マグマ供給システムと噴火の中期予測

 数十年おきに噴火する火山で、噴火と噴火の間に地下では何が起こっているのであろうか。ある程度規則的に噴火を繰り返す場合、全く偶然に深部からマグマが上昇してきて起こるとも思えない。地下では、次の噴火の準備が着々と進行しているのではないだろうか。これまでこの問題に関しては、ごく少数の噴火頻度の高い火山(キラウエア、桜島など)を除いて、世界的にも実際の観測データがほとんど得られていない。ここでは、伊豆大島火山の1986年噴火前後の観測データにもとづいて、マグマ供給の仕組みについてどこまで分かっているかについて紹介する。
 噴火の数カ月前から三原火口周辺では、地磁気や地下の電気抵抗が異常に減少し、火山性微動が発生するなど、顕著な前兆現象が観測されていた。しかし火山学の常識として予想されていた、マグマの上昇に伴う山頂部の隆起や膨脹は、噴火前の数年間には観測されなかった。このことがその当時噴火予知が必ずしもうまくいかなかった最大の原因であった。これらの一見矛盾するように見える前兆現象の特徴は、火道が発達していて、粘性の低い玄武岩マグマが抵抗をあまり受けずに容易に上昇できたためであろうと一応解釈されていた。しかし、マグマが上昇を開始する前には、地下(のマグマ溜り)でなんらかのマグマの蓄積があるはずで、マグマはどこに蓄積していたのであろうか。これらの疑問は、噴火の10年以上前からの観測データの再調査によって最近解明された。
 噴火前の10数年間、大島周辺の地震活動、地殻変動、地磁気および地下の電気抵抗は系統的に変化していた。これらの前兆現象は以下のように統一的に説明できる。まず、1980年頃までの大島全体の膨脹変動は、大島中央部のカルデラの地下約8kmの深さにマグマだまりがあって、1970年以前から年間数百万立方メートル程度のマグマが蓄積していたとすると説明ができる。また同時期の地磁気の異常な減少も、膨脹変形に伴い地下の岩石の磁気が減少するという効果によって説明できる。1980年以降、大島の膨脹と地磁気の異常な減少が停止したのは、その頃からマグマが地表へ向けて上昇し始め、地下深部からのマグマの供給量と流出量とが釣り合ったためと考えられる。そう考えると、1980年以降に三原火口周辺で地下の温度上昇を示す地磁気や電気抵抗の異常な減少が観測されたことも自然に説明できる。
 1986年噴火の前兆過程についてのこのような仮説が正しいとすると、噴火後は再び地下深部からのマグマの供給により大島の膨脹が始まっていることが予想される。そのことを確かめるために、噴火後も大島全体の距離測量を繰り返したが、結果はまさに予想通りであった。割れ目火口列を横断する一部の測線を除いて、噴火直後から距離が伸びており、最近は全測線でほぼ一定の速度で伸びている。これらの膨脹変動の圧力源の位置は、構造探査によって推定したマグマだまりの位置にほぼ対応している。
 以上の観測結果から、伊豆大島火山のマグマだまりには地下深部からマグマが常時供給されており、噴火に向けてマグマが上昇を開始すると、前述のような体系的な前兆現象が起こるものと予想される。近い将来には、噴火の短期予知にとどまらず長期的な予測も可能になるであろう。さらに、伊豆大島火山のマグマ供給システムについてのこのような理解をふまえ、同じような玄武岩マグマを噴出し、21世紀初頭には次の噴火が予想される三宅島火山を対象として、噴火の長期予測の実験をするべく観測を開始している。

(渡辺 秀文 火山噴火予知研究推進センター)


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Mar. 1996, Earthquake Research Institute, Univ. Tokyo.