W これまでの地震予知計画の総括的評価

 

1.成果のまとめ

 これまで地震予知計画は,調査観測を軸とした経験的研究手法を主体に進展してきた。「地震予知」の現状とそれに対する評価は,前章に述べたとおりであり,得られた成果は防災に役立ちうる情報ともなっている。この点に関し,第7次計画の見直し建議は,「内陸地震の繰り返しの規則性に関する知見など地震の場所及び規模に関する情報は,地震に強い地域づくりなど防災対策に生かすことができると考えられる」と指摘している。地震の発生場所や規模については,多くの観測データを基に地震活動の空白域や静穏化現象の概念が提唱され,実際そうした概念に基づいて来るべき地震の予測に成功した例もある。一方,発生時に関しては,地震サイクルや固有地震の概念に基づいて大地震の繰り返しの歴史を明らかにする調査が精力的になされ,日本海溝沿いや南海トラフ沿いのプレート境界地震の繰り返し間隔が100年から150年であるのに対し,陸域地震の場合は1000年以上とはるかに長いことが明らかとなった。活断層調査が広範に進められ全国の活断層の分布が明らかになった。また地震の繰り返しに関する研究の中から,実際の地震発生予測にも有用な”時間予測モデル”のような概念が生まれた。また,発生時を精度良く予測するのに必須である様々な前兆現象については,前震活動,異常地殻変動,地下水の水位異常や元素・イオン濃度異常,広域地殻活動の活発化等が大地震の発生に先行して検出されている。しかし,前兆とされるこうした現象は多くの場合S/N比が低く,複雑多様性の中に何らかの系統性が見いだせるほどには信頼できるデータが蓄積していない。

 一方,これまでの地震予知計画は地震予知の基礎となる地震発生場に関する研究についても成果を上げてきた。これらの研究の成果は,地震の発生場の理解に基づいて地震に関わる地殻活動の予測を行うことが今や現実的な目標となりうることを示唆している。U章ではこうした観点から多岐にわたる地震予知計画の成果をまとめたものである。これを要約すると,@日本はプレート境界に位置し温度場と応力場の三次元的不均質性が著しい。この点に関して地震予知計画は,島弧の温度場・応力場理解の基礎となる島弧の地下深部構造とそのテクトニックな環境を明らかにし,地震発生が温度場・応力場に如何に敏感であるかを明らかにした。A地震の発生は地殻の強度・流動特性と応力・歪状態の不均質分布に大きく依存する。この点に関して地震予知計画は,地震活動,地震サイクル,活断層などの研究から地震発生の時間的・空間的な規則性と不規則性を明らかにするとともに,地表歪や地震による地殻応力の揺らぎを全国規模でモニタリングできる第1歩となる地震・地殻変動観測網を建設した。B絶えず揺らぐ応力場の中で強度的にある限界に達した時と場所に大地震になりうる破壊は発生する。この点に関して地震予知計画は,地震発生条件の理論的・実験的研究と併せて,地震発生の初期過程や微小地震と大地震とのスケーリング則などの観測研究を進め,地震破壊の発生と成長の条件に関する理解を深めた。

 これら地震の発生場に関する地震予知計画の成果は高く評価される。特に@は「沈み込み帯の構造と地震テクトニクスの解明」として世界をリードし,地震予知研究のみならず固体地球科学全体に大きな影響を与えた。@ABの成果は,日本列島付近の沈み込み帯全体を1つのシステムとしてその内部の構造の不均質性と状態の揺らぎに着目することにより,地震の準備段階にある場所の検出ができる可能性を示唆している。

 

2.改善を要する点

 1で述べたように,地震予知計画を地震発生場の理解に基づく予測という視点から評価するならば,その根幹をなす地震発生場の研究と基本的観測体制の整備は大いに進展し,得られた成果は高く評価できる。一方で,30年以上にわたって実施されてきた地震予知計画によっても,「地震予知の実用化」という当初目標への目途が立っていない事実は,厳粛に受け止めるべきである。今後地震予知研究の一層効果的な推進を図るためには,これまでの地震予知計画について厳しく自己点検し,それを改善していく努力が必要とされる。

 

<目標> 

 昭和39年(1964)に建議された第1次計画以来,地震予知計画が目標としてきたのは「地震予知の実用化」であり,それは「業務として地震警報をだすこと」であった。「10年後には十分な信頼性をもって答えることができる」としたブループリント(昭和37年(1962))に対して,昭和51年(1976)に出された第3次計画の見直し建議は,「地震予知研究は急速に進められつつあるが,客観的,定量的に予知の判断ができる段階には至っていないのが現状である」と述べている。この状況はその後20年を経過した現在も同様であり,第7次計画の見直し建議は「30年にわたる地震予知計画に基づく観測研究は着実に成果を上げてきているものの(中略)なお多くの重要な課題が残されており実用的な予知の一般的な手法は未だ完成していない」と述べている。これは「地震予知の実用化」が,極めて困難な課題であることを示しており,そのためこの目標に対して各次の地震予知計画の到達度を評価することは難しい。今後の地震予知計画においては「地震予知の実用化」を将来の課題として掲げつつ,到達度の評価が可能な目標を設定し,それに向かって逐次的に計画を推進することが必要である。

