4-3 海半球ネットワーク計画

 

4-3. 海半球ネットワークによる地球内部の構造とダイナミクスの研究

 

 本研究は,平成8年度〜13年度に実施した科学研究費補助金新プログラム(創成的基礎研究経費)「海半球観測ネットワーク:地球内部を覗く新しい目」を継承・発展させるものである.「海半球計画」では,西太平洋を中心とする地域に地震・地球電 磁気・測地からなる総合的地球物理観測網(海半球ネットワーク)を展開し,従来最大の観測空白域であった広大な海洋底から直接地球の中を覗き込むことを可能にした.ネットワークの建設およびそこからの観測データの解析による研究の第一段階は 終了し,ネットワークによる長期観測の継続と固体観測ネットワークを補完する長期機動観測により,地球深部に関する研究をさらに拡大・発展する第二段階に入った.当面,観測網の維持とデータの管理および公開は,固体地球統合フロンティアと地震研究所の共同研究の形をとり,機動観測の実施やデータ解析なども含めた研究計画の実施は地震研究所の特定共同研究(共同利用の項参照)として全国共同で推進する.将来には全国の関連研究機関の参加によるコンソーシアムを形成し,長期的に継続可能な体制を整える予定である.引き続き,平成9年度に発足した地震研究所海半球観測研究センター(部門・センター紹介の項参照)は,この研究計画を全国共同で推進するための拠点的役割を果すことになっている.

以下,これまでに得られた成果の概要を報告する.

 

4-3-1.観測網建設

 

 海半球ネットワークは,地震観測網・地球電磁気観測網・測地観測網からなる.現在までに陸域の広帯域地震観測点,電磁気観測点,GPS観測点,超伝導重力計観測点は当初予定通り,ないし当初予定を越えて建設が進んでいる。また,最も困難が予想された海底観測点に関しても予定どおり建設が完了した.観測網についてはセンター紹介の項に表にまとめ図示した.この観測網は海外の大学や研究機関と共同で運営している.今後は,この観測網を基盤として,国際フィールド地球物理の分野で共同研究を推進してゆきたい.

 

4-3-2.観測システム開発

 

 OHP計画では観測網建設に必要なシステム開発が重要な課題となっている.以下,開発したシステムを列挙すると,a)海洋島標準地震観測システム,b)陸上広帯域 地震機動観測システム,c)海洋島標準地磁気観測システム,d)海底孔内地球物理観測システム,e)機動的海底地震観測システム,f)海洋底電磁気観測所,g)海底地殻変動観測システム,h)海底地殻熱流量観測システム,などである.d)につ いては次項の海底孔内計測実験で紹介する.以下,その他について抜粋して開発状況等を述べる.

 海洋島標準観測システムについては既に開発を終え,すでに7カ国11観測点で実用に供している.

 海外での広帯域地震観測に適した高可搬性,高操作性,低消費電力の特性を持つ陸上機動観測システムを開発した.このシステムを,中国では199810月から4地点 に、またベトナムでは20024月から6地点に設置し,海半球ネットワークを補完する機動観測を実施している(後述,4-3-7).

 海洋島標準地磁気観測システムを開発し,太平洋地域の9か所の観測点に設置して長期連続観測を行なっている.これは,高感度かつ長期的に安定な地磁気観測を行なうことを目的に開発したものである.装置の長期的な安定性を確認するた めに,1台の装置を用いて3年間の試験観測を1998年から実施した.その結果,地磁気3成分のドリフトは年間5nT以下であり,当初の目標を充分達成していることがわかった.

 広帯域地震観測を広大な海域でも多点展開するため,機動的海底地震観測システムとして自己浮上型の長期広帯域海底地震計(BBOBS)を開発し(図1),1999年より 図2に示す地点で観測を開始している.図3に示すような記録が取れており,この実績を基に仏領ポリネシアでの海陸合同地震観測などを2003年からIFREE/JAMSTECと共に実施している.

 水深の浅い海域で地殻熱流量を測定すること,及び海底堆積物中の間隙水の流動とその時間変動を捉えることを目的として,堆積物中の温度分布と間隙水圧勾配を長期計測する装置の開発を進めてきた.温度計測装置は既に実用段階にあって最長10か月間のデータが得られており,海底水温変動の影響を補正して熱流量を求めることにも 成功した.間隙水圧については,海底での計測・設置・回収の技術をほぼ確立できたため,長期計測試験を実施している.

