津波地震のメカニズム

地球ダイナミックス部門  瀬野徹三

T. はじめに


 津波地震とは,マグニチュードと比較して相対的に大きな津波を起こす特殊な地震をいいます.この場合のマグニチュードとは,短周期のマグニチュード(気象庁マグニチュードや表面波マグニチュード)です.マグニチュードが小さいために震度が小さく,逃げ遅れて大きな津波被害をもたらすことがある危険な地震です.津波地震の特徴の一つは,ゆっくりとしたすべりを伴うことですが,すべりがゆっくりですと,短周期波と比べて長周期波をより励起し,したがってマグニチュードと較べて大きなモーメント(地震のすべりと断層面積から決まる,地震の大きさを表す量)をもち,大きなモーメントは大きな地殻変動をもたらしますから津波地震の定義を満足することになります.実際いくつかの津波地震では,モーメントから期待される地殻変動によって津波振幅がほとんど説明されます.しかしきわめて大きな津波を出し,死者2万2千人という過去最悪の津波被害を与えた1896年三陸津波地震(M7.2),1946年アリューシャン地震(M7.4)などでは,モーメントから期待されるよりも津波はさらに大きくなっており,これらに対しては,ゆっくりすべり以外の要素がさらに必要となります.
 津波地震は海溝近くのプレート境界のごく浅いところを破壊するということが,最近の津波波形の研究(例えばSatake and Tanioka, 1999)からわかってきました.このことはゆっくりとしたすべりと関係しているように思えますが,もう一つの要素とも関係していると考えられます.プレート境界の浅部のデコルマ(潜り込む堆積物とはぎ取られる堆積物の境界のすべり面)にまですべりが達しますと,海溝陸側斜面先端部の未固結堆積物は,固結した付加体(バックストップ)に掻き上げられて,非弾性変形すなわち異常隆起を被るからです.日本海溝における堆積物とバックストップの関係を図1に示しました.異常隆起は海面下で異常津波につながります.このメカニズムは,1999年集集台湾地震の地表断層北端部で北向きの大きな水平すべりが起こり,弱い堆積岩が押されて河床に滝の生成やダムの破損など異常な隆起をもたらしたことから想定したものです(Seno, 2000).集集地震は,表面波マグニチュードと較べてモーメントは特に大きくなかったので,地震全体をみるといわゆる津波地震ではないのですが,それにもかかわらず津波地震の要素を北端部で含んでおり,異常隆起域(海面下にあれば異常津波の波源域)を直接観察することができたというわけです.さらにTanioka and Seno(2001a,b)は数値実験によって,このような堆積物の変形を含んだモデルが,1896年三陸津波地震や1946年アリューシャン津波地震の際に観測された津波波形をよりよく説明することを示しています.
 以上のように,デコルマ浅部にまで及ぶすべりが堆積物の変形をもたらす,あるいはもたらさないまでもゆっくりしたすべりをもたらすことが津波地震の原因であるとしても,大きな未解決の問題が残されています.それはそのような未固結堆積物が潜り込むプレート境界は,応力が加わるとずるずるとすべるという安定すべりの摩擦特性を持ち,地震は引き起こさないと考えられるからです.実際海溝から陸側50kmくらいまでは地震活動はきわめて低く(Hirataet al., 1983),いわゆる地震発生帯は,堆積物を構成する粘土鉱物であるスメクタイトが脱水してイライトに変成し,固着が始まるような深さ以深の境界であると考えられています.
 このようなプレート境界浅部断層の摩擦特性は,最近の三陸沖の地震の起こり方をみると正しいように思われます.図2(Seno,2002)に1989年,1992年,1994年のM7クラス以上の地震のアスペリティ(永井他,200l;山中・菊地, 2001)と余震分布(永井他, 200l; Hino et al., 1996;東北大学,1990)を示しました.アスペリティとは地震断層面の固着部分で,地震の際に大きくすべる部分です.余震分布は1896年津波地震の断層領域(Taniokaand Satake, 1996)にオーバーラップしていますが,アスペリティはいずれも余震分布よりも深いところに位置し,ほとんど1896年地震の断層領域には入っていません.すなわち1896年地震の断層領域は,これらの地震の際に地震すべりを引き起こしておらず,おそらくこれらの地震の後でゆっくりとした余効すべりが起こり,余震を起こしながら応力を解放していったと考えられます.このような余効すべりは,地震すべりの後で,それをとりまく安定すべり領域で起こることが数値実験の結果で示されています(Katoand Hirasawa, 1999).じっさいこれらの最近の地震は津波地震ではありませんでした.

