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2007年12月号

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過去の大地震の発生場所(○)と、GPSによる地殻ひずみ速度から求めた地震発生確率との比較。
現在ひずみ速度が大きい地域は、1729年から1914年に歴史地震が発生した地域と相関が高いように見える。
このことから、現在進行中の地殻変動は過去の大地震の影響かもしれないと、島崎教授は指摘する。
(→ 今月のピックアップ

   目次

今月の話題 留学生のための地震防災セミナー
第854回地震研究所談話会 話題一覧
今月のピックアップ

 ひずみ集中域と大地震発生域との相関:どちらが原因か

今月の話題

■ 留学生のための地震防災セミナー

 東京大学留学生センターと地震研究所は、地震国日本にやってきた留学生のための地震防災セミナーを2007年11月16日に駒場キャンパス、28日に本郷キャンパスで開催し、合わせて60名以上の参加がありました。セミナーでは地震研教員が地震・津波の仕組みと怖さを語り、その後文京区防災課や文京多言語サポートネットワークの担当者から具体的な地震防災の心得を学びました。本郷では英語に加え中国語、韓国語への逐次通訳も加わり、怖い地震・津波への対処を和気藹藹と考えました。本セミナーは2005年から実施していますが、自治体・市民団体と連携したのは今年が初めてです。

地震・津波の仕組みを説明する加藤照之・地震研究所教授


第855回地震研究所談話会(2007年11月30日)
話題一覧    ★:今月のピックアップ

 

★1.ひずみ集中域と大地震発生域との相関:どちらが原因か?
    島崎邦彦・ワヒュートリヨソ(バンドン工科大)

 2.人工地震探査による跡津川断層に沿った地殻構造
    飯高隆・加藤愛太郎・蔵下英司・岩崎貴哉・平田直,片尾浩(京大・防災研),
    廣瀬一聖(京大・防災研),宮町 宏樹(鹿児島大)

 3.レシーバ関数解析と屈折構造解析の比較による日本列島下のモホ面と最上部マントル構造
    飯高 隆,五十嵐 俊博,岩崎 貴哉

 4.Building a numerical volcano: modeling the evolution of effusive silicic eruptions
    Kyle Anderson, Paul Segall (Stanford University)

ひずみ集中域と大地震発生域との相関:どちらが原因か

島崎邦彦(地震研)、ワヒュー・トリヨソ(バンドン工科大)

ひずみ集中帯

 二つのものが相関している場合に、どちらが原因かということは、必ずしも自明ではありません。ほかに原因があり、両方とも結果であることもあります。というわけで、ひずみ集中域と大地震発生域との相関について調べてみました。

  「ひずみ集中帯」という言葉が使われています。「日本海東縁部ひずみ集中帯」は、長期的な日本列島の変形を表していると思います。「集中帯」という言い方を最初にされたのは岡村行信さんたちで、先行研究としてよく例に出される佐藤比呂志さんが『Journal of Geophysical Research』の論文で示した、東北日本の日本海側のひずみが非常に大きいという結果とも調和的です。また、私がSteven G. Wesnouskyたちと一緒にやった仕事、東北日本では日本海側で地震のモーメント放出率が高くなっているという結果ともよく一致しています。測地測量によって得られたひずみの方が、地震モーメント放出率から求めたひずみよりも1桁近く大きくなっていることも、その仕事のときに分かりました。今泉俊文さんたちも、活断層のデータを使って同様の結論を出しています。日本海東縁部のひずみ集中は、過去300万年といった長期的な日本列島の変形の特徴として重要な事項です。

 一方、鷺谷威さんたちが提唱した「新潟?神戸ひずみ集中帯」も、同じ「ひずみ集中帯」だと混同されることがあります。しかし、こちらは非常に短期間のものであり、検討の余地があると考えています。しかし、合う、合わないという話は水掛け論になりがちなので、定量的な検討が必要です。

大地震の発生とひずみの定量的比較

 ひずみと地震発生の関係を定量的に検討するには、Kostrovの式が一番役立つと思います。

  

 この式は、ある体積におけるひずみテンソルと、その体積内で発生する地震のモーメントテンソルを、とても簡単に結び付けたものです。AHは体積、Tは地震が発生している期間で、非常に分かりやすい式です。ひずみ速度からある期間内のモーメント放出量が求まります。GR(Gutenberg-Richter)式を仮定してb値を適当に与えれば、あるマグニチュード以上の地震の発生確率が出るはずです。このようにすれば、大地震の発生とひずみとの定量的な比較が可能になります。

 まず、GPSのデータからひずみ速度を求めます。図1左は、国土地理院のGEONETのデータを使い、飛びを補正して季節変化を取り除き、変形速度を求めたものです。求まった変形速度をEl-Fiky and Kato (1999)の手法で平滑化します。図1右は、黒がもとの速度、赤が平滑化した速度です。次に、地震モーメント放出率、つまりGR式のa値を求めます。GR式を用いて内陸でb値は0.9程度とします。すると、地震発生確率の空間分布が求まります。その結果と、現在あるいは過去の地震発生の分布を比較し、合うか合わないかを議論します。

図1 GPSデータからひずみ速度を求める

 Kostrovの式はひずみテンソルとモーメントテンソルの関係式ですが、GPSで求まるのは水平ひずみだけで、全体のひずみテンソルは求まりません。地震の方も、使うのはスカラー量の地震モーメントだけです。そのため、水平ひずみと地震モーメントの関係は一意的には決まらず、いろいろな式が提案されています。しかし、どの式を使ってもあまり変わらないので、最初に提案されたWardの式を使います。

  

