本研究では、エマルションクラウドチェンバーを用いて今までにない精度で火山体内部の宇宙線イメージングを行う画期的な方法の確立を目指しています。エマルションクラウドチェンバーとは、写真感光材(原子核乾板など)と金属板(鉄板など)を組み合わせた構造で、宇宙線の飛跡をとらえる装置です。原子核乾板とはアクリル板に乳剤(臭化銀など)を両面に塗布したもので、ミュー粒子などの荷電粒子が通過すると、乳剤中の電離作用によって銀粒子の集まりをつくります。平成18年度の目標は、以下の五つでした。
一つ目は、地震研究所発の新領域の開拓。
二つ目は、素粒子分野と地球科学分野の新しい連携。18年度は、名古屋大学大学院理学系研究科基礎素粒子研究室との共同プロジェクトを立ち上げました。
三つ目は、宇宙線ラジオグラフィ新技術の開発。分解能を向上させ、より簡易な取り扱いができる検出器システムを開発するとともに、解析システムを強化し、解析を高速化させます。以上を行った上で、
四つ目は観測の実施、解析の実施、可能性の探索です。
そして五つ目は、社会的インパクトです。それぞれについて、成果を報告していきたいと思います。
新領域の開拓
エマルションクラウドチェンバーを用いた宇宙線イメージングによって、Particle Geophysicsという新しい分野を開拓したいと考えています。そして、地球惑星科学への新しい観測窓をつくる。この技術は、今までできなかった火山体内部の密度分布の直接的な導出や、火山体浅部構造の高空間分解能での探索などを可能にし、地球惑星科学への新しい観測窓となると、期待しています。
もう一つが、多分野新技術へのスピンオフです。火山学でつくった新しい技術は、例えば鉄筋コンクリートの中の状況を透かし撮りする装置など、一般産業機器へ応用することができます。また、新素材の開発や新しい電気回路の設計・製作をしますから、材料工業界に対しても新しい情報を提供することができます。
多分野の工業技術などとの相互作用によって、観測技術を新しい方向に総合的に発展させていくことを目指しています。
宇宙線ラジオグラフィ新技術の開発
宇宙線に含まれるミュー粒子は、岩石も通り抜けるほどのエネルギーを持っています。それでも、厚い岩盤があると、通り抜けてくる数は減ります。逆に、岩盤が薄かったり、空洞やマグマがあると、通り抜けてくる数は多くなります。ミュー粒子を観測し、数と飛んできた方向を調べることで、火山体内部の密度を知り、マグマの状態を透視することができるのです。このような手法を「宇宙線ラジオグラフィ」と呼んでいます。
これまでの検出器は、ミュー粒子を検出する大きなプラスチックシンチレータをX軸とY軸に並べて積み上げて、鉄板を両側からはさみ込んであります(図1上)。ミュー粒子が通過した点をXY座標で求め、両側の2点を結ぶと、ミュー粒子が飛んできた方向を決定することができます。問題は、シンチレータの幅が10cmで、2枚の間隔が1.5mも離れていることです。角度分解能は±66mradで、3.5km離れた場所から観測した場合に見分けることができる大きさは250mと、分解能は高くありません。

図1:旧検知器システム
この検出器システムは、コンテナに収容されています(図1下)。コンテナを動かすことは可能ですが、重さが10.5トンで、6×2.5×2.5mと非常に大きいため、どこにでも置けるというわけにはいきません。また、5000ワットと電力を大量に消費する、1m2当たり1500万円と高価であるといった理由から、火山体の近くには設置できないという問題点もありました。
そのような問題点を解消するため、新検出器を開発しました(図2上)。この検出器の原理はまったく新しく、宇宙線に感光する特殊な写真フィルムを使います(図2下)。ミュー粒子が入ってくると、直径200nmの乳剤が感光します。これをトラッキングすることによって、角度分解能±1mradを達成することができます。旧検知器の角分解能先は±66mradでしたから、66倍、2桁も向上させることができます。

図2:新検出器システムとその原理
新検出器のもう一つの特徴は、すべてがコンパクトであるということです。1パネルが1kgで1万円、そして写真フィルムですから電力消費は0ワットです。私たちは、軽量、安価、持ち運び可、電力不要の火山体内部探索用ミュー粒子検出器の開発に成功しました。
観測・解析の実施
すべてがコンパクトになったことで、火口近くに設置して観測することも可能になりました。2006年8月からは、浅間山の火口から1kmのところに設置して観測を開始しました。図3はその解析結果で、右は相対的なミュー粒子の強度、左はミュー粒子の強度から求めた岩の厚さの分布です。空間分解能は旧検出器では±250mでしたが、新検出器では±30mと大幅に向上しました。密度決定精度は、旧型では10%でしたが、新型では2%まで向上しています。

図3:新検出器による観測例
観測結果のうち火口に相当する部分を拡大したものが図4左です。図4右は、マグマが上がってきて火口を0%、50%、70%占有した場合のシミュレーション結果です。また解析があまり進んでいませんが、観測結果とシミュレーションを比較すると、体積比率で8%程度のマグマが火山体浅部を占有していることが分かりました。

