II. 予知手法等の開発及び基礎的研究の推進 

 

 第1次〜第4次計画までと,現在進行中の第5次計画とに区分して記述する。具体的な成果のうち主なものについては,各小項目の記述の後に参照番号を示し,対応する文献のリストを巻末の参考資料に含めた。

 なお,学術的な成果に関する総括的な文献は参考資料の文献リストの冒頭に付した。

 

1.第4次計画までの実施状況と成果

(1)予知手法等の開発

ア.当初の目標

 地下のマグマの動きを多種の火山観測により探知するために,観測測定の多項目化,連続化及び精密化を目指して新たな観測装置及び観測手法の開発研究を行う。諸機器の効果的な活用を図りつつ,予知の新手法の開発を図る。

 

イ.実施状況と成果

 従来から基本的な火山観測手法であった地震や地殻変動について,観測の近代化とデータの高品位化のための整備が実施され,顕著な噴火活動が生じた火山では,地震及び地殻変動観測が火山活動に伴う火山体内部の力学的状態変化の把握に有効であることが示された。また,火山噴火予知計画の発足後取り入れられた地球化学的及び地球電磁気学的観測も,火山体内部の熱的な状態変化やマグマの挙動等を捕捉する有効な手法であることが,いくつかの火山において検証された。

 

a.地震,地殻変動,重力等の観測手法

 火山噴火予知計画発足とともに,地震観測点の増設と煤書き現地記録方式からテレメータによる集中記録方式への切り替えが順次実施され,震源決定が可能になり,火山性地震の発生機構等の研究の進展を促した。また,光波測距儀,気泡式傾斜計が火山の地殻変動観測に取り入れられ,有珠山や雲仙岳のように比較的顕著な変形を伴うデイサイト質溶岩の貫入噴出過程の観測研究に,また,火口に近接して気泡式傾斜計の多点観測を行えば,火山性地震・微動の発生等に対応した微小な火山体の変形の検出も可能であることが伊豆大島等で示された。第2次計画からは,ボーリング孔や観測坑道にセンサーを設置して火山体のごく微小な変形や内部で発生する微小な地震を捉える試みが順次開始された。その結果,十勝岳,伊豆大島,阿蘇山,桜島等で,噴火及び火山性地震や微動の発生に対応した火山体の微小な変形が明瞭に観測された。また,地中地震計及び広帯域地震計により,データの高品位化が実現し,火山性地震の発生機構の研究に進展がみられた。近年は火山体とその周辺のやや広範囲な地殻変動観測にGPSが活用され,伊豆東部火山群や雲仙岳の活動に際してその有効性が示された。いくつかの火山では,マグマ貫入等によって引き起こされる地下の密度変化に伴う微小な重力変化を検出するための調査が,集中総合観測等を通して組織的に行われた。伊豆大島,三宅島,桜島等ではマグマの貫入・後退やマグマ溜り付近での密度変化に起因すると考えられる重力変化が捉えられた。他方,測定された重力変化には,地下水位の変動の影響が大きい場合もあることが,有珠山,伊豆大島,雲仙岳等で判明した。(文献1〜5)

 

b.電磁気学的観測手法

 火山活動に伴う火山体浅部の温度変化等物理的状態の変化を電磁気学的手法により検知する試みとして,伊豆大島において地磁気連続観測及び電気抵抗の繰り返し測定が行われた。その結果,昭和61年(1986)の噴火に先行して,火口近傍の地下浅部の電気抵抗の異常な変化及び熱消磁によると見られる全磁力変化を検出した。さらに,従来,地磁気変化の検出が困難と考えられていた阿蘇山,草津白根山,雲仙岳,霧島新燃岳のような安山岩質やデイサイト質の火山でも,全磁力観測により火口浅部の熱的状態変化を反映していると考えられる地磁気変化が明瞭に観測された。

 超低周波(VLF;10kHz前後)から極超低周波(ULF;10−4〜1Hz)にいたる周波数帯域の電場・磁場観測から火山の地下構造を探るための調査が伊豆大島,阿蘇山,霧島山,雲仙岳等で実施され,火山体やカルデラの浅部から深部にいたる比抵抗構造が明らかにされた。また,阿蘇山では,極低周波(ELF;1〜100Hz)帯の連続観測により比抵抗変化を検出し,それに基づいて地下の温度変化を推定する手法の開発が試みられた。しかし,電極の経年変化の影響が無視できず,比抵抗の変化は容易には得られなかった。雲仙普賢岳,伊豆大島等では自然電位の観測が実施され,火山活動に伴う熱水系の盛衰に対応すると考えられる自然電位分布の変化が捉えられた。

 また,桜島や雲仙普賢岳では空中電界変動の観測が実施され,爆発的噴火発生や噴煙柱の成長に伴って大気電場が変動することが示され,その種の観測が噴火の発生検知や噴煙柱の成長分散過程の研究に役立つことが示された。(文献6〜10)

 

c.熱的状態等の火山活動の隔測手法

 第1次予知計画では火山噴火に対する短期的予知の手段として熱的状態の監視が有効と考えられ,放射温度計,赤外線走査装置等を用いた主要活火山の熱的状態の調査が行われた。引き続き,火山観測用の航空機搭載型赤外線走査装置の開発が行われ,雲仙岳,桜島,伊豆大島等での試験運用により,その性能が検証された。また,海底火山活動に特有な変色水域の定量的評価のために,マルチバンドカメラと赤外線映像装置が導入されるとともに,海底火山活動の監視のために,音響センサーの開発実験,遠隔操作可能な自航式ブイの製作と手石海丘等での運用が行われた。阿蘇山において火山噴煙観測システムの試験観測が実施された。衛星データを火山活動監視に活用するための解析手法に関する研究は,噴煙の検出,あるいは海底火山活動による変色水域の抽出を目的にすすめられ,ある規模以上の活動であれば,その検出が可能であり,活動の推移の監視に役立つことが分かった。

 火山爆発による空振波を計測するための超低周波マイクロホンが開発され,爆発的噴火及び火砕流発生の検知に有効であること,また,ピナツボ火山や伊豆大島の噴火を例に,遠隔火山の活動の推移監視にも役立つことが示された。さらに,火山性地震や微動の中に空振の発生を伴うものがあることが見出され,火山性地震の発生機構解明に貴重なデータを提供した。(文献11〜16)

