推本の予測にかなり高い確率として取り込まれた.2003年ころ宮城県でM7クラスの地震が頻発した時,私は地震学会広報誌(PDF)にM8(記事ではM7.7)の可能性に言及している.さらに月日は経ってもM8は起こらず,1981年にM7クラスの地震が3.11の本震の近くで起こっているので,私はもう起こらない可能性もあるのではないかとも思っていた.そうして3.11が起こることになった.

この記事で纐纈さんは「未熟な地震学の姿を国民に伝える,学者としてわかっていること,わかっていないことを伝えて国民に判断していただく」,それが科学者の責任の取り方だという.以前にも書いたことがあるが,わかっていること,わかっていないことの判断は難しい.個々の研究者が正しいと思っているだけだ.コンセンサスがあると見える場合もそれが常識にとらわれたものであるかもしれない.3.11の前だと,宮城沖はM8どまりが正しいと誰もが思っていた.社会とかかわれと言われても,M8の可能性ですら,もう私の研究など取り上げるマスコミはいなかったし,研究者ですら推本を引用するのが常であった(推本には学問的記述がほとんど無いにもかかわらず).今でも南海トラフ巨大地震や首都直下地震に関して,マスコミはおろか多くの研究者は,根拠がない言説を科学的にチェックせずに取り上げているように見える.

私と纐纈さんとの違いは,地震予測に関して,社会とのコミュニケーションの面でしらけているかそうでないかの違いではないか?また政府関係の委員会に関わってきた度合いにもよるだろう(私はまったくかかわっていない).私は台湾地震で,3.11と同じように海溝近くがすべることが津波を発生するということを見いだし発表した時(PDF),マスコミにも働きかけたがまったく相手にされなかっこと,また研究者からも相手にされなかったこと(北大の谷岡さんには私が説得してモデル化してもらった.3.11でこのモデルが津波をよく説明することが示された)を思い出している.

2012.09.01(土)

南海トラフ超巨大地震とその被害想定のばかばかしさをなんと言えばいいのだろう.このような想定を出す以上,学問的な根拠がなければならない.湖に残されている津波堆積物が一つの根拠となっているようだが,津波堆積物の厚さは,当時の海況(高潮など),土手の高さ,湖への水路などにもよる.堆積物の厚さから地震の大きさを確定することは難しい.

東北日本沖地震では,海溝付近の浅いプレート境界とさらに深い部分が同時にすべったが,今度の南海トラフM9地震でもそれが想定されているのかもしれない.しかし宮城沖で起こったからどこでも起こるとは言えない.そもそも三連動ですら,本当に起こるという根拠はない(宝永地震がそうだと言われているが,私は「地震」の論文( PDF)で,そうでないと主張している).

中央防災会議は,この想定の学問的根拠を早急に明らかにすべきだと思う.ともかく思考上で思いつきうるケースを考えたというのでは.対策をとらねばならない側にとってはたまらない.実際海岸近くで生計を立てている人々にとって影響は出始めている(海の家や旅館の予約がキャンセルされるとか).マスコミ報道では,レアケースではあるがと言う言い方で,しかし実際に起こりうるのだと受け止められている.繰り替すと,科学的には起こりうると断定できないし,私は起こらないと考えている(ここではその根拠は示せないが,近いうちに論文にするつもりでいる).

2012.08.11(土)

Earth Sci. Reviewに投稿していたプレート境界生成論文の改訂をよやく終え,火曜日早朝投稿した.

Modest revisionなので簡単に済むかと思ったら,reviwerの一人のコメントがきつく,また内容に不備が多々あることに気づいたので,修正に修正を重ねて3ヵ月かかってしまった.この間この"日々"も書く気がおこらず今となってしまった.

書きそびれたもう一つの理由は6月はじめからFacebookを始めたことである.そちらは投稿が簡単で,人とのやりとりも容易なので,ついそちらの方に近況を投稿することになる.

さらにもう一つの理由は年度初めから地域の自治会の会長になってしまったことである.土日の多くはつぶれ,普段も雑用が舞い込んでくるので,ゆっくり書いている時間が取りにくくなった.

昨晩は駒場の時に入っていた「古典音楽鑑賞会(通称コテカン)」の飲み会が8名の参加であった.このクラブの同窓と下の学年二人を入れた懇親会は今まで年1回続いていて,3.11以降は年2回となった.たまたま一人は政府事故調の技術顧問なので,どうしても地震の話題が多くなる.

2012.06.02(土)

Earth Sci. Reviewに投稿していたSteve Kirbyと共著のプレート境界生成論文のreviewがなんと2年たって返ってきた.Refereeがなかなか見つからなかったという言い訳がしてあったが,ちょっと信じがたい話である.しかし今まで催促しなかった私も悪くはある.

