地球の中はどうなっているか

海半球観測研究センター 川勝 均

 


1.はじめに

  地震や火山噴火が起こるたびに私たちは“地球は生きている”ということをまざまざと感じさせらます.地震や火山噴火は確かに恐ろしいものですが,ここではそれを忘れて,地球がどのように“生きて”いるのか,地球の中がどのようになっているかを見ていくことにしましょう.地震波の解析から,活動的な地球の中の様子がわかりつつあります.45億年というとてつもなく長い時間をかけた地球の進化を支配している原理は,日常のありふれた物理とそんなには変わらないのですよ.

1 地球の1次元構造(上)地震波速度を色で表したもの.線は地震波の伝わり方.(下)地震波速度および密度の深さ分布

2.地球の平均的構造

  地球の中はおおよそは球対称な構造をしており,地殻・マントル(上部マントル,下部マントル)・核(外核,内核)といった基本的な層に分けることができます(図1, 2).

2 地球の層区分

  しかしよく見てみると,マントルには,深さ400-700kmのあたりに地震波速度が急激に速くなる領域があるのがわかります.この領域はマントル遷移層とよばれ,マントルを構成する岩石の結晶構造が,浅い(より低温・低圧な)条件下で安定なものから,深い(より高温・高圧な)条件下で安定なものに変わる相転移を起こす領域です.もしマントルが活動しておらず静的な平衡状態にあるならば,図1に示されるような深さのみで決まる温度・圧力条件に対応した成層構造になっているはずです.しかし実際の地球では,地震波トモグラフィーという地球内部の断層撮影から,マントルには水平方向の不均質が存在してマントル対流が活発に起きている様子が見えています.このせいでマントル遷移層の構造は微妙に変化をし,驚くべきことにその影響はマントル全体のダイナミクスや地球の進化をコントロールする重要な要素なのです.

3.地震波トモグラフィー

  医療のCTスキャンと似た方法で,地震波を使って地球の内部を見る手法を地震波トモグラフィーといいます.マントル全体の3次元地震波速度構造を決めてみると図3のようになります.特徴をまとめると:

図3 全マントルトモグラフィー.それぞれの深さにおけるS波の速度を示している.青が速い領域,赤が遅い領域を示す.

(1)地球内部の水平方向の不均質は地表付近が最も大きく,マントル深部に入るにつれ小さくなり,マントルの底CMB付近でまた大きくなる.これは,マントルが底で核から暖められ,地表で宇宙に熱を放出することによって対流運動を起こすことによる.

(2)中央海嶺に対応する低速度領域は100km以深ではあまり顕著でない.海洋プレートの生成は,プレートが引き裂かれて出来た割れ目に,隙間を埋めるようにマントルのマグマが上昇して固まることによるせいである.

(3)太古代の古い大陸の下は高速度の構造が少なくとも200km程度の深さまで続き,大陸の根はそのあたりまでは存在する.

(4)マントルの最下層は,太平洋の下と南アフリカの下に巨大な低速度の領域が存在する.また,環太平洋の沈み込み帯に対応するような形で,マントル最下層に高速度領域が存在する.

沈み込む海洋プレートの行方

全マントルのトモグラフィーから,マントル対流の大まかな様子は見えてきますが,プレート・テクトニクスを引き起こしているマントル内の流れを見るには解像度がまだ不十分です.実体波と呼ばれる地震波を使い下部マントルの領域を詳細に見てみましょう(図4).日本列島などの沈み込み帯で地震を起こしながら海溝からマントルに沈み込んでいる海洋プレートは,マントルに入った後どのようになるのでしょう?

4には下部マントルのP波・S波の速度構造モデルが示してあります.まず1300km以浅の構造に注目してください.二つの長く連なる高速度の領域がわかるでしょうか.ひとつは南北アメリカの下にあり,もう一つは地中海からインドの下にあります.この二つの線状(本当は面状)の高速度領域は,大昔マントルに沈み込んだ海洋プレートだと考えられます.図5には,プレート・テクトニクスのよって復元された過去1億年間の沈み込み帯の位置が示してあります.トモグラフィーで見つかった高速度層の位置が,一億年から数千万年前の沈み込み帯の位置に重なるのがわかります.