 

d.地球化学的手法

 二酸化硫黄(SO)が特定波長の紫外線を吸収する性質を利用した遠隔測定装置(相関スペクトロメーター:COSPEC)を用いた繰り返し観測が行われた結果,SO放出量が火山活動に対応して増減することが多くの火山で確認された。しかし,雲仙岳噴火のように,溶岩噴出開始後までSO放出が観測されなかった場合もある。活動火口や噴気孔から放出される火山ガス,温泉水及びこれに溶存するガスの化学組成,同位体組成の繰り返し観測の結果,H濃度,HCO濃度,HCl/SO比,SO/HS比,He/He比等が火山活動の変化に対応する成分として特定され,桜島,伊豆大島,草津白根山では,これら成分の連続観測システムが開発導入された。

 また,世界に先駆けて遠隔赤外分光観測が雲仙岳で試みられ,火山ガスのHCl/SO比の遠隔測定が可能であることが分かった。火口湖にハイドロフォンを設置して,火口湖湖底の噴気活動を把握する方法が試みられ,火口湖に設置した水温水質水位の連続観測装置とともに活動的火口湖の湖底からの火山ガス突出の検知が可能となった。(文献17〜22)

 

e.地質学的・岩石学的手法

 蛍光X線分析装置による火山岩の主成分及び微量成分の迅速分析の手法が確立し,噴出物が入手できる場合には,噴火継続中にマグマの組成を特定することが可能となった。昭和61年(1986)伊豆大島噴火の際には,この手法を用いて噴出物を準リアルタイムで分析し,2つの独立なマグマ供給系が存在することが認められたが,この結果は噴火機構や推移の予測に役立った。また,平成元年(1989)の伊豆東部火山群海底噴火では,噴出物の解析により,噴火の主因となったマグマが伊東市の海岸に漂着したデイサイト軽石ではなく,玄武岩マグマの噴出にあることが確認され,噴火機構を考察する上で重要なデータとなった。

 水蒸気爆発の噴出物中に新鮮なガラス片が発見された場合,その噴火にマグマが関与した可能性が高いことが雲仙岳噴火で示され,噴火の推移を予測する上で重要な観測事実となることが分かった。(文献23〜26)

 

f.火山観測データの即時処理

 地震,地盤変動等の観測データを即時処理し,解析結果や微動の振幅レベル等を表示するシステムの開発がなされた。また,パソコンを用い,公衆電話回線を介して,安価に遠隔火山の多項目観測データを準リアルタイムでテレメータするシステムが開発され,薩南諸島の火山観測等に使用された。また,急峻な火山体での高密度地震観測や火山体構造の稠密地震探査を目的に,高精度,軽量でかつ低消費電力のデータロガーの開発が着手された。(文献27,28)

 

g.桜島での噴火予測システムの開発・試行

 山頂火口で爆発的噴火活動を繰り返している桜島では,火口直下を震源域とする低周波地震,いわゆるB型地震が群発すると,その直後から数日〜約2週間にわたり爆発的噴火が多発する。この経験則をもとに活動を評価するためのシステムの開発が行われた。先ず,各種の火山性地震・微動をリアルタイムで自動分類する。次に,そのデータを用いてB型地震の発生状況に関するある指標を計算し,過去1ヶ月間のこの指標の変動と爆発発生の関係について統計的解析を行い,今後24時間の爆発発生の可能性を評価する。約2年間の試行実験では,発生した爆発の約80%が「危険」と判断された日に発生した。しかし,顕著な爆発が「安全」と判定された日に発生した事例もあるので,B型地震の発生状況をもとにした「1日単位」の予測は,火山弾,噴石の脅威にさらされている地域住民にとって,実用的ではないことが分かった。

 より確かな前兆として,坑道での精密な傾斜と歪み観測により,個々の噴火の直前,数10分〜数時間前から火山体の極く微小な隆起膨張現象(傾斜:0.01〜0.3マイクロラジアン)が観測された。リアルタイムでデータに各種の処理を施し,地下浅部に蓄積しつつあるマグマ量を評価して,隆起量に応じて3種類の警告を発する直前予知システムが開発された。顕著な爆発的噴火の90%以上,小規模な爆発を含めても約70%の爆発に対して事前に警告を発している。しかし,火口底や火道の状態は常に変化していて噴火発生に至るまでの地盤の膨張率及び膨張量は一定でないため,噴火発生時刻の正確な予測及び火山弾がどこまで飛ぶかといった爆発強度の事前評価は困難である。なお,このシステムは一部の関係機関に設置され,リアルタイムでデータが提供されている。(文献29,30)

 

(2)火山噴火予知の基礎研究

ア.当初の目標

 火山噴火予知の実現は,観測データから火山体内部の状況が的確に評価できることが前提であり,そのために火山活動についての知識を深める必要がある。各種データや試料の解析,各種実験及び理論的考察に基づき,噴火機構,火山体内部構造,活動史,マグマの物性等に関する基礎研究を推進することとした。

 

イ.実施状況と成果

 顕著な噴火が発生した火山では,観測データの解析や採取された試料の分析に基づく噴火機構等に関する研究が進展した。また,噴火が発生しなかった火山でも,蓄積されたデータの解析,あるいは各種の手法を用いて,地下構造,活動史等に関する研究がなされた。さらに,火山噴火予知に関する基礎研究における国際協力の意義が,ザイール,インドネシア等との共同研究を通して確認された。

 

a.火山性地震の発生機構

 活動的火山を中心に,火山性地震の震源過程に関する研究がなされ,地殻変動データ等との比較対象により,その発生機構について新たな知見が得られた。昭和52年(1977)にデイサイト質の軽石を多量に噴出し,数年間にわたって顕著な地震活動と潜在溶岩丘の上昇が継続した有珠山では,潜在溶岩丘のステップ状の隆起運動と同期して,顕著な地震の発生が観測された。山頂火口原内のU字型の隆起部分に対応した震源分布と発震機構が明らかにされた。さらに,地震波形のインバージョン解析によって求められた断層パラメータが,実測された断層の変位と整合することが示された。

 昭和58年(1983)に割れ目噴火を生じ,玄武岩質溶岩を流出した三宅島では,全観測点で初動が「押し」,あるいは「引き」でしかも明瞭な横波相が認められ,通常の地震の発生メカニズムでは解釈できない地震が多数観測された。この地震を説明するために,開口割れ目の端にクラックが発生するという震源モデルが提唱された。また,昭和61年(1986)の伊豆大島の割れ目噴火発生前後に発生した震源域の成長と発震機構が丹念に解析され,割れ目噴火の発生機構が論じられた。

 平成元年(1989)の伊豆東部火山群海底噴火直後の地震の精密な震源決定により手石海丘直下は地震の空白域になっていることが明らかにされ,マグマの上昇経路との関連が指摘された。

