6-5) 地震予知研究推進センター

 

 平成6年6月の地震研究所の改組に際し新設された地震予知研究推進センターの役割は,基礎研究に責任を負う大学が中心となって実施すべき地震予知に関する全国的共同研究プロジェクトや国際共同研究の推進にある.また,当センターには平成12年より,地震予知研究の全体計画の取りまとめを担う地震予知研究協議会企画部が置かれている.本センターが中心となって実施している共同研究等は本冊子の他項目で紹介されているので,ここでは企画部を紹介し,あわせてセンター教官が独自に実施している研究を紹介する.

 

●地震予知研究協議会・企画部

 

1 .地震予知のための新たな観測研究計画

平成10年8月に,測地学審議会から『地震予知のための新たな観測研究計画の推進について』が建議され,平成11年から15年度まで観測研究計画が実施された.「全国共同利用研究所と各大学の地域センター等で構成されるネットワークの強化」と「関連研究者が広く参加すること」の重要性が指摘され,地震研究所に,新体制の地震予知研究協議会が設置された(平成12年4月1日).

 

2 .企画部と計画推進部会

 新しい協議会は,地震予知研究計画全般を審議する「意志決定機関」と位置づけられた.計画の立案と実行を機能的に行うために,協議会の下に企画部と8つの計画推進部会が置かれた(図1).研究計画の進捗状況と結果の評価を行うためは,協議会とは独立の「外部評価委員会」が置かれ,平成14年に評価を受けた.企画部は地震予知研究の全体計画の取りまとめ,計画の進捗状況を把握するため常置の組織となり,4人の専任教官と1人の客員教官,1人の非常勤研究員,および,事務補佐員がこの任にあたっている.計画推進部会は,研究計画の実施にあたるとともに,研究課題ごとの実行計画を立て,企画部に提案する機能を持つ.

 

1.大学の新しい地震予知研究の体制.

 

3 .研究成果と次期計画の策定

企画部は,研究の進捗状況を日常的に把握するためにインターネット等を用いた調査や,各種ワークショップ,シンポジウムを企画・実施し,年度末には,成果報告シンポジウムを開催した.この議論の内容は,「13年度年次報告」としてまとめられ出版された.同時に企画部は,新年度の実施計画を調整し,研究の方向を提案している(図2).全国の地震予知研究者は,これに基づいてそれぞれの研究計画を立てて実施する.その内容は,随時,地震研究所のホームページ(http ://www.eri.u-tokyo.ac.jp/YOTIKYO/index.htm)を通じて公開されている.

近年の地震予知研究計画の進展によって,プレート境界で発生する地震の準備過程の理解が進んだ.とりわけ,プレート境界の状態には,固着,定常的なすべり,間欠的なゆっくりとしたすべり,地震時のすべり,地震後のゆっくりとしたすべりがあることが,観測的・実験的・理論的研究によって明らかになった.さらに,地震の発生する間では固着していて,地震時に大きなエネルギーを放出する領域(アスペリティー)が強震記録より観測的に推定されて,プレート境界にマッピングされつつあることは大きな成果である.

 地震予知研究協議会は,平成14年7月16日と9月17-18日に,2回の次期計画検討シンポジウムを開催し,全国の研究者が16年度以降の地震予知研究計画の方向を議論した.地震予知研究協議会・企画部は,次期地震予知研究計画でも,全国連携の研究計画推進の中核としての機能と果たしていく.

 

2.地震に至る地殻活動解明のための4つの研究の柱.

 

 

●個別研究

 

1.アスペリティと非地震性領域の棲み分けに関する室内実験

既往大地震の破壊過程の研究により,アスペリティは場所に固有であること,アスペリティと非地震性すべり領域とが棲み分けているらしいことがわかってきた.本センターでは室内実験と数値実験によりアスペリティと非地震性すべり領域との相互作用などについて調べているが,ここでは余効すべりに関する研究を記載する.

大型剪断試験機を用い,長さ1m,幅10cmの花崗岩の模擬断層面に摩擦特性の異なる領域を分布させ,すべり実験を行った.模擬断層面のうち,半分の50cmの領域に薄いテフロンシートを挟み非地震性すべりが起こるようにし,残り半分の領域は花崗岩どうしを直接接触させアスペリティ的に振る舞う(動的すべりが発生する)ようにした.断層に沿った多数の点で局所的な変位と剪断応力を測定した.アスペリティでの変位は図3のD1-D4に示されているが,固着すべりを起こしているのがわかる.非地震性すべり域では,アスペリティでの動的すべりにより応力が急激に上がり,それを緩和しながら顕著な余効すべりが起こっている(D5-D8).この非地震性すべり領域でも,アスペリティでの動的すべりに連動し地震時すべりを起こすが,地震時すべり量はアスペリティから離れるほど小さくなっている.また,ふたつのブロックをバネで連結し,ドライバーをゆっくり動かしていくモデルを使った数値実験でも,室内実験でみられたアスペリティと非地震性すべり領域の相互作用により余効すべりを定量的に再現できることを確かめた.

