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長いタイトルになっていますが、今日は、最近のInSAR(干渉合成開口レーダ)技術はどういう状況にあるかをお話しします。 標準的なInSARとは まず、標準的なInSARとはどういうものかを簡単にレビューします。InSARとは、同一地域のSAR画像を複数持ってきて、一方の複素数データと他方の複素数データの位相の違いを見ることです。もう少し直感的な説明をすると、ヤングの二重スリットの実験のようなことをやっています(図1右)。ヤングの実験の2本のスリットがInSARでは衛星の軌道に相当し、「基線長」と呼びます。ヤングの実験では、スリットの向こう側に濃淡の干渉縞ができます。同じように、InSARによって最初に得られる干渉画像も縞々となります(図1左)。これを「軌道縞」と称しています。 図1:InSARとは
では、InSARの位相と基線長の関係がどうなっているか。図2左は衛星の軌道を断面で切ったものです。位相は視線方向距離の差δRによるもので、B?とある基線の終点方向の投影はデータそのものですが、最初に得られる干渉画像では縞々がいっぱい見えます。干渉縞の位相をRで微分すると、縞のR方向への混み具合が分かり、基線直交方向のB⊥に比例することが分かります。要するに、B⊥が長いほど縞が密になります。 図2:InSARで得られる位相と基線長(軌道間距離)の関係 衛星が完全に平行に飛んでいて、地面が完全にフラットだったら、きれいな縞模様が出ます。しかし、実際には地面がでこぼこしているので、ゆがんだ縞が出てきます。この地形による縞を「地形縞」と称します。干渉縞から軌道縞を取り除いたものから数値標高モデル(DEM:Digital Elevation Model)の元になります。そして、二つの衛星が通る間に地殻変動が起きると、干渉縞に地殻変動の影響が出ます。したがって、干渉縞から軌道縞と地形縞を取り除けば、地殻変動の図ができる。これがInSARによる地殻変動検出の原理です。 PS-InSARの登場 ここまでが標準的なInSARですが、今日の話のメインはPS-InSARです。2000年にPS-InSARという技術が登場しました。イタリアのミラノ工科大学の人たちが最初にやり出した手法です。 PS-InSARは何が新しいか。標準的なInSARと同じように空間パターンで画像が出るだけではなく、各ピクセルごとの時系列の変化が得られます、というのがPS-InSARの売りの一つです。この論文が出て以来、世界中の測量会社や大学などで、いろいろな人がこの手法を取り入れるようになりました。 PS-InSARの第一の特徴は、標準的なInSARと違い、画像のすべてのピクセルを用いないということです。PS-InSARのPSとはPermanent Scattererの略で、恒久散乱体のことです。砂地などではなく、ビルのような反射の位相が非常に安定なターゲットである恒久散乱体を含むピクセル候補の値だけを使います。通常のInSARではものすごいデータ量になりますが、これによりデータ量をかなり減らすことができます。 20枚以上の画像を一気に使って一種の重ね合わせをすることも、PS-InSARの特徴です。それらを位相モデルに当てはめ、DEMの補正量や変形量などを同時に推定します。また、通常ならば捨てられるデータも活用されます。そして、先ほども言いましたが、時系列情報の推定が可能であるという特徴があります。 PS-InSARによる伊豆大島火山の地殻変動の解析 JERS-1(地球資源衛星「ふよう1号」)の1992〜1998年のデータを使い、伊豆大島の地殻変動を調べました。地形縞の推定には、国土地理院の50mメッシュのDEMを使いました。1992〜1998年のデータはたくさんあり、その中から初期推定に使う26枚の画像を選びました。 まず、各画像の中でのポイントターゲット、PS候補を選択します。図3左でグレーのピクセルの値は使っていません。次に、候補点におけるデータ値、DEM値だけを取り出します。そして、候補点の値だけを使って干渉画像を作ります。 図3:PS候補(左)とPS候補点での標高(右) ここまでは標準的なInSARとほとんど同じです。しかし、こうしてできた干渉画像をよく見ていただくと、縞々がまだ残っています(図4)。地殻変動や大気の影響は干渉画像に出ますが、本当にいい位相が求まると、こういう変な縦縞は残りません。これは軌道の誤差が原因なので、軌道を再推定します。 図4:初期干渉画像 位相モデルに組み込み、軌道を再推定した後の干渉画像が図5です。カルデラ周辺に地殻変動らしきものが見えています。しかし、実はこのすべてが地殻変動ではないということを、これから説明します。 図5:初期推定で用いられた軌道再推定後の干渉画像 位相モデルとは、図6に示したようなものです。InSAR画像の束を位相モデルの式に放り込んでしまう。要するに、j=1〜26までの26枚の干渉画像を一つの式に当てはめます。基線長の視線方向垂直成分(Bperp)とδtという二つの軸は既知です。dhは、最初に仮定していたDEMからのずれです。DEMへの補正と、実際に起きた地殻変動、それ以外のものをどさっと持ってきて位相モデルに当てはめ、DEMへの補正量dhと変位速度vを推定する。これが、PS-InSARのポイントです。地殻変動と言いましたが、これは線形な地殻変動であると仮定します。residualは大気の影響か、線形な地殻変動からはずれる非線形的な変動だと仮定して、後で分離します。residualのRMSが非常に大きいターゲットは、どんどん捨てていきます。 図6:位相モデル このようにして、26枚のデータに基づく初期推定値を出します。図7左が地殻変動場、右がDEMへの補正量です。変形量とDEMへの補正量が同時に求まるという点が、PS-InSARの特徴です。