Refereeの二人はmodest revisionで,一人はrejectだったので,ちゃんと改訂すれば受付るとeditorは言っているが,何せ時間が経っているから内容を思い出すだけでも大変である.学会前に返って来ていたが,田島さんの論文を読んで長大なコメントを書いたりしていたので,ようやくこれから本格的にとりかかることになる.

2012.05.26(土)

昨日は地球惑星科学連合大会の東北日本沖地震とプレート収束帯の変形運動のセッションに出た.最終日のせいか,入りはいまいちでポスターセッションも少なかった.

昼飯は,杉村先生,田島さん,山崎雅君と会場近くでそばを食べた.杉村先生は卒寿だというのに学会に来られるのには驚く.もの忘れがひどいと嘆いておられた.田島さんは南カリフォルニアに本拠地を移したという.長大な東北日本沖地震のreview論文を書かれたので,送ってもらうことにした.山崎雅君はイギリスでポスドクを続けているが,日本で就職したいという希望は変わらないらしい.

学会発表では,小平秀一さんの,東北日本沖地震による海溝付近の堆積物の変形,佐藤魂夫氏の,地震すべりの目玉が二つあり,それが過去の地震活動と関係しているという話が面白かった.最近,海溝付近まで大きくすべったことが驚きであったと新聞紙上で感想を述べている研究者が目に付く.1999年台湾で集集地震が起こった時,私は今回小平さんが発表したような海溝付近の変形に対応する変形が陸上で起こったことを書き(Seno, TAO, 2000 PDF),三陸沖の津波地震でもそういうことが起こっだろうという論文をいくつか書いている(Tanioka & Seno, GRL, 2001 PDF; Seno, GRL, 2002 PDF).研究者はこれらをほとんど無視したし,私が積極的に働きかけたにもかかわらずマスコミも取り上げなかった.

帰りは京葉線で震研の助教の田中愛甲君と偶然一緒になったので話しながら帰った.普段全然話していないのに,こういう機会に話しているのも変な話である.石垣島のスロースリップを狙った重力測定をやっているらしい.地下鉄に乗り換えだと思って急いで降りたら,そこは越中島で,出たらどこにも地下鉄への乗り換え口がなかった.

2012.05.24(木)

幕張メッセで開かれている地球惑星科学連合大会に出た.海溝系巨大地震のセッションに出たが,東北日本沖地震関連の発表も多く,盛況だった.会場の外やポスターセッションではかなりの人と会って話し,情報交換し有益だった.会った何人かの人に私の南海トラフ巨大地震論文を読んだか聞いてみた.読んでいない人がほとんどだったのには驚いた.中には単なるレビュー論文と思っていた人もいた.

昼飯は産総研の田中さんと食べ,ポスターを見た後は,三雲先生,川崎さん,江口さんと会場近くで飲んだ.三雲先生と我々は一回り以上も違うが,自然体で付き合える不思議な先生だ.

2012.05.21(月)

地震学会発行の「地震学の今を問う」という論文集を読んだ.これは東北日本沖地震が予測出来なかったこと,地震学が防災や災害の軽減に役に立たなかったことに対する反省と,それならこれからどうすればよいのか,国の施策や教育とどうか変わっていくべきか,という提言からなっている.現在の地震学の現状を知る上で役に立つ,なかなか面白い論文集である.

研究上の反省点としては,別の視点でデータを見ていればとか,海溝付近での観測があればとか,もっと純粋好奇心や批判的精神をもって研究すべき,地震学が未熟な学問であるということを認識して,異分野を横断した研究を行うべき,などという意見があった.社会との関わりに関しては,わからないことを含めて発信すべきである,学会内あるいは関連政府機関でもっと批判的に意見を述べ合うべき,観測網の投資に対する防災の効果をチェックすべきである,などという意見があった.

予測出来なかった原因の第1は震源の物理について理解不足であると担当委員はまとめた.しかし地震後1年もたたないうちにM9のすべりを説明する複数のモデルがやつぎばやに出されたことを考えると,これは間違いであろう.物理の道具はそれなりにあったが,それを適用する動機が,地震が起こるまでなかったのである.であるから一番の原因は,東北日本沖で起こる地震はM8クラス,南に行くともっと小さくなるという通念であっただろう.これはもっともらしく,しかも常識として流布させたのは金森さんである.彼は世界でもトップの地震学者だから,日本だけでなく世界中の地震学者はこれを信じていた.スマトラ島沖地震が起こって数人の研究者はM9はどこでも起こるという方向に走った.しかしそれではM9が東北日本沖で起こるという指摘は不可能だった.私と言えば宮城沖がM8が限度というのは正しいと思っていた.

