99年9月20日台湾地震文部省突発災害科研費調査団同行記速報 地球ダイナミクス部門  瀬野徹三
 筆者は,家村浩和京大工学系研究科教授を団長とする科研費調査団のメンバーである大槻憲四郎東北大学教授が楊昭雄台湾大学地質研究所教授と地表断層の調査を行ったのに,黄武良,王源各台湾大学地質研究所教授(ただし王源氏は4年前に退官されている)と同伴,初期調査を行った.台北へは10月7日,現地へは9日出発,12日に帰国した.
 その結果驚くべきことが起きていたことが判明したので,簡単に報告したい.大槻氏と楊氏は16日まで現地調査をつづけている.これとは別働隊として,東大理学部池田安隆助教授,東大地震研佐藤比呂志助教授が地表断層調査を行っている.      右から大槻,楊,王,黄の各氏と瀬野
 一方地震研平田教授他3名は,台湾中央大学,科学院中央研究所と協力して,余震活動調査,地震後のafter slip調査のために地震計,GPSを設置した.これらの詳しい報告はそれぞれ後ほどなされるものと思う. 99年10月21日以来の訪問者数
   2000年3月28日改訂,初出1999年10月14日
          英語版へ

What's NEW(初めて読まれる方は下の赤い字へ行って下さい)

南西方向へのすべりの説明  10/16/99 避難民のゆとり,断層長さあたり死者数について (5.のまとめにある)10/16/99
活断層としての認識について 10/17/99 北西端で大きな隆起がみられる理由 10/17/99
研究計画について 10/19/99 活断層としての認識について追加10/20/99
GPSデータは北西端の非弾性変形を支持する 10/21/99 津波地震に対する意義 10/21/99
どこで津波地震は起きるのか? 10/22/99 断層運動のイメージ 10/22/99
日本海溝および南海トラフで起きる地震のアナログとしての台湾地震 10/24/99 南西方向への押しだしの説明の改訂,および押しだしは地滑りよりもずっとパワフルである 10/24/99
GPSデータによる地震時地殻変動のパターンの改訂 10/25/99 海溝堆積物の地震すべりにともなう変形パターンの改訂版 10/29/99
テクトニックな意味改訂版 10/30/99 地表断層が”ゆっくり動いた”という考えの撤回 1/17/00
地表断層変位の詳しい分布は流動的振る舞いをしめす 1/18/00 活断層としての認識について再追加 1/20/00
地表断層付近の被害再考 1/20/00 Abstract: The Sept. 20, 1999 Chi-Chi Earthquake in Taiwan: A subduction zone earthquake on land 3/28/00 3/28/00
Abstract: The Sept. 21, 1999 Chi-Chi Earthquake in Taiwan: Implications for Tsunami Earthquakes 6/9/00 Abstract: Sediment effect on the tsunami generation of the 1896 Sanriku ttsunami earthquake 4/6/01

    地表断層はゆっくり動き(下の修正参照)

    かつ塑性流動を示した部分もある

1.地表に現れた断層は,地震動(地震波動,強震動)をまったくと言っていいほど発生していない.

2.地震の滑り方向はN55 deg W(Harvard CMT)であるが,SW-NE方向に動い部分がすくなくとも3ヶ所ある.

3.北端部ではスラストとバルジは多重になり,連続性はわるい.

4.活断層地形を切っていないところもあるようだ.

 以上のことから,地表の断裂は,ゆっくり動き,かつ上盤側の地下でかならずしもコヒーレントな動きをせず,あたかも剛性の低い流体のように動いた.”地表断層 = 震源断層”とみなすことはできない.震源領域は地学的には海溝が陸上にのりあげたものにあたるので(地学的意味参照),むしろ海溝付加体の先端部の堆積盆でヌルヌルした津波地震が発生したものを陸上で見ていると考えた方がよい(ただし震源断層深部では波動を出している).

 上の文中”ゆっくり動き”の部分は地表断層付近の強震記録を見る限り,間違っていたようである.ただし被害の状況からは,地震断層浅部で”ぬるぬる”であったように思われる(1/17/'00追記).

    

1.地表の断裂は地震動を発生していない 写真 場所は中程の地図参照
 すでによく知られているように地表には約80 kmにわったって地表断層らしきものが出現した.この断層をまたいで立っている建物は著しく破壊されている.しかしそのとなりの建物は,下盤側も上盤側もどちらもまったくといっていほど被害はない.このことは初日ダムの上で会った家村団長も強調されていた.筆者は断層の北半部を見ただけだが,これは南半分も同じであることは池田氏に確認した.京大隊が報告している上盤側10-100 mの幅の被害は,建物のサイズや後に述べる多重スラストからの誤認であると思われる.

例 写真1 断層中部 霧峯北西の竹子坑の工場

  写真2 断層中北部 廊子坑の商店

  写真3 断層北端部 滝の上盤側

  

 断層らしきものは河原あるいはかっての河床が陸化したものを切っている.しかし断層直上の上盤側の石はまったく飛んでいない.

 強震記録からは,断層付近の地表がかなりの速度で動いたと推定される.しかしこの速い運動は,断層のごく近傍で被害をまったくもたらしていないから,応力降下をほとんど伴っておおらず,いわばぬるぬるした運動であった可能性が大きい.