 平成2年(1990)から噴火活動を開始した雲仙普賢岳では,噴火に先立ち雲仙岳西方の橘湾から雲仙普賢岳へむけて震源域が順次接近したこと,雲仙普賢岳山頂直下の1〜3kmでは地震の発生がまったく見られないことが明らかにされ,地殻変動の解析結果と調和的な,橘湾から雲仙普賢岳にのびるマグマ供給系の存在が示唆された。なお,同様に,火山体直下の数kmより深い部分に地震が発生しない領域があり,それと地殻変動を引き起こす力源の位置が一致することから,マグマ溜りの存在が推定された例として,伊豆大島,桜島及びザイールのニアムラギラ火山が挙げられる。

 爆発的噴火を繰り返してきた桜島では,火口直下で発生する立ち上がりの信号がはっきりとしている地震,いわゆるA型地震の発生機構が調べられ,発震機構は活動期に対応して変化することが示された。浅間山及び桜島では,山頂火口の下で多数発生するB型地震には,やや高周波が卓越するタイプ(BH型地震)と低周波が卓越するタイプ(BL型地震)があることが判明し,桜島では,この種の地震波の初動部分の解析から,上下方向に膨張,あるいは収縮する発震機構を有することが明らかにされた。また,震源域の深さの違い,対応する地殻変動(BH:隆起膨張,BL:沈降収縮)と表面現象との関係から,BH型地震はマグマが火道に貫入する過程で発生するのに対して,BL型地震は火道中をマグマが火口底へ向け上昇・溢出する過程で発生することが示された。(文献31〜38)

 

b.火山性微動の発生機構

 火山性微動については,その発生機構の研究にとって興味深い観測結果と新たな知見が得られた。十勝岳,桜島等の安山岩質火山では,活動期に単一の周波数が卓越し波群全体が紡錘形をなす微動が観測される。

 桜島では,スペクトル解析により,1Hz前後のピーク周波数を基本としてその整数倍の周波数にピークが現れることが示された。しかも周波数が短時間のうちに変動する。このような特徴から火道柱のガス溜りが振動源であると推定された。諏訪之瀬島及びインドネシアのスメル火山についても同様の解析結果が得られた。

 伊豆大島では,昭和61年(1986)噴火後に周期的に繰り返された火山性微動と同期して,膨張から収縮へ,または収縮から膨張への地殻変動が傾斜計,体積歪計により観測され,その原因が北西山腹の地下にあることが決められた。火山性微動が流体の流れに起因することを示す新しい証拠として注目される。同様の結果は,十勝岳でも得られた。また,伊豆大島では,火口に近接した高密度地震観測網によって,微動発生源から等方的な地震波が放出されていることと,その振動が時間間隔ほぼ0.1秒のパルスの繰り返しからなることが明らかにされた。雌阿寒岳,浅間山,口永良部島などでは,振動が数10秒から数分継続する減衰振動型の低周波地震が観測される。

 草津白根山で発生するこの種の地震についてスペクトル解析がなされ,複数のスペクトル・ピークの位置と幅が,地殻中に想定される流体溜りの共鳴で説明できることが示された。(文献39〜42)

 

c.火山性地殻変動のモデル化等

 観測坑道や観測井内での傾斜,歪の精密連続観測によって,火山性地震や噴火に伴う微小な変動が十勝岳,伊豆大島,手石海丘,阿蘇山,雲仙岳,桜島等で捉えられた。また,水準測量,光波測量, GPS測量によって,顕著な噴火に伴う広域的な変動が捉えられた。特筆される成果として,昭和61年(1986)の伊豆大島噴火を契機とする割れ目噴火のモデル化の研究が挙げられる。伊豆大島の割れ目噴火では,火口列にそって線対称的な地殻変動が生じ,開口割れ目モデルよって,地下に形成された割れ目の位置,形状,開口幅が推定された。また,噴火前後の重力変化と地殻変動をあわせて説明するためのモデルが提唱され,割れ目火口列の地下にはクラックが生じ,水,ガス等のマグマより低密度の物質に満たされている状態であることが推定された。なお,割れ目噴火に対応した傾斜,歪み変化が観測され,その解析から溶岩流出によって減圧を生じた伊豆大島の地下のマグマ溜りの位置が推定された。開口割れ目モデルは手石海丘噴火前後の変動,大正3年(1914)の桜島の噴火にも適用され,割れ目の位置と形状が推定され,他のデータと併せてそれらの噴火の発生機構が論じられた。

 一方,雲仙岳の活動に関連して,島原半島では同心円状の地殻変動分布が観測された。データの解析からマグマ溜りの位置の推定がなされ,地殻変動の意味が論じられた。溶岩ドーム出現以前には島原半島西部を中心に緩やかな隆起膨張傾向にあり,溶岩流出後は逆に沈降収縮に転じたことが明らかにされ,解析によって,普賢岳から西方に向かい次第に深さを増すという,地震の震源分布と調和的なマグマ供給系の存在が推定された。また,溶岩噴出率と地盤の変形率の関係から,平成3年(1991)以降数年間にわたり深部からのマグマの上昇率が増大したことが推定された。桜島では,水準測量の繰り返しによって,過去少なくとも100年にわたり,姶良カルデラ地下のマグマ溜りへ年間1000万mのマグマの供給が続いていることが示された。

 また,昭和58年(1983)に噴火した三宅島及び昭和61年(1986)に噴火した伊豆大島では噴火終息後も,水準測量,GPS測量等地殻変動観測が継続して実施され,マグマの再蓄積を示唆する緩やかな膨張が,着実に進行していることが確認された。なお,伊豆大島では昭和61年(1986)の噴火後も精密重力測定が繰り返された結果,噴火後のマグマの後退と関連した重力変化が検出され,火道中のマグマの頭位の変化について定量的な推定がなされた。

 桜島では個々の山頂噴火の前の微小な隆起膨張と噴火後の沈降収縮現象について解析がなされ,この変動はマグマが山頂火口直下2〜6kmのマグマ溜りから火道にかけての領域に貫入したために引き起こされた現象であることが明らかにされた。さらに,爆発と同時に火道上部で急激な減圧が生じたことを示す歪みステップが観測され,その量が空振の強度とほぼ比例することから,爆発発生直前に火道上部に形成されたガス層の破裂によると解釈された。(文献43〜48)