 

3.大型剪断試験機を用いた実験結果.剪断応力(左図)とすべり(右図)の時間変化.長さ1mの断層面のうち,半分の領域はアスペリティ(a-b<0)であり,固着すべりが起こっている(D1-D4).残りの半分の領域は非地震性すべり領域(a-b>0)であり,顕著な余効すべりが起こっている(D5-D8)

 

 

2.島弧地殻変形過程・活断層構造

 

 制御震源を使用した地殻および上部マントルの詳細な構造についての研究が,全国の大学・海洋科学技術センター・テキサス大学などとの共同で進められてきた.地殻構造探査は2001年には中部日本で,2002年には西南日本で実施されている.とくに2002年の西南日本の実験では四国下の地殻の詳細な構造が,中央構造線の浅層から深部延長も含め明らかになった(図4).

 

4.低重合反射法地震探査によって明らかになった四国下の地殻構造

 

 

 

3.電磁気観測と比抵抗構造

 電磁気観測を行うことによって,ピエゾ磁気,熱磁気効果,界面動電現象などを介して地下の応力,温度,流体の移動に関する情報が得られる.また,比抵抗は,特に地下の間隙流体の存在やそのつながり方に敏感な物理量である.そこで,本センターでは,電磁気観測や比抵抗構造決定のための共同観測を推進する一方で,観測量から地下の情報を抽出するため,各素過程の基本物理パラメタの決定,各素過程と観測量とをつなぐ物理過程の定式化を図っている.その一例として,図5に東北背弧で得られた比抵抗構造(5−2,図2参照)より推定した,地殻内含水量分布を示す.この推定は,従来の室内実験によって決定された岩石及び塩水の比抵抗−温度依存性,および地殻熱流量分布から求めた地殻温度構造に基づいている.微小地震発生域は,含水率が高い領域の上部に位置し,両者の関連が示唆される.このように,より確からしい情報を抽出するためには,今後,各種地球物理観測量を総合的に解釈することが必要となるであろう.一方,観測から得られる情報の高度化を図るため,新しい観測手法およびデータプロセッシング技法,3次元インヴァージョン手法の開発などを行っている.

 

5.東北背弧活動帯での2次元比抵抗構造(6−2,図2)より推定された地殻含水率の分布.微小地震震源分布(海野他,2000)を丸で示し,S波反射面とP波散乱体の分布(浅野,1998)をそれぞれ四角と星で示している.反射法から推定された地下の断層面(平田他,2000)と岩崎他(1999)による地震波速度構造をあわせて示している.

 

 

4.GPS観測と地殻ダイナミクス

 GPSを用いることにより様々な応用研究が可能である.最近は特に地殻変動の高速かつ高頻度の監視や,海面の位置計測などの要請からリアルタイムキネマティック(RTK)方式の導入が試みられている.本センターではRTK-GPSの応用としてGPSアンテナを海上に浮かべたブイ上に設置して津波を沿岸到達以前に捉えて防災に役立てようとするGPS津波計測システムの開発を日立造船葛Z術研究所と共同で行っている.図6は平成12年1月より大船渡市沖に設置されたGPS津波計の実験機である.また,RTKをより簡略に行うための仮想基準点方式(VRS)が導入されつつあることから,その精度検証と地殻変動研究への応用をすすめている.

 

6.大船渡市沖に設置されたGPS津波計.

 

 

 

5. 地震サイクルシミュレーション

 岩石摩擦実験に基づく摩擦構成則を用いて,プレート境界型大地震発生サイクルの数値シミュレーションを行っている.最近,GPS観測等からエピソディックな非地震性すべり(ゆっくり地震)が見つかっているが,これもシミュレーションで再現することができる.摩擦構成則によると,地震性すべりが発生するためには有限の断層サイズ(臨界断層長)が必要である.摩擦強度がすべり速度とともに減少する(すべり弱化)摩擦特性をもつ領域の長さが臨界断層長とほぼ等しいときにエピソディックな非地震性すべりが発生する.


 

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