地殻変動では、カルデラの周辺が沈降していることが見て取れます。DEMへの補正量についてもきれいに求まりました。この補正量については、答えを言ってしまいますと、1986年の三原山噴火の影響そのものを表現しています。というのは、国土地理院の50mメッシュのDEMでは、伊豆大島は1977年の測量のデータのままになっていたからです。 図7:初期推定値(26枚のデータに基づく) ともかく、地殻変動の場とDEMへの補正量について初期推定値を求め、さらに最初のモデルに戻ることを繰り返し、初期推定値のDEMヘの補正、変形をモデルとして考慮します。このようにすると、差分干渉画像が出てきます。それぞれの干渉画像では、はっきりした地殻変動、カルデラの沈降は見られなくなってきます。モデルとして考慮したので、見えなくなって当然なのです。こういったことを何度か繰り返して、補正量を決めていきます。 そうして求まったのが、最終的な推定値となります。図8左が地殻変動です。火口南縁のCone Bと呼ばれる地点では、裏砂漠北部の固定点に対して最大年4cmの衛星視線方向の変動があります。図8右がDEMへの補正値です。最も大きなところは30m以上の補正が必要であることが分かりました。 図8:最終推定値 国土地理院の長岡正利さんが、1988年の『火山』の特集号に、1981年と1987年の地形変化についての論文を掲載しています。1986年の噴火による噴出物量を測定して求めたものです。細かいところは省きますが、Cone Bではプラス45mとなっています。今回、私がPS-InSARで推定した値は1992年から1998年の平均なので、1995年段階で見た噴出物の厚さとも言うことができます。それを見ると、一番高いところでも34mくらいです。10mくらい低くなっています。ほかの場所でも、低くも求まります。分布の形はもちろん同じですが、厚さは1987年と比べて1995年の方が噴出物の堆積が薄くなっているように見えます。原因は分かりませんが、おそらくは、収縮しているものを見ているのだと思います。 図9:1987年の測定データとの比較 ALOSのSARによる検証 今日のタイトルに「ALOS SARによる検証」とありますが、検証の図はこの1枚です(図10)。ALOS(陸域観測技術衛星「だいち」)は2006年1月に打ち上げられたJAXAの衛星で、SARを積んでいます。2006年7月27日から9月11日のデータを使って求めた差分干渉画像です。図10左に変な縞模様が見えます。これは46日間のデータなので、これが地殻変動だとすると恐ろしいことです。これは実は、1986年噴火による地形変化を考慮していないDEMを使っているためです。今回新たに推定したDEMを使ってやり直すと、変な縞模様はきれいさっぱりなくなり、地殻変動が何もないという意味で、もっともらしい変動が見れます(図10右)。推定したDEMが正しいと検証したことになります。 図10:ALOS/SARによる伊豆大島の地殻変動解析 まとめ 今回、PS-InSARの手法で変位速度場とDEMへの補正を同時推定しました。従来のDEMは1986年の噴火の影響が考慮されていないため、火口南縁では10〜30mの補正が必要であることが分かりました。ALOSの例で見たように、長い基線長のデータでInSARとして地殻変動を検証する場合には、細かくて精度のいいDEMが必要です。今回求めたDEMへの補正量は、これからも有用になると思っています。 今回得られた結果は、1988年に発表された大島の噴出分布とおおむね一致しています。しかし、火口南縁のConeの最高地点は、10m以上低く求まりました。そのままデータを信じると、1986年の噴火から衛星データを取得するまでの10年程度の間に10m程度沈降したことになります。しかし、1988年に発表された噴出物分布には5m程度かそれ以上の誤差はあるらしいです。 PS-InSARの特徴として、時系列が求まる点を挙げましたが、今回はほとんど説明しませんでした。残差干渉画像のresidualの中から大気の影響と非線形的な地殻変動を分離するための詳細な検討もしています。今回解析したJERS-1の観測は1998年で終わっていますが、ERSなどほかの衛星のSARデータも付加していく必要があると思っています。ひいてはGPSや地震などとの比較・融合・モデリングをしていきたいと考えています。 質疑応答 ──PS-InSARでは建物のような物があるといい、というのは分かります。伊豆大島でも建物がある北西地域は使えるかもしれませんが、山の上はどうなのでしょうか。そこは自然そのものですよね。どこを恒久散乱体とするのでしょうか。 古屋:岩がごろごろしているような所では、PS-InSARは使えます。 ──私たちは今、アジアのある地域の観測をしようとしているのですが、地面の条件がまったく分からないときに、PS-InSARを適用できますか。 古屋:どういう土地被覆かを事前にだいたい分かっていたほうがよいでしょう。標準的なInSARをまずやってみるべきだと思います。 ──ALOSのPS-InSAR解析で、新たに推定したDEMを用いると地殻変動は消えたとのことですが、残っているものはないのでしょうか。 古屋:少しありますが、それは軌道のエラーの影響だと思われます。長周期のトレンドのように見えています。 ──島が傾いているわけではない? 古屋:そういうことではおそらくないと思います。 ──北西外輪から測角で10年くらい追跡しています。Corn Bが10m沈降したというデータと合うかどうか、比較できます。 古屋:10mの沈降というと、6階建てのビルが3階建てになるようなものです。しかも、画像を見ると、ある程度の形を保ったまま沈んでいるようです。 ──収縮はしていますよ。10mか5mかは分かりませんが、数mオーダーで。 |
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