技術開発室に導入された数値制御型工作機械(マシニングセンタ“ひとつぼ君”)技術開発室 大竹雄次 |
1.はじめに
自然科学においては,観測・実験機器の進歩により学問が発展することが多くあります.そ れは,新しい性能の観測機械によって精密で広範囲なデータが取れ,新たな事実がわかってくる からです.東京大学地震研究所(以下,地震研究所)で行っている地震学等の研究も例外ではあ りません.現在の広帯域・高感度地震計を使った地球上に広範囲に展開している観測ネットワー クは,その一例です.それらは地球内部の3次元構造を明かにし,マントル対流,プレートに関 する多くの情報を我々にもたらしてくれました(Su et. al.,1994).この事実は,スイス製の STSやアメリカ製のCMG地震計に代表される,広帯域・高感度地震計の開発によるところが大 きいのです(山田,1991,Wielandt E., and G. Streckeisen, 1982).このようなことから, 地震研究所では世界をリードするような学問探究のために地震計等の機器開発の必要性を感じ, 盛んになりつつあります.
新しい観測・実験機器を最初に作る場合,会社等に発注すると高い費用が必要になることが通 例です.製作したが一部が不具合ということは,開発においてはよくあります.その不具合を製 作メーカーに修正させると,さらに費用がかさみます.時には細かい修正にも応じてくれない場 合があります.このような不具合に対応するためには,開発を進める研究所内で機器を内作する ことが良いと考えられ,従来より行われてきました.地震研究所の技術開発室もそのような目的 のために設置されています.この部門では,現在,機械・木工と電子回路に関する研究所内の各 部門に対する支援工作や技術的なコンサルタント,他部門との共同研究,そして独自の研究を行 っています.
前述のような趨勢から,技術開発室にも観測機械の開発や高度の機械加工技術が要求されるよ うになってきました.技術開発は新しい性能の機器を作るのですから,最新技術の工作機械を用 いて製作しないと,所定の性能が出ない場合が多くあります.現状では技術開発室の工作機械は 古くなってきており,開発に必要な高度な加工に対応できない事態いも起こってきていました. このような状況を改善するため地震研究所では,平成9年度に数値制御型の工作機械であるマシ ニングセンタ“ひとつぼ君”を導入しました.この機械は,シーケンス(手続き)をつかさどる コンピュータ(制御装置)により動作が制御されます.コンピュータ制御された工作機械は,工 作のための高い寸法精度を実現したり,機器の複雑な形状を加工したり,再現性よく同じ物をた くさん作ることが大の得意です.今まで述べたきた開発に関する要求実現のためには,このよう な特徴の工作機械は非常に威力を発揮します.
以下に,まずこの種の機械の概要と導入の基準について述べ,次に導入した“ひとつぼ君” の概要を述べて,加工例を示します.マシニングセンタの詳細は佐藤善治,(1996年)を参照 して下さい.
図1.フライス盤の略図(米山猛,機械設計の基礎知識,日刊工業新聞,1998,より転載) エンドミル等の刃物が回転し,バイスに固定された加工物(ワーク)を削る機械.
図2.旋盤の略図(米山猛,機械設計の基礎知識,日刊工業新聞,1998,より転載) バイトと呼ばれている刃物を固定し,チャックに固定された加工物が回転して旋削する機械.
2.数値制御型工作機械の概要
数値制御型(NC,Numerical Control)工作機械の制御装置は,工業用に開発されたプログ ラマブルシーケンサーと類似したものです.この機械は,図1に示すような伝統的な工作機械の フライス盤に準じた動きをします.ステージX,Y,Z,刃物の回転数等の2軸以上(現在は8 軸まである.)がプログラムで制御ができるようになっています.