 

d.噴火現象の解析研究

 浅間山や桜島で発生するいわゆるブルカノ式噴火では,衝撃波の発生,火山弾及び噴煙の放出とともに,火口直下で爆発地震が発生する。浅間山及び桜島では爆発地震の初動部分の解析から,その震源域の大きさと圧力変化がそれぞれ見積もられ,その圧力変化は数バール未満という結果が得られた。桜島では,観測井で得られた地震データの初動部分の解析及び長周期地震波の波形のインバージョン解析から,爆発地震の震源過程が論じられ,最初に震源域で上下方向の膨張が生じ,次に,物質放出に対応して,より顕著な収縮過程を伴うことが示された。また,爆発的噴火現象の映像等の解析から,爆発地震の発生が火口での爆発現象の発生に約1秒先行する事が明らかにされ,爆発地震が爆発の直接的なトリガーの役割を果たしていることが示された。

 また,衝撃波発生,噴煙の成長過程の解析等から爆発発生直前には火道上部にはガス層が形成されていることが推定された。雲仙岳の溶岩ドームの崩落による火砕流の発生について,長周期地震計,データのインバージョン解析,超低周波マイクロホンデータ及びビデオ画像データの解析により,溶岩ドームからの岩塊の剥離,落下,更に流下に至る過程が定量的に明らかにされ,火砕流の発達過程における岩塊の大きさやその中に含まれる火山ガスの役割などが考察された。(文献49〜53)

 

e.活火山の浅部及び深部構造

 火薬,バイブロサイス,エアガン等の人工震源,重力,各種の電磁気学的手法を用いた火山体やカルデラの構造調査が,支笏湖,有珠山,秋田駒ケ岳,磐梯山,伊豆大島,三宅島,阿蘇山,霧島山等において実施され,火山体及びカルデラ地域の地殻上部の速度構造,浅部から地殻上部にいたる電気抵抗構造等が明らかにされた。

 昭和新山では,人工地震による地震波速度の繰り返し調査によって,溶岩ドーム内部の弾性波速度の時間変化が明らかにされ,溶岩ドームの冷却過程との関係が論じられた。磐梯山や伊豆大島では,エアガンを用いた稠密な地震探査が重力測定とともに実施され,地震波速度構造及び密度分布から見ると山体の中心部地下では,周囲に比べると高密度・高速度になっていることが明らかにされ,基盤の盛り上がりが推定された。阿蘇山では常時地震観測データを解析して,地震波の速度異常域及び異常減衰域を検出する研究がなされ,カルデラ内部の6km〜10km以深にマグマ溜りが存在する可能性が指摘された。

 東北地方では,微小地震観測網と広域火山観測網のデータを用いて,地殻及び上部マントルの詳細な3次元速度構造が求められた。その結果,火山地域直下の上部マントルから地殻に伸びるマグマ上昇経路を示唆するような低速度域が見つかり,その周辺に反射面や低周波地震の活動域が存在することが明らかになった。活火山の深部の構造の地震活動に関する研究は,他の地域でも行われた。(文献54〜59)

 

f.揮発性成分の挙動

 複数の活動的火山で火山ガスや温泉水などの化学組成の連続観測及び繰り返し観測が行われ,これらに現れる化学組成や温度などの変化は噴火活動に先行して,あるいは同時に現れるものが多いものの,噴火発生後に変化が現れる場合もある。このような観測データの蓄積によって,活動的火山の山頂火口からの火山ガスはマグマから分離した直後の組成を保っている場合が多いことがわかり,化学組成の熱力学的解析からマグマの温度を推定することができるようになった。この結果は,固体噴出物の解析によるマグマの温度の推定と調和的である。

 また,雲仙岳で溶岩ドーム出現以降のSO放出量がマグマ供給量の増減に伴って変化することが確認され,火山ガスの放出量の観測が火山活動の推移予測に有効であることが判明した。

 火山ガスや湧水の酸素,水素,炭素の安定同位体の研究によって,マグマ物質に混入する地下水,堆積有機物の影響の評価,噴火に関与する地下熱水系の解明に大きな進展が得られ,火山ガスの化学組成や噴出物に付着するガス成分の解析等と併せて噴火様式の推定に寄与した。(文献56〜60)

 

g.火山噴出物の研究

 三宅島の昭和58年(1983)噴火を例に,火山灰の分布,その粒度分布等と実際の噴火推移との関連を対比させた結果,噴出物の解析が噴火推移の推定に有効であることが分かった。また,雲仙岳の火砕流堆積物の解析,火砕流の観測に基づいて,溶岩ドームの崩落に伴う火砕流の発生機構が解明された。噴出物の岩石学的解析によりマグマ中に含まれていた水の量を推定する方法に関しての研究が進んだ。(文献65〜70)

 

h.火山活動史の調査研究

 雲仙岳の過去の噴火活動に関する地質学的調査に基づいて噴火史を検討した結果,今回の噴火が数千年に一回程度の頻度で発生する,比較的大規模な噴火活動であることが判明した。さらに,いくつかの活動的火山でも地質調査が行われ,有珠火山でこれまで泥流堆積物とされてきたものが岩屑なだれであることや,北海道駒ヶ岳の歴史時代の主な噴火は火砕流を伴ったものであったこと,草津白根火山の有史の噴火はすべて水蒸気爆発であったことなどが分かった。また,伊豆大島でも側火山の分布が新たに確定されるなど,過去の活動史に関しての研究が進んだ。溶岩流のシミュレーション手法が昭和58年(1983)三宅島噴火,昭和61年(1986)伊豆大島噴火,大正3年(1914)桜島噴火の際の溶岩流の分布状態を再現することが確認され,災害予測図の作成に貢献した。(文献71〜73)

 

i.マグマの物性等に関する研究

 マントルにおけるマグマの発生条件に関する実験的研究が進み,マグマ発生の温度圧力条件とマグマの化学組成の関係についての研究が進んだ。高圧下における粘性や密度等のマグマ物性を測定する手法が確立されたほか,さまざまな種類のマグマへの水の溶解度に関する実験的研究が進み,噴火様式と関連の深い揮発性成分の発泡現象に関する基礎データの集積が進んだ。(文献74〜77)

 

(3)火山活動資料の整備

ア.当初の目標

 今後の火山活動の予測に役立つ基礎資料を整備することは,火山噴火予知の推進にとって重要な課題である。このため,関係機関はそれぞれの特色を生かして,基礎的資料を順次整備する。

 

