地震波伝搬に伴う大地および大気電気変動現象

東北大学大学院工学研究科 竹 内 伸 直


1.はじめに

  地震現象に関連すると思われる電磁変動現象が存在するものとして,これを時間 的に分類してみますと,(1)地震発生以前の現象(2)地震発生時の現象(3)地 震波伝搬時の現象(4)地震発生以後の現象になります。このうち(1)については ,地震発生の数日から数時間前に震源域近傍で電磁変動が発生する可能性のあること が古くから指摘され,地震予知の有力な手段になるのではと期待されてきています。 しかし,地震現象と電磁変動現象との因果関係は,現在においても依然あいまいなま まです。なかには,単に地震前に観測された電磁変動現象が地震の前兆現象として報 告される例も多くあり,電磁波については雷を観測している場合が多いと思われます 。現在のところでは,地震発生以前の電磁変動現象が,その後に発生した地震と関連 していることを科学的に直接証明することは困難です。このため,この因果関係を明 確にするためには,的中率についての単なる確率的な議論ではなく,多変量解析のよ うな厳密な統計的処理により両者の関係の有意性を明らかにする必要があると思われ ます。

 一方,(2)および(3)の電磁変動現象(コサイスミック電磁変動現象と表現し ておきます)については,地震の発震時刻および地震波の到達時刻が特定されており ,地震とそれに伴う電磁変動現象の因果関係は明らかです。この現象は地震現象の発 生機構の解明や電磁変動量の定量的評価をする上で大切で,その重要性を認識してい る研究者も多いと思われますが,これまでのところ,コサイスミック電磁変動信号の 明確な観測の例が殆ど報告されていません。そのため,コサイスミック電磁変動現象 の存在についてさえ疑問視されているのが現状です。また,たとえその存在を認める にしても,変動は非常に微小なはずであり,現在の観測手段では検出できない可能性 があることも指摘されています。

 このように考えますと,まず,コサイスミック電磁変動現象を確実に観測できるシ ステムを作り,多くの観測データを得る必要があると考えられます。すなわち,最終 的な目標としての電磁変動観測による地震予知研究を確実に進展させるためには,ま ず地震現象と因果関係が明確なコサイスミック電磁変動現象についての詳しい研究を 進めるという立場も重要ではないかと思われます。このような考え方をもとにして, 私達は,種々の大地および大気中でのコサイスミック電磁変動量(特に電気的変動量 )についての観測を継続して行ってきました。すなわち,常時観測している観測要素 として,大地加速度変動,地電位差変動,大気電気変動,地中ナトリュウム・イオン 濃度変動および地磁気誘導などが挙げられます。ここでは,これまでに得られたこれ らの観測結果の一部について紹介します。


第1図 観測点(○)および観測データを示す地震の震央(×)。

2.大地電気変動観測

 大地の2点間に電極を埋設して,その電位差を測定する地電位差計測法は鉱物資源 の探査,地質調査,地盤の物理的計測,地磁気変動の観測,地震現象の観測等,多く の分野に古くから利用されてきています。また人工的発生源からの漏洩電流の測定等 にも広く用いられています。この計測法は比較的簡便であるためよく利用され,計測 法としてある程度完成されたものとされています。しかし,その検出感度の向上や詳 しい特性については,大地電気現象の複雑さのためもあり,詳しい検討は,外部電源 を用いるマグネト・テルリック法など一部を除いて,行われていないのが現状です。 さらに,近年パワーエレクトロニクスを用いた各種電気機器の利用が飛躍的に増加し ており,大地への漏洩電流が著しく増加し,この計測法の使用がしだいに困難な状況 となってきています。

