地震研究所ロゴマーク 東京大学地震研究所ニュースレター

2006年11月号

pdf版はこちら(1.2MB)pdf

新棟披露式典(2006年11月13日の様子)

目次

    今月の話題

・新棟披露式典を開催           
第843回地震研究所談話会
・話題一覧
・今月のピックアップ
   日本海溝海側斜面における高熱流量

海底で、地下深くから流れ出る熱の量を測定し、沈み込む海洋プレートの温度構造を調べる研究が行われています。

今月の話題

新棟披露式典を挙行

地震研究所が創設されたのは、関東大震災から約2年後の1925年11月13日。この日から、ちょうど81年目の2006年11月13日、新築された地震研究所1号館を披露する記念式典が、文部科学省の森口泰孝研究開発局長ら約130名の関係者を迎え、盛大に行われた。

地震研究所の旧本館は、1963年に建設が始まり、数回の増築を経て、1970年に完成した。その後、別館の増築やテレメータ棟の新築はあったが、保有面積は文部科学省が基準とする面積より大幅に少ない状況が続いていた。さらに耐震診断の結果、首都圏で大地震が発生した場合、使用に耐えない程度の大きな被害を受ける可能性が高いことがわかった。

地震研究所という組織の宿命として、首都圏で大地震が発生しても、地震の観測・研究が支障なく継続できることが強く求められており、関係者が耐震補強・新棟建設を要望し続けた結果、2002年に民間の資金・能力を活用するPFI事業による新棟建設が認められた。2006年2月には悲願であった新1号館が旧本館隣に完成し、5月から利用を開始している。

13日の式典では、大久保修平地震研究所所長の式辞の後、小宮山宏総長、森口局長よりご挨拶を頂き、新しい環境で地震学の先端的な研究をさらに進めていくことへの期待が表明された。また、長坂潤一施設部長より工事概要が報告され、所長より工事関係者の方々に感謝状が贈呈された。

地上7階建、床面積約8千m2の1号館は、積層ゴムからなる免震装置で地面と絶縁され、大地震でも激しく揺れることはない。また72時間連続運転が可能な非常用発電機、貯水槽等も備えており、首都圏直下の地震が起きても、継続的に防災研究拠点としての機能を維持できる。旧本館も現在、耐震補強を進めており、年度内には文字通り地震に強い地震研究所が完成する。

第843回地震研究所談話会(2006年9月15日)
話題一覧           ★は以下に詳しい内容を掲載

★1.日本海溝海側斜面における高熱流量

    山野誠、木下正高(海洋研究開発機構)、後藤秀作(産業技術総合研究所)

2.チャネル情報管理システムの開発〜スタンドアロン版〜

    中川茂樹・鷹野澄・鶴岡弘・酒井慎一

3.1944年東南海地震の津波

    山中佳子

4.屈折法・広角反射法地震探査によるマリアナ島弧の地殻構造

    蔵下英司、Simon Klemperer (Stanford University)、

    Andrew Calvert (Simon Fraser University)、高橋成実(JAMSTEC)

5.WINシステム用リアルタイムモニターツールの開発および

  地震研における即時的地震情報の受信について

    鶴岡弘

6.利用者指向の緊急地震速報利活用システム(1)

  利用レベル別にみた2次情報の種類と精度

    鷹野澄

7.利用者指向の緊急地震速報利活用システム(2)

  被害予測の高精度化に必要なものは何か?

    鷹野澄

日本海溝海側斜面における高熱流量

山野 誠(東京大学地震研究所) 木下正高(海洋研究開発機構) 後藤秀作(産業技術総合研究所)

なぜ海溝海側斜面なのか

 日本海溝は、太平洋プレートが東北日本の下に沈み込むところ、いわゆる沈み込み帯です。私たちは、地下深くから流れ出てくる熱の量、熱流量をあちこちで測定することで、沈み込み帯の温度構造を調べようとしています。図1は、紀伊半島熊野沖の南海トラフにおける熱流量の測定結果と、そこから計算した温度構造の断面です。私たちは、このように熱流量分布を制約条件にして沈み込み帯の温度構造を計算することを、最終的な目標としています。

図1:南海トラフ沈み込み帯での熱流量測定結果と温度構造断面の計算例(濱元, 2006)