 

<計画の方針> 

 「地震予知の実用化」という目標に向けて,第3次計画までは,異常現象発見のための全国的な調査観測を実施し,異常現象が発見された場合その地域において高密度集中観測を行い地震予知の実用化を試みるという方針を取った。第4次から第6次までの計画では,こうした「場所」と「規模」の予測から「時期」の予測へという地震予知の実践的試みと併せて,予知精度を高め予知手法の科学的基礎を明らかにするための基礎研究を実施するという方針を取った。第7次計画は基本的にはこの方針を踏襲するが,地震予知の実践的試みを直接の目的とはしない特別観測研究として,地震サイクルの概念に基づいて現在の地震発生ポテンシャルを評価する研究が新たに付け加えられた。このようにこれまでの地震予知計画は,地震予知の実践的試みと予知のための基礎研究という2つの柱を基本方針としてきたと言ってよい。前者の困難さが認識されるに従って,少しずつ基礎研究に相対的な比重が置かれるようになったが,「地震予知の実用化」という目標の達成にどのようにつながるのかは明示されなかった。今後の地震予知計画の方針は,設定した目標へ向かう道筋をできるだけ具体的に示すものである必要がある。

 

<計画の立案・評価> 

 これまでの地震予知計画が「地震予知の実用化」を目標とし,地震予知の実践的試みに重点を置いた方針を取ったため,計画の立案や評価にあたっても地殻の異常現象を如何にして発見するかという視点が重視された。しかし,こうした視点では,U章に述べたような地震発生場に関する研究成果を評価することは難しく,また,それを計画の立案に生かすことも難しい。実際,これまでの地震予知計画においては,観測網の整備,発展とともに地震の発生場に関して多くの成果を上げたが,それらを「地震予知の実用化」という目標への到達度として評価することは行なわれなかった。今後は評価結果が立案過程に反映される仕組みを作り,地震予知研究の成果と関連学問の成果を十分活かした計画立案を行なうことが必要である。これと関連して立案・評価の過程の公開は重要であり検討する必要がある。

 

<社会への還元> 

 警報発令という意味での「地震予知の実用化」はなかったものの,大学,気象庁等関係機関は役割分担を行い,日常的に地震の震源情報を国民あるいは地域住民に提供し,あるいは突発的な地震発生に際し余震観測を通じて事態推移の状況判断を示すなど様々な形で社会に貢献してきた。しかし第6次計画のレビューも指摘している通り,地震予知に対する社会の認識と実際の研究レベルとの間には大きなギャップがある。地震予知計画が目標とした「地震予知の実用化」に対する社会の期待の背景に,相次ぐ地震災害の発生があることは論を待たない。しかし,地震予知情報に基づく警報発令を前提とした大規模地震対策特別措置法により東海地域が観測強化地域に指定されたことや「地震予知の実用化について明るい見通しが得られた」という第6次計画までの建議の表現,あるいは「東海地域判定会が設置されたことにより地震予知は実用化への第1歩を踏み出した」という第4次計画の状況判断が社会に「実用化」近しの印象を与えた面も否定できない。第7次計画の見直し建議**も指摘していることであるが,「地震予知の実用化」が困難な現状を広く社会に伝えるとともに,その現状を前提とした総合的な地震災害の軽減策を検討することが望まれる。なお,社会的にも関心の高く観測体制も整備されている東海地震の予知については特にV章で1節を設けて詳述した。

 

 *第6次計画のレビュー「地震予知に対する社会的要請は高いが,それと地震予知の現実 には,なお相当のギャップがあることも否定できない」

**第7次計画の見直し建議「現状においては地震の発生時期を予測する短期的予知は一般 的には極めて困難であるが(中略)地震予知観測研究の成果としてこれまでに得られた 様々な情報を防災対策に役立つよう社会に適切に提供する機能を強化する(中略)こと が必要である」

 