イ.実施状況と成果

a.大縮尺精密火山基本地形図

 十勝岳,樽前山,有珠山,北海道駒ヶ岳,草津白根山,浅間山,伊豆大島,三宅島,阿蘇山,雲仙岳,霧島山,桜島の活動的で重点的に観測研究を行うべき火山,及び雌阿寒岳,岩手山,秋田駒ヶ岳,蔵王山,吾妻山,磐梯山,那須岳,焼岳,御嶽山の活動的火山及び潜在的爆発活力を有する火山について,5千分の1また1万分の1精密火山基本図を作成した。噴火のあった伊豆大島,三宅島,雲仙岳については修正図を作成し,特に雲仙岳については数か月毎に改訂してマグマ噴出率算出の基本資料となったほか,2万5千分の1の数値標高データが作成された。

 

b.精密海底火山地形図

 20万分の1「新島」,「神津島」を作成し,「八丈島南西方」,「八丈島南方」,「須美寿島西方」,「鳥島西方」,「鳥島東方」,「鳥島」及び5万分の1「横当島」,「硫黄鳥島」,「相模湾南西部」,「西表島北部」,「硫黄島」,「南硫黄島」,「西之島」,「石垣島北部」,「薩摩硫黄島」,「鹿児島湾」,「橘湾」,「島原湾」の海底地形図を刊行した。また,明神礁,手石海丘,南日吉海山,福徳岡ノ場,噴火浅根,海徳海山の精密海底火山地形図を作成した。

c.火山地質図

 200万分の1地質図「日本の火山」第2版及び500万分の1「日本及び隣接地域第四紀火山図」を作成した。火山地質図「桜島」,「有珠」,「草津白根」,「阿蘇」,「北海道駒ヶ岳」,「浅間」,「青ヶ島火山及び伊豆諸島南方海底火山」及び2万5千分の1の特殊地質図「大島火山1986年の噴火」を作成した。また,秋田駒ヶ岳,鳥海山,安達太良山,伊豆大島,御獄山,焼岳,乗鞍岳等を含む5万分の1の地質図幅を作成した。

 

d.火山土地条件図等の整備

 北海道駒ヶ岳,十勝岳,草津白根山,雲仙岳,阿蘇山,桜島の火山土地条件図を作成した。さらに,傾斜分級図が雲仙岳,伊豆大島,三宅島及び八幡平について作成された。

 

 

e.その他の火山活動基礎資料の整備

 活動的火山の噴火史の把握のために日本活火山要覧が作成された。その後,日本活火山総覧として発展した。新たな情報を追加して第2版も作成・刊行された。

 

2.第5次計画の進捗状況

(1)噴火機構解明のための基礎的研究の推進−火山の構造把握を中心として−

ア.当初の目標

 マグマ溜りやマグマ供給系を含む火山体内部の構造を明らかにするために,霧島山,雲仙岳等をテストフィールド火山として,人工震源を用いた稠密地震探査,電磁気学的探査,重力探査,火山ガス,地下水の観測及び地殻変動観測を実施する。状況に応じて,マグマボーリングを含む検証的探査を行う。また,噴火のモデル化を目指して,多項目の観測データに基づき火山活動度を定量的に評価する研究やマグマの物性と噴火等の関係等についての基礎的研究を幅広く行う。

 

イ.実施状況と成果

a.火山体内部の構造と状態の把握

 第5次計画当初に実用化されたGPS刻時装置付きデータロガーを用いて,人工震源による稠密地震探査が霧島山及び雲仙岳で実施された。また,両火山では,重力探査,電磁気学的探査等が実施された。霧島山ではその北西部の地下約10kmに低比抵抗層が存在することが明らかにされた。一方,常時観測のデータを用いた3次元地震波トモグラフィーでも,ほぼ同じ領域に低速度層及び地震波の減衰域の分布が見出された。また,九重山でも常時地震観測データの解析により,九重山の北方約5〜20kmに地震波の異常減衰域が存在することが分かった。地震データから地下構造に関する新たな情報を得る解析手法として,散乱波トモグラフィーの方法が開発され,遠地地震波のデータを用いて伊豆大島火山地下の散乱体分布が求められた。散乱体分布と震源分布及び地殻変動等から推定されたマグマ溜りの位置等との比較から,強い散乱体の存在する領域がマグマ溜りの位置に相当する可能性があることが指摘された。(文献78〜80)

 

b.火山の活動度と噴火の様式に関する基礎研究

 火山性微動発生のモデル化のために,粘性流体で満たされた球や円柱の振動の理論波形を計算する方法が開発された。また,水蒸気爆発のメカニズム解明のために,マグマと地下水の相互作用の不安定化の条件の特定等をめざした実験的研究が開始された。降下火山灰の粒度解析から,噴火時の噴煙の拡散に関するダイナミクスを復元する理論的手法が開発され,平成3年(1991)ピナツボ火山噴火への適用が行われた。海底火山の活動に伴う変色海水の色調の違いは海水中に懸濁した鉄−アルミ−シリカ系の低結晶物質の化学組成によること,また,その化学組成は海底火山から海水に混入した火山性熱水に支配されることが明らかになった。(文献81〜86)

 

(2)予知手法等の開発と基礎資料の整備

ア.当初の目標

 予知の実用化と精度の向上に向けて,火山特有の諸現象に即した観測手法や機器システムの開発を行う。特に,衛星や航空機を用いたリモートセンシング技術の開発を行う。さらに,可搬型観測機器の開発を推進し,また,多項目にわたる諸観測データの即時処理システムの研究開発を推進する。火山活動の予測の基礎となる地形図,地質図等の整備を引き続き進める。地質学・岩石学的調査を行い,各火山についての噴火様式よび推移に関するデータを集積する。更に蓄積されつつある多種多様の膨大な観測データの活用を図るため,データベースの構築を進める。

 

イ.実施状況と成果

a.リモートセンシング技術の開発

 第4次計画で実用化された火山専用の空中赤外映像装置の制御部等の改修や機能向上がなされ,観測結果の画像化処理の迅速化を図った。また,いくつかの機関では衛星のSARデータの干渉処理により,硫黄島,伊豆大島,雲仙岳等の地殻変動の検出が試みられた。また,航空機に搭載したレーザ高度計による火山地形測定技術の研究が開始された。噴煙活動の定量的把握のために,マイクロ波放射計等を用いた観測が阿蘇山で実施され,高分解能3次元マイクロ波映像レーダの開発も着手された。衛星からのSO放出量測定のための研究が着手された。さらに,海底観測ケーブルにハイドロホンを配置して海底火山活動をリアルタイムで常時監視するシステムの開発が着手された。(文献87〜90)