 では、沈み込み帯の温度構造は、いったいどういうものが支配しているのか。プレート境界面での摩擦発熱、陸側プレート内の放射性発熱など未知の量もありますが、主な要素としては沈み込む海洋プレートの年齢、それから、沈み込みの速度と角度、海溝付近における堆積層の厚さといったものが考えられています。沈み込む海洋プレートの年齢と言いましたが、実際に効いてくるのは、その温度構造です。日本海溝海側斜面は、これから海溝に沈み込んでいく太平洋プレートです。だから、私たちは日本海溝の海側斜面で熱流量の測定を行い、沈み込み帯の温度構造を大きく支配する沈み込む海洋プレートの温度構造を知ろうとしているのです。

 普通、海洋プレートの温度構造は年齢とともに変わり、熱流量も下がってきます。しかし、非常に古い海洋底に関してはその傾向が必ずしも当てはまらないことが、観測から知られています。図2は、太平洋や大西洋の古い海洋底で測定された熱流量を示しています。横軸が海洋底の年齢、縦軸が熱流量です。年齢が1億年を超える古い海洋底では、熱流量は年齢にかかわらず、50mWm-2くらいです。この値が、古い海洋底の標準値であることを覚えておいていただきたいと思います。

図2:古い海洋底の熱流量

日本海溝海側斜面で高熱流量を観測

 日本海溝海側斜面における熱流量は、以前から少しずつ測定されてきています。図3は1980年代の測定結果です。ここで注目したいのが、先ほど言った標準値の「50」です。沈み込んでくる太平洋プレートは年齢が1億年を超える古いものですから、日本海溝海側斜面における熱流量は50mWm-2くらいだと考えられます。しかし、その予測に反して、50mWm-2より有意に高い値が測定されています(図3右の○印)。

図3:日本海溝及び千島海溝付近における熱流量測定(1980年代)

 私たちは、それらの高熱流量の原因を調べるために、より高密度の測定を進めてきました。1996年、1997年と実施し、中休みがありましたが、2005年にまた測定を行いました。海底の熱流量の測定は、温度プローブと呼ばれる、ところどころに温度センサーを取り付けた長さ4.5mくらいの金属の棒を船からつり下げ、海底の堆積物に突き刺して行います(図4)。

図4:熱流量測定用温度プローブの投入作業

 北緯38度45分の東西のライン上で測定をしました(図5上)。もう少し海溝側まで測定すればよさそうなものですが、計測器の耐圧限界が6000mだったので、この範囲になっています。ここを選んだのは、このライン上の東の方に高さ130mくらいの小さな高まり、マウンドがあることが知られていたからです。これは1990年ころの探査で見つかったもので、シービームによる詳しい海底地形図や、3.5kHzの音波による表層地質探査の記録(図5右下)でも、その高まりが見えます。このマウンドは何か。泥火山の可能性があると考えられています。泥火山とは、海底下の深いところにある少し圧力の高い堆積物が表面に上がってきたものです。こういった構造がある場所が面白いだろうということで、このラインを選びました。

図5:熱流量測定の測線と海底地形・構造断面(北緯38度45分付近)

 この付近で熱流量測定を行うにあたって、もう一つ注目すべきことがあります。日本海溝では、沈み込んでくる太平洋プレートが海溝軸の手前でがたがたと正断層で断ち切られて、ホルスト・グラーベン構造が発達しています。図5左下は地震波探査によって得られた構造断面で、正断層で切られて高まっているところがホルスト、低くなっているところがグラーベンです。こういった構造が沈み込み帯の温度構造にどういう影響を及ぼすかという点にも興味がありました。

 図6上は、北緯38度45分の測線における熱流量の測定結果です。測定範囲は古い太平洋プレートなので、標準的な熱流量は50mWm-2くらいです。しかし実際は、ほぼ一致する場所もありますが、有意に高い場所もあります。120mWm-2を超える、飛び抜けて高い場所もありました。

図6:日本海溝海側における熱流量測定結果(北緯38度45分の測線)

高熱流量の原因は?

