本計画には多様な専門分野の研究者が参加している。そのメリットを活かし,地震・火山噴火の災害科学として我が国において現在特に重要と考えられる以下の6つの対象について総合的研究を実施する。これらの総合的研究では,内包される複数の研究項目を統合する問題設定を行い,各分野・項目の研究情報を共有しながら成果創出を目指す。なお,本計画実施中に地震・火山噴火による大きな災害が発生した場合は,必要に応じて測地学分科会での検討に基づき総合的研究の対象とする。
南海トラフ巨大地震に関する分野横断型総合的研究の連携をより一層強化し,巨大地震に伴う複合型災害の軽減に向けた学際研究を進める。具体的には,海陸の地震・測地観測網で取得される記録を用いた状態監視の高度化,巨大地震の新たな長期予測手法の開発,中短期における巨大地震の発生可能性の相対的な高まりを評価する手法の開発,巨大地震発生後の地震像の即時的把握手法の構築を進める。また,災害軽減に向けて,地震発生から災害誘因予測・被害予測・リスク評価に至るまでのスキームを,分野を横断して強力に連携しつつ構築する。さらに,目的に応じた防災情報の社会への発信及び広域避難計画の策定までの道筋を検討する。これまでに国内外でなされてきた地震・津波防災研究の成果にも着目して,理学,工学,人文学・社会科学を総合した「比較沈み込み帯防災科学」として地域間の比較研究を行い,地域ごとの課題・問題点を整理し,その解決方法を検討する。
○大学は,将来の巨大地震の震源像の構築及び予測手法の開発を目指して陸域と海域で先進的な地震・測地観測を行い,プレート境界の固着分布を調べる。海山の沈み込みやプレート形状と,プレート境界の固着や巨大地震を含む地震活動との関係を明らかにする。さらに,過去の観測記録や史料のデータベース化・可視化や,史料に記載された災害情報を抽出する手法の開発も進める。
○気象庁は,プレート境界におけるすべり分布の時間経過を把握する手法の開発と精度向上を目指す。観測データから地震イベントを識別する技術,破壊領域を即時に把握する技術などデータ処理技術を改善する。地殻内のひずみ速度と地震活動の関係性を調べる。地震発生の数値モデルを改善し,プレート境界地震の発生シナリオを構築する。
○大学は,地盤モデルや水深データを用いて,強震動予測地図と津波浸水予測地図,地震・津波シナリオ,さらにこれらに基づく強震動・津波浸水による被害の結合ハザードマップの作成を自治体と連携して行う。また,地震時表層地盤応答モデルの高度化に向けた手法開発及び調査を行う。
○大学は,津波堆積物の調査から過去の大津波の発生履歴の解明と波源域モデルを構築する。津波伝播・遡上シミュレーション高精度化のために,周辺の浅海海底地形及び古地形を含
む陸上地形の資料収集と計測を行う。震源像の基本想定に基づき,様々な地震の震源過程の不確実性を考慮した確率論的震源モデルによる強震動評価と津波災害の被害評価を行う。
○大学は,これまでに構築された地震・津波シナリオ及びハザードマップに基づき,建築構造物や地形情報を考慮したリスクシナリオ及びリスクマップを作成する。リスクコミュニケーションの研究として,各自治体が有するM8級の巨大地震に対する行政の対応の現状とニーズの把握に向けたインタビューを実施する。さらに,沿岸地域住民(自主防災組織等)や学校教育関係者からも同様のヒアリングを行う。
○大学は,これまでのリスクコミュニケーションの取組を体系的に整理した上で,地震津波リスクを抜本的に減らすための方法論を確立する。また,科学的知識が行動変容に寄与する度合いについても明らかにする。
○大学は,沿岸部の小中学校にIT強震計を設置するとともに津波避難訓練の結果を記録するアプリを活用し,地域の震度モニタリングと津波避難戦略のプラニングを実施する。これにより,防災リテラシーの向上と学校教育・地域防災の教材開発に取り組む。
