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2005年 東京大学地震研究所一般公開 実験講義「実験で再現する火砕流発生のなぞ」

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実験講義「実験で再現する火砕流発生のなぞ」

地球ダイナミックス部門 小屋口剛博

 

今,目の前で爆発的な噴火が起こり,火口から噴煙がモクモクと上がってきたとします.この噴煙が,そのまま上昇するのか,それとも,高温の火砕流として斜面を駆け下ることになるか?それを知ることは非常に重要なことです.高層大気まで上昇して十分に冷却した噴煙から火山灰が降下するのと,高温の火砕流が直撃するのでは,被害の規模や性質が全くことなるからです.1902年,西インド諸島マルチニーク島のプレー火山の噴火では,火砕流が麓の町を直撃しおよそ2万8千人の住民の命が瞬時に奪われました.今回の実験講義では,この「火砕流発生の謎」を明らかにしたいと思います.

 

謎を解くキーワードは「大気中の浮力」です.私たちは普段,大気の重さをあまり意識していません.しかし,大気には1立方メートルあたりおよそ1kgの重量があります.大気中のあらゆる物体は,私たちがお風呂の中で体験するような「浮力」を感じています.すなわち,大気よりも密度が小さい物は浮力のため上昇運動し,密度が大きいものは下降します.爆発的噴火で噴煙が高層大気まで上昇するのは,噴煙が大気よりも軽いからです.そして,火砕流が斜面を駆け下るのはそれが大気よりも重いからです.噴煙のダイナミックスを支配するのは,このような単純な物理なのです.それでは,なぜあるときには火山噴煙は大気より軽くなり,あるときには重くなるのでしょうか.

 

なぜ噴煙はモクモクとした形をしているのか?

本題に入る前に,実際の火山噴煙と火砕流を観察してみましょう.図1と図2は,それぞれ1980年のセントへレンズ噴火の際に生じた火山噴煙と火砕流の写真です.図1では火口から直接上空に噴煙が上昇しているのに対して,火砕流は斜面を流れている様子が分かります.さらに噴煙の形を細かく観察すると,表面がカリフラワーのような形状をしていることが分かります.ビデオなどでモクモクした煙の動きを観察すると,一つひとつが回転運動をしていることが分かります.つまり,カリフフラワー状の噴煙は大小さまざまな渦の集合なのです.大気中に勢いよく噴出した噴煙は,これらの大小さまざまな渦の運動によって,大気と混合します.この渦による大気との混合が,噴煙が大気より重くなるか,軽くなるかを決定する上で重要な役割を果たします.

 

噴煙の密度

それでは,爆発的な噴火で噴出する噴煙の密度を推定してみましょう.図1のような噴煙の中身は,極細粒なマグマの破片と火山ガス,そして,渦によって取り込まれた空気です.元々マグマ中にはおよそ数重量%の揮発成分(主にH2O)が含まれており,噴出時には,その揮発成分が水蒸気を主成分とする火山ガスとなります.数重量%と聞くと,随分少量だな,という印象をもつかもしれません.しかし,1気圧下での噴煙の構成物質について,その体積の割合を見ると,99%以上は,膨張した火山ガスによって占められています.一方,重量の殆どは,細かいマグマの破片が担っています.爆発的な噴火で火口から噴出した直後の噴煙(火山ガスとマグマの破片の混合物)の密度は,「膨張した火山ガスを含む効果」と「高密度のマグマの破片を含む効果」という2つの効果の兼ね合いで決まっています.実際に,その値を計算してみると,液体状態のマグマの数百分の1,大気の数倍程度の密度の値を持っていることが分かります.

図1図2

図1(左):1980年セントへレンズ噴火における火山噴煙(USGS提供).

図2(右):1980年セントへレンズ噴火における火砕流 (USGS提供).

図1や図2のような写真は,インターネットから手に入れることができます.

http://vulcan.wr.usgs.gov/Volcanoes/MSH/Images/MSH80/

 

興味深いことは,このような高温の火山ガスとマグマの破片の混合物中に,さらに空気が混合した場合,その混合物の密度が著しく減少することです.その理由は,マグマが高温(およそ摂氏千度)であることにあります.高温・高密度の噴煙に低温・低密度の空気が混入すると,マグマの熱によって空気が温められ膨張します.そのため,全体の密度が元々の空気の密度よりもさらに小さくなるのです.今,横軸に,空気の混入率(重量%)縦軸に混合物の密度をとった図を描くと,最小値をもつような曲線になります(図3).この中間に最小値をもつような混合比と密度の関係が,火砕流が発生するか,噴煙として上昇するか,という運命の分かれ道を決めています.