 では、高熱流量が出てくる原因として、どのようなものが考えられるか。一つは、泥火山です。泥火山は海底の深いところから堆積物や間隙流体が上がってきてできたものですから、それによって熱が運ばれて高熱流量となっている可能性があります。実際、120mWm-2を超える最も高い値は、先ほど紹介した高さ130mのマウンドで得られた値です。しかし、高熱流量が観測されているほかの場所はマウンドがありませんから、泥火山だけでは説明がつきません。

 高熱流量の原因として、ほかに何か考えられるか。日本海溝の海側斜面では、プレートが海溝で曲げられることによって正断層が発達しています。すると、断層に沿って水が移動しやすくなります。この水の移動によって熱輸送が活発になるという予想もあります。そこで、熱流量の測定結果を3.5kHzで得られた地形断面図と突き合わせてみました(図6下)。しかし、高熱流量と地形との明確な対応はつきません。

 高熱流量の原因を考えるときにもう一つ重要なのは、標準的な値より高い場所ばかりであることです。もし断層に沿った水の流れで熱の再分配が起きているのであれば、高い場所がある一方で低い場所も出てくるはずです。高い場所ばかりということは、一方的に上がってきている、つまり何か熱源になるものがあるだろう、ということになります。

 それで長年頭を悩ませていたのですが、最近、大きな発見がありました。古い太平洋プレートでプレート内火成活動が見つかったのです。これは、「プチスポット」と呼ばれ、平野直人さん(現在カリフォルニア大学スクリプス海洋研究所)たちが2001年と2006年に論文を出しています。私たちが測定した北緯38度45分のラインの比較的近く、日本海溝の海側斜面で年齢が600万年くらいの火山岩が採取されています。さらに、もっと東側では100万年以内の非常に新しい火山岩も採取されました。年齢が1億年を超える古い太平洋プレートの内部で、新しい火山活動があることが分かってきたのです。図7は、高熱流量を説明する定性的なモデルです。プチスポットによって地殻やマントルの上部が温められ、これが熱源になるかもしれないと考えられます。

図7:高熱流量の定性的なモデル

 しかし、今回観測された高熱流量の場所は、たとえプチスポットによる加熱があったとしても、プレートがそこまで移動してくる間にすでに600万年くらいたっています。それだけたつと、大抵のもの、特に浅いところに入ったものは冷えてしまいます。浅いところに貫入岩体が入った場合の熱流量の変化を、単純化した球形の貫入岩体で考えてみましょう(図8)。周囲より温度が1000K高い、半径2.5kmの貫入岩体が、深さ4kmに入ったとします。力武常次先生が求めた解を使って計算すると、表面で観測される熱流量は、10万年、20万年、30万年とだんだん下がってきます。そして100万年もたつと、周囲とほとんど変わらなくなります。つまり、浅いところを少し暖めたくらいだと、数百万年で周囲との差はなくなってしまいます。だから、今回観測された高熱流量の熱源が浅いところに入ってきたものだとすると、わりと最近に入ってきたことになります。だから、図7では、海溝の近くにも火成活動によって上がってくるものを書いてあるのです。

図8:貫入岩体による熱流量の変化

 一方、少し深いところが大規模に暖められていれば、長持ちします。しかし、その場合は、周辺全体が高熱流量になるはずです。熱流量の高い場所と低い場所があるという今回の観測結果には合いません。今回の観測結果を説明しようとすると、例えば、正断層の発達によって間隙水の流動が活発化することで、大規模に暖められた深いところから運ばれた熱が場所によって顔を出している、という可能性が考えられます。もちろん、今回の観測域よりも東、より海側で測定すれば違う結果が出てくるかもしれません。ほかの測線でも測定して比べることによって、もっと突き詰めていくことができるだろうし、しなければいけないと思っています。

 最初の話に戻って、日本海溝海側斜面での熱流量の測定がなぜ重要なのか。太平洋プレートが海溝に入ってくるところの温度構造が、プチスポットの活動、あるいは間隙水の流れの影響を受けているのかどうかは、まだよく分かっていません。しかし、海溝海側斜面において高熱流量が観測され、何らかの温度異常があることが分かってきました。これは、プレートの境界面付近の温度構造に大きな影響を与える可能性があります。つまり、沈み込み帯の温度構造を知るためには、まず海溝海側斜面の温度構造を明らかにしないといけないのです。

まとめ

 最後に、まとめです。日本海溝海側斜面において高熱流量が観測されています。その原因としては、プレートの曲がりによる正断層や、プチスポットの火成活動が関係していると考えられます。沈み込むプレート上層部の温度異常は、プレートの境界面や前弧域の温度構造にも影響を与えるため、非常に重要です。今後は、今回の観測域より海側、つまり東側での測定や、ほかの測線上での測定を行い、さらに詳しいことを調べていきたいと計画しています。

→このページのトップへ        →ニュースレター一覧のページへ        →地震研究所トップページ