図4 高解像度マントルトモグラフィー:P波(左)とS波(右)

図5 プレート・テクトニクスによって復元された過去1億年の沈み込み帯の位置.

スタグナント(横たわる)スラブ

一億年前の昔に沈み込んだ海洋プレートの様子はわかりましたが,では日本海溝を含む西太平洋の縁などで今沈み込んでいるプレートはどうなっているのでしょう.現在海洋プレートがマントルに入り込んでいる沈み込み帯は,環太平洋の地震帯として昔から知られている場所に集中しています.図6は環太平洋の海洋プレートの沈み込みの様子をトモグラフィーで輪切りにしてみたものです.小さな丸は地震が起きている場所をしめす.地震が起きている場所に沿って高速度(青色)の構造がみてとれます.これが沈み込んでいる海洋プレートで,以後スラブと呼びます.

地震が起きているところに高速度のスラブが見えることは,プレート・テクトニクスが予測するように,冷たい海洋プレートがマントルの中へ入り込んでいることの証明と考えられます.しかしトモグラフィーの結果をよく見ると,高速度領域は地震の起きている領域を超えて広がっているように見えます.その際,単にまっすぐ突き進んで行くのではなく,660km不連続面の上に横たわったり,その下によどんだようになっています.このように地震のないところにも高速度の領域がつながって存在し,日本・インドネシア・フィジー諸島のどこの下を見ても,高速度の沈み込んだ海洋プレートが400から1000km辺りの深さに横たわっているのが明らかになっています.これは昔のスラブが下部マントルにどんどん落ち込んでいるのと少し様相が異なります.この違いが何によるのかは今のところ完全にはわかっていませんが,マントル遷移相にある地震波速度の不連続面が重要な役割をしていることだけは確かです.400から1000km辺りの深さに溜まっているスラブをスタグナントスラブと呼びます.

図6 現在の沈み込み帯の断層撮影:(上)沈み込み帯の位置,(下)それぞれの沈み込みの断層撮影.白丸は地震.



4.スラブの沈み込みと遷移層

マントルを構成する岩石は,かんらん石・輝石などを主成分とし,総称してかんらん岩と呼ばれます.そのかんらん岩の主成分である,かんらん石(オリーブ色であることからオリビンとよばれる)は,マントル遷移層に相当する温度・圧力条件で結晶構造が変わることが知られています.マントル遷移層は,かんらん岩の相転移(410km不連続面)・相分解(660km不連続面)が起こっている領域であると考えられています.

7には,マントルのかんらん石の相転移・相分解の相図の一部とマントルの温度構造が模式的に示されています.このような状態にあるマントルにスラブが沈み込むと,スラブは周囲のマントルに比べて低温であるので,スラブとその周辺は周囲のマントルに比べて低温になります.その結果,410kmの不連続面は浅い方へ引き上げられ,660kmの不連続面は下向きに引き下げられます.図7には660km不連続面の様子を示していますが,図の影を施した部分は低圧側のγ相の部分です.低圧相は,高圧相に比べて密度が低いため,影のついた部分は同じ深さの周囲のマントルより軽くなり浮力を受けることになります.すなわちスラブの沈み込みを妨げる方向に力が働くのです.同様の議論は,プルームのような温かいものがマントル内で上昇するときにも適用でき,660km不連続面は,この場合もプルームの上昇を妨げる作用を及ぼすことがわかります.

マントルの相図と沈み込むスラブに働く力

660km不連続面の凸凹

  遷移層の660km不連続面の深さを,地震反射波を使ってマッピッングした結果を図8に示します.現在沈み込みが起こっている環太平洋(特に西太平洋)の660km不連続面が深くなっているのが見て取れます.このように地震波の観測からマントル遷移層不連続面の起伏が解明されつつあり,その結果は,遷移層がオリビンの相転移に起因するという考え方をサポートします.

 

図8 660km不連続面の深さ分布

スラブは遷移層をつきぬけられるか

660km不連続面の凸凹(スラブの周辺でへこんでいること)が地震学的に確認されたことは,実際の地球の内部で,マントル遷移層の存在が全マントル規模の対流を阻む方向に作用していることを示すものです.その作用が強い極端な場合は,スラブは660km不連続面を突き抜けることができず,上部マントルと下部マントルが混ざらずに別々に対流する「2層対流」が起きる可能性があります.逆に作用が弱い場合,スラブはするすると遷移層を突き抜け,マントルは全体で対流運動を起こす「全マントル対流」の状態になることが予想されます(図9).

