月・惑星内部の電気伝導度

東京大学地震研究所・清水久芳

1. はじめに

月・惑星内部の電気伝導度構造を知ることは、地球の場合と同様に、月・惑星
の形成史やそれらを構成する物質を推定する上で重要となる。内部電気伝導度
構造を直接推定するには、月・惑星付近における詳しい電磁場観測が不可欠で
あり、このような観測は、人工衛星を用いた月・惑星探査によって行われる。
これまでのところ、内部の比較的詳しい電気伝導度構造が求められているのは
月のみである。

月・惑星の電磁場観測の一つの大きな目的は、対象とする惑星が固有磁場を持
つかどうか、持つとしたら、どの程度の強さの磁場を生成しているかを求める
ことである。固有磁場は、惑星内部のダイナモ作用によって生成されていると
考えられる。従って、固有磁場は、惑星内部に溶融金属でできた核が存在する
ことを示唆する。これは、非常に大雑把にみて、電気伝導度の悪いマントルと
電気伝導度の非常によい核の2層から惑星ができていることを示している。ま
た、固有磁場を現在生成していなくても、過去に磁場を生成していたという形
跡が磁場観測から得られれば、その惑星は(活動的でない)核をもっていると
いえる。

では、核の大きさは、どうにかして求められないだろうか?核の大きさは、惑
星表面における詳しい磁場の分布がわかれば、原理的には求めることができる。
しかし、これまでの人工衛星を用いた磁場観測で得られたデータは、表面の磁
場の様子を詳しく知るのには不十分であり、これだけでは核の大きさを求める
ことはできない。

通常、惑星内部構造の推定には、電磁場観測のみではなく、人工衛星の軌道か
ら求められる重力観測、写真を用いた表面地質観測、惑星の自転の観測など、
得らている情報すべてが用いられる。単一の情報のみでは、推定した内部構造
には大きな不確定性が含まれるが、複数の観測量を用いることから、より確か
らしい内部構造が推定できる。例えば、前に述べたように、固有磁場があれば、
惑星が核を持つことがわかる。しかし、前にも述べたとおり、大きさを求める
のには、まだデータ量は十分ではない。また、重力データは、惑星内部の密度
構造の推定に用いられるが、異なった密度構造で、同じ重力場をつくる事がで
きる。つまり、求められた密度構造は実際の惑星内部を反映しているかどうか
自明ではない。そこで、電磁場と重力の情報を同時に用いて内部構造を推定す
る、例えば、核が存在することを満たすように密度構造を求めることができれ
ば、一方のみを用いた時よりも、より確からしい内部構造が得られたといえる。
また、内部構造は、その惑星が形成されてから現在に至るまでの成長過程を反
映しているので、理論的に考えられる惑星成長史も内部構造の推定のための考
慮に入れられることが多い。
 

2. 月・惑星内部の電気伝導度構造

2.1 月の電気伝導度構造

月の磁場観測は、アポロ、クレメンタイン、ルナー・プロスペクター等によっ
てなされた。これらの観測から、月には固有磁場といえる磁場がないことがわ
かっている。しかし、月表面が磁化を持っていることから、以前は月が磁場を
生成していた、つまり、月には、小さいかも知れないが金属でできた核がある、
と考えられている。

アポロ計画では、月観測のために、月表面に様々な観測機器が設置された。そ
の中で、磁力計は、アポロ15 号、16 号の月着陸時に数点設置され、各点にお
ける磁場の時間変化が測定された。このデータを用いて、月表面から深さ 1000
km までの電気伝導度構造が推定されている。図 1 が求められた電気伝導度構
造である。地球と比べて、深部まで、電気伝導度は非常に低いことがわかる。

金属核の大きさは、重力・月震の観測から、半径およそ 300 km (月の半径の約
17%) と推定されている。これは、地球の場合(約55%)と比べると、非常に
小さい。月表面における透磁率の観測からは、電気伝導度 10 S/m 以上の物質
が、半径535 km 以内の領域を占めている、と推定されていて、重力などの観
測と矛盾しない。

2.2 水星・金星・火星の内部構造

水星・金星・火星の観測は、アメリカや旧ソ連の探査衛星によって行われた。
これまでのところ、それぞれの惑星の表面における磁場の観測や、非常に長期
に渡る観測が行われていないため、電気伝導度構造を詳しく推定する磁場デー
タがまだ存在しない。ここでは、それぞれの惑星の固有磁場の有無と、核の大
きさを紹介する (図2)。

水星の観測は、1970 年代にアメリカのマリナー10 号によってなされた。磁場
観測からは、固有磁場の存在が示唆されている。この磁場は、地球磁場と比べ
ると非常に小さく、この磁場を実際に水星が現在生成しているかどうか不明で
あると言った方がよいのかもしらない。今後、新たに水星探査をし、固有磁場
の有無を再検討する必要がある。推定されている金属の核の半径は 1750 kmで、
これは水星の半径 2440 km の約72%である。地球(55%)と比べると非常に大
きいことがわかる。また、現在考えられている磁場分布は、地球表面の磁場分
布とくらべると非常に複雑で、これをつくり出すためには、核の液体である部
分(溶けている部分)がうすく、内核が非常におおきいのではないか、と推定
されている。

金星の探査は、マリナー2 号、パイオニア・ヴィーナス、マジェラン等によっ
て行われた。これまでの磁場観測からは、固有磁場があるという証拠は得られ
ていない。しかし、重力データは密度の高い核の存在を示唆している。推定さ
れている核の半径は 3200 kmで、金星半径(6050 km)の約 53%で、地球と同じ
程度の大きさと考えてよい。磁場を作っている地球の核との違いは、対流をお
こす原因となる内核(固体の核)が存在せず、液体の部分も安定に成層してい
るからであると推定されている。これは、金星と地球の形成から現在まで成長
過程とも関係し、非常に興味深い。

火星の探査は、マリナー 4 号、フォボス 2 号、最近では、マーズ・グローバ
ルサーベイヤー等によってなされた。磁場観測からは、現在火星内部で磁場を
生成しているという証拠は得られていない。しかし、マーズ・グローバルサー
ベイヤーによる非常に詳しい火星表面における磁気異常の観測から、火星は以
前は内部で磁場を生成していた、つまり、固有磁場をかつては持っていたこと
が示されている。おそらく、惑星の成長に伴い、核内部の対流が非常によわく
なり、磁場を維持するのに十分ではなくなったのであろう。推定されている核
の半径は 1780 km、火星半径(3390 km)の約 53% にあたり、この比率は地球と
同程度である。火星が磁場生成しなくなってしまった一つの原因は、地球との
大きさの違いによるのかもしれない。
 
 


           図 1.  月の電気伝導度構造。ここでは3つの推定される構造が示されている。
           横軸は、中心からの距離を半径で割ったもの。0.4 は 700 km に相当。
 
 


 

        図 2.  地球型惑星の大きさと金属核(黒塗りの部分)の大きさの比較。
 
 

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