解説:2004年9月5日紀伊半島南東沖地震の地学的意味(9/16改訂)
(東京大学地震研究所 瀬野徹三)
1. 地震三兄弟としては次男
これらの地震はEIC地震学レポートに述べられているように,プレート間地震(長男,地震三兄弟参照)ではなく,フィリピン海プレート内の地震であったらしい.これはトラフ(海溝)軸近くに位置するにもかかわらず深さが10km以深と深いこと,陸側に傾き下がる節面が低角ではないことの二つの理由が挙げられる.海洋プレートが陸側プレートの下に沈み込んだ部分はスラブと呼ばれ,スラブ内では稍深発地震や深発地震が起こっているが,今回の地震はフィリピン海プレートが沈み込みを開始するトラフ軸付近で起こったものである(地震三兄弟の図参照).その意味でスラブ内地震とはちょっと呼びにくいが,種類としては同類(海洋プレート内地震,次男)と思っていいだろう.
2. 海溝-アウターライズ地震
この種の地震は海溝-アウターライズ地震と呼ばれる.海溝から海側にかけてアウターライズという地形的にもりあがった部分があり,そのようなところの地下で地震が起こるからである.アウターライズ地震は,震源が浅い正断層型地震が多いが,やや深い逆断層型地震も時々起こる.これは沈み込みを開始するところでプレートが曲がり,プレート浅部で伸張,深部で圧縮の応力を受けるため,浅いところで正断層型,深いところで逆断層型となるのである(震源をその位置の海底年代に対してプロットした図参照).ちなみに11時の地震には横ずれ断層成分が含まれていたり(原辰彦,建築研のweb),その後の余震で横ずれ型地震が数多く起こっている(気象庁,防災科研web)が,これらのP-軸はほぼ南北なので曲げ応力と矛盾するわけではなく,この地域の中間主応力と最小主応力とがほとんど同じレベルであって東西方向に押していないためと見なされる.
3. プレートの弾性的厚さと震源分布
今回の地震の震源は約20 Ma(2000万年前)の年代のところ(Okino et al., JGG, 46, 463-479,
1994)で起こっているので,図からプレートの弾性的厚さとしては25 kmくらいが期待される(図の750度C等温線が地震の下限で,地表からここまでが弾性的プレート=リソスフェア,それより下は高温のため延性的に変形する=アセノスフェア).また逆断層地震の断層範囲は弾性的プレートの下半分で,この図から深さ10-25
kmが期待されるが,これは八木勇治(建築研web)が求めた震源や断層の深さ方向の広がりと調和する.なおYoshioka and
Ito (EPS, 53, 261-273, 2001)は地形プロファイルから弾性的厚さを約35 kmと求めているが,これは脆性領域の下の延性領域も曲げ応力を支えていることから,effectiveな弾性厚さが地震の下限で求めた厚さより大きくなることを意味しているのだろう.さらに曲げに伴う応力はプレートの下端で最大となるので,深いところから破壊が開始したこと,これは延性領域への遷移点でもあるから破壊はバリバリと割れず多少ともヌルヌルの性質を持ち,長周期振動が卓越したこと(纐纈・三宅,強振動の解析参照)が理解できる(普通スラブ内地震はもっと短周期が卓越する).
4. 二重面とのペア:深い逆断層型アウターライズ地震が起こる条件
ところで深い逆断層型地震はどこでも起きているわけではない.一方沈み込んだスラブ内地震である稍深発地震は,ある場所では二重面となっているが,同じようどこでも二重となっているわけではない.しかし二重となっているところは,アウターライズでも深い逆断層の地震が起こっている(Seno
& Yamanaka, Geophys. Monogr., 96, 347-355, 1996(両者の関係を示す図参照)).つまりアウターライズでペアとなっている場合,稍深発地震でもペアとなっている.
この理由は以下のように考えられる.スラブ内地震に限らず10 kmより深いところで起こる地震は,単純に応力が加わるから起こるとは言えない.それは封圧が300
MPaより大きくなるため摩擦も増大し,剪断破壊強度がテクトニックな応力を越えてしまうからである.スラブ内地震と逆断層型アウターライズ地震は10
kmより深いところで起こるので,そのままでは地震を起こすことは不可能である.これらの地震が起こるのは,プレートを構成する岩石に含まれる含水変成鉱物が脱水するためと考えられている(脱水不安定あるいは脱水脆性化と呼ばれる).脱水した水の圧力が周りから受けている封圧を打ち消し,岩石の強度を低下させることが地震を引き起こすというわけである.このメカニズムを考えると,アウターライズの深い逆断層型地震と二重面がペアとなることが理解できる.すなわちプレートの深部が含水鉱物である蛇紋岩を含んでいる場合,その脱水によってそれらの地震が起こりペアとなり,蛇紋岩を含んでいない場合は起こらないのでペアとならない.
