地震研究所共同利用から

レーザー干渉計を用いた表面波・地球自由振動の観測

名古屋大学理学部  須田直樹・山田功夫 
東京大学地震研究所 新谷昌人・深尾良夫 




 グローバル地震学において、長周期表面波及び地球自由振動の解析は依然として地球内部構造解明の重要な手段である。にもかかわらず長周期地震学が現在停滞しているように見えるのは、手持ちのデータで出来ることは大体やってしまったというのが大きな理由であろう。グローバル地震学に限らず、最近は様々な分野で観測をする者と解析をする者が分離する傾向にある。その結果、解析をする者は記録がきれいならば使うし汚ければ使わない、使えるデータを使ってしまったら次を待つ、というような受動的態度に陥りがちである。それでは観測と解析が互いに刺激しあうような活気が出るわけがない。サイエンスとして活気のある分野では、必ず実験・観測と理論・解析のフィードバックループが有効に機能している。グローバル地震学においても、解析をする者はただ単に解析をするだけではなく、今後どのようなデータが必要で、それを得るためにはどのようなセンサーが必要なのかを常に積極的に考え提案していくことが必要である。
 今後のグローバル地震学には海底のデータが必要不可欠であるというのは衆目の一致するところだが、それでは陸の方は現状で良いかというと決してそうではない。これまで長周期の地震波形解析に用いられてきたのは多くの場合上下動記録であり、水平動記録はほとんど利用されていない。長周期水平動記録はノイズが大きく、解析に使用できない場合が多いからである。我々はこれまでの研究でこの長周期ノイズは気圧変動と相関があることを確かめ、その原因は気圧変動に伴う地面の傾斜にあると推定した。振子を用いた水平動センサーでは水平加速度と傾斜の区別がつかないため、この長周期ノイズは本質的に避けがたいものということになる。従って、現在世界中に展開されているSTS地震計の水平動記録も、長周期成分はそのままでは役に立たない。事態改善の一つの方法として、気圧の並行観測を行いそのデータを用いて水平動記録から気圧の影響を除去するという手がある。この方法は長周期ではある程度効果的であるという結果が得られている。
 STS地震計も良いが、いっそのこと振子を用いない水平動センサーはどうだろうか。そもそも長周期地震学はベニオフが歪み地震計を開発したところから始まったという経緯がある。我々は振子を用いない高精度水平動センサーとして、レーザー干渉計を用いた歪み地震計にあらためて着目した。レーザー干渉計が地殻変動の分野で伸縮計として用いられた例はいくつかあるが、レーザー発振器や光学系の取り扱いの難しさ、装置の規模の大きさの点から一般的に用いられるまでには至らなかった。一方、天文学において「重力波天文学」の可能性が示唆されて以来、レーザー干渉計の技術は長足の進歩を遂げ、現在では10-21の歪みの検出を目指した開発が進められている。最先端のレーザー技術を積極的に導入した小規模レーザー干渉計を作成し、歪み地震計として用いることは大いに試みる価値があろう。本研究はそのような小規模高精度レーザー干渉計を作成する準備段階として行われたものである。
 作成するレーザー干渉計としては以下のようなものを考えている。基線長 10m程度のマイケルソン型で、歪みの分解能は10-11を目標とする。このように小型でシンプルな干渉計でこの歪み分解能を達成するためには、レーザー光の波長安定性が決定的に重要である。現在、波長安定度が10-12以下で、数年にわたって長期連続使用が可能な半導体レーザーが開発されつつある。空気の影響を防ぐため、干渉計本体は10-6Torr程度の高真空を保った容器中に置かなければならない。真空容器はパイプの両端に容積約30Pのチャンバーを持ち、一方のチャンバーに固定鏡、ビームスプリッター、レンズ、検出器、もう一方のチャンバーに自由鏡を置く。固定鏡と自由鏡の方向は容器の外部から電気的にコントロールできるようにする。レーザー光は容器の外から窓を通して入射する。チャンバーをつなぐパイプの中央にゲートバルブをはさんで排気装置を取りつける。真空を保持するための定期的な排気は、メンテナンスフリーの空冷式ターボ分子ポンプを用いて自動的に行なう。パイプと岩盤に固定されたチャンバーの間には溶接べローズを用いた補償機構を付け、チャンバー間で力が働かないようにする。この真空容器は、真空装置に関して高い技術力を持つ名古屋大学理学部の装置開発室の協力のもとで作成される。作成されたレーザー干渉計は、名古屋大学犬山地震観測所の地下壕に設置する予定である。犬山観測点には既に溶融シリカ棒を用いた伸縮計とSTS地震計が設置されているので、これらと並行観測を行なうことができる。なお、このレーザー干渉計作成に関して平成8年度より2年間の科研費基盤(B)(2)が内定している。
 さて、現在稼働しているレーザー干渉計でどのような地震記録が得られているかは興味のあるところである。地球物理学でおそらく最も有名なものに、Pinon Flat Observatory (PFO) に設置されている長大なレーザー干渉計がある。これはHe-Neレーザーを用いた基線長約730mの干渉計で、NS, EW, NWの3成分が地表に設置されている。レーザー発振器は温度変化±1×10-4℃に制御されたファブリ・ペロー型の基準干渉計を用いて安定化されている。レーザー光は10-3Torrの真空度に保たれたステンレスパイプ中を通る。光学系自体は真空中にはないが、温度変化±0.1℃に制御された恒温槽に入れられている。地表の温度変化によるパイプの伸縮を補償する機構により、パイプ端と光学系の間の距離変化は10 -2cmに押さえられている。これら様々な工夫により、地表に設置されているにもかかわらず10-10の歪み分解能を実現している。今回このレーザー干渉計による1994年Bolivia 巨大深発地震の記録を用いて、地球自由振動の解析を行なってみた。