 大地に埋設された電極間の地電位差観測で得られる変動信号は,電極自体に関係し た変動と真の大地の電気的変動とに分けられます。このうち前者は大地間の電位差変 動ではなく,電極と土壌の接触状態の変化,土温の変化,土壌含水量の変化等により 見かけ上,両電極間の電位差が変動するものです。特に,電極として金属あるいは炭 素棒などを単体として使用した場合,電極と土壌の間の接触電位の変動が大きく,こ の影響が避けられません。そこで,金属電極と土壌の間にイオン濃度が一定な飽和硫 酸銅溶液などを介在させる,複合電極が利用されます。それでも,温度変化などによ る変動信号などがあり,これらを除くことはなかなか困難ですが,時間的に数時間単 位のゆっくりした変動が多く,信号のトレンドとして処理することがある程度可能で す。 

 後者が本来観測したい信号ですが,地電位差の発生要因はさらに,(1)地中電流 と土壌抵抗による電圧降下としての電位差および,(2)大地内部での土壌間の電気 的分極等(したがって,電流は流れていない)による地中電位差の発生によるものと に大別されます。この内,地中電流については人為的および自然的現象による数多く の発生要因があることがこれまでに数多く報告されています。しかし,分極等による 地中電位差の発生についてはあまり詳しいことは知られていません。地震予知等で議 論されているような断層の圧力変化による地電位差の発生が,もしあるとすれば,地 中電流ではなく地中電位差として検出される可能性のほうが大きいと考えられます。 これは,大地の電気的時定数は,通常,非常に小さい(一般的な大地の比誘電率と比 抵抗から決めると,ナノからマイクロ秒程度)ため,定常的な電流源でなければ電流 はすぐに減衰してしまうと考えられるからです。

 地電位差の発生要因のうち,主なものとして次のようなものが挙げられます。(a )地球的規模での地磁気変動により発生する大地誘導電流による電位差の発生。この 場合,電流は地表面に沿って流れるため電位差も水平方向成分のみです。(b)土壌 の間隙に存在する水の流れ等により発生する流動電位による大地内での電位差の発生 。この場合は,土壌間隙内の水の浸透や流動により,大地内部で複雑な電位分布の発 生が考えられます。(c)雷や電車等のような大地への局所的な電流の流出(または 流入)による電位差の発生。この場合,地中電位分布は,流出(流入)点を中心とし た半同心球状の電位分布になるため,地電位差には水平成分だけでなく垂直成分もあ ることになります。 すなわち,ある限定された地点から電流が流出するとき,電流 の流出点から十分に遠方であれば,水平方向と比較して垂直方向の地電位差はほとん ど観測されませんが,流出点の近傍では垂直方向にもかなりの地電位差が発生します 。この他にも数多くの要因がありますが,まだ報告されていない,思いがけないよう な要因も考えられます。

3.垂直直方向地電位差信号

 私達は,地中地電位差変動観測を,地震現象と関係ない地中電流の影響をできるだ け低減させるために,通常行なわれている地表面に水平方向の地電位差の観測ではな く,地中垂直方向の地電位差の観測を行っています。すなわち,地中垂直方向2.5mの 深さとその直上で0.5mの深さにそれぞれ複合電極を埋設してこの間の電位差を記録し ています。この計測法により,例えば地磁気誘導による地中電流のように水平方向に 発生する地電位差の影響を除くことができます。得られる電位差信号は,パソコンを 使い,1秒サンプリングで年間を通うして連続的にディジタル記録を行っています。 この垂直方向地電位差計測法には水平方向計測法と共通する特徴,およびこの方法特 有の特徴が考えられますが,現在までこれらの違いについてあまり詳しい検討はなさ れてきていません。

