p01

防災・環境問題の課題,「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」に関して,研究提案を説明します.


p02

最初に,我々が構想する「統合的予測システム」を説明します.​
地震・津波の,災害過程,被害過程,対応過程に対応し,理学,工学,社会科学の数値解析を連成した大規模シミュレーションを行うシステムを,「統合的予測システム」と考えています.​
ポスト「京」の計算能力の活用が必須の条件です.​
シミュレーションの具体的な対象は,理学では地震波と津波,工学では建築建物と社会基盤施設の地震応答,社会科学では避難・交通・経済です.これを受けて,理学と工学を対象とした「地震・津波の災害被害予測の実用化研究」というサブ課題A,社会科学を対象とした「統合的予測のための社会科学シミュレーションの開発」というサブ課題Bを考えております.​


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計画の概要を説明します.​
本申請では,「京」で開発中の地震・津波の災害被害の予測手法を,ポスト「京」の性能を活かす大規模化・高速化と機能拡張によって,予測システムに昇華することを目的としています.​
研究内容は,災害発生過程に関してはテラ自由度モデルの開発です.「京」ではギガ,すなわち10^9の自由度です.ポスト「京」では10^12,すなわちテラの自由度の詳細なモデルの解析を可能とすることを目的とします.このために,汎用的な超大規模有限要素法を開発します.被害発生過程では,「京」での建築建物に加え,社会基盤施設の数値解析を予測システムに実装します.そして,「京」では十分でなかった社会経済活動に関しては,交通・経済を対象とした社会科学の大規模シミュレーションの研究開発を行います.​
「単なる計算研究,単なる災害研究」,にするのではなく,ポスト「京」を活用するという計算科学の側面と,防災・減災に資するという地震・津波の科学の側面,この二つの側面から研究内容を考えております.​


p04

目標・期待される成果は,地震・津波の科学の側面を重視し,予測システムの基幹的な計算コンポーネントを社会実装し,行政等の災害被害評価に利用できるようにすることです.​
波及効果は計算科学の側面を重視します.capability computingに関しては大規模高速ソルバの開発を波及効果と考えています.マトリクス方程式の解法に使う大規模高速ソルバはテラ自由度モデルの解析を可能にします.また,高速ソルバの開発に関しては「京」の実績があります.capacity computingに関しては,社会科学のシミュレーションの障害となっている「次元の呪い」の解消,を波及効果と考えています.「次元の呪い」とは,変数の組み合わせで決まる問題では,変数の数,すなわち次元に対して,問題の規模が指数関数以上の速度で増加することです.ポスト「京」の計算能力を「次元の呪い」の解消の新機軸とすることを考えています.​
必要計算資源は,capability computingの基幹となるテラ自由度モデルに絞って算定しました.「京」でギガ自由度モデルの計算に100万ノード時間がかかります.これを参考に,「京」ではギガ自由度モデルを20回計算することで2,000万ノード時間,ポスト「京」では10ギガ自由度モデルを2モデル,各々1,000回の計算とすることで25日,を算定しております.​


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研究体制は,戦略課題分野3の研究体制を発展させ,開発と実用化に二分しました.また,理工学の他,社会科学の連携が必須となるため,東京大学地震研究所が代表機関になりました.
​ 開発に関しては,分野3の代表機関であったJAMTECは,引き続き,サブ課題Aの中心分担機関となります.社会科学のシミュレーションのサブ課題Bには,神戸大・京都大が新しい分担機関として加わります.計算科学の側面であるコード開発に関しては,戦略課題分野3の研究メンバーが共同機関として加わり,継続すべきものに絞ったコード開発を行います.また,都市情報の取集・分析のために東大生研にも新たに参加してもらいました.​
実用化に関しては,地震・津波の科学の側面を重視し,新たな組織の参加をお願いしております.具体的には,防災科学技術研究所,内閣府,名古屋大,三菱総合研究所,応用地質です.​