○大学は,南海トラフと類似のテクトニクスや防災研究上の課題を抱える,他の国や地域での研究事例との比較研究を実施する。それらの地域に顕在・潜在する課題の把握とその解決策を提案するとともに,地震・津波災害の軽減に向けたモニタリング−モデリング−リスク評価及び成果の社会還元の一連のスキームの高度化を進める。
歴史地震及び現在の地震活動,震源域の時空間的状態の把握を通して,想定される地震のメカニズムや発生確率を現状よりも高い精度で推定し,地震動のシミュレーション等を通じて,地震が発生した場合の災害誘因を予測する。また,地盤,建物,都市インフラを考慮した被害想定根拠を提示する。さらに,過去の地震災害の事例から得られる復旧に関する知見の分析や,災害時における情報共有・伝達の最適化に関する研究に取り組み,都市の防災力向上に貢献する。
○大学は,自ら観測したデータと国の研究機関等が提供する地震波形データ等とを組み合わせて解析し,首都圏における地震活動の推移や発震機構解の分布等を得る。それらから震源域周辺の構造や応力状態,その時間的・空間的変化を検出する手法を開発する。
○大学と国土地理院は,測地データを解析することで,房総半島沖のゆっくりすべりの発生様式を明らかにするとともに,同期して発生する地震活動の発生要因に関する理解を深める。
○大学は,首都直下地震発生の切迫度に関する知見を深めるため,歴史地震を含む長期の地震発生履歴の解明を進める。浅部地盤構造や深部プレート構造が地震波形に与える影響を考慮した上で,過去の地震被害地点での地震波形記録等も参照して,被害記述と揺れの強さとの関係の定量化を進める。都市の防災力向上に向けて,揺れの強さの違いを把握し,その情報を広く迅速に伝える手法を開発する。
○防災科学技術研究所は,首都圏の陸海における地震・測地等の観測記録を収集し,そのデータを全国の研究者にも提供することで,首都直下地震の災害誘因の把握と課題の抽出に貢献し,長期評価の高度化に資する地震発生モデルを構築する。
発生の切迫性と被害の甚大さが懸念されている,千島海溝沿いの巨大地震に関する網羅的な研究を関連課題と連携して実施する。積雪期など北海道特有の問題を考慮した津波発生時の避難行動の分析や,津波・地震動の予測における空間分解能や精度の向上,観測や調査による地殻活動モニタリング,地域経済への影響評価,北海道・三陸沖後発地震注意情報に関する調査等を総合的に進め,地震・津波災害の軽減を支える防災リテラシーと地域防災力の向上を目指す。
○大学は,地理空間情報解析やICT技術を用いた津波避難行動の分析を行う。また,地域性を取り入れた教材の開発等の防災リテラシー向上のための手法を検討する。
○大学は,津波の地域的な増幅氾濫特性を評価する手法等を検討し,津波予測の空間分解能の向上を目指す。また,地下構造等の地域性を考慮した地震動事前予測手法の高度化を進めるとともに,不安定地盤でのインフラ被害予測手法の検討を行う。
○大学は,千島海溝や日本海溝北部周辺で海底地殻変動・地震観測等の海陸諸観測や調査を行い,プレート間固着状況などの地殻活動の現況や履歴を把握する。また,地震活動の時空間特性や震源の多様性評価に関する検討を行う。
○大学は,北海道・三陸沖後発地震注意情報等の防災情報に関する社会調査を実施する。
○北海道立総合研究機構は,地震・津波災害が地域産業等に与える影響を評価し,経済的な視点から防災対策を進展させる手法の検討を行う。
○大学は,研究成果の統合化を図るとともに,普及啓発等も含め,防災対策での活用方法等について関係機関や自治体等と協力して検討する。
内陸やプレート境界上盤,日本海東縁地域で発生する大規模地震や群発地震を対象として,文理融合の取組を含めた総合的研究を実施する。地震に伴う災害について,応力や地殻内流
