菊地正幸教授を悼む


 東京大学地震研究所教授菊地正幸先生は,平成15年10月18日に肺炎のため55歳という若さで急逝されました.日ごろ大変にエネルギッシュに活躍されていただけに,いまだに信じられない気持ちです.

 先生は,昭和23年(1948年)1月19日に岩手県でお生まれになりました.昭和45年3月に東京大学理学部地球物理学科を卒業後大学院に進学,昭和48年9月に東京大学大学院理学系研究科博士課程(地球物理)を中退し,同年10月に横浜市立大学文理学部に助手として採用されました.昭和58年4月に横浜市立大学文理学部助教授,昭和63年7月教授に昇任しました.その間,昭和51年2月東京大学より理学博士の学位を取得し,昭和54年4月〜55年3月にはノースウェスタン大学工学部博士研究員として,昭和55年4月〜56年3月にはカリフォルニア工科大学共同研究員として研究を続けられました.平成8年7月に東京大学地震研究所地震予知情報センター教授に転任されました.

 学外の活動としては,中央防災会議防災基本計画専門調査会(内閣府)専門委員,地震学研究連絡委員会(日本学術会議)委員,測地学審議会地震火山部会地震予知特別委員会(文部省)臨時委員,地震調査研究推進本部地震調査委員会(文部科学省)委員,地震予知連絡会(国土地理院)委員,ナウキャスト地震情報検討委員会(気象庁)委員長などを務められ,学識経験者として地震学の発展に大きな貢献を果たされてきました.地震研究所では,地震予知情報センター長,所長補佐,将来計画委員会委員長などの重責を果たされました.

 先生のご研究は,巨大地震など実際の地震のメカニズム解析を筆頭として,独自に構築した広帯域地震観測網による中小地震の解析,割れ目伝播に関する理論的研究,不均質物質の破壊強度におよぼす影響についての実験的研究,不均質媒質中の波動伝播に関する理論的および実験的研究などであり,割れ目理論,実験による割れ目理論の検証,震源過程論を中心とする様々な分野にわたっています.近年では特に「リアルタイム地震学」を研究課題とされていました.それは,時々刻々集まる観測データを即時(リアルタイム)に分析し,的確な地震情報を発信するとともに,地震の発生や強い揺れのメカニズムを解明することによって,地震災害の軽減に貢献しようとする学際的研究です.そのもとになった研究は,カリフォルニア工科大学金森博雄教授と共同で行った逐次インバージョンによる地震波形解析法の開発でした.この独創的な方法を用いて,大地震の発生メカニズムを詳細に解析し,発生メカニズムの不均質性を次々に明らかにしていきました.大地震が発生したときには直ちに解析した結果が「EIC地震学ノート」として公表されました.それは研究者ばかりでなくマスコミ関係者からも注目されてきました.一方,横浜市と共同して進められた早期地震情報把握のための強震計ネットワーク計画をもとに,震源から強震動までを包括する首都圏強震動総合ネットワーク(SK-net)計画までに研究を発展させました.リアルタイム地震学は地震メカニズムの解明と地震工学的な研究を結びつけたものといえます.その成果の一つとして,「リアルタイム地震学」という教科書を東大出版会から刊行し,かつ重要な波形解析プログラムを一般に公開されました.それは亡くなる半年前のことでした.

 先生は,温厚で誠実なお人柄から,大学の教官や学生の信望が厚かったばかりでなく,国内や国外の関係者からも信頼を一身に受けておられました.とりわけ大学においては,まれにみる包容力をもって後進の指導にあたられ,病気がわかってからもゼミを開いて指導を続けておられました.難解な数式の意味を平易に解説するという能力は学生時代から抜群でした.日本酒をこよなく愛し,プロ野球の熱烈なファンという一面もおもちでした.

 世界の研究者からも常に注目され,地震学の若き指導者であった先生を突然失ったことは痛惜の念にたえません.先生のご功績とお人柄を偲び,謹んでご冥福をお祈り申し上げます.

平成15年10月18日
東京大学地震研究所 地震予知情報センター長 阿部勝征