そのような目で紀伊半島沖を見てみると,半島下で二重面が観測されている(Seno et al., EPS, 53, 861-871,
2001; Yamasaki and Seno, JGR, 108, doi:10.1029/2002JB001918, 2003
).このことはこの地域でフィリピン海プレートの下部が蛇紋岩化していることを示している(Seno et al., EPS, 2001).したがってそのような地域のトラフ軸付近で深い逆断層型地震が起こったことは,上に述べたペアとなる現象を示しているわけで決して不思議なことではない.ただし南海トラフでは,浅い正断層型地震の大きなものは現在まで知られていない.これはスラブが弧に平行な方向に伸張で,傾角方向に引っ張っていないことが原因かもしれないが,まだ未経験というだけかもしれない(小さいものはいくつかある,防災科学技術研web参照).
5. プレート間地震の前後での発生の傾向
一方大きなプレート間地震の断層の海側で,地震前に逆断層型,後に正断層型のアウターライズ地震が起こりやすい傾向が知られている(Lay
et al., PEPI, 54, 258-312, 1989).これはプレート間地震の断層面のカップリングが,海溝付近の海洋プレート内で圧縮応力を増加させるためと考えられている.そのような意味で,江口孝雄(防衛大,私信;あるいはかなりの数の研究者)は,今回の地震を,来るべき東南海地震の広い意味での前兆であると考えているようである.
6. フィリピン海プレートの原動力と地震
それでは前に述べたプレートの曲げに伴う力以外のフィリピン海プレートに働いている力からこの地震を理解できるだろうか?フィリピン海プレートの原動力としては海盆の年代が東に若くなることに由来するリッジ押し力と琉球海溝とフィリピン海溝からのスラブ引っ張り力がある(Seno,
2000概要).どちらもプレートを西に向かって動かす力であり,南海トラフの走向に対してどちらかというと平行であるため,フィリピン海プレートを紀伊半島の南部に押しつけるような働きはしていない.つまり南海トラフではスラブ引っ張りとリッジ押しともにトラフにほぼ平行で,巨大地震断層面にはトラフ直交方向に大きな差応力は働いていない(Seno,The
Island Arc, 8, 66-79, 1999;リッジ押しが働いているとしてもトラフに沿った方向であるが,しかし震源付近ではこの力も四国海盆の年代分布が東西対称であるために小さく,前に述べたように曲げ応力がはるかに大きく,東西方向はほぼ鉛直応力に近いと考えられる).巨大地震のサイクルに伴う応力の擾乱は,したがってこれらのプレート間地震の応力降下程度(数MPa)であり,東南海地震の前に大きな圧縮応力が蓄積してこれらの地震を引き起こしたという考えには私は賛成できない.ただし,地震前の応力蓄積が逆断層型アウターライズ地震をトリガーしたことはあり得ないことではない.
7. 東海地震との間係
東海地震断層面近くで大きな応力擾乱が起こったことは確かだが,それが将来の東海地震発生にどのような影響を与えるか,瞬間的な弾性応答以外に定量的あるいは定性的に見積もることは難しい(この弾性応答が地震を起こさせる方向に働いたかどうかはいずれ計算結果が気象庁などの機関から出されるだろう).一方プレート境界面の流動を介した非弾性応答の方はその効果が到達するには半年以上かかるだろう.
8. 最後に
上に述べたように主としてプレートの曲げが原因と考えられるとしても,南海トラフでこのような大きな逆断層型アウターライズ地震が起こったことは歴史的には知られていない(もっと小さい地震の前例としては,銭洲海嶺付近の地震(M5.5)がある,瀬野,地震,
40, 629-632, 1987).最近10年ほど常識を破るような地震が日本列島付近ではつぎからつぎへと起こっていて,我々の安易な理解を超えた地震現象の奥深さを感じさせる.