図1 日本海溝北部の構造断面(Seno, 2000).未固結堆積物はスランプ堆積物で,幅は約10km.
その西の固結した付加体が地震すべりにともなって未固結堆積物を押し出し,異常隆起をもたらす.

U.プレート境界浅部の摩擦特性

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2002/10/1

図2 最近三陸沖で起きた三つの大地震(1989,1992,1994年)のアスペリティ(永井他,200l;山中・菊地,2001)と余震分布(永井他,200l;Hino et al., 1996;東北大学, 1990),および1896年津波地震の断層面(Tanioka and Satake,1996).1896年断層領域は最近の地震ではほとんど破壊していない.点線で囲った領域は,微小地震活動がきわめて低いところであり,測線F下のプレート境界に沿って強い反射面が見つかっている(藤江他,2000).
V.摩擦特性の時間変化
 もしも沈み込み帯のプレート境界断層浅部が安定すべり摩擦特性を持つならば,それより深部の地震発生帯でアスペリティが破壊したとしても,その部分はバリアーとして働き,地震すべりは起こらないことになります.それではなぜ津波地震ではそのような部分が地震すべりを引き起こすことができるのでしょうか?図3はバルバドス付近のプレート境界浅部デコルマに沿った地震反射法探査断面図を示しています(Shipley et al., 1994).デコルマが沈み込みにつれて西へ傾斜していますが,測線Aではデコルマ全体にわたって負の反射係数をもつ強い反射がみられ,一方測線Bでは,深部では負の反射係数が,浅部で正の反射係数へ変化していることがみてとれます.負の反射係数は,小さいインピーダンスを持つ薄い層がデコルマに沿って存在することを意味しており,岩石実験の結果と照らし合わせて静岩石圧の86_98%に達する間隙流体圧があればそのようなインピーダンスの低下を説明できるとされています(Tobin et al., 1994).このような反射係数の変化は地域的な変化と解釈されるのが普通ですが,それが時間変化すると考えたらどうでしょうか?すなわち測線Bの状態が時間変化して測線Aの状態に変わっていくことが起きたとしたら,ほとんど静岩石圧に近い間隙流体圧のもとでは有効法線応力は0に近く,したがって摩擦も0に近いので,境界断層のバリアーがバリアーでなくなることを意味します.このような変化を私はバリアー侵食と呼んでいます.
図3 バルバドス沈み込み帯における反射法断面図(Shipley et al., 1994).デコルマに沿った反法断面の詳細を下に示す.Line Aでは負の反射係数をもつ強い反射が連続している.Line B では,負の反射は浅部で正の反射に移行する.
W.津波地震のメカニズム
 境界断層のある空間領域でこのバリアー侵食が起こり,同時により深部の地震発生帯でアスペリティが破壊したとしましょう.その時深部の地震すべりに伴って浅部のプレート境界断層も引きずられてすべりを起こすことになります.バリアー侵食は完全ではないのですべりはゆっくりしたものになるでしょう.すなわちこのようなすべりは津波地震の第一の特徴を満足します.すべりが海溝付近にまで達する時,未固結堆積物の変形をもたらし,異常な隆起すなわち異常な津波を起こすことになるでしょう.いずれにしても津波地震とは,プレート境界浅部断層の摩擦の時間変化という遷移現象をみているのではないでしょうか.
 このような目で東北日本三陸沖と南海トラフを見てみましょう.図2に示した点線で囲われた領域は,東北大学の微小地震観測網で決定された地震活動が異常に低い領域です.藤江他(2000)は,この領域を南北に横断する測線で屈折・反射法探査を行い,プレート境界断層で強い反射がみられる部分が,低地震活動領域と一致することを見いだしました.強い反射の原因として彼らは,プレート境界断層で間隙流体圧が高くなっていることを示唆しています.低地震活動領域はいわば図3の測線Aのような状態であると推測されます.この領域が,海溝の陸側のプレート境界に沿って北へ伸び拡がるような時間変化が起きたとします.それと同時に1992年や1994年地震の初期破壊の位置(図2★印)でアスペリティが破壊しますと,1896年津波地震のような津波地震が起こることになるでしょう.
