新しい余震観測データに基づく2007年新潟県中越沖地震の地質学的解釈

 

佐藤比呂志・加藤直子(地震予知研究推進センター)

 

はじめに

 

 緊急余震観測によって、より精度の高い震源データが報告されている(余震分布のサイト)。これらの結果は、本震周辺の余震分布が北西傾斜を示すもので、初期段階で報告された震源分布と比べ異なる結果となっている。このため改訂された震源断層モデルに対して新たな地質学的な解釈を行う。

 

余震分布と地質構造の関係

 

 発震機構からは北西方向に50度で傾斜する断層面と、南東方向に40度で傾斜する断層面で発生した可能性があり、余震の稠密観測によれば本震を発生させた断層は、北北東-北東走向で西に50度傾斜した面と推定される。北西傾斜の逆断層の場合、この断層の動きは本震よりも東側の地質構造・活構造に反映されている可能性が多い。

 図1には余震分布と地質構造の関連を示した。余震分布は緊急余震観測のデータを使用し、使用した地質図は産業総合研究所(旧 地質調査所)から出版されている5万分の1地質図に基づいている。


震源域は、北北東-南南西方向の褶曲や断層によって特徴づけられている。これらの断層や褶曲は、後述する新潟の堆積盆地が形成された当時に活動した北西-南東方向の断層(tear fault)によって、断層や褶曲軸の広がりが規制されている。

 震源域の北端は、出雲崎周辺の図1の矢印で示した北北東方向の褶曲軸の不連続から認定されている北西方向の断層と一致する。これは褶曲を形成した断層の形状が、その走向方向に不連続的に変化していることを示している。また、余震域の南限は、古くから柏崎-銚子線(山下,1970)として知られる北西方向の構造線で限られる。具体的には褶曲軸の屈曲や、褶曲軸のプランジや消滅によって認識できる。さらに、震源域東側の地質構造を見ると、出雲崎から北北東にのびる丘陵の南限で、北西方向の線を境とした褶曲形態の変化が見られる。こうした地質構造上の特徴から、震源域は北東方向にさらに二つの領域に区分され、地質構造を形成してきた主要な断層形状の変化に対応している可能性が高い。こうした地質構造上の南北での差異は、余震分布の違いによく対応する。

 

 図2には、震源域北部の地質断面図とN55Wの方向に投影した余震分布を示した。



地質断面は、主として石油技術協会(1993)、影山・金子(1992)に基づき、地震調査推進本部(2004)に紹介されている反射法地震探査断面を考慮して一部変更している。また、広島ほか(1993)によるブーゲー異常図をもとに断面線上でのブーゲー異常値を合わせて示した。

 新潟堆積盆地には厚い新第三系の堆積物が分布し、この断面線周辺の基礎試錐「三島」では、6300mまで掘削され、第三系最下部の緑色凝灰岩類に達していない。長岡平野西縁断層帯を構成する鳥越断層の西方には両翼急傾斜の背斜が断層と平行に分布しこの褶曲の形態から、鳥越断層は西方で堆積層中の低角度の断層になると推定できる。同様の推定は、周辺の反射法地震探査の解釈(石油公団,1999; 地震調査推進本部,2004,図5)と調和的である。一方、重力異常からは、海岸にほぼ平行に正の重力異常を示す幅の狭い領域が連なり(広島ほか,1993)、高密度の物質が浅部に分布する構造、すなわち隆起構造が推定される。

 本震に関連した余震分布は、約40度前後の西傾斜で地下15kmほどまで広がっており、その浅部延長は海岸沿い正のブーゲー異常帯の東翼部とよい一致を示す。これらの構造の特徴は、本震を引き起こした40度程度西に傾斜する断層の運動の累積によって、海岸沿いの隆起帯が形成されて来たことを示している。また、この断層の浅部延長は堆積層中の層理面を利用した低角度の断層によって東方に伝搬し、断層起因褶曲が形成され、その東翼に鳥越断層が位置している可能性が高い。今後、推定震源断層と活断層との関連を明らかにする調査が必要である。

 震源域南部については、明瞭な地質構造と活断層との対応を指摘することはできない。長岡平野西縁断層帯に含められている関原断層・片貝断層などは南北の走向を示し、鳥越断層とその周辺の褶曲軸の方向とは一致しない。したがって、地質構造の観点からは、長岡平野西縁断層帯とされる関原断層・片貝断層などについては今回の震源断層と関連する可能性は低い。南部については、断層運動による歪みは厚い堆積層の変形によって吸収され浅層部まで達していないものと推定される。

 

新潟地域の地質構造の特徴

 

 新潟地域の地震活動を理解するためには、その地質学的背景を理解する必要がある。かつてユーラシア大陸の東端に位置していた日本列島は、日本海の形成とともに、大陸から分かれて現在の位置に定置した。この一連の出来事は、現在の日本列島の基本的な地質構造に大きな影響を与えている。この日本海拡大の最後の過程で、日本海や大和海盆のリフト系の西側の佐渡島や男鹿半島の東側に、リフト系が形成された。図3の紫色で示した部分である(Sato, 1994)。



この地域は厚さ6 kmを越える堆積物と玄武岩を主とした火山砕屑岩の分布で特徴づけられる。今回の震源域の中越沖もこのリフト内に位置している。北部フォッサマグナから新潟平野下に形成されたリフトシステムは、図4に示したような関東構造線の横ずれ運動を伴って東北日本の東進とともに形成されたもので、



堆積盆地と直交する北西-南東方向の断層もtear faultとして形成された(図5の概念図参照)。



越後山脈から佐渡島にいたる間は一つの大きな凹地をなしていた。これらの正断層群は、その後の短縮テクトニクスにより、再活動し厚い堆積物には褶曲・逆断層が形成された(Takano et al., 2005)。

 新第三系の変形から見た東北日本の短縮率はこのリフト系内で最大となり(佐藤,1989)、地質学的にも歪みの集中域となっている。この歪み集中域の地質学的な特徴は、この地域が伸張変形を被った大陸地殻から構成されていることである。大規模な伸張変形によって、柔らかい新第三系の基盤を構成する岩石の厚さが、リフト内では薄くなっており、側方からの力に対して強度が相対的に低下している。地殻下部の状況については、不明な点が多いが大局的には、強度低下が大きな原因となっている。この他にも、北米・ユーラシアプレート境界の収束運動としての要因も指摘されているが、一つの断層システムで境界を形成しているものではなく短縮歪みは拡散している。

 

文献

 

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