 記録は1秒サンプリングされており、DCから0.1Hzまでほぼフラットな周波数特性をもっている。所々かなり大きなステップ状のノイズがあるので、非ウス型トレンドモデルを適用しそれらを除去した。カットオフ50秒のローパスフィルターを掛けて11点の移動平均を行い10秒間隔にリサンプリングした後、地球潮汐成分を最小自乗法で取り除いた。こうして得られた記録の震源時から6時間分を示したのが図1である。大変きれいな記録が得られていることが分る。図に示されている振幅は片振幅で、単位はDU(=10-10)である。図2にNW成分の震源時から3日分の記録のフーリエ振幅スペクトルの1.0〜1.5mHzの帯域を示した。基本振動の他に3S2, 1S4, 2S4などの高次振動が良く見えている。3S 2はいわゆる異常分裂モードの一つであり、コアの構造研究の上で非常に重要なモードである。IRIS標準のシステムでは360秒以上の帯域では長周期になるにつれて感度が落ちていくので、これらのモードをこれほどのS/Nで検出することはできない。この地震に限って言えば、PFOレーザー干渉計は長周期の水平動センサーとしてSTS地震計を補って余りある性能を持つと言ってもよかろう。ただし、Bolivia地震は10年に一度起こるか起こらないかの巨大地震なので当然大振幅であり、この記録のみから有用性を断定することはもちろんできない。PFOレーザー干渉計の場合、地震モーメントがもう一桁小さい普通の巨大地震では最大振幅が数十DUになってしまうので、長周期歪み地震計として本格的に活用するにはまだ分解能が足りないと考えられる。普通の巨大地震を精度よく記録するためには、10 -11 の歪み分解能が是非とも必要である。また、あまりにも大規模なので、他の観測点に同種のものを簡単に設置するわけにも行かない。気軽に設置するためにはやはり10m程度の長さにする必要がある。これらの理由により、基線長10mで歪み分解能10-11、というのが我々の目標になっている。なお、PFOレーザー干渉計はBolivia 地震の約一ヶ月後、付近一帯を襲った野火により甚大な被害を被った。現在は復旧も進み、新しいシステムに改良されている模様である。


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