課題番号:2911
公募研究
火山水蒸気爆発機構解明の新展開
(本課題は平成22年度公募研究である)
(平成22年度公募研究計画)
火道内マグマの後退期に起きる水蒸気爆発はその発生頻度が低くマグマ噴火に比べて未解明な点が多い噴火様式である。磐梯山の1888年水蒸気爆発は世界的に最大規模の現象であるが今日でも山体崩壊やブラストを伴った発生メカニズムは分かっていない。噴火予知の視点からも大災害に繋がる水蒸気爆発のメカニズムの解明は必須の案件である。水蒸気爆発のメカニズムとして従来から2液相の接触・混合を想定した捉え方が伝統的であったが、我々はまったく新しい視点から水の相転移図をもとに超臨界状態の水がある温度・圧力状況下で急激な体積変化を起こすことに着目した。この相転移が火山の水蒸気爆発の発生要因になることを1888年磐梯山噴火に適用し噴火時系列やエネルギーの観点から新しいモデルを提案する。大規模な水蒸気爆発に伴う山体崩壊は広域的な火山災害に発展する可能性を秘めており、そのメカニズムの解明は噴火予測研究にとって優先的な課題であり、火山体浅部の流体の挙動の解明にも資する所が大きい。
明治21年(1888年)に磐梯火山で起きた大規模な水蒸気爆発は稀にしか発生しない特異な噴火であった.このため特異な噴火様式として内外の多くの教科書に紹介されているが,強い爆発性の原因など未解明な事柄も多く残されている噴火である.この爆発は我が国の近代化の途上に起こり,また,火山学の萌芽期で十分な噴火現象に関する知識の蓄積がない時代に発生した.当時の調査報告・論文には水蒸気爆発の原因にまで言明したものもあるが,その理解は未熟なレベルであった.本課題では噴火当時の資料の再検討から始め,今日の火山学の知識をも加味して水蒸気爆発機構の再構築を試みた.
(1)当時の資料並びに古文書の再検討
磐梯山噴火発生直後に三機関から派遣された調査団は現地入りし,山体崩壊の現場調査などに加え,目撃情報の収集から水蒸気爆発の解明に努めた.成果報告書や論文が出版されたが当時は今日のように客観的なデータがなく,結果的には調査・観測で見出された事実に合う説明を考えるよりも,説明に合う事実の選択を行った論文や報告書が少なくない.これらの論文の影響のため水蒸気爆発の研究は一種の袋小路に陥ったまま1世紀が過ぎ今日に至った.この歴史的障害を乗り越えるため,当時の噴火資料の再検討や江戸時代の古文書に残された記事などを精査し,Sekiya and Kikuchi(1890)の噴火イメージの修正を試みた.その結果,1888年の噴火では3方向に異なった様式の噴出があったことが明らかになった.また江戸時代にも泥流やブラストが琵琶沢に向けて噴出していることも明らかになった(図1).
(2)前兆現象の解明
1888年の噴火の約1週間前から前兆現象として地中から遠雷に似た発信音に続き顕著な地震活動が続発したことが知られているが,これまで定量的な検討は皆無であった.そこで地中の遠雷の起源をNatural Explosive Noisesとみなし,火山直下の超臨界水中での均質発泡と気泡成長に伴う音波発生のモデル化を試みた.その結果,超臨界水の温度が0.9 Tc(Tc:臨界点温度)以上で直径0.5~1.5 m前後の気泡の振動から雷の音響的特徴30~70 Hzが説明できることが明らかになった.遠雷の音を引き起こす気泡の生成・膨張は間隙圧を増大させ,割れ目の生成・成長を促進する.その結果,割れ目が地表に達してVapor Explosionが起こり,水蒸気とともに熱水や泥が水烟の形で放出される.この水烟の噴出は甲殻構造の内部に貯留された超臨界状態にある過熱水に1 MPa程度圧力低下をもたらす.この圧力変化に誘因され爆発的体積増加が貯留層で起り,1888年磐梯山噴火の山体崩壊を引き起こした「最後ノ一発ノミ北ニ向ヒテ横ニ抜ケタ」大規模な水蒸気爆発の発生メカニズムであると解釈した.
以上の結果は大規模水蒸気爆発が超臨界水に密接に関係した臨界異常現象であることを示唆し,磐梯山水蒸気爆発の物理的背景の解明につながる成果である.
平成22年度の研究成果を踏まえて以下のとおり研究を継続する.
1) 1888年磐梯山噴火の時系列を説明する水蒸気爆発発生メカニズムのモデルにさらなる検討を加えてより高精度・定量的なものとする.
2) 文献資料に基づいて構築した1888年噴火の時系列の妥当性を検証するために,沼ノ平火口,中ノ湯,爆裂カルデラ等の現地調査を行う.
3)地震波速度構造データ,地震波減衰構造データや比抵抗構造データと最近の震源分布に基づいて過熱水の貯留構造を明らかにする.
4) 磐梯山で構築した水蒸気爆発発生のモデルを,1997年に秋田焼山で発生した小規模水蒸気爆発に適用し,モデルの妥当性の検証を行う.秋田焼山1997年噴火については,近傍の火山観測点において噴火の全過程を記録した地震動データを保有している.
5) わが国で記録されている水蒸気爆発の事例について,地下の甲殻構造との関連を検証し,地下構造に基づく水蒸気爆発発生のポテンシャルを評価する方法について検討して,火山噴火予知研究の進展に寄与する.
東北大学大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センター 植木 貞人 東北大学 浜口 博之
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