p06

研究計画は,「京」の蓄積があるサブ課題A,新規のサブ課題B,という点を考慮しています.​
サブ課題Aの調査研究・準備期間では,ポスト「京」をにらんだコードの大規模化・高速化という拡張を行います.本格実施では,テラ自由度モデル解析を中心に,南海トラフ大地震に関わる計算を実行します.​
また,サブ課題Aでは,統合的予測システムの実用化のために,調査研究・準備期間では社会基盤施設の地震応答解析の取り込みという拡張,本格実施では首都直下・南海トラフを対象に統合的予測の計算を行います.​
サブ課題Bでは,社会科学のシミュレーションに対して,「京」やポスト「京」の性能を活かすcapacity computingを実現することが重要です.調査研究・準備期間ではコードの分析・拡張,本格実施では,コード改良を引き続き行い,それと並行して南海トラフ大地震に関わる計算を実行します.​


p07

研究組織・計画の背景にある,HPCに関する他の防災プロジェクトとの本申請の関連を簡単に説明します.​
防災関連のプロジェクトはいろいろありますが,HPC系防災プロジェクトは限定的です.​
まず,大きく予測システムの開発に関わるプロジェクト群があります.この中で,戦略プログラムと本申請は,コード開発を目的とします.他のプロジェクトは,観測・モデル構築等の,システムの環境整備に関するものです.​
次に,システム利用として,予測システムの実行に関するプロジェクト群があります.中でも,全国展開に関しては,課題責任者が属する東大地震研究所が国立大学共同利用・共同研究拠点であることを利用し,全国共同利用研究の一課題として,複数の大学に予測システムの利用を進めています.来年度から開始される京大防災研との拠点間連携研究でも,予測システムの研究開発の課題が採択される予定です.​
この他,本年度から開始したSIPレジリエント防災課題に絡めて行政展開を考えております.このプロジェクトの7つのサブ課題の内,2つのサブ課題において,HPCを利用したシミュレーション研究開発が計画されています.適切なダウンサイズが必須ですが,2つのサブ課題に開発した計算コンポーネントを提供し,災害予測シミュレーションに役立てることを構想しています.​


p08

これから,サブ課題の内容を説明しますが,その前にポスト「京」を活用できる予測システムを開発するためには,二つの技術課題があることを説明します.​
capability computingの中核となる有限要素法では,「そもそも並列計算機に馴染まないこの数値解析法をどうチューンアップするか?」という技術課題があります.​
capacity computingに関しては,「多岐多様な数値解析を一つのシステムにどう取り込むか?」いう技術課題があります.​
この二つの技術課題の解決を,各々,サブ課題Aとサブ課題Bで行います.​
なお,実用化に関する技術課題として,「ポスト「京」以外のマシンへのプログラム移植可能性」が挙げられます.移植は容易ではありませんが,「京」向けにチューニングしたコードを,広義のco-designにより,ベクトル型やアクセラレータのマシンへ移植した実績がありますので,移植は十分可能,と考えております.​


p09

最初にサブ課題Aの研究内容です.​
「京」ではできなかった,不確実さを考慮した多数のシナリオにもとづく強震動・津波による被害予測を,ポスト「京」で実現することを考えております.​
このため,「京」で開発された計算コンポーネントこの高度化・増強を図ります.代表的な計算コンポーネントは,地震発生シナリオのRSGDX,波動伝播の非線形有限要素法GAMERA,そして津波のSPHとJAGURSです.​


p10

地震発生シナリオでは,海溝型巨大地震の発生パターンの再現性を高めた上で、初期条件・境界条件・モデルの不確定さを考慮し,1,000オーダーの地震のシナリオを提示できるシステムを開発することを考えております.すなわち,初期条件等を変えて,100年,1000年の地殻変動のシミュレーションを行うことで,プレート境界の破壊である地震シナリオを得るものです.​
「京」で開発したRSGDXをベースに,ポスト「京」でcapacity computingを行います.​
津波発生計算では,「断層運動による海底の急激な不連続変形に対する水塊の応答」を正確に計算することに挑戦します.100万単位コアでの並列化を目標とした、粒子シミュレーションの高性能な動的負荷分散技術の開発を考えております.​
「京」で開発した粒子シミュレーションである,SPH法等をベースにします.このSPH法は「京」でのフルノード計算の実績があります.​


p11

SC14のゴードンベル・ファイナリストに選出された,全京までスケーリングする,動的非線形有限要素法GAMERAは,ポスト「京」の統合災害予測システムの中核です.​
ソルバ開発を進め,更なる大規模化・高速化を達成することを目標としています.すなわち,テラ自由度モデルの数値解法となるよう,このGAMERAを進化させるのです.​
都市シミュレーションの地盤震動の計算はこのGAMERAによって行われます.地盤震動の計算結果は都市の構造物地震応答解析の基盤となります.​