<計画実施体制> 

 地震予知計画の発足の経緯から考えて,観測体制の整備強化が計画の多くの部分を占めてきたことは,ある意味で当然と言える。これにより世界でもトップレベルの観測網を構築しつつあること,地震発生場の研究の飛躍的な進展を促したことは,地震予知計画の成果である。一方で,大学の観測網,特に微小地震観測網が国の中核的な観測網として固定化され,初期の研究開発的な性格が薄くなった後も,観測網の維持に多くの人員と予算が費やされ,計画の立案と評価の力点もそこに置かれた。このため,研究者の自由な発想と多様なアイデアを十分に生かすことができなかった。また,予知研究を推進するうえで,この観測研究体制の問題は,大学と関係機関との連携による効果的な計画の推進を損なう側面ともなった。もちろん,これまで,大学や関係機関が高精度の機器の開発や手法の開発で大きな貢献をし,それが高品質で安定的な観測手段を提供するという形で業務機関における新しい観測網の展開を支えるという,本来の姿も存在したことは付記しなくてはならない。今後,予知計画を効果的に推進するためには,業務的な調査観測と研究的な調査観測について,大学及び関係機関が緊密な連携の基にそれぞれの機能に応じて適切に役割分担する必要がある。特に,大学は,国の基盤的調査観測体制が整備されつつある現在,より斬新な研究観測へとシフトすることが期待される。なお,これまで,省庁を横断した研究プロジェクトチームの編成に関する20年前の提言(第3次計画の一部見直し建議:1章参照)が十分に生かされなかった。こうした提言を生かすためにも,計画の実施状況の評価は十分になされねばならない。

 

3.今後の展望

 V章において,例えば内陸地震の場合,その平均繰り返し間隔は断層毎に異なるが少なくとも千年程度で,ばらつきは0.5-1.5倍の範囲(研究者によって範囲が異なる)に収まることを述べた。また,平均繰り返し間隔が100-150年程度のプレート境界地震の場合は,過去の発生間隔を統計モデルにあてはめることによって大まかな「いつ」の予測ができることを示した。例えば南海道地震の場合,予測誤差は数十年である。しかし,こうした地震サイクル的な概念に基づく「いつ」の予測と,地震予知計画が目標とした「実用化」との時間的なギャップは余りに大きい。また一方で,前兆現象に基づく直前予測については,現象が複雑多岐でノイズが大きく信頼性のあるデータが十分蓄積していない。地震予知の実現にとって前兆現象の検出とその実体の解明が重要なことはU章でも指摘した。しかし,もし今後とも前兆現象に依拠して経験的な「地震予知の実用化」を目指すならば,前述の改善を要する点で述べた問題は更に拡大し,地震予知の健全な発展と成果の社会への適切な還元は望めない。今後の地震予知計画においては「地震予知の実用化」を将来の課題として掲げつつ,到達度の評価が可能な目標を設定して,それに向かって逐次的に計画を推進し,各時点での研究成果を社会に適切に還元していくことが必要である。

 

<目標と方針について>

 地震予知が困難なのは,地震が(応力・歪)状態の突然の変化に伴う突発的・瞬間的な現象だからである。このような状態変化に伴う突発現象は地震以外にも自然界に数多く存在するが,そうした現象の予測は一般にきわめて難しい。しかし,予測科学の分野では,あまりにも突発的であるが故に従来は偶然の発生ともみなされてきた現象を確率現象としてでなく物理的に必然の結果として理解し,予測問題に新しい切り口を見出そうとする努力が始まっている。今後の地震予知研究の体系化にあたって予測科学的視点は欠かせない。

 地震予知はもちろん,地震に関わる様々な地殻活動(例えば,広域的な地殻変動や地表歪変化,群発地震活動や余震活動及びそれらに伴う異常地殻現象など)の予測が一般に難しいのは,現象の発生や推移が,地殻の力学的・熱的構造の不均質性と歪・応力状態の揺らぎに強く依存し,一方,そうした不均質性や揺らぎに関する現在の知識が乏しいためである。しかし,これは逆に,地殻の不均質性や揺らぎが把握できれば,それらが様々な地殻現象の予測のための共通の手掛かりとなることを示している。この共通性は,地震予知の実現に向けて新しいアプローチの可能性を示唆している。即ち,@日本列島域全体にわたって地殻の構造(弾性・強度・降伏応力など)の不均質性と状態(歪・応力など)の揺らぎを把握,Aこの把握に基づいて多様な地殻の活動と異常現象を地下の物理過程として理解,Bその理解に基づいて構造不均質性と状態揺らぎの把握から地殻活動の推移を予測,Cその実績を逐次生かして地震発生の予測につなげる。

 以上を考慮すると,今後の地震予知計画は,予測科学的な視点を重視し,地殻の構造の不均質性と状態の揺らぎに着目して,地震に関わる様々な活動に関し予測の難易度に応じ段階的に予測の実績を積み重ねていくものとなろう。群発地震の推移予測などについては既にある程度の実績があり社会にも貢献しているが(U章2節),それらを経験の積み重ねに終わらせることなく,上記@〜Cの一環として捉えることが重要である。

