バーチャルシティに地震を起こす!
―地震シミュレーションの可能性―
地球流動破壊部門 堀 宗朗
|
バーチャルシティ.聞き慣れない言葉と思います.少し説明してみましょう.バーチャルシティの直訳は「仮想都市」ですが,コンピュータの中に作られる都市のモデルを意味しています.家屋やビルのような建物,道路網や通信ネットワークのようなライフライン・社会基盤施設のモデルです.町づくりのゲームをご存じの方はピンとくるかもしれません.そして,コンピュータに都市モデルを作り,地震をできるだけ現実に近い形で計算するということが地震シミュレーションです.地震に対する安全性を向上させるために,バーチャルシティの地震シミュレーションの研究が今盛んに行われています.
さて,地震という言葉が出てきましたが,これはなかなか難しい言葉です.なぜなら,「地下深くに破壊が起こって大きな波が発生する」ということと,「建物が壊れるような地面の大きな揺れ」という二つの意味があるからです.地震の大きさには,壊れ方の程度を表すマグニチュードと地面の揺れの程度を示す震度という二つの指標があります.バーチャルシティはこの二つの意味を合わせて地震のシミュレーションを行います.同じ地震でもある場所には大きな被害が起こり,逆に別の場所には全く被害が起こらない,ということがよく分かるようになります.
バーチャルシティや地震シミュレーションは少し前までは夢物語でした.コンピュータの性能の限界を越えていたからです.バーチャルシティの研究を進めることは,コンピュータそのものを発展させる大きな力となります.日本には世界最高のコンピュータがありますが,これは地震のような非常に大規模の計算をするために作られたのです.
バーチャルシティの地震の話をする準備として,二つの地震の意味をもう少し詳しく説明してみましょう.そもそも「地震とは何か」を正しく理解しなければ,地震シミュレーションがパニック映画を作ることになってしまうからです.
プレートや活断層という言葉をご存じの方がいらっしゃると思います.地球は薄くて固いプレートで覆われていること,プレートはぶつかりながら動いていること,プレートには活断層と呼ばれるひびがあり繰り返し壊れること.このようなことをご存じと思います.
プレートのぶつかり合う部分や活断層が壊れると,大きな波が発生します.池の中に石を投げた時に波紋が伝わるように,この波は地殻を通って四方八方に伝わっていきます.波紋と同じように,遠くに行けば地震の波は小さくなります.しかし,池の水と違って,地殻には山や平野のように固いところと柔らかいところがありますので,波の伝わり方は場所によって異なります.
今までの話はスケールの大きな話でした.なぜなら,地震の波は1秒の間に数kmも進みますので,このような波を考えるにはどうしても数百メートルの単位で考える必要があるからです.私たちが実感する地面の揺れは,実は,地震の波が地下から地表に伝わってきたものです.地面の影響を大きく受けています.地面は地下から伝わる地震の波を大きくするという厄介な性質を持っています.さらに,地下水と一緒になって液状化を起こし,揺れとは別の被害をもたらします.
最後に,建物の揺れは,地面の揺れと異なることにも注意しなければなりません.建物には揺れやすい固有周期があるため,この周期で大きく揺れてしまいます.固有周期を理解するにはバネを考えてみるとよいでしょう.バネを揺らすとほぼ一様の時間間隔で振れます.これが固有周期です.もし建物と同じ周期の地震の波が来ると,建物は大きく揺れてしまいます.普通の建物では1秒前後,高い建物は数秒が固有周期の目安です.
図1 地震シュミレーション
U.二つの地震の意味
V.シミュレーション技術
地震がどのように発生し,地殻を伝わり,そして地上に達して地面や建物を揺らすかという概略がおわかりいただけたと思います.バーチャルシティの地震シミュレーションはこの一連の過程をすべて計算します.この計算はなかなか大変です.と申しますのも,地殻の長さと日常的な長さを概ね100kmと10cmとすると,100万倍ほど違いがあります.この違いをもつ計算は,10cmを基準とした時の100ナノという金属結晶よりさらに小さい長さの計算に対応します.
このような計算は高性能のコンピュータなしではできません.世界最高のコンピュータで何とか計算できるという状態です.計算方法にさまざまな工夫をする必要があります.バーチャルシティでは,自動車や飛行機を設計することに開発された有限要素法と呼ばれる方法を使うことで高い精度の計算を行っています.また,たくさんの計算を並行して行うという並列コンピューティングという技術も使います.