 

火砕流発生の謎

ここまでの話を整理して,爆発的な火山噴火において,噴煙の密度がどのように変化するか予想してみましょう.爆発的な噴火が起こると,火口から勢いよく火山ガスとマグマの破片の混合物が噴出します.先に計算したように,この段階では,この混合物は,周囲の大気より重い状態にあります.そのため,噴煙の上昇運動は急減速します.一方,図1の写真で示されるように,噴煙は,上昇途中に,乱流の渦によって空気を混合します.混入した空気は,マグマからの熱によって膨張し,噴煙の密度は減少します.もし,噴煙の上昇運動が止まってしまう前に空気を十分に取り込むことができれば,噴煙は周囲の大気より軽くなります.その場合,噴煙は大気中を浮力で上昇してゆくことができます.一方,火口周辺で空気を十分に取り込むことができなかった場合,大気より低密度になる前に上昇運動が止まり,ちょうど噴水のように下降運動に転じてしまいます.このときは,高温の噴煙が地表を流れ下ることになります.これが火砕流です.

火砕流発生の実験

ここまでの説明で,火山噴煙が上昇するか,火砕流になるかという謎を解く鍵が,図3の大気の混入率(重量%)と混合物の密度の関係にあることが理解できたと思います.この図3の関係は,我々の日常的な感覚からすると,かなり不思議な性質です.例えば,水と食塩水を考えましょう.高濃度高密度の食塩水を水で薄めると低濃度の食塩水ができます.この低濃度の食塩水は,密度でみても水と食塩水の中間的な値を持ちます.世の中の殆どの混合物や溶液は,食塩水のように「重いものが加われば混合物は重くなり,軽いものが加われば混合物は軽くなる」という単純な関係が成り立っています.火砕流発生の謎に迫るために,この混合物の密度の不思議な性質に注目した実験をしてみましょう.

 

火砕流発生の謎を実験で再現するためには,混合物の密度が最小値をもつような特殊な性質をもつ物質の組み合わせを探さなければなりません.混合物の密度が最小値をもつ物質を用いて実験することは難しいのですが,幸いなことに,混合物の密度が最大値をもつような物質の組み合わせは,比較的簡単に手に入れることができます.日常生活でも使うアルコール(エタノール)と不凍液(エチレングリコール)の混合液(EEGと呼びます)と水を混合すると,EEGの濃度が数十%のところで密度が最大になるという不思議な性質があることが知られています(図4).この物質を使うことによって,火砕流発生の鍵となる物理過程を実験室でそのまま再現することができます.ただし,混合物の密度が最小値ではなく最大値をもつので,運動も上下逆さまにしなければなりません.つまり,図5で示したような「上下逆さま噴煙実験」によって,火砕流の発生を再現します.

図3図4

図3:空気と噴煙の混合比(噴煙の重量分率)   図4:水とEEGの混合比(EEGの体積分率)

と混合物の密度の関係.             と混合物の密度の関係.

 

この実験では,水が大気の役割を果たします.水を満たした水槽の上方から,EEGを注入します.EEGの密度は小さいので,水と混合しない状態では,水面に沿って広がってしまいます.これが「逆さ火砕流」の状態です.乱流状態でEEGを注入し,多量の水と混合すると,混合物の密度はその最大値付近で水の密度よりも大きな値を持ちます.その結果,EEGと水の混合物は,水槽の底面にむかって降下します.これが「逆さ噴煙」の状態です.同じ物質が注入された場合でも,注入の仕方(「噴火の勢い」)や注入口の大きさ(「火口の大きさ」)によって混合比が変わり,ある条件では「噴煙」になり,ある条件では「火砕流」になることが分かります.

この実験講義では,混合のメカニズムや混合比率による密度の変化が,逆さ噴煙や逆さ火砕流の運動にどのような変化を与えるのかじっくり観察し,火砕流発生の謎について考察します.実際に,私たちは,このような実験結果に基づいて,噴煙と大気の混合比率を決定する物理を理解し,それに基づいて爆発的な噴火で火砕流が発生する条件をコンピュータで予測する数値モデルを開発しています.講義では,それら数値モデルの結果も紹介して,このような実験がどのように役立てられるのか考えてゆきたいと思います.

図5

図5:上下逆さま噴煙の概念図.

(注:この図で用いた写真の実験は食塩水と水を用いた実験で,EEGを用いていません.)


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