この計測法により,1994年北海道東方沖地震,三陸はるか沖地震を始めとして ,これまでに仙台での震度1以上の地震すべてに必ず地電位差変動信号が観測されて おり,1993年末から現在まで50個近い地震についての観測データが得られてい ます。 第1図に,これから述べる地震についての震央および観測点を示します。こ の計測法では,仙台での震度が0の場合でも変動信号が得られる場合があり,その例 として第2図に,1995年1月の兵庫県南部地震についての観測データを示します 。これは,兵庫県南部地震の地震波が青葉山観測点(仙台市青葉区)と,そこから約 60km北にある築館観測点に伝搬してきた際に地中垂直方向電位差として観測され たものです。ただし,この図では直流成分は除いて変動成分のみを示しています。築 館観測点にみられる約1分間隔のパルス信号は1日中停止することなく年間を通じて ,水平方向の地電位差にも全く同様に観測されています。この信号の発生原因となる 電流としては,建物からの何等かの信号伝送の際に,これの一部が大地に流出したも のが考えられますが,詳細は今のところ不明です。これまでで,最も遠距離で発生し た地震で得られた波形は,1996年2月にインドネシアで起こった大きな津波を伴 った地震の地震波が伝搬した時に観測されたものです。

 現在までに得られた地震波伝搬時の地電位差変動の大きさについては,季節的な変 化や降雨の影響は殆ど認められず,ほぼ震度に比例した電位差が観測されています。 また,地電位差変動信号の開始時刻は観測点への地震波到達時刻と非常に良く一致し ています。 これまでのデータから,地震波の伝搬で観測される垂直方向の変動信号 の大きさは,地中電界で比較すると水平方向に比べて約10倍感度が良いことが明ら かとなっています。なお,観測される変動信号は,電極から記録計までの信号ケーブ ルの揺れや地中に埋設された電極の振動などによる信号でないことが,確認されてい ます。

 さらに,東京大学地震研究所との共同研究として,静岡県伊豆半島において,この 垂直方向地電位差観測を1998年から始めています。これは,地震研究所の笹井助 教授らが中心となって伊豆半島一帯に展開している磁気変動観測網のうち静岡県伊東 市吉田観測点に電極を埋設して,長期的な観測を行っているものです。電極は観測小 屋から約5m離れた林の中にあり,電極間隔は,垂直方向に2m,水平方向(南北成 分)は5mです。伊豆半島東方沖では1978年から,くり返し群発地震活動が発生 しており,最近では1997年3月3日から約一ヶ月,また1998年には4月20 から活動が始まり,5月3日にはM5.7の最大地震が発生しています。 第3図に ,この地震発生時の水平方向(a)と垂直方向(b)の地電位差変動信号を示します。ただ し,この図では直流成分を除いて変動成分のみを示しており,また,時刻については ,パソコンの時計を使用しているため,幾分のずれがあると思われます。

 観測地点はJR伊東線および伊豆急線から西に約3kmの地点にあります。複数の電 車が同時に運行しており,運行状況により数分間隔で変動する複雑な地電位差変動信 号が水平方向だけではなく垂直方向にも同程度生じています。これは,前に述べたよ うに電流の流出点に近いためです。青葉山観測点は仙台駅から西側約5kmの位置に ありますが,直流電車が運行しているJR仙石線は,観測点とちょうど正反対の東側 に延びています。このため,水平方向には電車の漏洩電流による変動がわずかに観測 されますが,垂直方向には全く観測されません。両観測点とも,深夜の電車の休止時 間帯には大きな地電位差変動が発生しませんが,それでも吉田観測点では青葉山観測 点と比べるとJR伊東線および伊豆急線などの電車によるもの以外の比較的大きな変 動信号が観測されます。第2図の青葉山観測点における波形で,地震波が伝搬してく る前の時刻の垂直方向地電位差の変化と,吉田観測点での変化を比較すると青葉山観 測点では,いかに感度が良いか理解できます。このように吉田観測点では,垂直方向 に観測する利点があまり生かすことができません。しかし,前に述べたように,地震 波伝搬に伴い発生する地電位差変動が,水平方向では垂直方向よりもかなり小さいと して,垂直方向の電車漏洩電流による変動を水平方向の変動信号を使って,打ち消し た結果を第3図(c)に示します。地震波伝搬に伴う地電位差変動信号がかなり明確に 得られていることが判ります。