地震はたいへんな計算が必要という印象をお持ちになったかと思います.しかし,種を明かせば実際に計算している内容は,力が加速度に比例するというニュートンの運動方程式を少し複雑にしたものです.この運動方程式は江戸時代始めの式ですから,21世紀を生きる我々にはさほど難しいものではありません.
大規模な計算はコンピュータにとってたいへんな課題ですが,計算モデルを作ることや,計算結果を分かりやすくすることも侮れません.特に計算結果は数字の羅列ですから,これが一目で分かるようにしなければなりません.コンピュータグラフィックと同様のビジュアライゼーションと呼ばれるコンピュータの技術が発展しています.この技術を使って地震の波の伝わり方や建物の揺れのアニメーションを作ることが行われています.
図2 バーチャルシティのターゲット
W.バーチャルシティ
さて,いよいよ本題であるバーチャルシティのお話をしましょう.この計算は,ある想定された地震が起こったときに,皆さんが住んでいる町がどうなるかを考えてもらうことが大きな目的の一つとなっています.地震を正確に予測することは困難です.したがって,起こりそうな地震を十分な数想定し,各々の地震で家屋や町や都市がどうなるかを計算することで,もしかしたら起こりうる被害を想像することができます.この想像は合理的な事前の備えの第一歩です.
高性能のコンピュータがあれば,すぐにバーチャルシティで地震シミュレーションができるように思われるかもしれません.実はそうは簡単ではないのです.バーチャルシティには地盤や建物のモデルが必要ですが,それには地盤や建物のデータが必要です.例えば,どういう性質の地層があるか,また,どのような形式の何階建ての建物か,そういうデータです.このようなデータはさまざまな地理情報システムに蓄えられています.地理情報システムから必要なデータを取出し,バーチャルシティを作ることもなかなか難しい課題です.
一例として六本木のバーチャルシティをお見せしましょう(図2参照).これは300メートル四方の都市ですので,バーチャルタウンといった規模ですが,建物は木造家屋から鉄筋・鉄骨構造のビルも含め150ほど立っています.また深さ40メートルほどの地盤のモデルも合わせて作っています.この地盤には6つの地層があり,各々の性質もモデルに入っています.建物や地盤のモデル(図3参照)は4つの地理情報システムのデータから作られています.
最後に,バーチャルシティの地震シミュレーションの例をお見せしましょう(図4参照).地面の揺れと建物の揺れです.断層から地震が起こった場合を想定しています.地層が複雑なため場所によって揺れ方に大きな違いがあることが分かります.同じ町でもよく揺れる場所や揺れない場所があるということは経験的事実としてそれなりに説得力があります.観測によっても裏付けられていますが,地震シミュレーションはこの場所毎の揺れの違いを再現することができます.建物の揺れに影響する固有周期の説明をしましたが,同じような構造形式でほぼ同じ固有周期を持つ建物であっても,その建物が立っている地面の揺れが違うため揺れ方も異なります.また地震によっても異なります.バーチャルシティでは場所や地震による揺れの違いをきちんと計算することができるのです.どの程度建物が揺れるのかを例えば最大の揺れ幅として数で表すことができますので,事前の備えを考えるときには非常に有効です.
図4 バーチャルシティの地震シミュレーションの例
X.おわりに
バーチャルシティとその地震のシミュレーションがお分かりいただけたでしょうか.基となる地震の話,シミュレーション技術,地理情報システム等など,少し話題が盛りだくさんで消化不良を起こされたかもしれません.バーチャルシティは計算やシミュレーションの科学技術の世界でも最先端の研究です.したがって,より現実的な地震シミュレーションを行うためには,他の多くの科学研究と関連しなければならないのです.
事前の備えにバーチャルシティを利用するという説明をいたしましたが,具体的な例としてロボカップレスキューのお話しをいたしましょう.これは地震等の災害に対して,ロボットやシミュレーション技術を駆使した救助を研究し,その成果を競争するものです.バーチャルシティの地震シミュレーションの研究はこのロボカップレスキューとも協力が予定されています.
バーチャルシティの地震シミュレーションは,地震のメカニズムからロボカップレスキューまで関わり,幅が広いものです.東海地震を想定した地震シミュレーションを行う日も来るかもしれませんが,本当に役に立つかどうかはまだまだわかりませんが,ともかく挑み甲斐のある研究です.
図3 建物と地盤のモデル