 

b.観測装置の開発

 刻時装置付きデータロガーが実用化され,地下構造探査及び国内外の活火山において多点地震観測に用いられた。月の地震を観測するために開発されたペネトレータの技術を応用した火山投下用の地震計が開発され,雲仙岳で投下実験が行われた。火山における地震波速度の繰り返し観測を目指して,孔井用エアガンを用いた基礎調査が実施されたほか,精密制御震源装置の開発も行われ,試験機が制作された。火山ガスの安定した連続測定を目的として,事前に脱水処理をおこなって火山ガスの分析を行うシステムが開発され,伊豆大島において試験観測が行われた。(文献91)

 

c.即時処理システム等の研究開発

 活動評価の精度向上のために即時処理システムのソフト改良等が継続的におこなわれている。桜島では,温泉及び火山ガスの各種測定データのテレメータによる集中記録及び表示システムが開発設置され,地球化学的データを含めた火山活動評価方法の検討が行われている。

 

d.噴火タイプ及び推移に関するデータの集積

 溶岩の噴出年代の推定に地磁気の経年変化を利用する古地磁気学的手法が適用され,噴出年代が不明であった桜島の長崎鼻溶岩が7〜8世紀の噴出であることなどが判明した。九重火山山頂部のトレンチ調査と古文書による活動履歴調査により,過去約4千年間の活動履歴が明らかにされたほか,阿蘇火山のボーリングコアの解析から,阿蘇カルデラ内にカルデラ形成直後からの2万年間で厚さ800mの火山岩が噴出・堆積したことが明らかになるなど,活動的火山における噴火履歴の調査が進みつつある。さらに,那須火山調査によって,茶臼岳の噴火に周期性が認められることが確認された。

 

e.基礎資料の整備

 国土地理院は岩木山,鳥海山,九重山の精密火山基本図,三宅島の火山土地条件図を作成した。海上保安庁水路部は,測量船により海底火山及び火山島周辺の海域の海底地形,海底地質,地磁気,重力,地熱等の調査を行い,精密な海底地形図等を刊行するとともに,これらの調査結果をまとめた海域火山基礎情報図の整備を検討している。地質調査所は,那須岳,伊豆大島等で地質調査を行うとともに,火山地質図「雲仙」を刊行した。

 

3. 達成度と問題点

(1)予知手法等の開発

 火山噴火予知計画発足以降,予知手法として急速に進展が見られ,特に注目されるのは,電磁気学的手法と地球化学的手法であろう。例えば,静穏期から活動期へ移行しようとする火山において噴火口の地下浅部での温度変化を間接的に検出する手段としての全磁力観測の有効性が,玄武岩質からデイサイト質にいたる複数の火山で実証された。しかし,噴火口近傍で観測する必要があり,爆発的噴火活動を繰り返している危険な火山でこの手法を適用するにはいくつかの工夫が必要である。また,地球化学的観測手法も複数の噴火を経験し,一般的には火山ガス放出量(特にSO)が噴火発生に先行して増加すること,マグマの供給率とよい相関があること,火山活動の変化に連動して変化することなどが観測された。ただし,活動の変化に対応する放出量の変化が観測されなかった場合もあり,必ずしも確実な前兆現象として捉えられるわけではない。また,火山ガスや温泉水中の成分濃度,組成比,同位体比が活動の消長と関連することが経験的には判明しているが,定性的な理解の域をでていない。このように,問題点はいくつかあるものの,地磁気変化など電磁気学的手法及び火山ガスや温泉水を対象とした地球化学的手法が,地震観測を中心とした地球物理学的手法と並んで,火山活動の消長を把握する有効な手法であることは確かである。

 また,組織的に繰り返された精密重力測定によって,高精度の重力測定を行えば,マグマの貫入による地下の密度変化が検知できる見通しが得られた。地下水位の変化の影響が大きい場合があるが,他の観測とあわせれば,火山体内部のマグマや熱水等の動きを検知できる有効な観測手法であるといえる。地質学・岩石学分野では,いくつかの火山で過去の噴火履歴の解析が進んだ。また,噴出物の化学組成と噴火様式などとの対応関係が明確になっている火山で噴火が発生した場合,噴出物の迅速な分析を行って噴火推移の予測に役立てることができるようになった。しかし,現実には,噴出物の化学組成と噴火様式等との対応関係が未だ分かっていない火山が多く残されている。さらに,火山ガスや噴出物の分析を手段とする手法に関しては,試料そのものの採取が不可欠であるが,噴火時には多大な危険を伴うため,必ずしも実現できない。遠隔観測を利用するとともに,試料採取の方法が検討される必要がある。

 火山噴火予知計画発足後に開発・導入された各種の火山活動の遠隔観測手法の内,そのいくつかは火山監視業務に取り入れられつつある。例えば,衛星で得られた画像に基づく噴煙の検出技術は航空機の噴煙による被災防止を目的に設置された「航空路火山灰情報センター(仮称)」で,また,空振計や可視光・赤外線等による遠望観測装置はいくつかの火山での活動監視に活用されている。これらは,直接火山の噴火発生の予測に役立つわけではないが,火山活動の推移の予測にとって重要な情報を提供するものであり,今後とも火山活動の監視に有効な手法の開発と改良を続けていく必要がある。

 従来から主要な火山観測手法であった地震及び地殻変動の観測においても,テレメータの導入,観測井及び観測坑道による高品位データの取得,GPS等の新たな測定技術の導入により,火山体の力学的状態を捕捉する能力が飛躍的に発展した。適切な場所に機器を設置すれば,顕著な噴火について,その前兆現象が捉えうることが実証された。しかし,機器設置に適切な場所の選定はそれぞれの火山の内部構造等に対する理解度に依存すると同時に,地形,電力などの各種の観測上の制約を受けるので,基礎研究の進展及び観測手法の開発が必要である。また,これまで経験した噴火について振り返えれば明らかなように,活動予測と関連した多項目観測データの総合的評価は,限られた数の専門家の経験と知識に依存しているのが現状である。

 今後,火山噴火予知の実用化に向けて,蓄積された知識とデータに基づくデータベースの作成,観測データの即時処理及び活動評価のためのシステム開発が必要である。このことについては,気象庁における火山監視の目的での活用を念頭において,各火山ごとの観測データ及び火山噴火予知連絡会での検討結果を含めたデータベースの作成を計画している。このようなデータベースは火山噴火予知研究にも極めて有用であるので,その活用を推進すべきである。

 