 地震波伝搬によってなぜこのような地電位差が発生するのかについてはまだ詳しく 判っていませんが,これまでの観測結果から界面動電効果のうち,流動電位による可 能性が大きいのではないかと考えています。


第2図  兵庫県南部地震の地震波伝搬時の2個所の観測点における垂直方向地電位差 変動信号波形。EQは発震時刻を示す。


第3図 伊豆半島で観測された地電位差変動信号波形。(a)水平方向地電位差,(b)垂  
直方向地電位差,(c)地震波伝搬に伴う地電位差。


第4図 大気電気変動観測アンテナ。


第5図 仙台市の直下で発生した地震に伴う各種コサイスミック電磁変動信号波形。

4.大気電気変動観測

 地中地電位差については地震波が観測地点に伝搬して来た時に,変動信号が例外な く観測されることを明確に示すことができています。しかし,大気電気変動について は,これまでに,他でも報告された例は無く,明確に観測できていませんでした。そ こで,大気電気変動観測用として,第4図に示すようなアルミニュウム製の直径3m の正12角形の平板電極を,地表面からの高さ約1.5mに,コンクリートの台上の 碍子3個で支持したものを準備しました。そして,この電極の大地に対する電位変動 の観測を1997年末から開始しています。もし,大気電気現象にコサイスミック電 磁変動現象が存在した場合,この信号を観測するためには,当然,震源にできるだけ 近い地点での観測が望ましいことになります。

 このような状況を期待するのは,ほとんど不可能ですが,1998年9月15日に 仙台市で発生した地震の震央は,私達の観測地点から10km以内の地点であり,コ サイスミック電磁変動現象の存在を確認するのに都合のよい機会となりました。この 際,幸運にも,各種電磁変動信号が観測できました。すなわち,第5図に示すように ,大地加速度信号および地電位差変動信号とともに大気電気変動信号,大地イオン濃 度変動信号および地磁気誘導信号に顕著なコサイスミック電磁変動信号が現れ,地電 位差変動と同時に大気電気変動について明確な信号が初めて得られました。大気電気 変動の原因としては,大気電界の変動,空地電流の変動および電極周囲の空間電荷の 変動などが考えられます。しかし,現時点では観測点での震度がたとえ大きくても大 気電気変動信号が必ず観測できるとは限りません。このことは,大気電気変動信号が 観測できるためのなんらかの条件が存在していると考えられます。気象条件や土壌状 態の違いなどが考えられますが,観測例が非常に少ない現段階では,大気電気のうち どのような量が,どのような場合に観測できるのかを明らかにするのは困難です。し かし,このコサイスミック大気電気変動は,これまでたびたび報告されている地震発 生直後の空の発光現象を説明できる可能性を持っています。コサイスミック電磁変動 現象の存在をより明確に示すためには,今回のような観測の積み重ねが是非とも必要 であると考えられます。

おわりに
 これまでの観測結果から,種々のコサイスミック電磁変動(特に電気的変動)信号 の観測が可能なことを示し,地震現象に伴う電磁変動現象の存在を,ある程度確認が できたのではないかと考えています。しかし,このコサイスミック電磁変動の具体的 な定量的評価については,これからの課題ではないかと思われます。この分野におい ては,データ収集システムは非常に高度かつ低価格になってきており,信号検出方法 には,費用のそれほどかからない斬新な観測方法が考えられます。したがって,思い がけないような観測方法により,予期しないような興味ある観測結果が得られる可能 性は案外大きいのではないかと思っています。

 なお,ここに述べた研究を行うにあたっては,東北電力(株)研究開発センターか ら観測地点の提供,観測器材の整備などで多大の援助を頂いております。また,この 研究の一部は,東京大学地震研究所との共同研究であり,対応して頂いている笹井洋 一助教授,石川良宣技官およびご協力頂いた関係者の方々に厚く感謝いたします。


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1999/3/5