実際の地球のマントルが2層対流か全マントル対流かは,660km不連続面がどれだけマントル対流に逆らえるかによります.実際の地球に当てはまるようなパラメターを設定しマントル対流を計算機上でシミュレートすることで,地球のマントルがおかれた条件はなかなか微妙なものであることがわかりました.

マントル対流の二つの様式:(a)全マントル対流:マントルは全体で対流し,遷移層では相変化だけが起こる.(b)マントルは660km不連続面の上と下で別々に対流をする.660km不連続面は相変化だけでなく物質の違いによる可能性あり.マントル遷移層に熱境界層ができる

この微妙な地球の様子は前に述べたスラブのゆくえにも見ることができます.図4にあるように,下部マントルの南北アメリカ直下の800-1300kmあたりに連なる板状の高速の地震波速度層,インドネシアから地中海へつながる同様の高速度層などは,過去の沈み込み帯から沈み込んだスラブが今現在下部マントルにあるのだと考えられており,その意味ではスラブが660km不連続面を突き抜けているわけです.一方,環太平洋の今の沈み込み帯のスラブは,マントル遷移層の上下に横たわっているように見えます(図6).これは遷移層がマントル対流のバリアになるという,2層対流が見えているようでもあります.

全マントル対流的なスラブの下部マントルへの突入(ペネトレーション)と,2層対流的なスラブの遷移層での横たわり(スタグネーション)の原因が,場所の違いによるのか,時代の違いによるのか,過去の歴史の違いによるのかは現在のところはっきりとした結論は出ていません.しかしこのようなスラブのスタグネーションペネトレーションの切り替えが,マントルの進化の非連続性を支配していると可能性があります.

5.遷移層が支配するマントル対流

45億年の地球の歴史をとおして,マントルの活動は時間的にいろいろ変化します.例えば,4600年前に太平洋プレートの運動方向が北から西北西に急激に変わったことが知られています.プレートの運動はその下のマントルの運動と無関係ではあり得ないので,同時にマントル内の運動(マントル対流)も急激に変わったことが予想されます.プレートの運動方向以外にも,海洋プレートの生成量を時代別に調べてみると,今から8千万年〜1億2千万年前の間に,非常に多くの海洋プレートが生成された時期があることがわかっています.このように地球史におけるマントルの(グローバルな)活動は,連続的に起こるのでなく,活動の激しい時とそうでない時があり,非連続的に起こっています.

現実の地球のマントルに近い条件で対流のシミュレーションを行った結果,以下のようなマントルの様子が明らかになりました.660km不連続面のバリアによってせき止められた冷たいスラブが上部マントルに溜まり,溜まりすぎるとある時どっと下部マントルに流れ込み,その反動でマントルの底CMBの高温のものが上部マントルまで大量にあがってくる(スーパー・プルーム)というものなのです.これは上で述べたスラブのスタグネーションペネトレーションの切り替えが起こったことで,マントル全体の対流が加速され,結果として大量の高温の物質が上部マントルにあふれるといった可能性を示します.そのようなことが起これば,地表での火成活動は活発になり世界中で火山噴火が起こるかもしれません.その結果大気中に大量の火山灰がまき散らされ,気候変動などを起こし,ひいては生命の進化などにも多大な影響を及ぼす可能性があります(たとえば,6千万年前に起こった恐竜の絶滅は巨大隕石の衝突が引き金となって大気中に飛び散った塵が太陽光を遮断して起きたという説がありますが,同様なことを引き起こすメカニズムは地球の内部にも存在するということです!).

このようにマントルを構成している物質の相転移というありふれた物理現象が,地球の歴史のリズムを作っていると考えられています.

図10 マントル対流シミュレーションとその解釈.マントル遷移層に溜まったスラブが引き起こす大事件.低温塊(緑部分・黒いところ)の落下が高温塊(赤部分・影のところ)の上昇を引き起こす.

参考図書: 

川勝均編「地球ダイナミクスとトモグラフィー」,朝倉書店(2002年)

丸山茂徳,磯崎行雄「生命と地球の歴史」岩波新書(1998年)