はじめに

 

 我が国は,世界有数の火山国であり,世界の活動的な火山の約1割にあたる86の活火山がある。それらには,玄武岩質の溶岩噴泉を伴う火山噴火から安山岩質の爆発的火山噴火,デイサイト質の溶岩ドームを作る火山噴火まで,マグマの性質によって様々な噴火様式が認められる。活火山数の多さと多種多様な噴火形態が存在することが,我が国の火山活動の大きな特徴をなしている。火山活動が静穏な時期には火山のもたらす様々な恵みを享受しているが,過去には,1783年の浅間山大噴火,1792年の雲仙眉山の大崩壊と誘発された津波,明治21年(1888)の磐梯山の山体崩壊,大正3年(1914)の桜島の大噴火等,火山噴火によって多数の犠牲者を伴った大災害が繰り返し引き起こされた事は噴火史に明らかである。古来,活火山の近傍を生活の場とする住民にとって眼前の火山が安全か否かは常に大きな関心事であり,噴火を予知し災害を最小限にとどめたいという潜在的な社会的願望があった。我が国では,明治の近代化に伴い,震災予防調査会が,地震現象の調査とともに,噴火の現地調査・研究や資料収集,火山地質の調査・解析を組織的に実施し,国内の火山について膨大な調査報告や地質資料を残した。その後,これらの研究成果を踏まえ,大学や気象庁は,浅間山,桜島,阿蘇山等で火山活動の観測を独自に行い,火山噴火機構解明の基礎研究を継続してきた。これらの研究は,火山噴火予知研究の先鞭をつけるものであり,この分野で我が国は世界の学会を先導してきた実績を有している。しかし,火山観測研究が小規模で個別的研究のレベルに留まっている限り火山噴火現象の持つ複雑性・多様性を克服し火山噴火予知を実現することは困難であった。

 近年,我が国の社会発展に伴って火山周辺の地域開発が急速に進み,もし大噴火が起きれば,災害の規模が大きくなることが懸念されるようになった。このような社会的背景を受けて,火山噴火予知の実用化に対する要請が強まり,予知の方策を検討し実施に移すことが急務な課題となった。このため,測地学審議会は,長期的な視野に立って火山噴火予知のあり方や実用化の可能性を専門的見知から慎重に審議し,昭和48年に「火山噴火予知計画の推進について」をとりまとめ文部大臣をはじめ関係大臣に建議した。これを受けて,昭和49年度から火山噴火予知計画が実施に移された。その後,測地学審議会は第2次から第5次までの計画を策定し建議してきた。火山噴火予知に関する観測計画の内容は多方面にわたることから大学及び関係機関は,それぞれの機関の持つ観測・調査機能の特徴を生かしつつ,役割を分担して推進することとした。

 これまでの計画年次とそれぞれの期間の実施計画の主な特徴は次のようにまとめられる。

   第1次計画(昭和49〜53年)地震観測のテレメータ化等と観測基盤の整備

   第2次計画(昭和54〜58年)観測対象火山の拡大と観測の広域化

   第3次計画(昭和59〜63年)予知手法の多様化とデータの良質化

   第4次計画(平成元〜5年)観測の多項目化,高密度化,高精度化

  第5次計画(平成6〜10年)火山体構造把握ための観測研究の推進

 第1次から第3次計画までは,大学や気象庁における火山観測の中核をなしてきた地震や地殻変動観測等の地球物理学的観測手法に基礎をおき,活動的火山における噴火機構の解明と短期的予知の基礎となる前兆現象の検出に取り組んできた。火山噴火予知の方法には,過去の事実に基づく経験的な予測から,それらを総合して確率を見積もったもの,噴火の物理モデルを用いて,様式,規模,推移を含めてきめ細かく予知するものまで,いくつかの段階がある。年次計画の進展に伴って,噴火機構の解明も進みいくつかの火山では,噴火の物理モデルが提案され,それに基づく予知方法も議論されるようになった。また,1977年〜79年の有珠山や1990〜95年の雲仙岳のように噴火活動が長期化した場合,噴火の推移の予測が防災面で重要になることが改めて認識され,この方面の観測研究を重点的に推進することが課題となった。さらに,中・長期的予知の重要性が広く認識され,観測内容も地球化学的手法や地質学・岩石学的手法の導入と強化が図られ,火山噴火予知の観測研究は着実に発展を遂げてきた。今後は,多様な予知手法の開発の一環として,火山性地震などデータの蓄積が進んだ観測手法については,観測データをもとに活動を評価して,噴火発生の可能性を数値として表現するなど確率的予測手法の導入も検討課題になろう。

第5次計画では,火山体下のマグマ供給システムの理解を深めることが噴火機構の解明と火山噴火予知の実用化に向けた展望を開く上で不可欠であるとの認識に立ち,火山体の構造把握のための基礎研究を幅広く推進することとした。

 これまでの年次計画中に幾つかの噴火が発生したが,噴火現象に内在する複雑性のため,時間,場所,規模の3要素に加えて,噴火様式やその推移を的確に予測する段階には残念ながら達していない。しかし,多くの前兆現象や噴火の実態が把握され,防災対応の面ではほぼ大過のない対応をし一定の実績を積んできたことは貴重な経験である。火山噴火予知研究は学問的にも,技術的にもまだ発展途上にあるが,実用化に向けて着実に成果を上げている。

 これまでに陸域で発生した噴火の多くは,予知計画に基づき観測体制がある程度整備された火山で起きたほか海域においても,噴火活動がしばしば起きている。このような火山では,噴火前に何らかの異常が観測されることが多い。関係諸機関は,年3回開催される火山噴火予知連絡会,あるいは,緊急の場合は臨時の連絡会において,観測データを持ち寄り異常活動や噴火の推移は,統一見解等として気象庁を通じて地元防災機関,関係政府機関,報道機関に情報が伝達されてきた。また,海底火山の噴火等に係る情報は,海上保安庁から関係機関や船舶に対して航行警報によって周知され,当該海域の船舶の航行等の安全が図られるなど,最終的には国民の火山防災に活用されてきた(参考資料4)。また,連絡会で検討した内容は,「火山噴火予知連絡会会報」として定期刊行され一般公開されている。会報は国内の関係機関ばかりでなく,国外にも送付される予知の基礎資料として国際的に活用されている。また,予知計画の中で蓄積された基礎研究等の成果は,噴火に伴う災害要因を分かりやすく解説した火山災害危険予想図(いわゆるハザードマップ)作成の基礎資料として有効活用されている。これらは,長期的には国民の防災意識の高揚に寄与するものである。

 火山噴火予知の実用化という社会的目標に向けてスタートした火山噴火予知計画は,四半世紀が経過しようとしている。この間,国内にあっては,雲仙普賢岳の火砕流災害等幾多の火山災害を経験し火山情報に対する社会的な要求の内容にも変化が起きている。また,国際的には「国際防災の十年」や今世紀最大級の噴火といわれるフィリピン・ピナツボ火山の噴火災害等の経験をふまえ,グローバルな視点から火山防災や火山噴火予知の協力体制のあり方が議論されている。

 今般,第5次計画の節目の時期に当たり,大学及び関係機関の実施してきた火山噴火予知計画に対する達成度や問題点の所在を明らかにし,今後の定量的な火山噴火予知のあり方を展望するために,第1次計画から第5次計画までの実施状況を再検討し,総括的な評価を行うこととした。