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地震研究所談話会 第833回 (2005年11月)

超背弧地域に産する比較的大規模な玄武岩類の成因: パタゴニア北部,ソムンクラ台地を例に

        折橋 裕二1, 元木 昭寿2, ハラー ミゲール3, 平田 大二4, 角野 浩史5, 岩森 光6, 三部 賢治1, 長尾 敬介5,安間 了7

(1東大地震研,2リオデジャネイロ州立大地質,3パタゴニア国立大, 4神奈川県博,5東大地殻化学,6東大理, 7つくば大自然)

 島弧・大陸弧?海溝系における火成作用は沈み込んだ海洋プレートから放出されるH2Oによりプレート上位のマントルウェッジが部分溶融することで起こります。マントルウェッジ最下部では緑泥石・蛇紋石、もしくは角閃石・金雲母によりH2Oが固定されますが、一般にこれら含水鉱物は深さ100 kmから200 kmの間で完全に分解されるため島弧・大陸弧の火成作用はプレート深度が上記の範囲内に限定されます。世界の主要な火山弧に着目すると、アンデス弧や東北日本弧・伊豆?小笠原弧、アリューシャン弧、カスケード弧、トンガ・ケルマディック弧など、その全体の約3分の1の火山弧の“超”背弧地域において、地域ごとに噴出量は異なりますが、無視できない規模の玄武岩質マグマの活動が起こっています。

南米・パタゴニア地方には南緯34°から52°にかけて、アンデス弧の火山列の超背弧地域に新生代玄武岩類が広範囲に分布しています(図1)。ソムンクラ台地はパタゴニア北部、南緯40-43°に位置し、周辺の火山地域を含め、漸新世から第四紀の玄武岩類が分布しています。その分布面積は約40,000 km2で、アンデス弧における超背弧地域の火山岩地域の中では最大級です。この台地の西縁に位置するアンデス弧周辺にはこれまで背弧海盆の拡大や島弧会合などがなく、また、アンデス弧に沈み込むプレート運動の変遷も比較的良く判っています。したがって、南米大陸西縁のテクトニズムと超背弧地域の火成作用の関連性を明らかにするうえで適した地域であると言えます。現在のところ、この成因については統一した見解が得られていません。新たに得られたソムンクラ台地およびその周辺に分布する火山岩類のK-Ar年代および全岩化学組成のデータを基に同玄武岩質マグマの成因について再考します。

[噴出年代]

ソムンクラ台地とその周辺地域に分布する火山岩類の噴出年代と産状から火山岩類の火成活動はステージI (36-20 Ma) , ステージII (18-10 Ma), ステージL(5.6-0.34 Ma)の3つのステージに区分できます。この地域の火成活動の時空変遷は漸新世から第四紀にかけてアンデス弧横断方向(東西方向)でシフトし、その進行方向はステージごとに異なることが新たに判りました。

[全岩化学組成]

ソムンクラ台地を構成する火山岩類(ステージI)はソレアイト質玄武岩?玄武岩質安山岩です。台地形成後の火山岩類のうち、ステージIIはアルカリ玄武岩?粗面岩系列とソレアイト質玄武岩系列の2タイプからなりますが、前者の方が卓越しています。ステージIIIはアルカリ玄武岩?粗面岩系列に分類されます。全体の傾向としてはステージII, IIIの火山岩類の方がステージIに比べ分化した岩石の割合が大きく、また、ステージIからステージII, Lにかけてアルカリ元素濃度指数が高くなる傾向が読み取れます。

K/La比とBa/Th, Sr/NdおよびCe/Pb比( LIL /HFS元素比の組み合わせ)は珪酸塩メルト中のインコンパティビリティーが非常に近いため、部分溶融度や結晶分別作用などのマグマプロセスで大きく変化しません。しかし、LIL元素はHFS元素に比べ流体の影響を著しく受けるため、島弧・大陸弧火成作用による火山岩類は影響の程度に応じて高いK/La, Ba/Th, Sr/Nd比および低いCe/Pb比を示します。ソムンクラ台地およびその周辺に分布する火山岩類の特徴は、海洋島玄武岩(OIB) や中央海嶺玄武岩(MORB)に比べ高いK/La, Ba/Th, Sr/Nd比および低いCe/Pb比を示すものが卓越しますが、各ステージでその特徴は異なります。ステージIでは火山フロントの火山岩類に比べK/La比は小さく、Ce/Pb比は高い傾向を示しますが、Ba/Th比は著しく高く、また、Sr/Nd比もやや高いようです。ステージIIIでは火山フロントの火山岩類に比べCe/Pb比がやや高いですが、K/La, Sr/NdおよびBa/Th比の組成変化はほぼ重複し、ステージIIはステージIとIIIの中間にプロットされるものが多いようです。以上のことから、この地域のステージIからIIIにかけての火山岩類は基本的にOIBに類似した玄武岩質マグマ起源ですが、ステージIではBaとPb, Srに富んだ流体の付加があり、時代とともに流体の付加は火山フロントの火山岩類と類似したものに変化していったと考えられます(図1)


図1 ソムンクラ台地およびその周辺に分布する新生代火山岩類のK/La vs. Ba/Th, Sr/Nd, Ce/Pbの関係図。アンデス弧の第四紀火山岩(Villarica, Calbuco)の値。

[マグマ成因:含水カンラン石β相(ウォズリアイト)の脱水・溶融モデル]

回転運動により変形したスラブの凸面の箇所(沈み角度が鋭角になる)がソムンクラ台地の玄武岩類の成因に重要であるように思えるのです。これまでの高圧実験の結果から、410 km以深の上部マントル遷移層を構成するガーネット・カンラン石β相・γ相・単斜輝石(±)のうち、カンラン石β相は最大約3wt%のH2Oを固定することが可能でです。一方、410 km以浅の上部マントルを構成するカンラン石α相やその他の主要鉱物はH2Oをほとんど固定できません。したがって、漸新世において、ファラロン・ナスカプレートの回転運動により変形したスラブ凸面(スラブの沈み込み角度が鋭角なる)が410 km以深のスラブ上面の遷移層を湾曲しながら押し上げた時、410 kmを越えて盛り上がった遷移層の部分で含水カンラン石β相はカンラン石α相に転移し、その際に脱水・溶融が起こり玄武岩質マグマを生成すると推定できそうです(図2)。

図2 超背弧地域、ソムンクラ台地に分布する玄武岩類の成因として考えられる含水カンラン石β相の脱水・溶融モデルの概略図。同モデルのシナリオは以下の通り;1) 始新世までにソムンクラ台地直下のマントル遷移層中のカンラン石β相にH2Oが固定される, 2) 漸新世に起こったファラロン・ナスカプレートの回転運動により、変形したスラブの凸面がマントル遷移層を湾曲させ、その一部が410 km以浅まで押し上げられる, 3) 押し上げられたマントル遷移層頂上部の含水カンラン石β相はα相に転移し、含水メルトを放出する。

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