論文集で反省すべきと列挙されている点は,もちろんやればけっこうなことばかりである.しかし反省すればそれまでのパラダイムの変革できるか疑問に思う.おそらくそんな単純なものではないだろう.安易な反省は地震前までのおごりと裏腹ではないかと感じる.一般に地震学者は現在までの研究の蓄積と歴史に無関心で,不勉強な人が多い(私を含めて).宮城沖に関しては過去何十年もの予測の歴史があるのに,推本の予測を論文で安易に引用する人がほとんど全てである.これまでの研究を把握することなしに,いくら批判的精神をもっていたとしても,新しい概念を創出することはおぼつかない.

一般市民に地震学の現状を伝えることは確かに大切であろう.しかしなにがわかっていないかを含めて正しい知識を伝えることは至難のわざである.例えばマスコミを通じて,南海トラフ巨大地震が三連動あるいは四連動で起こると警鐘をならしている学者がいっぱいいる.この論文集でも,川勝氏は”今後数十年以内に西南日本を襲うと考えられる東南海地震・南海地震・東海地震”の発生可能性が社会との関わりを考える上での境界条件であると書いた.これらを目にすると,地震学者自身なにが正しくてなにが間違っているのか,判断することは容易でないと感じる.知らないことを知るとは,3.11の前であるならば,M8でとどまらない可能性を知ることになってしまう.

2012.05.01(火)

28日に神田の学士会館で,昨年4月に亡くなった玉木賢策さんを偲ぶ会があった.それなりに良い会であったが,スピーチが長かった.そのために奥さんや他の出席者とゆっくり話が出来ず,不満が残った.スピーチは当人にとっては思い出深いものがあるにしても,詳しくは当日配られた追悼文集を読めばいいわけで,短いにこしたことはない.

この会の後で気づいたのは,玉木さんとだんだん疎遠になったのは,文集に書いた理由もあるが,彼が工学部に移り,また大陸棚の仕事をメインにし始めたこともあるのではないか?移った理由や仕事のシフトについて彼とはじっくり話をしたことはない.テクトニクスから転向したということで,話しにくいものがあったのかもしれない.かっての彼からすると,さっそうとした感じがなくなっていたように思う.

2012.04.15(日)

11日にスマトラ島沖でM8.6, 8.2の地震が起こった.翌日世話人の平賀君が談話会で誰か話さないかという呼びかけをしたが,締め切り当日でもあり,さすがに応えた人はいなかったようだ.

これらの地震は海溝より海側で,アウターライズ地震という解説が一般になされている.しかし横ずれ型のメカニズムを持ち,それは謎だと例えば震研ホームページでは述べている.呼びかけの日の深夜,なぜ横ずれ型になるのかの説明を思いついた.このところ考えている関東地震-富士山噴火-南海トラフ地震との関連で思いついたので,我ながら少し興奮した.一見関係がないように見えることがらが結びつくことがあるが,それは地球科学を研究する上での醍醐味ではある.

2012.04.01(日)

前回書いてから一ヶ月もの間が空いてしまった.この間,東北日本沖地震から関東地震-富士山噴火-南海トラフ地震の関連性の方に関心がシフトしていて,それで考え込むことが多く,書く気がそれてしまった.この問題に関しては,小川勇二郎さんと海底地形に関する情報交換を交えながら大分進歩した.やっぱり人と意見のやりとりをしながら考えることにはメリットがある.

この間に,首都直下地震の震度7,そして昨夜-今朝は内閣府の南海トラフ超巨大地震の震度・津波波高予測の報道があった.いずれもある種の違和感がある.これらは本当に科学的知見に基づいたものなのか?これらの予測はhazard mapとして使われようとしているが,その不確実性は知らされているのだろうか?私は,想定された東京湾北部地震は架空のもので,起こらないと思うし (地学雑誌2007論文PDF),M9クラスの南海トラフ地震は起こらないと思っている (東北大セミナー2012PDF).不確実に想定された超巨大地震や首都直下地震をhazard mapに使用することに意味があるのか?

2012.03.01(木)

前期日程の入試監督に数年ぶりで行ってきた.自宅から行ったので朝5時起きでつらかったが,受験生のきびしさとを思うとそんなことは言っておられない.入るのを許可される前に,寒いなかを雨で傘をさして門の前に並んでいるのが可哀想だった.

玉木さんの追悼文をようやく書き上げて送った (PDF).記憶はかなり薄れているのだが,時間をかけると少しずつ思い出してきた.「死者となった人との間に生まれる,生前とは違う関係性.死とは,その人を失ったというだけではなく,出会い直しもしているのではないか.中島(岳志)さんはそう考える(毎日新聞夕刊,2月)」.

2012.02.19(日)

地震に出た論文は,たまたま小林さんと飲んだ日,以前震研にいた東原紘道さんからメールでコメントをもらったきりだ.小林さんは感想を聞かせてくれたが,震研の誰からもなにも言われない.まあ予想どおりか.東原さんは工学者だが,震研にいた時分から私の仕事を評価してくれるのが不思議だ.