NC機械の初期は,伝統的な工作機械にパルスモータや位置検出用のロータリエンコーダ, それらを入出力装置とした制御装置を付加したものでありました.それはNCフライス盤とNC 旋盤と呼ばれていました.ちなみにフライス盤はエンドミルと呼ばれている刃物が回転し,固定 された加工物(ワーク)を削る機械です.また旋盤はその逆で,バイトと呼ばれている刃物を固 定し,チャック(加工物を保持し高速回転するもの.)に固定された加工物が回転して旋削する ものです(米山猛,1998).その機械の概略を図2に示します.他のNC機械には,平面研削 盤,ワイヤーカット放電加工機,ウオータージェット加工機,レーザー加工機などの色々なもの があり,多種多様な加工ができます.たとえば,それは金属のみならず堅い岩石や柔らかい発泡 スチロールの類まで,任意の形に切ったり削ったりできます.
現在は,多くの切削工具を自動的に交換ができる機械が普通で,フライス盤を基としたマシ ニングセンタと,旋盤を基本としたターニングセンタが主流になっています.両者は機能が融合 しつつあり,マシニングセンタで旋盤の機能であるバイトによる旋削やねじ切りがでるように成 っています.またターニングセンタでは,フライス盤用のエンドミル等の回転工具が使えるよう になっており,その場合は,チャックを回転テーブルとして使用します.
3.機種選定の基準
技術開発室に今ある機械ではフライス盤が多く使用されており,マシニングセンタがフライ ス盤を基本とした機械であること.他の研究所等の各種数値制御型工作機械の使用状況から,マ シニングセンタの使用頻度が高いこと.以上の事と,ユーザーや他の研究所の人の意見を参考に して,地震研究所にマシングセンタを導入することにしました.
この機械の供給メーカーは数多くあり,加工精度等の性能に大きな差はありません.しかし 技術開発室の部屋や入り口は,一般の工作工場と比較すると非常に狭いため,納入できる機種が 限られていました.ですから,小さい入り口で搬入できる最大限の大きさのものということが主 な選定基準となりました.そうしないと加工範囲が狭くなり,機械の利用範囲が狭められてしま うからです.使い易さ,操作機能が一般的であることに加え,他にないどのような特殊な加工が できるかも大事なことでした.また,機械はたびたび購入できるものではないので,現有の機械 の機能をどれだけカバーできるかも考えました.
4.導入されたマシニングセンタの概要
導入されたマシニングセンタは,池貝(株)製の4軸制御の“ひとつぼ君U”です(ひとつ ぼ君カタログ,1997).図3にその本体,図4に加工している様子,そして図5に試験的に加 工した物を示します.
この機械は以下の特徴を持っています.
次に加工や精度に関する特徴を述べます.
図3.導入された池貝(株)製のマシニングセンタ“ひとつぼ君” U軸という第4の制御軸が有り,バイトによるねじ切り等の旋盤的な加工が可能です.
図4.マシニングセンタによるエンドミルを使用したベークライトの加工のようす.
図5.試験加工品の例 試験加工した物は,直線と曲線が混ざったコイルのボビンとアルファベットを刻んだもの.
5.マシニングセンタの運用
最後に運用についてですが,管理は技術開発室で行い,開発室の職員が中心となって使用し ていきます.しかし人員不足のため,それでは稼働率を上げるのが難しい状況です.それを補う ために,マシニングセンタの使用法に関する講習会を開催します.そしてユーザー自身にも技術 を修得してもらって,開発室の職員の協力のもとで使ってもらう予定にしています.
参考文献
ひとつぼ君カタログ,1997,池貝(株).
佐藤善治,1996, マシニングセンタ加工,日刊工業新聞社.
Su, W. -J., R. L. Woodward, and A. M. Dziewonski, 1994, Degree 12 model of shear velocity
heterogeneity in the mantle, J. Geophys. Res., 99, 6945-6980.
Wielandt E., and G. Streckeisen, 1982, The leaf-spring seismometer: Design and
performance, Bull. Seis. Soc. Am., 72, 6, 2349-2367.
山田功夫,1991,最近の地震観測,地震,第44巻特集号,3 - 14.
米山猛, 1998,機械設計の基礎知識,日刊工業新聞社.
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