 GPSデータから得られたひずみ速度から、GR式でb値を0.9と仮定して、ほぼ10kmメッシュごとに地震発生確率を計算すると、図2のようになります。先ほど少し触れましたが、GPSあるいは測地測量から求めたひずみは、地震のモーメント放出率から求めたひずみに比べて1桁近く大きいという問題があります。

図2 GPSデータから求めた地震発生確率

 比較に用いる歴史地震のデータは、宇佐美(2003)による『日本被害地震総覧』に基づいています。ただし、明らかな余震や、安芸灘や伊予灘などの震源が深いと思われる地震は、除いてあります。1596年から2007年3月までに発生したM6 3/4またはM6.8以上の52の地震を使いました。中越沖地震は2007年7月発生なので、含まれていません。また、北海道は除いてあります。52地震を、12地震ずつオーバーラップするように、20地震ごとの5期間に分けました。マグニチュードによる重みはつけていません。図3の丸印が地震の震源を示しています。背景は、先ほどのGPSデータから求められた地震発生確率分布です。どれが一番よく合うか、見ただけでもお分かりいただけるかと思いますが、定量的な比較をするために無情報モデルを導入します。

図3 歴史地震(丸印)とGPSデータから求めた地震発生確率(背景)の比較

 無情報モデルというと難しそうですが、要するに、地震発生確率がどこも同じということです。GPSモデルと無情報モデルのどちらが歴史地震をよく説明するかを調べるために、GPSモデルと無情報モデルのAIC(Akaike's Information Criterion:赤池情報量基準)の差を求めます。地震が起こらなかった地点の起こらない確率と、起こった地点の起こる確率、1個1個をすべて掛け合わせると、尤度が求まります。そのまま尤度を比較するという方法もありますが、ここではさらにパラメターを導入しました。地震モーメントの実際の放出率の方がGPSデータから求められるものよりも小さい、ということが分かっているからです。

 ここで知りたいのは、空間パターンが合っているかどうかなので、発生確率の絶対値はkという値をかけて調整するのがふさわしいと思います。尤度が最大になるkを決めるという手順を踏むので、結局は尤度の比較ではなく、AICの比較ということになります。パラメータはk、1つだけです。

 地震発生確率はどこも同じという無情報モデルと、GPSから求まった地震発生確率分布の両方でAICを計算し、その差をΔAICとした結果を、図3下に示します。マイナスの値が出てきます。マイナスというのは、無情報モデルよりGPSモデルの方が悪い場合で、それならば何もしないほうがましだということになります。

現在の変形は一時的なものか

 k値は、0.2程度にしかなりません(図3下)。k値の中には明らかにプレートの沈み込みの影響があるので、まずはそれを除きます。プレートの沈み込み速度は分かりますから、Savage(1983)に基づいてプレートの沈み込みによる変形速度を計算します。この変形速度場を、GPSより求めた変形速度から差し引きました。その結果求められた地震発生確率分布が、図4です。図2とは多少パターンが変わって、太平洋側の大きな値はだいたいなくなりました。しかし、日本の活断層の中で特に活動度が高い糸魚川?静岡構造線活断層系、中央構造線活断層帯が、右のパターンには一切見えません。阿寺断層や養老断層、別府?大分平野の断層も、見えません。図4のパターンがもし永久に続くとしたら、現在ある活断層は生まれません。つまり、このGPSデータは一時的な現象を示していることになります。

図4 GPSデータから求めた地震発生確率(プレート沈み込みの影響を除去後)

 そこで、この地震発生確率と歴史地震との比較を行いました(図5)。図3のΔAICはマイナスが大きかったのですが、プレートの沈み込みの影響を除くと、マイナスは少し小さくなりました。k値から、ひずみの7割は非地震性の地殻変動であることになります。これは、プレートの沈み込みの影響がSavage(1983)の方法で正しく表されるという仮定に基づいています。最近、Savageの方法では地殻変動の水平成分の説明が不十分であるという指摘があります。あるいは、その影響があるのかもしれません。

図5 歴史地震(丸印)とGPSから求めた地震発生確率(プレート沈み込みの影響を除去後、背景)の比較

 いずれにせよ、GPSから求めたモデルでは、1729〜1914年の方が1896年以降より地震発生確率をよく説明できることが分かります。ΔAICから、1729〜1914年の地震分布の方が1896年以降より約100倍起こりやすいモデルであることが分かります。中越沖地震を入れても、100〜300年前の地震発生の方がGPSデータから数十倍よく説明できる、というのが結論です。

 しかし、今後起きる地震については、われわれは知りません。今後起きる地震がGPSのモデルで非常によく説明できるという可能性がないわけではありません。しかし、それは考えにくいと私は思います。

変形は地震活動の原因か結果か

 現在の変形が永久不変に続くとすると、活断層の分布や活動度とは合いません。ですから、現在の変形は、一時的なものだと考えざるを得ないと思います。

 そして、その変形が100〜300年前の地震活動と非常によく一致することからすると、原因ではなく、100〜300年前の地震活動の結果として変形があると考えるのが自然です。マントルか下部地殻か、あるいはその両方かは分かりませんが、地震によって流動変形が誘発され、それを現在見ているのではないでしょうか。もしそれが正しいとすれば、長期的に誘導される流動の影響をきちんと取り除かなければ、前駆的な変動は見えないかもしれません。

 長期的な変動については、加藤照之さんたちが、1896年の陸羽地震の地震後の変動が現在も続いていることを指摘しています。そのように、過去の地震が現在の地殻変動にどういう影響を与えているのかを、きちんと調べる必要があると思います。


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