2012.05.21(月)

地震学会発行の「地震学の今を問う」という論文集を読んだ.これは東北日本沖地震が予測出来なかったこと,地震学が防災や災害の軽減に役に立たなかったことに対する反省と,それならこれからどうすればよいのか,国の施策や教育とどうか変わっていくべきか,という提言からなっている.現在の地震学の現状を知る上で役に立つ,なかなか面白い論文集である.

研究上の反省点としては,別の視点でデータを見ていればとか,海溝付近での観測があればとか,もっと純粋好奇心や批判的精神をもって研究すべき,地震学が未熟な学問であるということを認識して,異分野を横断した研究を行うべき,などという意見があった.社会との関わりに関しては,わからないことを含めて発信すべきである,学会内あるいは関連政府機関でもっと批判的に意見を述べ合うべき,観測網の投資に対する防災の効果をチェックすべきである,などという意見があった.

予測出来なかった原因の第1は震源の物理について理解不足であると担当委員はまとめた.しかし地震後1年もたたないうちにM9のすべりを説明する複数のモデルがやつぎばやに出されたことを考えると,これは間違いであろう.物理の道具はあったが,それを適用する動機が地震が起こるまでなかったのである.であるから一番の原因は,東北日本沖で起こる地震はM8クラス,南に行くともっと小さくなるという通念であっただろう.この通念を常識として流布させたのは金森さんである.彼は世界でトップの地震学者だから,日本だけでなく世界中の地震学者はこれを信じていた.スマトラ島沖地震が起こって2人ばかりの研究者はM9はどこでも起こるという方向に走った.しかしそれではM9が東北日本沖で起こるという指摘は不可能だった.私と言えば宮城沖がM8が限度というのは正しいと思っていた.

論文集で反省すべきと列挙されている点は,もちろんやればけっこうなことばかりである.しかしそれでそれまでのパラダイムの変革できるか疑問に思う.おそらくそんな単純なものではないだろう.私が感じるのは,地震学者は現在までの研究の蓄積の歴史に無関心で,不勉強な人が多いという点である(私を含めて).宮城沖に関しては予測の歴史があるのに,推本の予測を論文で安易に引用する人がほとんど全てである.これまでの研究を把握することなしに,いくら批判的精神をもっていたとしても,新しい概念を創出することはおぼつかない.

一般市民に地震学の現状を伝えることは確かに大切であろう.しかしなにがわかっていないかを含めて正しい知識を伝えることは至難のわざである.例えばマスコミを通じて,南海トラフ巨大地震が三連動あるいは四連動で起こると警鐘をならしている学者がいっぱいいる.この論文集でも,川勝氏は”今後数十年以内に西南日本を襲うと考えられる東南海地震・南海地震・東海地震”の発生可能性が社会との関わりを考える上での境界条件であると書いた.これらを目にすると,地震学者自身なにが正しくてなにが間違っているのか,判断することは容易でないと感じる.自説が正しいと主張して,悪い場合には間違った知識を巷間に流布させてしまう恐れさえある.政府機関の場合は,諮問委員会をまとめた考えであることに加えて,民間の調査機関に下請けで内容を作らせたりしているので,その学問的根拠を把握することさえ容易でない.

2012.05.01(火)

28日に神田の学士会館で,昨年4月に亡くなった玉木賢策さんを偲ぶ会があった.それなりに良い会であったが,スピーチが長かった.そのために奥さんや他の出席者とゆっくり話が出来ず,不満が残った.スピーチは当人にとっては思い出深いものがあるにしても,詳しくは当日配られた追悼文集を読めばいいわけで,短いにこしたことはない.

この会の後で気づいたのは,玉木さんとだんだん疎遠になったのは,文集に書いた理由もあるが,彼が工学部に移り,また大陸棚の仕事をメインにし始めたこともあるのではないか?移った理由や仕事のシフトについて彼とはじっくり話をしたことはない.テクトニクスから転向したということで,話しにくいものがあったのかもしれない.かっての彼からすると,さっそうとした感じがなくなっていたように思う.

2012.04.15(日)

11日にスマトラ島沖でM8.6, 8.2の地震が起こった.翌日世話人の平賀君が談話会で誰か話さないかという呼びかけをしたが,締め切り当日でもあり,さすがに応えた人はいなかったようだ.

これらの地震は海溝より海側で,アウターライズ地震という解説が一般になされている.しかし横ずれ型のメカニズムを持ち,それは謎だと例えば震研ホームページでは述べている.呼びかけの日の深夜,なぜ横ずれ型になるのかの説明を思いついた.このところ考えている関東地震-富士山噴火-南海トラフ地震との関連で思いついたので,我ながら少し興奮した.一見関係がないように見えることがらが結びつくことがあるが,それは地球科学を研究する上での醍醐味ではある.

2012.04.01(日)

前回書いてから一ヶ月もの間が空いてしまった.この間,東北日本沖地震から関東地震-富士山噴火-南海トラフ地震の関連性の方に関心がシフトしていて,それで考え込むことが多く,書く気がそれてしまった.この問題に関しては,小川勇二郎さんと海底地形に関する情報交換を交えながら大分進歩した.やっぱり人と意見のやりとりをしながら考えることにはメリットがある.

この間に,首都直下地震の震度7,そして昨夜-今朝は内閣府の南海トラフ超巨大地震の震度・津波波高予測の報道があった.いずれもある種の違和感がある.これらは本当に科学的知見に基づいたものなのか?これらの予測はhazard mapとして使われようとしているが,その不確実性は知らされているのだろうか?私は,想定された東京湾北部地震は架空のもので,起こらないと思うし (地学雑誌2007論文PDF),M9クラスの南海トラフ地震は起こらないと思っている (東北大セミナー2012PDF).不確実に想定された超巨大地震や首都直下地震をhazard mapに使用することに意味があるのか?