体の時空間変化と地震活動との関連性の研究,断層近傍の強震動発生メカニズムの研究,歴史地震の研究とその成果を考慮しつつ,リスク評価手法の確立を目指す。都市圏,近年の大規模地震の発生域周辺,群発地震など活発な地震活動域,プレート境界大地震の発生前後の内陸など,高いリスクを生じうる領域において,それぞれの特色に合わせた重点的な観測研究を行う。各地域での研究成果と手法を共有することで,現象の包括的理解を図るとともに,内陸地震を対象とした長期予測,中短期予測,災害誘因予測手法の開発に向けた研究を行う。また,計画期間に発生した内陸被害地震の各種調査を機動的に実施する。
○大学は,内陸地震について,活断層や過去の大地震震源域周辺で,地震・測地観測,電磁
気探査,地盤構造探査,変動地形学的調査,被害調査を実施し,内陸地震が発生する場やその過程を明らかにする。モデリングを交え,それらの観測結果を総合し,史料・考古データの活用も含めて,対象領域内の長期的な地震活動とその被害を解明する。
○大学及び防災科学技術研究所は,いくつかの領域の大規模地震について想定される震源像を提案して強震動予測を行うとともに,地表まで達する断層面全体をモデル化し,断層変位及び地盤変形と断層近傍での強震動を同時に説明可能なモデルを提案する。得られた強震動予測について,社会との情報共有によるリスク低減の方法も検討する。
○大学は,DAS等を活用した超高密度地震観測や地盤構造探査等に基づき,災害誘因・リスク評価を高度化する。
○大学は,群発地震について,場や時系列の理解やそれらに基づく物理・物質科学・数理モデル化を進め,中短期予測の可能性も検討する。また,地震学的モデルによる活動予測が難しい群発地震について,双方向・対話型のリスクコミュニケーションモデルの提案を目指す。
○大学は,本計画期間中に被害を伴う内陸地震が発生した際に,当該地震及びその被害に関する各種調査を機動的に実施し,実態解明に努める。
大規模火山噴火の想定に対して広域避難計画が立案されつつある桜島及び富士山を主な対象として,避難及び避難後の帰還や移住を視野に入れた総合的研究を推進する。大規模噴火の予測に最も重要なマグマの移動と蓄積を捉えるため,各種の観測・調査に基づくマグマ供給系の理解を深化させる。噴火規模の予測と噴火発生直後の噴出物の即時把握を軸とした災害誘因予測の研究を進展させる。また,噴火災害によって長期化する避難生活への対応や,避難後の被災地への帰還や移住政策についての意思決定のあり方を検討する。さらに,他の火山における類似の研究や,地震・津波による広域避難に関する研究とも連携して,地理的及び社会的環境による対策の違いなどにも視点を広げる。なお,本研究で対象とする大規模噴火は,VEI4から5程度を想定している。
○大学,山梨県富士山科学研究所及び産業技術総合研究所は,桜島,富士山,伊豆大島,浅間山,霧島山などを対象として,地質調査と史料・考古データに基づいて大規模噴火の履歴を高精度で明らかにする。さらに,噴火様式の遷移過程に注目し,既存の噴火事象系統樹を精緻化する。また,調査で明らかになった噴火災害の痕跡を奈良文化財研究所の歴史災害痕跡データベースに順次登録する。
○大学は,ミュオグラフィ,重力,地盤変動の同時観測に基づいて桜島の山体内部の密度変化を明らかにするとともに,火砕物や火山ガスの放出との関係から,マグマからの脱ガス過程や高密度のプラグ形成など噴火様式や規模の支配要因を定量化する。また,中長期的な脱ガスの進行度に基づき,大規模噴火開始時に想定される噴火様式について検討する。
○大学は,桜島等を対象として,地震,地殻変動,空振,映像,電磁気などの観測から,噴火機構の解明とモデル化及びそれらに資する地下構造の解明を進める。また,マグマ貫入に伴う火山構造性地震の群発機構等から,大規模噴火の前駆活動を推定する。以上を総合して,大規模噴火に至る活動推移シナリオを構築する。