p12

構造物地震応答解析では,多岐多様な数値解析手法が必要となります.これは,建築建物・社会基盤施設と二分しても,各々に,構造形式や材料の差に起因した解析手法の種別があり,要求精度もさまざまです.各構造に特化した耐震設計と要求精度に応じた多岐多様な数値解析が使われるのです.​
解析手法自体は,各々の構造物の専門研究者の協力を仰ぎ,借用することができます.しかし,都市の構造物の数は10万,100万のオーダとなるため,解析モデルの自動構築は,我々が行分ければなりません.自動構築では,利用できるデータの品質の検証と,自動構築される解析モデルの品質の確保が重要です.​
「京」で実績のある,建築建物解析モデルの自動構築のフローを示します.データそのものの他,中間データやモデルの雛形を使い,効率的かつ透明・平易なコードにすることを試みています.​
堅牢性・拡張性の高い自動構築とするためには,オブジェクト指向とアスペクト指向の活用が必須です.​


p13

解析モデルの自動構築の詳細を簡単に説明します.​
幾何形状のデータに関しては,計算幾何学の手法を使ってこれを解釈し,中間データに変換し,そして適切な解析モデルに変換します.​
構造形式・年代等の属性データに関しては,データを解釈し,場合によっては図からデータを抽出します.これを中間データに変換し,さらに,複数の中間データを地番等を使って関連付け,建物属性データとします.​


p14

サブ課題Bでの社会科学のシミュレーションでは,「京」での稼働実績がある避難シミュレーションを中心に説明します.​
避難シミュレーションは,解析手法としてマルチエージェントシステムを採用します.これは人のモデルであるエージェント,街区のモデルであるエンバイロンメントを使うコードです.​
構造物の被災によって避難経路が使えなくなる状況が考えられますが,このような状況での避難も計算できるコードが開発されています.​
エージェントの初期条件を様々に変えたcapacity computingを行うことで,避難で重点的に使われる経路を抽出し,その経路の重要性を定量的に示すこともできます.​


p15

「京」では,効率的な並列計算を行うため,解析領域の動的分割と計算ノードへのロード配分を重視しました.​
この分野では,2012年の時点で,世界最大規模の計算を実行しています.2000ノードまでであれば,ストロングスケールで90%以上の性能を出すコードです.​
なお,マルチエージェントシステムでは,多様なエージェントとエンバイロンメントを考えることが必須であるため,コードはC++を採用せざるを得ません.現状,この計算言語のサポートは必ずしも十分ではなりません.このため,「京」とポスト「京」では,2000ノード以下を使うcapacity computingを考えております.​


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交通障害のシミュレーションでは,交通関連シミュレータの開発が中心となります.​
これは,交通流モデルや需要生成モデルを組み合わせて,地震被害がもたらす都市全体での交通障害を計算するものです.​
このような交通障害の計算には,大きな技術的課題があります.被害状況は被害シミュレーションの結果が利用できるのですが,この他にもさまざまな要因があり,交通関連シミュレーションの多数のパラメータを一意に決定できない,という課題です.​
計算量は膨大になりますが,多数のパラメータを確率分布で記述し,Markov Chain Monte Carlo法を並列化し,効率的なサンプリングを実現し,交通障害を確率的に算出する,という解決策を考えています.この結果,capacity computingによって,交通システムの性能指標を確率的に算出することが実現します.​
すなわち,交通関連シミュレータは,交通障害の度合いを評価することと,影響が大きくなりうる障害を抽出することを目指すのです.​


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サブ課題Bの最後のシミュレーションは経済に関わる,被災後の社会経済の復興過程の分析です.これは全く新しい社会科学の課題です.次元の呪いのため,重要性は認識されつつも,未着手でした.​
この復興過程を,超多数ストックをもつ社会経済の動学的問題,として設定します.​
重要度やデータの利用可能性を考慮し,具体的な問題として,被災地の経済活動の停止が引き起す他地域の経済活動への影響評価,瓦礫が早期復旧の妨げとなる影響評価,復興地域間格差に対する経済活動の影響評価の3つを選択しました.​
超多数ストックの確率的取扱いを基に,capacity computingによる分析を試みます.​


