東海地方の最近の地殻活動について

地震予知研究推進センター 加藤照之


2001 年は東海地方に異常な地殻活動が観測され, 東海が注目された1 年となりました.本稿執筆時点 (2001 年12 月)においてはこの活動は次第に終息の 傾向を見せているように思いますが,活動は2002 年に続くと思われます.この活動について簡単に説 明します.

1 .東海地方のGPS データ

2001 年7 月に開催された地震予知連絡会強化地域 部会(部会長島崎邦彦東大地震研教授)及び地震防 災対策強化地域判定会(会長溝上恵東大名誉教授) において,東海地方で今年の春頃より通常とは異な る傾向の地殻変動が進行しつつあることが国土地理 院より報告されました.

国土地理院はGPS 全国観測網(GEONET )に基 づいて日本列島の地殻変動を観測しています.図1 は東海地方の最近3 年間の平均的な地殻変動速度ベ クトルを示していますが,この地域の太平洋岸は, 通常は沈み込むフィリピン海プレートや太平洋プレ ートの影響を受けて西北西方向に押されるような動 きを示します.これはフィリピン海プレートが陸側 のプレートに固着して陸側プレートを引きずり込ん でいるためだと考えられています.

プレートの運動は定常的なので,GPS 観測点の 位置は時間とともにほぼ直線的に動いていきます. 必ずしも原因は明らかではありませんが季節変化も 見られることがあります.そこで,観測点位置の時 間変化のデータから直線的な変化と季節変化の成分 を取り除くと,普段の動きからのずれ,すなわち特 異な変動を抽出することができます.図2 に示した のは浜名湖のすぐ北にある浜北観測点のGPS デー タに前述のような処理を施した位置の時間変化のグ ラフです.1997 年から2000 年のはじめ頃までは変 化がありません,すなわち定常的な動きをしていま す.2000 年6 月頃から急に東西成分に東向き,南北 成分に南向きの変化すなわち南東方向への動きが現 れています.これは三宅島噴火や神津島・新島近海 の群発地震活動に伴う地殻変動によるものだと考え られます.2000 年終わり頃にかけてこの動きは次 第に沈静化していきます.ところが,今年の3 月頃 から再び南東方向への動きが始まっています.上下 成分は精度が悪いのですが,隆起の傾向を示してい ます.

今回の特異な変化は浜北観測点だけでなく,東海 地方を含む広い地域にわたってみられることがわか ってきました.図3 は3 月26 日から11 月22 日まで の地殻変動ベクトル図です.永年的な直線変化分を 差し引いていることに注意しなくてはいけません が,3 月から11 月に至るまで,東海地方を含む広い 地域が2 cm くらい東〜東南東方向に動いたことが わかります.誤差の原因が完全に取り除かれている かどうかよく検討する必要はありますが,東海地方 のベクトルは他の地域に比べてかなり大きい変位量 を示していますから,ほぼ間違いなく地殻変動を示 しているといってよいでしょう.

ところで,図3 を見ると東海地方では約100 km の 距離で変動量が1 cm くらい変化しているのが見て 取れます.これをひずみに直すと10 −7 となります. これはひずみ計や傾斜計でもとらえられる量です. 東海地域には気象庁による体積ひずみ計や防災科技 研の傾斜計など多くのひずみ計・傾斜計が設置され ています.今のところこれらの計測器にはGPS に 匹敵する変化はこれまでのところ報告されていませ ん.ちょっと不思議に思いますが,量的に大きくて もそれがゆっくり進行する時には,ひずみ・傾斜の 記録には途中に雨の影響などが入ったりしてシグナ ルが見えなくなっている可能性があります.GPS とひずみ・傾斜記録が互いに整合的であるかどう か,両者が地下で発生している物理現象を正しく反 映しているかどうか,今後の詳細な検討が必要でし ょう.



図1 1996 年から3 年間のGPS 観測に基づく東海地方
の地殻変動速度ベクトル.



