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2007年5月号

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 アラスカ州南東部Russell島での絶対重力観測

目次 
   今月の話題

・ 連合大会ブースに出展

   第849回地震研究所談話会

・ 話題一覧
今月のピックアップ   
 アラスカ州南東部における氷河後退に伴う
 高速地殻隆起の総合測地観測 − 絶対重力観測 
             
  氷河が後退すると、地殻にかかっていた荷重がなくなり、
 地殻が隆起します。絶対重力計を用いて、アラスカ州
 南東部でこの現象を追いました。

今月の話題

■ 連合大会にブースを出展

 5月19〜24日、幕張メッセで開かれた日本地球惑星科学連合2007年大会に、地震研究所のブースを出展しました。ブースには、最新の対話型リッチコンテンツ表示システムを設置し、動画を中心に地震研究所の研究成果を紹介しました。

 高校生向けセッションのあった5月19日には、地球科学に関心を持つ高校生や教育関係者が多数ブースに立ち寄りました。用意したパンフレットや世界震源地図はすぐ品切れとなり、6日間で400名以上の来訪者がありました。

 至近距離から大画面でみる高解像度の地震動・津波のシミュレーションは迫力があります。また鮮やかな色で日本周辺の震源を示した立体震源マップでは、指を画面に触れて動かすことにより震源分布を立体的に把握できます。現在、表示システムは地震研究所1号館2階のラウンジで展示しています。


 

第849回地震研究所談話会(2007年4月27日)
話題一覧           ★は以下に詳しい内容を掲載

<通常講演>

 1.神岡レーザー干渉計による2007年能登半島地震の観測

     新谷昌人・高森昭光(地震研)、森井亙(京大防災研)、早河秀章(京大院理)、
     内山隆・大橋正健(宇宙線研)

 2.享保14年(1729)能登地震、寛政11年(1799)加賀地震と
   2007年能登半島地震の被災域の関係

     都司嘉宣

 3.2007年4月2日・ソロモン諸島地震(M8.1)に伴う地殻変動、津波浸水高、
   および被害について

     都司嘉宣、西村裕一・谷岡勇市郎(北大)、行谷佑一(産総研)、中村有吾(北大)、
     村田昌彦(アジア防災センター)、Steve Woodward(米ケント州立大)

★4.アラスカ州南東部における氷河後退に伴う高速地殻隆起の総合測地観測−絶対重力観測

     孫 文科(地震研)、三浦 哲(東北大)、佐藤忠弘(国立天文台)、
     藤本博己(東北大)、M. Kaufman・R. Cross・J. Freymueller(Univ. of Alaska,
     Fairbanks)、A. Schie(Micro-g LaCoste, Inc.)

 5.地球内部の超臨界流体について

     三部賢治

 6.Variations of P-wave travel-time residuals before and after the 1999
   Chi-Chi, Taiwan earthquake

     Chien-Ping Lee and Yi-Ben Tsai (Institute of Geophysics, National Central University, Taiwan)

<所長裁量経費成果報告>

 7.超背弧地域における玄武岩質マグマの成因解明に向けての調査実施報告

     折橋裕二・中井俊一・本多 了・三部賢治・飯高 隆

 8.観測センターの高感度地震テレメータ観測網の高度化

     観測センター、金沢敏彦

 9.技術開発室(工作室)への放電加工機の導入

     佐野 修・内田正之

 10.ポスト・スタグナントスラブ計画を見据えた、
    次世代の機動的海底広帯域地震観測への基礎研究

     塩原 肇・金沢敏彦・篠原雅尚・歌田久司

アラスカ州南東部における氷河後退に伴う高速地殻隆起の総合測地観測 − 絶対重力観測

孫 文科※1・三浦 哲※2・佐藤忠弘※3・藤本博己※2・M. Kaufman※4・R. Cross※4・J. Freymueller※4・A. Schiel※5
※1東京大学地震研究所 ※2東北大学 ※3国立天文台 ※4 Univ. of Alaska ※5 Micro-g LaCoste, Inc.

 

 「アラスカ州南東部における氷河後退に伴う高速地殻隆起の総合測地観測」のプロジェクトは、日本と米国アラスカ大学の共同研究として、2005年から開始されました。

 アラスカ州南東部では、Little Ice Age(小氷期)以降の急激な氷河後退現象により、年最大約3 cmにも及ぶ高速地殻隆起が観測されており、地球の粘弾性構造の研究にとって重要です。これまでは主にGPSと験潮データを使って研究が行われていましたが、この共同研究では絶対重力測定を加えることにより、議論を深めることができると期待されます。今日の講演では、2006年6月3日から16日間にわたって5ヶ所で絶対重力測定を実施した結果について報告します。

アラスカ州南東部における急激な氷河後退

 観測区域は、アラスカ州南東部に位置するGlacier Bayです(図1)。氷河も見ることができて風景もきれいなところで、国立公園になっています。

図1 アラスカ州南東部の氷河後退速度と観測区域Glacier Bay

 図2は、アラスカ州南東部において1750年以降、氷河の厚さがどのくらい減少したかを示しています。最も変化が大きいところでは、厚さ1.5 kmの氷河がなくなりました。体積にすると、およそ3030 km3です。これだけの氷が水になって海に流れ込むと、地球全体の海水面が8 mm上昇します。

