談話会・セミナー

金曜日セミナー (2019年11月29日) 内田直希 氏 (東北大学)

東北大でのS-netデータ解析の試みとS波スプリッティング解析の結果について


防災科学技術研究所による日本海溝海底地震津波観測網(S-net)は東北日本の太平洋側の海岸から約200kmの範囲を5,800kmにおよぶ海底ケーブルで150点の観測点によりカバーする世界で始めての広域の海底定常地震観測である。観測空白域に設置されたこの観測網は,沈み込み帯の構造およびダイナミクスの解明に大きな貢献をすることが期待される。本発表では、東北大学でのS-netを用いたデータ解析について紹介するとともに、下記の発表者自身が行ったS波スプリッティング解析について発表する。S波スプリッティングは、地殻やマントルの速度異方性により生じ、沈み込み帯の構造やダイナミクスを理解する上で重要な情報を与える。しかし海域が大部分を占める前弧では観測データが少ないため、様々なスプリッティングの原因についてのモデルが提案され、統一的な理解は得られていない状況にある。今回我々は、S-netを用いて、前弧海域でのS波の偏向異方性の系統的な調査を行なった。その結果、プレート境界地震および沈み込むスラブより浅い地震について、北海道〜東北地方沖の速いS波の振動方向は海溝に平行な方向が卓越しており、速いS波と遅いS波の時間差は0.1秒程度であることがわかった。これらのS波スプリッティングのパラメタは、これまで前弧陸域の観測点でその直下のスラブ内地震について観測されてきたものとほぼ同じであり、約100kmまで震源の深さに依存しない。この結果は、前弧の近地地震で観測される異方性は、上盤の地殻内に原因があり、おそらく地質構造を反映していること、そしてマントルウェッジでの鉱物の異方性や沈み込むスラブとは関係がないことを示す。また、今回明らかになった前弧マントルウェッジでの異方性の欠如は、背弧マントルウェツジに推定される強い異方性と対照的であり、沈み込むスラブと上盤のカップリングによるマントルウェッジ領域でのダイナミクスの違いを反映していると考えられる。すなわち、停滞している前弧のマントルウェッジでは、異方性を持ちにくいが、スラブとカップルし流動する背弧のマントルウェッジは、流動による異方性鉱物の格子定向性により強い異方性を持っていると考えられる。