4-8. 三陸沖プレート境界の地震学的性質の解明

 

千島海溝,日本海溝,南海トラフ,日向灘,南西諸島海溝沿いには過去巨大なプレート境界型の地震が発生して来たがその発生メカニズムは良くわかっているとは言い難い.第8次地震予知計画においては地震学的手法を用いプレート境界面付近の物質と物性の場所による違いを明らかにすることによって,地震発生のメカニズムの詳細を明らかにしようとしている.この観点から海域において海底地震計を用いた観測を行ってきた.

三陸沖は陸上の観測から微小地震活動が詳細にわかっている場所である.三陸沖の38゜40´N〜39゜N,および39゜10´N〜39゜20´Nにかけては東西約100kmの幅にわたって過去数十年の間地震活動が極端に低い場所(地震活動空白域)がある.この場所が次の巨大地震の震源域となるのか,それとも大地震を起こさずずるずるすべることよって沈み込みによって生じるひずみを解消しているのかを明らかにするために,1996年ここにおいて海底地震計・制御震源(火薬,エアガン)による地震構造調査を行った.東経143゜線にほぼ沿った人工地震観測データを用いた走時インバージョンによって,プレート境界は海底下深さ約10kmにあり,プレート境界面は南北にそれほど凹凸がないことがわかった.しかしこのプレート境界面で反射したP−P反射波の振幅は南側では大きく北側では小さいことがわかった.詳細に見ると,このプレート境界面からの反射波の強弱は地震活動と密接な関係があり,地震空白域では大きく,微小地震活動が定常的に見られる場所で小さいという相関があることがわかった(藤江他,2000;Fujie et al., 2002)

走時インバージョンの許容範囲でかつ反射強度の強さを説明するには,プレート境界面付近に厚さが200〜300mより薄く,Vpが3〜4km/s程度のものが必要であることが示唆された.このような低速度の物質は力学的強度も小さく,沈み込みに伴うひずみを安定すべりによって解消できると考えられる.安定すべりが起きておれば,地震活動は極端に低いことになる.このような性質を持つ物質として多量に水を含んだ岩石か粘土鉱物,蛇紋岩などの含水鉱物が示唆された.

しかし1996年の観測は一本の測線に沿った結果であり,東西100kmの幅の地震空白域全体に対しても同様な性質が有るのか断定することはできない.この様な空間的に広がるプレート境界面の物理・化学的な性質を知るため2001年海底地震計とエアガンによる調査を行った.図1は観測測線の位置と東北大学によって決められた1975年〜2000年の間の深さ100km,M>3の地震に対する震源分布示している.図2aは測線3にほぼ沿った縦波速度構造であり,図2bは39゜Nにおける東西測線に対する縦波速度構造(Fujie et al., 2000)である.7本の測線に沿って得た海底地震計の記録断面の一例を図3に示す.プレート境界からの反射波に対する理論走時は緑色で示されている.

観測された波形は震源の強さ,幾何学的減衰,入射角,地震計の応答などの影響を受ける.入射角の影響とプレート境界の物性の違いによる効果を見るため理論波形を計算した.図4は図2の南北測線のP波速度構造にほぼ近い水平成層を用い,プレート境界にVp=2km/s,Vs=0.8km/s,厚さ100mの薄い層と置き,妥当なQ構造を仮定して求めた理論波形である.垂直入射でなければ入射角の影響はそれほどないことがわかる.また,この計算例の場合観測波形に近いものが得られることがわかる.

図5は震源の強さ,幾何学的減衰の補正を行い,反射点までの走時を補正して得られた反射走時補正記録(Move-out Record Section)である.ここでは観測走時からプレート境界反射点までの走時を引き,反射点の位置に観測波形を配置したものである.通常の物理探査における反射記録と同様に見ることができる.0秒はプレート境界に相当する.測線3のどの海底地震計に対しても反射波が観測されるが,反射強度は場所によって変化している.これらから総合(composite)反射走時補正記録を作ったものが図6である.この測線では南(左)側ほど反射強度が高い.

測線3−7の反射強度の結果と震源分布を比較したものを図7に示した.これからわかるように,1996年の結果と同様,地震空白域ではプレート境界からのP波反射強度は大きく,震源が密なところでは反射強度は低い.理論波形による結果と総合すると地震空白域のプレート境界にはVp〜3−4km/s,Vp/Vs>3の物質からなる厚さ100m程度の層が有りそうである.このような物質があると力学的強度の低下のために地震を起こしにくいだろう.

図1:測線1(東)〜測線7(西)の位置と1975年から2000年のM>3,深さ100km以浅の震源分布.

 

図2:(a)測線3にほぼ沿ったP波速度構造,(b)北緯39度の東西測線のP波速度構造(藤江他,2000).

 

図3:測線3上に位置するOBS13(a)とOBS15(b)によって観測された上下成分の地震波記録断面.緑の線は図2に示した構造から期待されるプレート境界に対するPP反射波の理論走時.縦軸は8km/sで正規化した走時.横軸は海底地震計からショット点までの距離.

 

図4:測線3にほぼ相当する平行層を仮定した理論波形と理論走時.横軸は距離,縦軸は8km/sで正規化した走時.プレート境界からのPP反射波は初動のすぐ後に到達している.

 

図5:3つの地震計(▼)に対する測線7(もっとも西側)に沿った反射走時補正記録(反射波に対する走時を引いたもの).縦軸は反射走時補正時間.横軸は反射点の位置.縦軸の0秒はプレート境界に相当.上方向が海底方向.

 

図6:3台の海底地震計を総合して作った総合反射走時補正記録.縦軸は反射走時補正時間,横軸は反射点の位置.縦軸の0秒はプレート境界に相当.上方向が海底方向.

 

図7:反射強度と地震活動の関係.赤の部分が強い反射強度に相当.その部分で地震活動が低い.

 

 

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