石橋さんから「原発震災」という本が送られてきた.これまでの論文をまとめただけで分厚い本ができあがるのが,書店に多く見受けられる東北日本沖地震にかこつけて書かれた地震の解説本とは違うところだろう.ただテクトニクスの観点から南海トラフなどの地震の危険性を論じた部分は私と感覚が大分違う.

玉木さんの追悼文集の催促が中西さんから来て,ほとんど書き上げたのだが,なにかもの足りないというか気が乗らない.よくよく考えると,最後の数年,私の身内が亡くなっても彼がなにも言って来てくれなかったことが,心の奥に不満として残っているのかもしれない..

2012.02.07(火)

昨日小林洋二さんと飲んだ.半年ぶりくらいだ.いつもは新しい研究内容を用意して聞いてもらうのだが,今回はそれは無理だった.与太話をするのと,ちらほら構想を聞いてもらうに止めた.

小林さんとの飲み会が続いているのは一つはテクトニクスと地震という研究内容が近いせいがあるだろう.しかしそれだけではない.お互いに言いたいことを言い合ってそれを批判するという姿勢があるからではないか?研究内容に直接関係ない飲み友達としては海洋研の元技官の五十嵐さんがいる.こちらとは住まいが比較的近いので,もっと頻繁に飲んでいる.白鳳丸で40日くらい一緒にマリアナ方面へ航海したのが縁である.

一緒に飲む気になるかならないかは結構微妙だ.10数年昔は地震研に五十嵐さんが来て,事務の村上さん,技官の是沢さんとよく飲んでいた.あるいは是沢さんが仕事が終わると部屋へやってきて,瀬野さんビールないの?と言ってくることもあった.是沢さんは上司の笠原さんとは飲む気にならないらしかった.私はこの数年来,内にこもる傾向があって,そういう友達は減っている.

2012.01.29(日)

ようやく「地震」に南海トラフ巨大地震論文が出た.実際に出ないとプレプリントを配った以外の他の人の目には触れないわけで落ち着かない気分である.しかし出たところで読んでくれるとは限らない.反応は小林洋二さんから電話をもらっただけで,他は全く反応はない.

先週は首都直下地震のM7級の確率の話題でマスコミはもちきりだった.グーテンベルグ・リヒター則の先っぽはどうなるかわからないのでこの確率はほとんど意味がないが,当事者もテレビで数値には意味がないといっていたのが面白い.警鐘をならす意味があるらしいが,意味がない数値でならすことができるのだろうか?

2012.01.12(木)

10日は私の誕生日で62歳になった.還暦のことをこのコラムに以前書いたことがあったが,あっという間に62だ.この分ではまたあっという間に定年になってしまう.気をつけねば.

Criteria for M9 earthquake generationという論文を書き始めた.これはM9地震がどこにでも起こるのではなく,ある条件を満たしたところで起こるという内容である(例えば南海トラフは満たしていない).昨年末東北大で話したもので,その直後から書き始めればいいものをなんとなく先延ばしにしていた.以前震研のFriday seminarで話した内容とダブっていて,それを少し書いていたのをベースにファイルメーカーProで書いている.

南海トラフ巨大地震論文は,昨年12月に出ると学会事務は言っていたのだが一向に出ない.こちらの論文では東海地震は当分先だと言っている.一方週刊誌ではもうそろそろと言っている学者が目に付く.科学コミュニケーションが最近注目されているが,一般市民がどれが正しいのか判断出来るのだろうか?学者でさえ判断出来ないかもしれないものを.

2012.01.01(日)

あけましておめでとうございます.

昨年は3.11震災という大変な年だった.それまでは内陸地震の仕事をしていたが,以後ずっと東北日本沖地震関連の仕事をした.というより他の仕事が出来なかった.宮城沖は私にとって特別な場所だからそうでもあった.

昨年末の毎日新聞の余録というコラムに「大津波を予見できず原発事故も防げなかった日本の科学は信頼性を失った」とあった.こう言われる背景には,一般市民の側に今の地震学のレベルで地震や津波の発生を予見できるという誤解があるし,地震学の側には宮城沖はM8クラスまでという思い込みがあった.残念ながら日本のあるいは世界の地震学のレベルはそれほど高くない.地震後その発生を説明するモデルがいくつか提案されたが,地学的な必然性を説明するにはほど遠い.

私は定年まであと3年の間に,東北日本沖地震がなぜ起こったのかもう少し納得できる形で理解したい.それに加えて,はるかに遠い将来は地震予知ができると思っているが,そのために役に立つモデルを提案することをやりたい.これらはおそらく大変な仕事なので定年後も続けることになるかもしれない.