図2 Glacier Bayにおける1750年以降の氷河の厚さの変化

 図3は、それぞれ同じ場所で撮影した写真です。かつては氷河が見られましたが、現在ではまったくありません。氷河は長さ100 km以上後退しました。

図3 氷河の変化

5点で絶対重力を観測

 これまでに行われたGPS観測により、アラスカ州南東部では地殻が隆起しているという結果が得られています。変動が最も大きい場所は2ヶ所あり、年に約3 cmも隆起しています(図4)。これは、これまで世界で観測された中で最も大きなPost-Glacial Rebound(PGR:後氷期隆起現象)です。氷河が後退したことによって、地殻にかかっていた荷重がなくなり、隆起すると考えられています。地殻の急激な隆起と氷河の後退の関係を明らかにするため、絶対重力観測を行いました。絶対重力は、標高が高くなるほど小さくなります。絶対重力を精度良く観測することで、地殻がどのように変化したかを知ることができるのです。

 今回の絶対重力観測点は5点です(図4)。最も隆起が大きい場所Russell Island(RSLG)、Glacier Bay国立公園の入り口にあるBartlett Cove(GBC1)、Juneau空港近くの2点(EGAN、MGVC)、そして少し離れていますが以前に絶対重力が計測されているHAINES(HNSG)で観測を行いました。使用した絶対重力計はMicro-g社製のFG5 #111です。重力勾配測定にはラコステ重力計G248を使いました。

図4 絶対重力観測点位置。等高線はGPS観測によって明らかになった地殻変動(単位mm)

 図5が測定結果です。非常によい結果が得られました。周期的に変化しているのは、潮汐の影響です。特に海洋潮汐荷重の効果です。RSLG観測点では数時間データが途切れていますが、これは夜間に温度が下がりすぎて装置が止まってしまったためです。翌日からは、自分は寒さに耐えて、ヒータで装置を暖めました。

図5 アラスカ東南部における絶対重力測定結果1

 測定された結果をまとめると、図6のようになりました。固体潮汐補正、気圧補正、極潮汐補正、海洋潮汐補正など、さまざまな補正を行いました。測定データでは12時間と24時間の周期が見られますが、潮汐の効果を除いたら周期的変化がなくなりました。やはり、潮汐の影響が非常に大きいことが分かりました。正しい潮汐補正ができれば、より精確な重力値を得ることができます。この観測プロジェクトの中では、潮汐の観測も行いました。データの補正にとても役立ちます。

図6 アラスカ東南部における絶対重力測定結果2

氷河後退による重力減少をとらえた

 特に面白い結果について紹介します。私たちは、HAINESという観測点(HNSG)で2006年6月12日に測定を行いました。ちょうど19年前の1987年6月12日、そこで絶対重力が測定されているのです。アメリカにいるSasagawaさんが計測し、論文はJournal of Geophysical Researchに発表されました。

 1987年の値と今回の値を比較すると、102μgal減少したことが分りました(図7)。氷河の後退によって地殻が隆起したため、絶対重力が減少したのです。この19年間で地表面は40 cm隆起したことが、GPS観測から分かっています。40 cmの隆起による重力変化はおよそ−76μgalです。それでは、残り−26μgalの原因は何か。Post-Glacial Reboundによるマントル内部の密度変化であると考えられます。この変化量は、地球内部の粘度性構造を研究する上でとても重要です。

図7 HAINESで観測された重力値

観測の様子

 観測の様子を少し紹介しましょう。観測点はどこも環境はあまりよくありません。移動には車や船、飛行機をよく利用しました。図8はRussell Island観測点です。船で島に渡り、機器の位置を決めると、観測台をつくるために整地します。国立公園の中なので、観光客に装置が見えて景観を損なわないようにしてくださいと言われ、観測機器は木の中に設置しました。島には電源を取ることができる建物もないので、電池と太陽電池パネルが必要です。夜は気温が下がるので、ヒータも使いました。

 観測中は夜も眠ることができないので、火を焚いて、すばらしい風景を見ながら過ごしました。非常にロマンティックです。クマにもたくさん会いました。

図8 Russell Islandでの観測の様子

まとめ

 今回初めて、アラスカ州南東部における氷河後退に伴う高速地殻隆起区域で重力網をつくり、絶対重力を測定しました。今回得られた絶対重力測定結果の精度と信頼性は、非常に高いと言えます。今後の重力変化検出に重要な基準値となります。また、氷河後退によって生じる質量再配分や直下の粘弾性構造の研究にとって、新たな基礎資料となることが期待できます。

 そして、19年間で氷河後退によって生じる102μGalの重力変化を初めて検出しました。この重力変化と、今後数年間にわたって繰り返し測定される重力変化のデータにより、この地域における過去の氷河融解量の推定精度の向上が図られます。地球内部構造の研究のみならず,地球環境変動にも有意義なデータを提供することになります。これから得られる地表変位速度や重力変化率から、下部地殻、上部マントルの粘弾性構造を推定する手法の開発に着手する予定です。

質疑応答

Q1.1750年以降の氷床の変化(図2参照)は、どのように調査されたものですか。

孫:アラスカ大学の氷河研究専門家より提供されたデータですが、どうやって測ったのかまでは把握していません。

Q2.重力値の減少は、マントル内部の密度変化によると言われましたが、具体的にはどういうイメージを持たれているのですか。

孫:氷河が後退して加重がなくなると地殻が隆起し、密度が膨張します。理論的には全地球的に変化して、自動的に調整します。そういう変化がモデルで見えています。

Q3. 20年前の観測の精度は?

孫:現在の精度は1μgalですが、それより1桁悪く、10μgalです。観測のドロップの数も少なく、重力計の型も違います。

Q4. 氷河の後退時期と隆起は合っている?

孫:2万年前の氷河期の効果は、この区域で非常に小さいと考えられます。現在、スウェーデン北部で年間1 cm隆起しています。


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