「地殻・マントルのレオロジーとダイナミクス
−地震現象の多様性と地球物質科学−」報告
富山大学物理学部 渡辺 了
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3月18,19日の2日間,地震研究所共同利用プロジェクトとして表記のような研究集会を開催した.目的は(1)同じような問題意識がありながら,分野・研究手法の違いからなかなか接する機会のない研究者間の交流を促すこと,(2)ゆっくり地震,低周波地震といった未解明の現象に対する物質科学からの切り口を探ること,である.1995年の兵庫県南部地震以降,地球物理,地質両分野において地震現象に対するイメージは大きく変化した.地球物理学においては,稠密なGPS観測網が整備され,プレート間の固着や滑りの様子がほぼリアルタイムで把握できるようになってきた.その結果,通常の高速滑りとは異なる,ゆっくりとした滑り現象の存在が確実になってきた.また,地震計ネットワークの整備は低周波微動のような新しい現象の発見をもたらした.一方,地質学においては,ボーリング調査による断層岩の研究から,地震に伴う断層ガウジの流動化などが明らかになった.また,剪断帯の調査から地震の準備段階における変形の局在化もみえてきた.しかし,ゆっくり滑りや低周波微動が実際にどのような物理プロセスによるものかは依然未解明であり,断層岩にみられる物理プロセスがどのような観測量に対応するのかもまたわかっていない.このような背景のもと,とくに“ゆっくり地震”と“低周波地震”をテーマとしてとりあげ,地球物理,地質両面からメカニズムを議論し,物質科学的課題を明確にすることを目指した.
ゆっくり地震
はじめに川崎一朗氏(京大)により,沈み込み帯でのゆっくり地震の観測例の紹介があった.ひとつは,1989,1992および1994年の三陸はるか沖地震に伴って観測されたアフタースリップである.これは通常の地震波を放出する高速滑りに続く,時定数1日から1年のゆっくりした滑りである.もうひとつは,東京湾(1989),日向灘(1997),東海(2001)で観測されたサイレント・アースクエイクである.これは高速滑りの欠けたゆっくりした滑りである.ゆっくり地震に関しては,その発生場,滑りのメカニズム,レオロジーなど,さまざまな観点からの講演があった.ここでは,議論の集中したサイレント・アースクエイクに関してまとめることにする.神谷眞一郎氏(IFREE)と小林洋二氏(筑波大)は,東京湾,東海のすべり領域が地震波速度(Vp/Vs)から推定される蛇紋岩の分布域と重なることを指摘し,通常の地震とサイレント・アースクエイクの“棲み分け”を作業仮説として提案した.蛇紋岩のような軟らかい物質が高速滑りの発生を抑制するというアイデアである.スラブ上面における蛇紋岩の存在は,岩森 光氏(東大)のモデル計算からも支持された.芝崎文一郎氏(建築研)は,断層面でアスペリティや物性の分布を適当に与えることにより,破壊核成長過程が長く継続する“非地震性滑り”のシミュレートが可能であることを示した.ただし,破壊核成長過程を支配するパラメータである臨界相対距離Dc(破壊核が準静的に成長しうる長さ.これを超えると高速滑りが生じる.)については議論があった.均質な媒質を用いた理想化された実験では,Dcは滑り面の幾何学的粗さと関係することが知られている.しかし,現実の不均質な断層面ではDcとして何を考えたらよいのだろうか?また,臨界相対距離を考えるということは,必ず高速滑りに達するということを前提にしているのだが,この前提は正しいのだろうか?むしろ,サイレント・アースクエイクは不安定性を内在した滑りなのではなく,小林氏の“棲み分け”説が意味するような本質的に安定な滑りなのではないか?瀬野徹三氏(東大)は,別のタイプのゆっくり地震である津波地震をテーマにしながら,速度弱化の性質(不安定滑り)をもつアスペリティ(固い物質)と速度強化の性質(安定滑り)をもつ堆積物(軟らかい物質)との共存によってゆっくりとした滑りを説明するモデルを提案した.サイレント・アースクエイクに関しても,このように具体的な断層をイメージしてみる段階に来ているように思う.今回提案された蛇紋岩はその大きなヒントになるのではないだろうか?
低周波地震
従来から火山深部での低周波地震は数多く報告されている.依然として正体は明らかではないが,なんとなく,マグマが関係している…という雰囲気があった.ところが,最近,断層深部や西南日本の前弧側のような場所でも低周波地震が観測されるようになった.同じように“低周波”といっているが,これらは同じ現象なのだろうか?どのような物質科学的問題があるのだろうか?小原一成氏(防災科研)は低周波地震が発生している場所を火山深部,活断層深部,西南日本の3つに分け,それぞれの地域での低周波地震の特徴の整理を行った.震源の深さはどの地域でもモホ面近傍(約30km)であり,卓越周波数も約2Hzと共通している.とくに,西南日本の低周波微動は,沈み込むフィリピン海プレートの40km等深線に沿って起こっており,深さに依存するプロセスの存在を示唆している.火山深部での低周波地震は,P波が明瞭であること,単色的であることで他の地域と大きく異なる.一方,西南日本の低周波微動は,2〜3週間持続すること,震源が13km/dayで移動することが大きな特徴である.ただし,波の立ち上がりを認定するのは極めて難しく,震源メカニズムは不明である.中道治久氏(東大)は,98年に活発な地震活動のあった岩手山での低周波地震の震源メカニズムの解析結果を紹介した.解析結果は,非ダブルカップル成分以外の存在を示唆しており,マグマ溜りからダイクへのマグマの流入が見えている可能性もある.植田寛子氏,武尾 実氏(東大)は,火山地域や活断層深部での低周波地震について震源メカニズムの解析結果を紹介した.メカニズム解は広域応力場とほぼ調和的であり,この断層運動で何らかの共鳴体を振動させた可能性が指摘された.
西南日本の低周波微動については,震源分布や移動性から小原氏が“水の関与”を指摘した.確かに,“水”は非常に魅力的なアイデアである.しかし,低周波の励起は依然としてわからないままであり,そもそも水がどのような形態で存在しているのかさえ十分にはわかっていない.また,同じようにプレートの沈み込みが進行している東北日本ではなぜ観測されないのか?などまだ疑問が多い.まずはスラブおよびウエッジマントルでの水の循環について,輸送メカニズムまで踏み込んだ物質科学的研究が必要であることが再確認された.
今回の集会は,問題意識という“種”を蒔く点に関しては十分機能したのではないだろうか.次の機会には,現象のイメージをより具体性をもって共有できるようになることを期待する.最後に,この研究集会に参加し,活発に議論していただいた方々に感謝いたします.