○大学と山梨県富士山科学研究所は,富士山と桜島の深部低周波地震の活動と他の火山現象との関係の解明を進める。
○山梨県富士山科学研究所は,富士山の火山性地震の活動を明らかにするとともに,重力の多点連続観測及び地下水観測から,地殻流体の移動検出を試みる。
○大学は,桜島等の大規模噴火を想定し,火山灰移流拡散シミュレーションを用いた広域避難意思決定システムの検討を進める。
○大学は,過去の大規模噴火事例における自治体間の広域連携の実態を調査することで,連携が求められる政策課題を抽出し,桜島及び富士山の大規模噴火における自治体間の連携体制の検討に役立てる。また,長期化が想定される避難生活への対応や,避難後の被災地への帰還や移住政策についての意思決定のあり方を検討する。
○大学及び山梨県富士山科学研究所は,富士山等で,噴火に伴う災害誘因とリスク認識に関する調査を地域住民や登山者を対象に行う。災害誘因が多様であることに起因する火山のハザードマップの複雑性,火山防災マップの適切な表現方法及び災害を認知してもらうための効果的な情報提供方法を検討する。
○大学は,桜島を対象に火山学のオープンサイエンス拠点を構築し,火山災害に関するリスクコミュニケーション手法を開発する。また,住民参加型ワークショップを通じて大規模噴火による複合災害発生時の広域避難プランを検討する。
○大学は,情報通信研究機構と連携して,大規模火山噴火を想定した災害時の通信手段として,自営の無線通信システムの活用について検討する。
観光地化した火口域からの突然の水蒸気噴火など,高リスク小規模噴火による災害を軽減するために,監視観測を充実させるだけでなく,過去の小規模噴火の履歴を明らかにした上で,火山の特性を踏まえた危険地帯の特定や多項目データに基づく客観的な火山活動評価を行う。複数の火山を扱うことで,地域ごとに有効な観測や多様な受け手に対する情報伝達の課題や望ましいあり方を対照する。シンポジウム等での情報共有や意見交換を通じて,他火山での課題や取組を知り,地域の特性を再認識する機会とする。本研究では,次世代火山研究・人材育成総合プロジェクトや火山機動観測実証研究事業の成果も積極的に活用する。
○大学は,多項目観測データに基づいた小規模噴火発生の危険性評価を目指して,草津白根山や箱根山,阿蘇山等を対象に,各種の地球物理・地球化学的観測をできるだけ高頻度で行い,可能なものは連続観測でモニタリングする。また,これらの観測データの挙動を統一的に理解する上で有用な概念モデルを構築するために,地下構造の情報を取り入れた熱水流動シミュレーションを行うとともに,必要に応じて地下構造の探査も実施する。
○大学及び山梨県富士山科学研究所は,阿蘇山や草津白根山等を対象に,湖底や湿原の堆積物も活用しながら比較的新しい時代の噴出物層序を詳細に調査する。これに基づき,過去の噴火事象の特定とその時間的推移の解読を進め,高リスク小規模噴火に該当する噴火の発生履歴と規模を各火山で明らかにする。
○大学は,小噴火に関係する微量な流体上昇の位置を特定し事前評価に資するため,土壌ガス安定同位体比のマッピング等を草津白根山などで実施する。また,微弱な火山活動の変化を火山ガスの組成や放出率,湖水の化学組成から評価するために,新しい硫化水素測定装置の開発や,ドローン遠隔観測・採水システムの高度化に取り組む。
○大学は,小噴火のリスクに対する登山者の認識を把握するために,御嶽山や阿蘇山等でアンケート調査を行い,登山者の役に立つ情報や効果的なリスク周知方法を研究する。調査結果の分析に基づいて,ステークホルダーとともに情報発信の方法を検討・改善し,その有効性も検証する。
○大学は,本研究の成果を地域住民や自治体などと共有し,高リスク小規模噴火に関する情報伝達等の課題について意見を交換する機会として,シンポジウムを実施する。