例 写真4 滝の北東延長の桃畑

  写真5 断層中部 竹子坑の河原

2.南西方向に動いた部分もある
 大体は地表断層は,地震のすべり方向に調和的に動いたようである(池田・佐藤氏に確認).しかし変な方向に動いたところもある.これは断層北端部で2箇所,中部の運動場の計3箇所で確認したが,もっとあるかもしれない.断層のずれのベクトルの詳しい報告は池田,佐藤,大槻氏らによってなされると思うが,地表の断裂は単純には地震震源断層とは言えないという印象を持った.現地での参加者の討議により,横ずれ断層運動成分に伴うpressure ridgeでは説明できず,あんこを押し出したように,剛性を失った媒質が,行き先を失って変な方向にはみ出したものと思われる(説明).

例 写真6 断層中部 霧峯南方の光復新村の運動場

  写真7 断層最北部 石岡東方の石城の道路

Index Map(断層のトレースはCentral Geological Surveyによる)

2のつづきと3-4.

 左図でみられるように断層は北端部で北東から東に向きを変える.この部分は桃畑の隆起ダムの破壊が起きたところであり,地表の変形と断裂は,とびとびにまた多重になっている(index map).今回の地表断裂は,おおよそ地質断層としてのChelungpu断層と重なっているが,この部分はそれからはずれている.王教授によると,このような断層の北端で走向がかわるduplex構造は,この北方にも,新第三紀の南北走向の背斜をおおうように,複数箇所みられるとのことである.ところで今回の地震で大きな縦ずれが表れたのはこの部分であり,それは上盤側物質の流体的振る舞いで理解(修正版)できる.

 ダムの破損地の北方の小高い丘を上ってすこし坂をおりたところが変形の前線となっているが,とう曲崖のような変動地形には見えない.この丘の麓で北西走向の縦ずれ断層崖を大槻氏と私は発見したが,そのslipの方向は南西となっている.イメージとしては,この箇所もあんこを押し出したように動いている.このように地表の断裂は活断層地形と一見対応しないところがある(活断層としての認識について参照).

 ちなみに初期に新聞報道で2本の断層が動いたとされていたが,より東側の断層の変位は確認されていない.地崩れなどを見誤った可能性もある.また京大隊や中央大学は断層の北端部でかなりの左横ずれを報告しているが,筆者達は,北東走向ではNWのほぼ純粋な縦ずれ,東西走向では右横ずれ成分を持ち,地震のスリップと調和することを確認した.

5.まとめとその他
 井戸水などの地下水の変動がなかったかどうか数カ所で聞いたが,全部,井戸はもう使っていないとのことであった.地表に噴砂などの現象は筆者が見た限りではみられない.液状化が起きたところがあるらしいが,どこで起きたのか確認していない.  テレビによる現地の報道を見ると,大被害の割には避難民にはゆとりがあり,パニックにはなっていないように見える.この疑問は現地にいくと解決する.本当に地表断層に沿ってしか壊れていないので,まわりの人たちが助けられるのだ.地表断層は山間部にあるわけではないが,断層の長さあたりの死者数が神戸・淡路の1/5以下であることもこれと関係がある.

 今回の地表断層は,以上見てきたように,日本で活断層といっているものとは違っている.筆者は地震直後からこの地震はプレート境界でおきた地震であると言ってきたが(テクトニックな意味参照),さすがにプレート境界であるとは言え,活断層には違いないだろうと思っていた.ところがプレート境界地震として,プレート内地震とは違った特徴を存分に見せているようである.地表断層付近では堆積物を切っているとすれば,流体のような振る舞いも理解できる.すなわちこの地震は,日本海溝や南海トラフでおきるような地震が,陸上で起きたということらしい.そうすると上の地形図は,海溝の陸側斜面と海溝を埋める堆積層で,日本海溝にそっくりに見えてくる.また海溝系の地震であればafter slipも大いに期待できるだろう.

 これまで述べてきたのは地表断層付近の振る舞いである.地表断層の近傍を除いて上盤側で振動が大きく,被害も大きいことは,加速度振幅の地域分布と死亡率の分布(Y.-B. Tsai中央大学教授による)からあきらかで,振動の被害も当然あったのだろう.したがってウエッジ堆積物と付加体のかなりの部分はゆっくりすべり(これはぬるぬるしたすべりに訂正),それより深い部分は,地震波動を発生するような地震が起きたことに相当するだろう(断層運動のイメージ参照).ただし地表断層付近では振動で破壊した例はほとんどないという印象をもった).ダム破損地の隆起は10 mくらいはあり,当然海中なら津波を発生している.地表における隆起分布は弾性理論からかなりはずれるので(北西端で大きな隆起が見られる理由参照),海溝系津波地震の理解にとって大きな意味を持つだろう.

 調査計画に関して言えば,京大隊が提案しているボーリングは,堆積物と付加体が深さを増すにしたがってどの程度剛性率を回復するのか調べるのにきわめて有効だろう.またこの付加体の下のデコルマは間隙水圧が異常に高いことが知られている(lithostaticの70 %, Suppe, 1981, テクトニックな意味の文献参照).デコルマから浅部にかけての水の挙動を知るにも重要である.しかしボーリングの前にやることがある.地形がこわれ,建物が修復されていく前に変動の実態を専門家の目で調査することが急がれる.人々はまだ,海溝系地震という目でこの地表断層に伴う変動を見ていないからである(研究計画について参照).  

 海溝ウエッジのゆっくりしたすべりという考えは11日台北に戻ってきた夜思いついたものである.断層をまたいだ被害のコントラストも,最初はそういう目で見ておらず,例えば滝の上盤側の建物の写真はない.最終日にいたってようやく意識的にコントラストのついた写真をとり始めたが,まだそのときはヌルヌル地震とは思っていなかった.したがって写真は少ない.

英語版へ テクトニックな意味 瀬野のホームページ