(2)基礎的研究の推進

ア.火山性地震と微動

 火山性地震・微動の発生機構の研究は,顕著な噴火活動を生じた火山を中心に進展が見られた。その進展は,高精度の震源決定を可能にした高密度観測,高品位のデータ取得を目的とした地中地震計や広帯域地震計等センサーの改良及び波形解析による震源過程推定手法の向上などによってもたらされたが,同時に,地殻変動など他の観測データとの比較対照により得られた知見もある。例えば,伊豆大島,桜島等では,ある種の微動や地震は,火道近傍でのマグマ等流体の動きと関連していることが推定された。また,観測される火山性地震・微動は多種多様であるが,噴火様式やマグマの性質が類似した火山では,似たような地震・微動が観測されるということも分かってきた。

 しかし,現在までのところ,個々の火山についての事例研究の段階にとどまっている。火山性地震・微動の発生機構の解明には,これまで得られたデータについて個々の火山で解析研究を一層進めることはもちろんであるが,複数の火山で共通に観測された事象についての比較研究も必要であろう。また,発生域の物理的状態と構造,マグマや火山ガスの挙動を考慮した火山性地震と微動の発生機構のモデル化の研究の進展が望まれる。

 

イ.マグマ供給系

 マグマ供給系の研究も,伊豆大島,阿蘇山,雲仙岳,霧島山,桜島等で各種の観測データ及び試料の解析,また,各種地下探査手法により進展が見られた。これらの火山では,火山体やカルデラの地下数km〜10kmにマグマ溜りが存在する可能性を示唆する地球物理学的な証拠が得られた。また,いくつかの火山ではマグマの蓄積状況が地殻変動観測等によって把握されつつある。しかし,マグマ溜りの具体的な形状,その内部と周囲の状態等については殆ど分かっていないのが現状である。一方,火山噴出物の解析からマグマ溜まりの温度・圧力条件をもとめたり,噴火の激しさと密接な関連があるマグマ中に含まれていた水の量を推定する方法は一定程度進展した。しかし,地球物理学的観測手法から要求される深さの精度と岩石学的手法で求められる圧力の精度の間にはまだ隔たりがあるなど問題点は残されており,更なる研究が必要である。

 

ウ.噴火機構

 地震,地殻変動,爆発現象等の地球物理学的観測により,マグマ性噴火の発生前にはマグマの貫入により火山体浅部の火道やマグマ溜り内の圧力が増大し,発生する火山性地震や微動のタイプも時間的に変化することが示された。例えば,雲仙普賢岳での溶岩ドーム出現過程では,高温ではあるが固い岩体が上昇しつつあることが,地磁気,地震,地殻変動などの総合的な観測により捉えられた。さらに,桜島の地下2〜3kmの火道内では,マグマから揮発成分が分離している可能性が示され,爆発的噴火発生直前には噴火口直下にはガス層が形成していることが推定された。しかし,これまで得られたデータと知見を総合して,より普遍的な噴火機構モデルを構築しようとする研究,特に,物理計測により解明されつつある火山の地下の構造及び物理的状態と物質科学的に推定されたマグマの性質やその変化を比較検討する研究はいまだ進展していない。

 また,水蒸気爆発や海底火山の前駆現象及びそのメカニズムの解明は,観測事例が少なく,従来に比べてほとんど進展していない。他方,水蒸気爆発の実験や噴煙のダイナミクスの理論的考察など,噴火のメカニズムを定量的に捉えようとする研究が進展してきた。更に,実際の噴出物の解析と結びつけようとしており定量的な火山物理学へと向かっている方向性は適切である。しかし,まだ真に定量化と言うにはほど遠く観測による事例研究も含め,更なる研究が望まれる。

 溶岩流や火砕流の運動に関するシミュレーションも試みられ,防災上の観点からはかなりの成果をあげたと言える。また,溶岩ドーム崩落による火砕流発生のプロセスが地球物理学的観測や火砕流堆積物の解析によって明らかにされた。しかし,一般的には火砕流発生のメカニズムなどについては不明な点も多く,今後の研究が必要である。

 また,マグマの高圧下における揮発性成分の溶解度や物性測定の手法は確立されたものの,具体的なデータの蓄積に関してはまだ不十分であり,噴火機構の物理モデルを構築するうえで障害となっている。噴火機構を物質科学的に理解するためには,マグマ及び岩石の物性や地球化学的な研究を一層推進する必要がある。

 

エ.火山体浅部の流体の挙動

 火山ガスや温泉水の化学組成変化が火山活動と関連していることは明らかとなった。しかし,組成変化が火山活動と連動して変化しない場合や火山活動の変化に遅れて変動する例も観測されるなど,依然として解明されていない点も多い。この意味で火山ガス・温泉水データの地球化学的観測設備と多項目の地球物理学的観測設備が整備された桜島など活動の活発な火山において,火山活動と火山ガス成分の化学組成変化の関係に関しての基礎的研究の進展が期待される。また,このような観測研究と同時に,マグマ中の揮発性成分の濃度やマグマからの脱ガス過程など揮発性物質の挙動の解明も進める必要がある。

 一方,火山活動に関連して重力変化の中にはマグマの貫入やその密度変化ではなく,地下水位の変化に起因すると考えられる結果も得られた。また,地電位測定からは火山活動に伴い地下水及び熱水の流動様式が変化することが推定されている。したがって,マグマの挙動を定量的に把握するためには,火山体浅部の地下水・熱水の分布や流動を支配する要因を理解するための研究の進展も望まれる。

 

オ.火山活動史

 雲仙普賢岳の例にみられるように,詳細な地質調査をおこなえば,火山活動史や個々の噴火の様式をかなり細かく解析する事ができる。しかし,一般的な地質調査では必ずしも個々の小噴火に対応するような地質学的証拠を挙げられない。火口周辺でのトレンチ調査等,噴火活動の解明という明確な問題意識をもった地質調査が必要である。地質調査所による九重火山山頂付近でのトレンチ調査はこの種の研究が有効なことを示したと言える。また,噴出年代と噴出物の累積量との関係を時間−積算噴出量階段ダイヤグラムで表現し,噴火活動を定量的に取り扱うことも行われるようになった。しかし,これまで火山噴火予知計画として位置づけられてきたわけではないので,系統的に調査が進んではいない。この階段ダイヤグラムは長期予測や推移予測の重要な基礎データであるのでトレンチ調査を含む系統的な調査と年代データを増やす努力がおこなわれることが望まれる。

 