 

図1.自己浮上型長期広帯域海底地震計(BBOBS)の外観.

 

図2.BBOBS (星印)および海底孔内観測点()の配置図.陸上観測点は三角で示されている.

 

図3.北西太平洋(NWPAC1)と三陸沖(SRK1)に設置したBBOBSで得られた,19999 2017:47:19(UTC)に台湾で発生した集集地震(Ms7.6)の記録.SRK1は日本標準時刻.

 

4-3-3. 海底孔内長期観測

 

 近年,海洋底における広帯域長期地震観測において,海底掘削孔にセンサーを設置することが,もっともよい観測環境を与えることがわかってきた.また,歪や傾斜を計測するためには,岩盤にセンサーをしっかりと固定する必要があり,掘削孔への設置が望まれる.これらの観点から,OHP計画では,観測網の海底リファレンス観測点として,掘削孔内観測点を設置することが計画され,システムの開発,陸上におけるボーリング孔への設置実験などの準備を進めてきた.これらの経緯を経て,国際深海掘削計画(ODP)により,1999年に三陸沖に海底孔内地球物理観測点(JT-1JT-2)の設置を,2000年および2001年には,それぞれ北西太平洋海盆(WP-2)および西フィリピン海盆(WP-1)において海底孔内広帯域地震観測点の設置に成功した.その後無人潜水探査機による観測システムの起動を行った.

 西フィリピン海盆WP-1の観測システム概要を図4に示す.センサー群は孔底に設置され,セメントにより固定される.信号はケーブルによって,海底に導かれ,海底にはシステムを動作させる電池とデータを記録するレコーダが置かれる.センサーはJT-1JT-2では,歪計,傾斜計,広帯域地震計2種であり,WP-1WP-2では,広帯域地震計2台である.観測所の保守は,無人潜水探査機により行うために海底におかれた各ユニットは水中脱着コネクタにより,データの回収・レコーダ再設置が可能である(図5).これらのデータ回収・システムのメインテンスは,地震地殻変動観測センター・海洋科学技術センター深海研究部と共同で行っている.

 20032月現在,WP-1観測所からは約半年間,WP-2からは1年間以上のデータが回収されており,観測を継続中である.また,JT-1及びJT-22002年から観測を開始した.長期観測のデータから,海底孔内は,地震観測には十分な程度に地震学的ノイズが小さく,またノイズレベルの時間的変動もほとんどないことがわかった.また,20023月からは,WP-1WP-2で同時に観測を行っている(図6).

4WP-1における海底孔内広帯域地震観測システム全体の配置図.他の観測点のシステムもほぼ同様である.

 

5.海洋科学技術センター無人潜水探査機「かいこう」から見たWP-1観測所のデータレコーダ交換.2002106日撮影

 

6WP-1WP-2で同時観測した地震記録例.200242616時から1時間分の上下動記録.フィルターはかけていない.上がWP-1観測点の,下がWP-2観測点の記録.

 

4-3-4.西太平洋域GPS観測

 

 1995年頃からスタートした,西太平洋からアジアにかけての地域におけるGPS連続観測網の建設により,これまでに10点以上の新観測点を建設すると共に,他機関・プロジェクトによる観測点とあわせ,同地域に大きな観測網を建設することができた.連続観測網はこの地域のテクトニックな変位速度場を概括的に明らかにしたうえに,特にプレート境界域のテクトニクスに関連した臨時GPS観測のための基準点としても利用されつつある.

 図7は地震研究所が中心となって実施した連続観測網と臨時観測の成果を集大成したものである.太平洋プレート,フィリピン海プレートの運動が精密に求められているのをはじめ,これら海洋プレートの沈み込む領域での島弧の背弧拡大などが明らかにされつつある.また,フィリピン海からインドネシアに至る島弧地域や北海道からシベリアにかけての地域においても他大学との共同観測研究によりプレート境界地域の変位速度場が次第に明らかになりつつある.一方中国大陸では,インド大陸の衝突に伴う大規模な変形が次第に明らかになりつつある.

 西太平洋からアジアにかけての地域は,地球上でもっとも複雑かつ興味深い変動が進行しており,より詳しいテクトニックな変形を明らかにして地殻・上部マントルのダイナミクスを解明するため,さらに観測点の建設を進めている.また,GPS観測が大気や電離層の研究に重要であることを考慮し,関連研究者グループとの共同研究も進めている.