図4:火口浅部の観測結果とシミュレーション
2007年2月初旬までに行った火口内のマグマの密度と、その周囲の密度を明確に分けることが可能になりそうです。3月中には、フル解析を完了し、最終的には火口底の地下の透過像を手にしたいと考えています。
処理系の高速化
解析用計算機の強化を行い、従来は120cm2のダブレット解析に37.5時間かかっていましたが、現在は約半分の20時間で可能となりつつあります。さらに、読み取り用スキャニングマシンの強化により、読み取り速度が飛躍的に向上しています。
社会的インパクト
2006年11月22日の朝日新聞夕刊に、東大地震研と名古屋大が共同実験を行ったという記事が、「宇宙線で火山透視」というみだしで紹介されました。また、研究結果は原子核物理装置系国際誌(Nucl. Instr.)に掲載される予定です。レフリーからも、応用と結果に対して、非常にencourageなコメントを頂いております。
昭和新山ドームの火道構造
2006年11月からは、昭和新山ドームの火道の構造を探るべく、測定装置を設置しました(図5)。2007年3月に一部回収して、フィルム飛跡のフェーディング状況を確認する予定です。フェーディングとは、ミュー粒子の入射によってフィルムが感光して形成された像が時間の経過とともに失われていく現象です。私たちは、このフィルムを使って長期間観測をした経験がないため、フィルム自体のフェーディングが深刻な問題になるかどうかを確認します。その後、4月末日まで測定を継続し、5月から解析を開始します。

図5:昭和新山ドームの火道構造の観測
将来展望
解析は時々刻々と進んでおり、より深部の情報が引き出せるものと思っています。また現在、リアルタイム測定に向けて、電子版エマルションチェンバーの開発も少しずつ進み出しています。
質疑応答
■浅間山の解析結果で、火口の浅部と言っていましたが、火口底までは見えていないのですか。
田中:見えているのは山頂から200mくらい下までで、火口底までは見えていません。初めはSN比が悪すぎて、ノイズがのっていました。2枚のチェンバーを重ねて解析するダブレット解析を行うと、ノイズを取り除くことができます。さらに、4枚のチェンバーを同時に解析するカルテット解析を行うと、さらにノイズを取り除くことができます。そこで、カルテット解析を始めたところ、SN比が一気に4倍もよくなりました。今どんどん解析が進んでいるところですので、ここから深部も見えてくると思っています。
■今設置している装置は、最初に開発されたものよりだいぶ小さくなっていますよね。
田中:今回は写真を紹介していませんが、最初、非常に大きな装置を設置しました。しかし大きいと、季節間の温度変化による伸び縮みの全体量が大きくなってしまう、設置に手間が掛かる、といった問題があります。実験室では問題ないのですが、野外に設置するには不向きです。なんとかコンパクトに並べられないかということで考案したのが、新検出器システムです。
■フィルムを使っているとすると、露光時間が必要になります。どのくらいまで短くできそうですか。
田中:パネルの面積によります。1m2のパネルで火口底の下を詳しく見ようとすると、7週間くらい必要です。3m2四方では5日くらい、5m2四方では2日くらいです。
■1m2のパネルを25枚並べた場合も2日でいいのですか。
田中:そうです。
■検出器を設置するとき、調整などは必要ないのですか。
田中:必要ありません。ぽんと置けばいいんです。解析を楽にするためには、ある程度置く方向を決めておいた方がよいのですが、稜線さえ分かれば、どの方向を向いているかが分かるので問題ありません。
■ミュー粒子の空間分布は均一なのですか。
田中:エネルギーの弱いものは地球の磁場の影響を受けますが、山を通り抜けてくるような非常に高エネルギーのミュー粒子に関しては、ほとんど一様です。
■ミュー粒子の強度からどうして密度が分かるのか、原理を簡単に説明してください。
田中:中性子などは原子核反応をしますが、ミュー粒子は電磁的な反応しかしません。弱い相互作用はありますが、ほとんど無視できます。電子も電磁的なインタラクションしかしませんが、電子は物質中にたくさんありますから、その電子がどこから来たものなのか分かりません。一方、ミュー粒子は、どこから来たかを確実に区別できるという利点があります。
ミュー粒子は電磁的な相互作用しかしませんから、そのエネルギー損失は単位体積中に入っている電子や核子の数、すなわち物質の密度によります。したがって、“密度=エネルギーの減衰量”という、1対1の対応が成り立ちます。最初に入ってくるミュー粒子のエネルギー分布があらかじめ分かっていれば、出てきたミュー粒子の強度を測ることで、ミュー粒子が物質を透過できる最低エネルギー(臨界エネルギー)を計算することができます。ミュー粒子のカウント数とミュー粒子のエネルギー分布からこの臨界エネルギーが分かれば、透過経路に沿った密度長、すなわち密度と経路長をかけたものが、分かります。経路長は地図で分かりますから、密度を求めることができます。
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