p18

重点説明をいたします.最初に共通事項です.​
「京」の成果としては,理工学のシミュレーションの統合が挙げられます.理工学のシミュレーションがつながった点は国際的優位性があります.また,本申請の主要コードの一覧を示しましたが,該当する分野では確実に国際的優位性があるコードです.特にゴードンベルファイナリストに選ばれたGAMERAは特筆すべきと考えております.​
一方,「京」の課題としては,実際に防災・減災に資するための「システム化」が必要であると考えております.​
このため,ポスト「京」の成果として,複合災害統合的予測システムの開発,を考えております.​
また,ポスト「京」の新規性として,「次元の呪い」のため,重要性は指摘されつつも未着手であった「災害分野の社会科学シミュレーション」に取り組むことと考えております.​


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他プロジェクト等との連携に関しては,HPC系防災プロジェクトの関連で説明したことをまとめます.​
まず,共同利用研究・拠点間連携を利用した全国展開があります.これは,シミュレーションを介して,理工学・社会科学の地震・津波研究者の連携研究を進めるものです.​
次に,SIPレジリエント防災を利用した行政展開です.HPCを利用したシミュレーションの研究開発に,本課題で開発した計算コンポーネントの提供を行います.​
そもそも利活用を重視した研究体制を敷いたことも重要です.防災科研・内閣府等が共同機関として本課題に参加してもらっています.​
戦略プログラムとの違いに関しては,代表機関が戦略プログラムと異なるため,該当しないと考えております.敢えて説明すれば,社会科学シミュレーションの導入は新機軸と考えております.​


p20

次に個別事項です.​
最初は首都直下地震のシミュレーションの位置付けです.23区では,他プロジェクトで収集した優良な都市データが利用できます.都市の被害シミュレーションを実行し,統合的予測の検証に役立てる予定です.​
類似課題との仕分けは,別途,説明をいたしました.ポイントは,予測システムの研究開発という目的は共有するものの,本課題ではコード開発を重視する点です.「京」やポスト「京」で性能を出すコード開発は,少なくとも,我々にとって大きな挑戦です.本申請に余裕はありません.このため,他のプロジェクトの連携が重要で,他のプロジェクトにおいて予測システムの環境整備や全国展開・行政展開というコード利用に傾注します.​
開発する予測システムは,「京」にチューンアップされた部分が多く,他のマシンに丸ごと実装することはできません.そもそも本申請の統合的予測システムはHPCを重視したもので,現行の予測手法の代替となるためにはHPC以外のコンポーネントも必要です.このため,信頼度の高い計算コンポーネントの部分実装を選択いたしました.​


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実データとの比較による計算結果の確認,すなわち,validationは,コード開発の最重要事項の一つです.本申請では,まず,verification,すなわちコードにバグがないことを調べる検証を徹底します.妥当性の確認validationは適切な範囲のものとする予定です.データの入手が必須ですが,阪神淡路大震災・東日本大震災は,このvalidationの対象であり,地震・津波の科学の側面の研究として位置付けます.​
予測システムのリアルタイム利用は,戦略分野3の津波課題で目標となっております.継続して進める予定です.地震被害のリアルタイムシミュレーションは,SIPレジリエント防災と絡みますが,本申請で試行する予定です.​
避難シミュレーションの解析対象時間を1時間しているのは,重要度の高い津波避難を想定した上で,必要な計算リソースの算定を効率的に行うためです.なお,シミュレーション対象地域を通過する人・車があることを考慮すると,地震発生前から計算しなければなりませんし,津波が街区の奥に侵入して計算終了ということが自然です.1時間という計算時間はそれほど不自然ではない,と考えております.また,都市部の地震避難では,もっと長い時間にすることも考えられます.​


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観測データは,より良いモデル構築のために必須です.他の地球科学系の観測プロジェクトとの連携は,サブ課題Aの分担機関であるJAMSTECを中心に進める計画です.「京」でも連携の実績があります.​
統合的予測システムを真に有効なものとするためには,さらに多くの計算コンポーネントを取り込まなければなりません.既にご紹介しましたが,地震研全国共同利用や京大防災研との拠点間連携が,防災研究者の共同研究の場です.この場を借りて,ポスト「京」の計算に関わる研究者を増やす予定です.再掲しますが,これがコード利用の現状です.共同利用を介してコード利用の裾野を広げることも予定しています.​