1923年大正関東地震タイプの関東地震の再来周期は,短くて220年であり,過去6,000年間の平均でみると400年以上である.大正地震から90年たったいま,少なくともあと130年ほど再来までに間があることになる.関東地震の70年前くらいから上盤側プレート内地震(三男)やスラブ地震(次男)の活動が活発となる傾向がある.したがってそのような時期まであと少なくとも60年はあることになる.つまりむやみと首都圏直下型地震を恐れる必要はない.

 相模トラフで起こる巨大プレート間地震(長男)には,1923年大正関東地震と1703年元禄関東地震の二つのタイプがある(図1).房総半島の南東沖に断層面をもつ元禄地震は,相模湾の大正関東地震の断層面をも同時に動かした.したがって房総南東の断層面は元禄固有と書いてある.

 図1 関東地震の断層面(笠原他, 1973).東海地震の断層面はIshibashi (1981), Matsumura (1997),再来周期は瀬野(2012)による.プレート相対運動はSeno et al. (1993, 1996)による(プレート相対運動についてはPDF参照).  

 したがって大正関東地震の断層面は1923年と1703年に動いたわけで,その間隔は220年である.大正関東地震の際のすべり量(断層くいちがい量)は安藤雅孝によると6 mであり,図1に示されているプレート相対運動速度27 mm/年で割るとちょうど220年が得られる.このことは,関東地震固有のすべり量をプレート運動が蓄積するためには少なくとも220年必要であり,それは大正と元禄の間の間隔を説明する.

 これが再来周期の最短であるのは,プレート相対運動はそのすべてが地震の際のすべりに消費されるとはかぎらず,地震以外のずるずるとしたすべりに使われる場合があるからである.その量に応じて再来周期は長くなる.例えば27 mm/年の半分だけが地震すべりに用いられるとすれば周期は440年となる.

 房総南部には,これらの地震による地盤の隆起によって離水した海成段丘が,縄文海進以来過去6,000年にわたって残されている.その枚数などによる研究によれば,大正関東地震の繰り返しは400年程度,元禄地震は1,500年程度とされている.歴史地震をみても,元禄地震の前には1293年,878年の地震くらいしか可能性がある地震は知られておらず,これらの地震の間隔(約400年)は,段丘から知られる周期と調和的である.

 いわゆる関東地震69年周期説は河角広によって唱えられたものであるが,これは鎌倉での震度5以上の強震の数の統計から来たものであって,相模湾に震源をもつ巨大プレート間地震としての関東地震の繰り返し周期ではない.また,マスコミなどで南関東直下型地震という言葉を目にするが,これが長男の大正タイプ関東地震なのか,元禄タイプなのか,あるいは次男のスラブ地震なのか,三男の上盤側プレート内地震なのか,何を意味しているのか判然としない.この言葉はできる限り使用を避けたほうがよいだろう.

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