7. 西太平洋GPS観測網(WING)とユーラシア安定地塊を基準とした変位速度ベクト ル.黒矢印:連続観測点における変位速度,白抜き矢印:繰り返し観測による変位速 度,黄色矢印:プレート運動モデルからの推定値.なお,設置してから日が浅い観測 点やデータが不足している観測点は除いた.

 

4-3-5 海半球データセンター

 

海半球データセンターでは, 引き続き海半球ネットワークデータの編集及び公開を行っている. また広帯域地震データに対しては,海半球プロジェクトを通じて開発されたNINJAシステムを用いて, 日本・台湾・米国のデータセンターのデータを統一的なインターフェースを用いて提供している. これらのデータセンターの運営は, 海洋科学技術センター固体地球フロンティア研究システムとの共同で行っており, 今後も緊密な協力体制のもと運営を続ける予定である.

 さらに最近では, 海半球ネットワークのオンライン化の検討を始めた.  近年のインターネットの世界的な普及から, 海外の観測点に対してもオンライン化を検討すべき時代となった. 我々はBoulder Real Time Technologies 社製の Antelope の導入を検討し,現在評価を行っている(図8.

 またデータロガーもオンライン化に対応した Quanterra 社製の Q330への入れ替えを検討しており, 他社製のデータロガーとの性能比較等を行っている.

8 Antelope の操作画面.

 

4-3-6 海半球観測網データ解析による最近の成果

 

<地震・電磁気トモグラフィーから求めた太平洋下マントル遷移層の温度異常分布>

地球内部の地震波伝播速度と電気伝導度は何れも地表の観測から推定可能な物性量であるが、温度など地球内部環境に対する依存性は互いに大きく異なる。このため地震波速度異常分布と電気伝導度異常分布の知識とを合わせれば、地球内部の状態は、はるかによくわかるようになると考えられる。本研究(IFREE/JAMSTECとの共同研究)はそうした方向への第一歩として、地震波トモグラフィー(Fukao et al., 2003)により得られた地震波速度異常分布と電磁気トモグラフィーにより得られた電気伝道度分布(Koyama, 2001)とをそれぞれ温度異常分布へと換算し、その整合性を調べたものである。地震波速度から温度への換算にはKarato(1993)の半理論的換算式を用い、電気伝導度から温度への換算にはXu wt al. (1998)の実験結果を用いた。第9図は深さ500kmにおけるP波速度異常分布を示す。ハワイの低速度異常と西太平洋高速度異常が目立つ。第10図は、ハワイと西太平洋を結ぶ2つの測線(Japan測線及びPhilippine測線)に沿った深さ300kmから1000kmの温度異常断面図である。全く異なるデータと全く異なる換算式を用いたにも拘らず、ハワイの下は200-400度の高温異常、西太平洋の下は200-400度の低温異常となっており、両者の整合性は著しい。

 

<広帯域波形インバージョンによる全マントルS波速度構造推定>

海半球ネットワーク計画は観測点密度が希薄であった海域に精力的に観測点を展開する計画である. 我々は海洋下の構造をより正確に求める解析手法を開発し, この手法を海半球広帯域地震計ネットワーク及び既存の広帯域地震計ネットワークのデータに適用した.

 我々の解析手法の特長は以下の2点である.

(1) P波到達時刻など, 地震波形データから抽出された一部の情報を使うのではなく, 波形データそのものをデータとして用いることにより, 地震波形に含まれるすべての情報を使うこと.

(2) 適切なデータの重みづけを行うことにより, 海洋下の(震源—観測点分布の偏りから, 解像度カーネルが特定方向に長く伸びていて)ひずんだ構造モデルを改善していること.

 この手法を応用し, 全マントルのS波速度構造推定を実施した.得られた上部マントルの構造モデルを図11に示す.

 比較のため, 上記の重みづけ手法を使わずに得られたモデルを示す.我々の重みづけを行った場合は, 海嶺の分布と低速度異常の分布が良く一致しており, 我々の解析手法の有効性を示している. 今後地球シミュレーターを活用し, 大規模計算を通じて大量データを解析することにより,海洋下のダイナミクスに新たな制約を与える予定である.