図2 「浜北」におけるGPS 観測点の位置の時間変化.
(上)東西成分,(中)南北成分,(下)上下成
分.縦軸の単位はcm ,横軸は年.(国土地理院
ホームページより)



図3 定常的な変位と季節変化を除いた中部日本の水
平地殻変動ベクトル.期間は2001 年3 月27 日−
2001 年11 月22 日.(国土地理院ホームペー
ジより)

2 .GPS データで見えているものは何か?

最近の研究では,地震の発生直前には震源近傍で 固着面が少しはがれてゆっくりとすべりが進行する 可能性が指摘されています.この考えが正しいとす ると,地震直前の「ゆっくりすべり」をつかまえら れるかどうか,が東海地震の短期・直前予知の成功 の鍵を握っています.一方,プレートの境界面が地 震を起こさずにゆっくりすべる現象もGPS 観測で とらえられるようになってきました.例えば豊後水 道では1997 年頃,約1 年間に地表の変位で数cm , プレート境界面上のすべりになおして数十cm に達 する「ゆっくりすべり」が観測されています.今東 海地方でGPS データに見られるいつもとは逆向き の動きは,東海地方直下のプレート境界面で「ゆっ くりすべり」が起こっているらしい,ということを 示唆しています.国土地理院による見積もりでは, 浜名湖の直下を中心とする直径100 km くらいの領 域がすべっていて,その量として昨年からの1 年間 で最大約4 cm のすべりが発生したことが示唆され ています.これは,地震のモーメントマグニチュー ドに換算するとほぼMw6.7 くらいの地震に相当し ます.最近のデータでは少し地殻変動速度が小さく なる傾向を示していますから,今後この「ゆっくり すべり」は減速して停止する可能性が大きいのでは ないかと考えられます.

3 .その他の地殻活動

東海地方やその周辺では,昨年から今年にかけて いろいろな活動がありました.昨年6 月末に始まっ た三宅島,伊豆諸島における活動を端緒として,11 月頃から今年にかけては富士山直下で多数の低周波 地震が発生し,火山活動の兆候を示しました.東海 直下のゆっくりすべりの開始時期がこの富士山の活 動の開始時期と符合するのは興味深いところです. また,今年の4 月3 日には静岡市で震度5 強を記録 したM5.1 の地震が静岡県中部で発生しました.こ の地震の余震は順調に終息するかに見えましたが5 月30 日から6 月はじめにかけてこの地震の余震域で M3 〜4 クラスの地震が数回発生しました.また,7 月28 日には大井川河口付近の深さ約20 km のとこ ろでM3.1 の地震がありました.GPS データに見ら れる地殻変動がこれらの地震活動とどう連携してい るのかはわかっていません.

4 .来るべき東海地震との関係

今回の「ゆっくりすべり」が豊後水道の時と同様 にそのまま地震を起こさずに止まってしまうのか, 今後加速して東海地震の発生に至るのか,が一番の 関心時です.すでに1 年以上この「ゆっくりすべり」 が継続していること,そして最近ではやや減速の傾 向があることなどを考えると,今後加速する可能性 は低いようにも思えます.しかし,今後「何か」を きっかけにすべりが加速して地震を引き起こす可能 性が全くないとは言えません.より微細でかつ急速 な変動を知るためにはひずみ計や傾斜計の記録を注 意深く見る必要があります.

ところで今年,中央防災会議では東海地震の想定 震源域の見直しを行い,新たな想定震源域を設定し ました(図4 ).この案では,以前の案と比べ静岡 県西部までをも含む地域が想定震源域に入っていま す.これは1944 年の東南海地震の未破壊領域を考 慮した結果です(例えばサイスモ2001 年8 月号参 照).GPS が示唆するプレート境界面でのスリップ は,おもにこの新たに加わった想定震源域の部分で 発生しているように思われます.このことをどう考 えたら良いのか,今後様々な科学的議論がたたかわ されることが期待されます.

なお,ここで示したGPS のデータは国土地理院 のホームページ(http://www.gsi.go.jp )で閲覧で きます.

(本稿は月刊「なゐふる」2001 年11 月号所収の原稿 を改定したものです)



図4 中央防災会議によって改訂された想定震源域.
四角は1979 年に定められた領域.


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2002/01/11