(3)火山活動基礎資料等の整備

 雲仙岳噴火の際に精密火山基本地形図や空中写真が果たした役割は大きい。数か月おきに改訂・作成された地形図に基づき噴出率の算出が行われ,噴火推移の把握に有効であった。また,観測機器の配置に際しても重要な基盤資料となる。このように,基礎資料としての精密地形図は陸上,海底を問わず重要であり,今後ともその充実に努めるべきである。なお,噴煙や地殻変動の解析にTOMS(全オゾン量測定装置),SAR等の衛星データやドップラーレーダーなどの活用も試みられており,今後も手法の開発が望まれる。火山噴火の長期予測や個々の火山の特徴把握に必要な基礎データとして,火山地質図等地質データの集積が充実してきた。伊豆大島噴火時の噴火推移予測に地質学データが用いられたように,地質データは明らかに火山学の基礎データとしては有効であるが,噴出物の特徴や性質と噴火の様式,規模,推移との対応が明らかになっていない火山も多い。このため,噴火が生じた際の噴火推移の予測には任意性が残る。今後,噴火予測を意識した噴出物の調査と分析及びデータベースの整備が行われる必要がある。

 

4.今後の課題

 ここでは,前項の達成度と問題点の評価に立って,達成度が不十分な点や問題点を解決するために重要と思われる,予知手法の開発と基礎研究に関わる課題に絞って述べることにする。このため,これまでにも着実に成果をあげてきた地震観測や電磁気観測などの地球物理学的手法による噴火前兆現象の把握や,着実に蓄積が図られてきた基礎資料の充実などについては特に触れないが,これらが基本的に重要であることは言うまでもない。

(1)地殻内流体の挙動把握

 火山噴火の推移や規模の予測のためには,マグマの火山体内部における位置や量を捉えるだけでなく,火山体地下における流体すなわち,マグマ,熱水,ガス,地下水の動きを計器観測により捉えることが本質的である。したがって,これらの流体の動きを含めた噴火機構のモデル化の作業によって,火山体内部での流体の動きが地表での観測事象にどの様に反映されるかを理解する必要がある。このためには,火山体内部構造の理解は不可欠であるが,流体の流動特性,マグマの発泡現象などの基礎的研究の進展も望まれる。

 また,火山活動の消長と調和的に変化することが確認された火山ガス,特にSOについては放出量の繰り返し観測の頻度を高めるとともに,SO以外の成分,たとえば,CO,HOの放出量測定手法の開発を押し進めることも重要である。これと並行して,マグマ中の揮発性成分の溶解度,及び挙動に関する実験的研究,メルト包有物中の揮発性成分の濃度測定などを行い,マグマ中の揮発性成分濃度,脱ガスの程度と火山ガス放出量との関連をより明確にすることが期待される。

 

(2)噴火ポテンシャルの評価

 噴火活動の推移や終息の予測,あるいは長期予測の観点からみると,それぞれの火山の地下に既に蓄積された,あるいは供給されつつあるマグマ量など噴火の潜在的エネルギー,つまり,噴火ポテンシャルを何らかの方法で評価することが重要である。そのためには,先ず,個々の活動的火山における噴火活動史を正確に把握することが必要である。特に,階段ダイヤグラムの作成によって長期的なマグマの放出率を定量的に把握することが重要である。この種の研究の多くは,これまで個々の研究者の関心によって行われてきたものであるので,火山噴火予知研究の観点から見たとき,重要性の高い火山について行われているとは限らない。また,これまでに蓄積された噴出物の年代データや噴出物量の見積の精度も火山によって大きな差がある。噴火の長期予測の有効な手法とするには,今後何らかの方策により,系統的な調査と資料の整備が行われることが望まれる。このような作業の基本となる年代測定の手法として,火山砕屑物中に取り込まれた樹木の年輪解析や微少量有機物質に対する加速器を利用した14C年代法などの積極的利用が必要である。火口周辺にのみ堆積物を残すような比較的小規模な噴火の履歴解析も噴出物にはさまれた腐植土の年代測定などにより可能となろう。ただし,これらの手法は噴出物そのものの年代を求めるものではなく,噴出物中に取り込まれた木質や噴火休止期間に堆積した有機物質の年代をマーカーとして使用するものであり,このような試料が全ての噴出物中に保存されているわけではない。この意味では,噴出物そのものの年代を決定する手法,例えばU-Th系列の放射非平衡を利用するといった新しい年代測定手法の確立も早急におこなわれることが望まれる。

 また,比較的短期の噴火ポテンシャルの評価という観点からは面的広がりを持つ地殻変動量の連続観測手法の確立が期待される。火山体やカルデラの深部へのマグマの蓄積によって広域的な地殻変動が観測され,火山活動の活発化に先立つ火山体内部へのマグマの貫入過程が局所的な地殻変動として観測されることはこれまで行われてきた水準,GPS,光波測量等の研究により明らかである。したがって,地殻変動観測の高精度化,高密度化によって,面的広がりを持った地殻変動量の連続観測が行われれば,既成の火口以外の場所からはじまる噴火の前兆を捉えることも含め,潜在的噴火活力を持つ火山の噴火のポテンシャル評価にも有効であろう。このような目的のためには,衛星や航空機によるSARの観測が能力を発揮することが期待され,干渉法による観測の高精度化が望まれる。

 

(3)観測手法の開発

 これまでの多項目観測によって,適切な観測機器の配置が行われれば,前兆現象を捉えることも可能であることが明らかになってきた。適切な配置は,適切なシグナルを捉えるために重要なものであり,計測器を信号源に接近させて配置することが一つの実現方法である。すなわち,危険も予想される火口近辺に計測器を配置する観測も必要である。これを実現するためには,投下型観測システムの開発や衛星を利用したデータ転送技術の有効活用が不可欠であるが,これと並んで,計測器の軽量化,低電力化を進める必要がある。また,ボーリング孔への機器設置など,高S/N比観測も適切なシグナルを捉えるための手法であることはいうまでもない。

 火山やカルデラ周辺で群発地震や顕著な地変が生じた場合,その原因がマグマ,ガス,地下水のいずれによるものかを判断することが重要になる。その重要な情報のひとつは地下の密度変化であるが,バネ式の相対重力測定では起伏と重力差の大きい火山体で微小な重力変化を高精度で測定するにも限界がある。このため,高精度で重力変化を計測するための新しい装置の導入・手法の開発が望まれる。

 また,火山ガスの分析や噴出物の迅速分析が火山活動の変化や推移を予測するうえで重要な役割を果たすことが理解されているが,多くの場合噴火の最中には試料の採取に危険を伴う。このため,必要な試料を分析することができない事態も多い。このような事態に備えて,地球化学観測,噴出物採取等が遠隔操縦で行える無人探査装置の開発が望まれる。