スロー地震学

スロー地震学 - 低速変形から高速すべりまでの地震現象の統一的理解に向けて

領域概要

本領域の目的

近年相次いで発見されてきた地震現象である「スロー地震」の謎を解明する。そのために、従来の地球物理学(地震学、測地学)だけでなく、物質科学、非平衡統計物理学等を融合したアプローチを用い、スロー地震の発生様式、発生環境、発生原理を明らかにすることで、「低速変形から高速すべりまでの地震現象の統一的な理解」を飛躍的に進め、かつ同時に地震研究の再構築を目指すことを目的とする。

本領域の内容

図1. 本研究領域の概念図
スロー地震は発見からまだ20年弱と日が浅く、基本的な発生様式にも不明な点が多い。発生場所も地下深部であり、そこに存在する物質や物理条件も不明である。さらにその支配物理法則は、普通の地震とは明らかに異なるものの、定性的にもわからないことが多い。そのようなスロー地震の謎を解明するため、分野横断的アプローチを用い、以下の内容で領域研究を実施する。

  • 研究項目(A) : スロー地震の発生様式の解明
    ターゲットを絞った地震・地殻変動臨時観測と高度なデータ解析手法を用いて、スロー地震の発生場所と大きさ、その時間空間的な変化を高精度高分解能で明らかにする。
  • 研究項目(B) : スロー地震の発生環境の解明
    様々な構造探査で得られたデータの地球物理学的分析と、物質科学的観察・岩石実験を比較して、スロー地震の発生地域の地下構造と物質構成、およびその不均質性を明らかにする。
  • 研究項目(C) : スロー地震の発生原理の解明
    大規模数値シミュレーションに基礎物理学理論・アナログ実験を組み合わせて、スロー地震を支配する物理法則とその場での物理条件を明らかにする。

期待される成果と意義

地球物理学的観測と物質科学的分析、さらに非平衡物理学等の分野融合的アプローチを用いて、スロー地震の発生様式・発生環境・発生原理を解明し、さらにスロー地震から、沈み込み帯の超巨大地震まで、全地震発生プロセスにおける破壊現象と流動現象を含めた「低速変形から高速すべりまでの地震現象の統一的な理解」を深めるものであり、学術的意義は大きい。
また、スロー地震と巨大地震との関連を明らかにすることは、巨大地震発生の長期評価などを通して防災・減災のための基礎情報を提供することにもつながることが期待される。スロー地震そのものは通常の地震に比べ予測し易く、ある意味地震現象の予測可能性のフロンティアを示すため、スロー地震を分かり易く国民に説明することで、通常の地震現象の予測困難性と可能性に関する知識の普及に貢献する。
さらに、既に世界トップレベルにある我が国のスロー地震研究を更にレベルアップすることで、国際共同研究におけるリーダーシップ力を高め、そこで構築された研究ネットワークが地震リスクに脅かされている諸外国における地震防災政策への助言等に活用されるなど、国際貢献において大きな意義を有する。

キーワード

スロー地震
通常の地震に比べ断層破壊がゆっくり進行する地震現象。様々なタイプが2000年前後から世界各地で、主に沈み込み帯で発見されている。
沈み込み帯
海洋プレートが陸側プレートに沈み込む場所で、これらのプレートの境界面で巨大地震が発生するが、スロー地震の主たる発生域は巨大地震震源域の周囲である。

領域代表よりご挨拶

研究代表者
東京大学地震研究所教授 小原 一成
最近、スロー地震という、奇妙な地震が見つかってきました。通常の地震よりもゆっくりした断層すべりによって、揺れを伴わない、あるいは揺れ方がとてもゆっくりであることがスロー地震の特徴です。これらのスロー地震は、20世紀末に日本全国に展開された地震・地殻変動観測網によって次々と発見され、その後、世界各地でも見つかってきました。現在でもなお、新たな観測を展開したり、解析手法が開発されるたびに、新しいスロー地震が発見されており、世界的にも非常にホットな研究テーマとして注目されています。はじめは奇妙な現象だと思われていましたが、実はかなり普遍的な現象かもしれません。一方、2011年の東北沖地震で明白になったように、現時点では地震発生の物理プロセスはまだ十分に理解されていませんが、高速破壊を引き起こす領域のすぐそばでスロー地震が発生しているなど、高速破壊の準備プロセスをスロー地震が担っている可能性があります。そのため、これまでに発見されたスロー地震を含め、低速すべりから高速すべりまでのすべての地震現象を統一的な枠組みで理解し、地震研究の再構築を目指すことを、本研究領域の目的とします。