9:深さ480-550 kmにおけるP波速度異常分布(Fukao et al., 2003). 高速度・低速度異常がそれぞれ青と赤で色分けされている。第2図のトモグラフィー断面図はP測線とJ測線に沿ってのものである。

 

10:(a)地震波トモグラフィーから推定したハワイー日本を横切るJ測線に沿った深さ300-1000 kmの範囲の温度異常分布図。(b)電磁気トモグラフィーから推定したJ測線に沿った深さ350-850 kmの範囲の温度異常分布図。(c)地震波トモグラフィーから推定したハワイーフィリピンを横切るP測線に沿った温度異常分布図。(d)電磁気トモグラフィーから推定したP測線に沿った温度異常分布図。

 

11 我々の重みづけ手法を用いた場合(sensitivity weighting)と用いなかった場合(momoment normalization 及びno weighting)に対する上部マントル(Moho-310km)のS波速度構造モデル

 

4-3-7.海半球ネットワークを補完する海陸機動観測

 

 海半球ネットワークを補完し,地球深部構造や外国における特徴的な地球物理現象を解明するため,各地で地震,地球電磁気の機動観測を実施している.最も大規模なものは,西太平洋から中国大陸に至る長基線の地震・地球電磁気観測である.また,これ以外にも,各地でそれぞれの科学的な目標を掲げて機動観測を行っている.

 1999年〜2000年にかけて,西太平洋から中国大陸に至る,いわゆるマントル下降流地域の構造を詳しく調べる目的で,図12に示すような中国大陸からフィリピン海を横断する測線による地震・電磁気海陸機動観測を実施した.海底観測は,低消費電力で稍広帯域の特性を持つPMD社製のWB2023Lとチタニウム製耐圧容器を用いて新たに開発した長期海底地震計(LTOBS)15台と,海底電磁気計(OBEM)6台を用いて,199911月(設置)から2000年7月(回収)までの約8ヵ月間にわたって行なった.LTOBSではPDEカタログから選んだ震央距離70度以内・Mb5.5以上の地震は充分なS/Nで記録されていることを確認した.現在までに,IFREEと共同し表面波とレシーバー関数の解析を行い,これまで独立して解析することが出来なかったフィリピン海の深部構造が明らかになりつつある.OBEM3成分の地磁気と2成分の電位差変化を1分毎測定する.すべての装置が回収され,ほぼ全観測期間にわたって良好な電磁場変動の記録が得られた.同じ期間に,中国地震局分析預報中心と共同で中国において広帯域地震計を4観測点に設置する臨時観測を開始した.これらの観測データと海半球ネットワークや他のグローバル観測網のデータを併せて解析し,最終的には地震学及び電磁気学的モデルの融合を図り,より確からしい西太平洋領域のマントル構造モデルを構築する予定である.

 海底電磁気観測は,この他にも毎年日本周辺海域において長期(数カ月〜1年)の機動観測を海底電磁力計(OBEM)を用いて実施している.平成12〜13年度にはマリアナ海域で,上記と同様に海底地震観測と並行して平成13〜14年度にかけては日本海で観測を行っている.OBEM3成分の地磁気と2成分の電位差変化を1分毎に測定する.

 中国東北地方の吉林省および遼寧省では,日本国内で実行中のネットワークMT観測と同様の電話回線を用いた地電位差変化観測を,中国地震局地質研究所との共同で行なっている.この地域は,大陸性の活発な火山活動があり,その地下構造との関連も注目される.この観測は,今後も対象を周辺地域に広げて継続する.

 ベトナムでは2002年3月より6地点でベトナム地球物理研究所と共同で広帯域地震アレー観測を開始した(図13).この観測における我々の目的は地球最深部構造の解明である.ベトナムは南米の深発地震帯の対蹠点にあたり,地球最深部を通過してくる微弱な地震波をフォーカシング効果で観測でき,内核境界,核・マントル境界付近の構造を推定するのに貴重な観測データが取得できる.地球の裏側で地震活動が活発な地域は非常に限られ,ベトナムはこの種の観測には極めて有効なフィールドである.

 これまでの観測波形からすでにいくつかのPKP波のトンネル効果波も観測されており,今後データの蓄積を待って,これまで余り使われてこなかった情報を用いて地球深部構造に新たな知見が得られるよう努力したい.一方,ベトナム側は中国雲南省からベトナムのトンキン湾に続く紅河構造帯のテクトニクスの研究を望んでいる.今後も協力体制をとりながら,双方の科学的な目的を追求し,双方に実りある共同観測に育ててゆきたい.

12.フィリピン海の海底観測点と中国における地震観測点の配置.

 

13.ベトナムにおける広帯域地震観測点(▲)と周辺地域の広帯域地震観測網の観

測点(●)

 

 

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