 南海トラフでは巨大地震が100_200年の間隔で繰り返してきたことはよく知られていますが(Ando,1975)1605年慶長津波地震では,地震動はわずかであるにもかかわらず大津波を関東・東海から九州沿岸にまで及ぼしました(例えば石橋,1983).南海トラフでの地震反射法探査によって,デコルマ浅部で図3に示したような負の反射係数をもつデコルマが部分的に見つかっています(Mooreand Shipley, 1993).これに加えてより深部の境界でDSR(Deep Strong Reflector)と呼ばれる負の反射係数を持った強い反射が見つかっているのです(Parket al., 2002,図4).これまでに見つかったDSRの分布を図4bに示します.これを見るとDSRは1946年南海地震の地震断層(Ando,1975)よりも海側に分布していることがわかります.すなわちDSRよりも深部に地震発生帯は位置しています.このようなDSRと負の反射係数をもった浅部デコルマがつながり,ある空間領域を覆うと同時に,深部でアスペリティが破壊すると1605年津波地震のような津波地震が発生することになるでしょう.このような状態にならない場合は,プレート境界浅部はバリアーとして働くために,深部でアスペリティが破壊しても地震すべりは浅部デコルマへは伝播せず,むしろ分岐断層へぬけていくことになるでしょう.
図4 (a)南海トラフ四国沖における地震反射法断面図の模式図(Park et al.,2002).トラフ軸付近に負の反射係数をもつデコルマが見えているが,それよりも深部に負の反射係数をもつ強い反射面(DSR,Deep Strong Reflector)が見えている.(b)DSRは,1946年南海地震の断層面(Ando, 1975)よりも海側に分布しており(Park et al., 2002),安定すべり領域に位置する.1605年の慶長津波地震の波源域(石橋,1983)はトラフ軸まで延びている.DSRのような高間隙流体圧の境界が,ある領域をおおい,深部でアスペリティが破壊した時,地震すべりが海溝軸付近にまでのびて,1605年地震のような津波地震が起こると考えられる.
X.まとめ
 津波地震とは,“プレート境界浅部にまで至った地震すべりで,かつ巨大津波をもたらす場合には,海溝陸側斜面先端部にたまった堆積物や未固結付加体を非弾性変形させ,異常隆起すなわち異常津波をもたらす地震である”ということができるでしょう.しかしこのようなプレート境界浅部は安定すべりの摩擦特性を持ち,通常は地震すべりを起こさないことが知られています.これに対して“そのような部分の摩擦が,間隙流体圧が上がることによってほぼ0に転化するというバリア−侵食が起こってある空間領域を覆い,かつ深部の地震発生帯でアスペリティが破壊したとき,津波地震が起こる”という考えを述べました.
 この考えが正しければ,バリアー侵食は地震反射法探査で検知できますから,津波地震の長期的発生予測はそのような探査を繰り返すことによって可能と言えます.津波地震の繰り返し周期は大変長い(数千年)と考えられますが,津波地震が迫っているか否かの検証には役立つでしょう.さらにバリアー侵食は,通常の地震発生帯の地震に関してもその発生条件となっていると考えられるふしがあります.その場合,繰り返し周期のより短い通常の地震(例えば南海トラフの巨大地震や関東地震)の長期的予測に関しても,地震反射法探査を面的に覆って繰り返すことが有効であるかもしれません.
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