2012.03.01(木)

前期日程の入試監督に数年ぶりで行ってきた.自宅から行ったので朝5時起きでつらかったが,受験生のきびしさとを思うとそんなことは言っておられない.入るのを許可される前に,寒いなかを雨で傘をさして門の前に並んでいるのが可哀想だった.

玉木さんの追悼文をようやく書き上げて送った (PDF).記憶はかなり薄れているのだが,時間をかけると少しずつ思い出してきた.「死者となった人との間に生まれる,生前とは違う関係性.死とは,その人を失ったというだけではなく,出会い直しもしているのではないか.中島(岳志)さんはそう考える(毎日新聞夕刊,2月)」.

2012.02.19(日)

地震に出た論文は,たまたま小林さんと飲んだ日,以前震研にいた東原紘道さんからメールでコメントをもらったきりだ.小林さんは感想を聞かせてくれたが,震研の誰からもなにも言われない.まあ予想どおりか.東原さんは工学者だが,震研にいた時分から私の仕事を評価してくれるのが不思議だ.

石橋さんから「原発震災」という本が送られてきた.これまでの論文をまとめただけで分厚い本ができあがるのが,書店に多く見受けられる東北日本沖地震にかこつけて書かれた地震の解説本とは違うところだろう.ただテクトニクスの観点から南海トラフなどの地震の危険性を論じた部分は私と感覚が大分違う.

玉木さんの追悼文集の催促が中西さんから来て,ほとんど書き上げたのだが,なにかもの足りないというか気が乗らない.よくよく考えると,最後の数年,私の身内が亡くなっても彼がなにも言って来てくれなかったことが,心の奥に不満として残っているのかもしれない..

2012.02.07(火)

昨日小林洋二さんと飲んだ.半年ぶりくらいだ.いつもは新しい研究内容を用意して聞いてもらうのだが,今回はそれは無理だった.与太話をするのと,ちらほら構想を聞いてもらうに止めた.

小林さんとの飲み会が続いているのは一つはテクトニクスと地震という研究内容が近いせいがあるだろう.しかしそれだけではない.お互いに言いたいことを言い合ってそれを批判するという姿勢があるからではないか?研究内容に直接関係ない飲み友達としては海洋研の元技官の五十嵐さんがいる.こちらとは住まいが比較的近いので,もっと頻繁に飲んでいる.白鳳丸で40日くらい一緒にマリアナ方面へ航海したのが縁である.

一緒に飲む気になるかならないかは結構微妙だ.10数年昔は地震研に五十嵐さんが来て,事務の村上さん,技官の是沢さんとよく飲んでいた.あるいは是沢さんが仕事が終わると部屋へやってきて,瀬野さんビールないの?と言ってくることもあった.是沢さんは上司の笠原さんとは飲む気にならないらしかった.私はこの数年来,内にこもる傾向があって,そういう友達は減っている.

2012.01.29(日)

ようやく「地震」に南海トラフ巨大地震論文が出た.実際に出ないとプレプリントを配った以外の他の人の目には触れないわけで落ち着かない気分である.しかし出たところで読んでくれるとは限らない.反応は小林洋二さんから電話をもらっただけで,他は全く反応はない.

先週は首都直下地震のM7級の確率の話題でマスコミはもちきりだった.グーテンベルグ・リヒター則の先っぽはどうなるかわからないのでこの確率はほとんど意味がないが,当事者もテレビで数値には意味がないといっていたのが面白い.警鐘をならす意味があるらしいが,意味がない数値でならすことができるのだろうか?

2012.01.12(木)

10日は私の誕生日で62歳になった.還暦のことをこのコラムに以前書いたことがあったが,あっという間に62だ.この分ではまたあっという間に定年になってしまう.気をつけねば.

Criteria for M9 earthquake generationという論文を書き始めた.これはM9地震がどこにでも起こるのではなく,ある条件を満たしたところで起こるという内容である(例えば南海トラフは満たしていない).昨年末東北大で話したもので,その直後から書き始めればいいものをなんとなく先延ばしにしていた.以前震研のFriday seminarで話した内容とダブっていて,それを少し書いていたのをベースにファイルメーカーProで書いている.

南海トラフ巨大地震論文は,昨年12月に出ると学会事務は言っていたのだが一向に出ない.こちらの論文では東海地震は当分先だと言っている.一方週刊誌ではもうそろそろと言っている学者が目に付く.科学コミュニケーションが最近注目されているが,一般市民がどれが正しいのか判断出来るのだろうか?学者でさえ判断出来ないかもしれないものを.

2012.01.01(日)

あけましておめでとうございます.

昨年は3.11震災という大変な年だった.それまでは内陸地震の仕事をしていたが,以後ずっと東北日本沖地震関連の仕事をした.というより他の仕事が出来なかった.宮城沖は私にとって特別な場所だからそうでもあった.

昨年末の毎日新聞の余録というコラムに「大津波を予見できず原発事故も防げなかった日本の科学は信頼性を失った」とあった.こう言われる背景には,一般市民の側に今の地震学のレベルで地震や津波の発生を予見できるという誤解があるし,地震学の側には宮城沖はM8クラスまでという思い込みがあった.残念ながら日本のあるいは世界の地震学のレベルはそれほど高くない.地震後その発生を説明するモデルがいくつか提案されたが,地学的な必然性を説明するにはほど遠い.

私は定年まであと3年の間に,東北日本沖地震がなぜ起こったのかもう少し納得できる形で理解したい.それに加えて,はるかに遠い将来は地震予知ができると思っているが,そのために役に立つモデルを提案することをやりたい.これらはおそらく大変な仕事なので定年後も続けることになるかもしれない.