 今後の地震予知計画は,地震予知の実現に向けたこうした積み重ねの中で,「いつ」,「どこで」,「どの程度の規模」の3要素のそれぞれの予測誤差を小さくし,予測誤差の限界内で地震を予知して現実に防災と災害軽減に寄与することを目指すものとなろう。得られた予測情報を現実に社会に役立てるための情報伝達の在り方などを幅広い観点から,今後十分に検討する必要がある。

 

<研究手法について>

 上のような目標と方針を掲げたこれからの地震予知計画においては,時間的には地震サイクルの全期間及びその地質学的期間にわたる繰り返し,空間的には日本列島とその周辺における地殻・上部マントル全体を一つのシステムとしてとらえるアプローチが重視される。

 地殻・上部マントルシステムは,弾性や強度など内部の構造が不均質で,応力・歪状態も絶えず揺らいでいる。この揺らぎと不均質性の中で,全体として応力が一定レベルにまで達している場所では,短波長の応力揺らぎによって局所的に破壊や塑性変形が起こり,場合によってはそれらが大地震や大規模地殻変動にまで成長する。破壊と塑性変形の割合や成長の仕方によって,地殻の破壊・変形現象は様々な形を取る。

 この多様な地殻活動を予測するには,従来の個別異常現象の発見追及に重点を置いた観測研究や大地震の繰り返し間隔を明らかにする調査研究にとどまらず,今後は,@地殻内部の強度(あるいは,その指標となる物理量)構造の不均質性を明らかにし,A応力・歪状態の揺らぎを常時把握するための観測研究が必要となる。地殻内部の強度不均質性がわかり,一方で応力・歪の変化を時間的に追跡できるならば,応力の高まっている場所を強度とのかねあいにおいて特定することが可能になろう。これは,地殻の異常現象を応力の解放ないし集中過程と結びつけて理解することを可能にし,地震サイクルにおける切迫度を応力の蓄積の程度として理解することを可能にするものである。これはまた地震予知において特定の地震の発生に至る時間的経過にだけ着目するのでなく,地殻全体にかかるテクトニックな力を考え,それが地殻内にいかに配分・再配分されるかに着目する視点を持ち込むものである。

 こうした理解ができれば,逆に応力・歪揺らぎの常時把握から地殻活動の予測もある程度できるようになると考えられる。地殻内の強度も応力も直接観測できる量ではないが,U章の成果は,調査観測のデータと理論・実験の結果とを結び付けることによって地殻の応力揺らぎや強度の不均質分布を推定し,地殻活動の予測につなげるモデリングが可能になりつつあることを示唆している。もちろん,モデリングを現実に意味あるものとするためにも,S/N比や分解能のより高い,あるいはより大容量・高次元の情報をもたらす,あるいは全く新しい観測量を測る地球観測システムの開発研究は欠かすことができない。

 上記@Aに述べたような観測研究を発足させるには,海域を含めた日本列島規模で,地殻の力学的・熱的な構造不均質性を調査し,また応力・歪状態の時間揺らぎを観測とモデリングによって把握する体制が必要である。こうした体制は,これまでの地震予知計画の進展と動き出した国の基盤的調査観測事業によって,整備されつつある。また,大規模なモデリングには,適切なコンピュータ環境の整備も必要であろう。これまでの学術的・技術的成果の蓄積と整備のされつつある基盤的調査観測体制とによって,地震予知の実現に向けて新しいアプローチに基づく研究を推進する機は熟している。

 

<望まれる計画実施体制>

 この地震予知計画の課題を達成するためには,国の基盤的調査観測網も含めた業務的な調査観測と,それらのデータの利用を前提として,より焦点を絞った研究的な調査観測,及び得られたデータを地震発生予測につなげるためのモデリング研究の緊密な協力体制が不可欠となる。それぞれの性格を理解した上で,大学及び関係機関がその機能に応じてそれらを役割分担し,密接な協力・連携を図ることが総合プロジェクトとして地震予知計画を推進するための要点となる。現在,地震調査研究推進本部が進めつつある基盤的調査観測事業は,上に述べた地震予知研究の新しいアプローチにも大きく貢献することが期待される。そのため基盤的調査観測が地震予知計画の中で果たすべき役割を明確にして,最適な連携システムを作り上げることが重要である。

 地震予知計画を着実に推進させるためには,検証可能な作業仮説または目的を設定したうえで,計画期間内に結果及び評価が明らかになる計画を策定することが必要とされる。計画をより効果的に推進するためには,第三者評価等を適宜実施するシステムの導入も検討すべきである。研究的な調査観測の積み重ねにより,地震発生予測に有効な調査観測手法が確立された場合,それを基盤的調査観測など業務的な調査観測に逐次導入する必要がある。また,調査観測により得られた成果を社会に還元するために,関係機関の連携の強化を図ることが望まれる。